「暗闇ごはん」というイベントが月に一度、行われている。
海外では「ブラインドレストラン」と呼ばれている、「目隠しをする」または「真っ暗な部屋の中」で食事をする、というものだ。
何が出てくるかは、参加者には内緒にされている。事前の情報に惑わされることなく、盛り付けや皿の美しさに騙されることなく、シンプルに料理の味を楽しむことが出来る仕掛けだ。
最近、新しい飲食店に行く際にはついつい「食べログ」などの口コミ情報を調べてしまう。正直、「頭でっかち」なグルメになってしまっている自分にうんざりしているところだ。なので、こういう「先入観なし」の食イベントはぜひ体験してみたかった。
あと、これまで利き酒などをやった経験上、どんなにエラそうな口をきいていても案外味覚っていい加減なものだな、ということを痛感していた。もっと舌の感覚を研ぎ済ませたい。そういう願いもあった。
今回、アサヒビールが「11月11日は『いただきますの日』」と銘打っていろいろイベントをやっている中で、この「暗闇ごはん」をフューチャーするというので、参加してみることにした。
会場は、浅草の対岸にあるアサヒビールの本社。通称「うんこビル」でおなじみの、スーパードライホール内で行われる。
会場は、スーパードライホールの3階、「フラムドール」という会場だった。何かと話題になるこの建物の中に入るのは初めてなので、一体中がどうなっているのか興味津々。
外からみるとうんこの土台部分はモノリスに見え、中にいろいろな施設が入っているとは思わなかったので意外。
フラムドールの中は、テーブルを長く繋ぎ、まるで宮中晩餐会でも始めるかのようなレイアウトになっていた。知らない人とも向かい合わせになる。
ちなみに今回の定員は40名。舌代は3,500円だった。
会場は窓が少なく、かつ小さい。地下室にいるような感じで、圧迫感がある。しかも薄暗い。今回は目隠しをしての食事なので問題ではないけど、普通に会食をするならちょっと重たい雰囲気になる。
卓上にはアイマスクが置いてあり、着席したお客さんは皆一様にお互い「これこれ、これだよね」とほくそ笑んでいた。これがなければ、単なる食事会だ。
目隠しをした後、いきなり食事が開始となるのではない。正面の人と話をしてみたり、手を伸ばしてみたりする。
視覚が奪われるというのがどういうことなのか、頭ではわかっているつもりでも、いざやってみると全くの新体験だった。なにしろ、正面の人に声をかけるだけでも、とても気を遣う。声の向き、大きさ、張り。喋っている間も、それが相手に伝わっているのか、いや、それ以前にちゃんと狙った方角に人がいるのかさえもわからず不安な気持ちになる。相手は目の前に座っているので、そんなのは間違いないことなんだけど。
これまでも「キャンプの夜」「お化け屋敷」など、暗闇という体験はいくらでもある。しかし、「全く視界がない」という経験は皆無なので、この非日常感はかなりなものだった。
さて、そんな驚きを感じている中、最初に出されたのはコップ3つ。写真は、目隠しをしたまま手探りでカメラを向けたもの。実際には、このコップは目視していない。
手探りでコップを手に取り、おそるおそる飲む。いや、まずコップを手に取る段階からして、おそるおそるだ。どんな形をした器なのか、高さはどの程度なのか、飲み物ということだけどそれが熱いのか冷たいのか、それすらわからない。うっかり手をぶつけてひっくり返したらどうしよう、とか心配で、本当に手探りだ。
で、なんだかわからずに口にするのだが、「・・・これ、カルピスだ」
なんだ、カルピスなら味がわかる。おっかなびっくりで損した、という気持ちになりながら、二つ目のグラスに手を伸ばす。といっても、「二つ目」が同じ形なのかどうかもわからないし、どこにあるのかもわからないのでこれまたおっかなびっくりだけど。
「これもカルピスだ」
そういえばカルピスってアサヒビールが販売してるんだよな、ということを思い出した。
実際は、カルピスの濃度が3つのグラスでそれぞれ異なっており、それを味わうというテストだった。目でみれば一発なことだけど、舌だけで感じ取るのはなかなか面白い体験。一発目の目隠し食事というだけあって簡単な問題ではあったが、良いスタートアップとなった。
食後、会場の片隅に置かれていた料理サンプル。これを見た参加者一堂、「えっ、あれってこんな形をしていたのか!」「うそー、そんな風には感じなかった」とめいめい驚きの言葉を口にしていた。
この日の料理は以下のとおり。
食前 カルピス三種の飲み比べ(濃い目、おすすめ、薄め)
きのこの海苔和、しいたけのコロッケ
刺身 手作りこんにゃく、湯葉刺し、豆腐の昆布締め
焼物 里芋のカレーグラタン風
揚物 茄子遊び
揚物 車麩の味噌カツ
椀物 蓮根餅の椀物
飯 精進カレー
菓子 季節のデザート
カレーとデザートは、目隠しなしで食べた。手をふわふわさせながら、不安感に駆られながらの食事と違ってなんと美味しいことよ。なんと気楽なことよ。目が見えないと、たかが食事がものすごく緊張感のある時間だった。
好き嫌いがない僕だが、それでも料理を口に入れたときはものすごく慎重になった。毒が入っているんじゃないか、というくらいの慎重さだったのには、自分でも笑った。食材を当てようとしていたから、というのもあるけど、「どの力強さで噛めばいいのか。口の中のどのポジションに食材を押し込めればいいのか」というのが全くわからないので仕方がない。手探りで料理をつまんで口に持っていくまでがハラハラドキドキなのではない。口に入れてからも、それは続く。飲み込んでも、あと同じ料理がお皿の上にどれだけ残っているのか、それすらわからぬ。なので、どらくらいの心積もりでこの一口を楽しんでいいのか、さっぱりだ。
ということはだ、目が見えない人というのはものすごく食については研ぎ澄まされているのだろう。たぶん、健常者の比じゃないくらい、食べること全般のセンサーが優れていると思う。
このイベントはお寺が行っており、料理を作っているのもお坊さんだ。なので、レシピは原則精進料理の形をとっている。かつおだしを使ったり、完全な精進料理ではないものの、肉などは使っていない。そのため、「車麩の味噌カツ」のようにもどき料理が料理にあり、我々を混乱させた。それがまた面白かった。
暗闇ごはんというイベントは、ホームパーティーでも社員食堂でも居酒屋でも、どこでもやろうと思ったらできる。こんなに簡単に、こんなに非日常感を感じられるというのは意外だった。機会があれば自分でもやってみたいものだ。
今回はとてもすばらしい体験だった。食べ物に感謝。
(2013.11.11)
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