1年前だったか2年前だったか忘れたが、「神宮前に、野蛮な店ができた」という情報を入手していた。
そのお店はケイジャン料理を振る舞うのだが、料理はどばーっと机の上に放り投げ出され、人々はそれを手づかみにして食べるのだという。何その文明全否定。いや、「机の上」というだけまだましか。これが地べただったら、もう家畜の餌に等しい。
飽食のご時世。もう、ちょっと美味しいとかちょっとインスタ映えする、といった程度じゃわざわざ外食をしたいと思わなくなってきた。その「ちょっと」のために要する労力が勿体ない気になっているからだ。あっ、それは「飽食のご時世」だからじゃなくて、「単なる老い」なのかもしれないけれど。
そんなわけで、ガツンとくる激辛料理とか、極太でラー油とからめて食べる蕎麦とか、そういう「五感が刺激されてたまらん」食べ物を最近は好んでいる。むしろ「若気の至り」感があるけれど、僕自身にとってはごく自然な流れだ。
手づかみで料理を食べます、なんて所作は、フライドポテトを食べるとか、シシャモを食べるとかで珍しいことじゃない。だから今更感はある。そもそも、カニなんて手づかみで食べて当然だし。しかし、机の上に料理が投げ出される・・・って、驚くじゃないか。そんなことがこの現代社会で許されていいのか?
おい保健所、出番だぞ。
いや、さすがにそんなバカな。何かちゃんと手は打ってあるのだろう。どんなものだか、見に行かなくちゃ。
とはいっても、カニとかエビとか、甲殻類がバーンと出る料理らしいし、場所が場所だ。お値段は相当高くなりそうだ。なので、思いつきの一人ご飯というわけにはいかないお店。せっかくなので、この日試験が終わってほっと一息ついている友人を誘い、「お疲れ様でした会」という名目でお店に行くことにした。
お祝い、という建前ならば、少々お高くてもOKだろう。でも、お祝いとはいえ全額おごるっていうのは無理だけど。
案外お店は空いていた。もっと混んでいるかと思って、事前に予約を入れていたのだけど。
テーブルに案内されたら、まず店員さんは巻いてあったテーブルクロスをテーブルの上に大きく広げた。あ、なるほど、このテーブルクロスの上に料理がぶちまけられるのか。さすがに、テーブル直接というわけじゃないんだな。
さすがにテーブルの上に直置きなら、いくらアルコールで消毒しても、保健所が許してくれなさそうな気がする。
感心しながらメニューを眺める。最近の僕は、旅行にしろ飲食店にしろ、事前知識を極力仕入れないようにしている。なのでこのお店の相場感というのは全くわかっていなかった。「たぶん高いんだろうな」程度。
しかし、いざメニューを見ると、7,800円からメニューがある。1名でこれならもちろん高額だけど、2名様分だという。それでも1名3,900円で高いっちゃあ高いんだが、エビやらカニやらが入っていることを考えればこんなものだろう。スゲー高い覚悟でいたので、むしろ拍子抜けしたくらいだ。
お酒をしこたま飲む人なら、ここからビールやらワインやらのお金がプラスされるので高くなるけど、そうでないならまあ、ちょっとした贅沢程度だ。
・・・ということにしておく。実際は追加注文をしたので、そんなに安くはなかったのだけど。
デザートメニューを一応撮影。これは結局頼まなかった。
料理はキャッチザストーンクラブ、というのとキャッチザロブスター、という二つのコースメニューが7,800円。
タラバガニ、ズワイガニ、有機ハーブシュリンプ、パーナ貝からなるメニューで、ストーンクラブという名のカニが1杯またはロブスターが1匹、ついてくる。
よっしゃああ、今日はロブスターをキャッチしてやるぜ。お前のハサミは俺の硬い拳で粉砕してやる。
ふと背後に殺気を感じたので振り向いてみたら、ずらりと並んでいたのはたくさんの蛇口と、シンクと、ペーパータオルと、ごみ箱だった。
まるで公衆トイレの洗面台のようだ!
そうか、手づかみで食べるお店だから、こうやって手を洗うことができるんだな。トイレで手を洗ってください、ということにすると、トイレ入口の扉取っ手とか、壁とか、あちこちを汚されてしまう。
それにしても流しが多いな。電線に留まるスズメみたいに、ここに並んでみんな仲良く手を洗うのだろうか?
まず最初に海老せんべいがやってきた。
くしゃっとさせた紙の上に載っかって運ばれてきて、そのまま紙ごと机の上にオン。お皿はない。
取り皿もないし、カトラリーもない。
せんべいは手づかみが当たり前だけど、シーザーサラダ(キャッチザロブスターとは別注文の品)がやってきたとき、やっぱり紙の上に乗っているしフォークがないのでびびった。
レタス、手づかみですか。
ちょっとたじろぐよな、これまでの常識が否定されたようで。だって、手づかみで食べるっていうのは下品である、って親からしつけられてきたから。サラダのように、「ドレッシングで濡れたもの」を手でつかむ、というのは軽く勇気がいることだ。そういう食べ方をしたことがないから。
でも、慣れというのは恐ろしいもので、最初のひとつかみのドキドキを乗り越えれば、あとはなんとかなる。とはいえ、この困惑は今年最大級の食の娯楽だったと思う。
ノンアルコールビールをたしなんでいるところ。
手づかみで食べるお店なので、ペーパーエプロンは必須だ、うっかりするとソースがはねるし、うっかりすると手で服を触ってしまう。
それにしても、写真写りが悪いお店ではある。というのも、机の上に白いテーブルクロスを敷いているため、光がものすごく顔の下から照り返す。そのため、心霊話でもしているかのようなライティングで人物写真が写ってしまう。
ここで記念撮影を撮るなら、テーブルから少し身を引いて、テーブルクロスからの光の反射を少なくしたほうがいいだろう。
とか考えているうちに、何かでかいボウルを抱きかかえた店員さんが来たぞー!
ああ、これがキャッチザロブスターのご本尊。中に、赤い甲殻類がいっぱいひしめいている。赤いということは、3倍速い・・・というのは、もう30年以上も前のネタなのでいい加減令和のご時世は口にしない方が良いと思う。しかし、敢えて言おう!うまそうであると!
わかっちゃいるけど、店員さんがどばーっとボウルの中身を机の上にぶちまける。
「あああ」
思わず声が出る。
いいねえ、常識が目の前でバリバリと壊れていく音が聞こえる。だって、できたての料理を、お皿もなにもないところに落とすんだぜ?こんなこと、あっていいのかよ、って。
というわけで、テーブルの上・・・正確に言うと、テーブルクロスの上にのっけられた、「キャッチザロブスター」2人前相当で7,800円。
そこまで量が多くはないので、若人諸君が大満喫できるお店ではない。そして、「机の上に料理がダイレクトに置かれているという背徳感」を味わうためには、価値観とか思考回路が硬くなってきている30代以降の人におすすめしたい。
逆に60代以上になると、「なんて料理に対して失礼な!」って腹を立てるかもしれないので、年齢が高けりゃいいってもんでもない。
カニやロブスターの食べ方解説もちゃんとある。
さすがに全部徒手空拳でどうにかなるわけはないので、カニの身をほぐすためのスプーンとか、ハサミは随時使っていくことになる。ただしスプーンやらお箸、お前らはダメだ。趣旨から外れる。あくまでも手づかみだ、押忍!
さすがに手づかみといっても、使い捨て手袋は用意されている。これがない状態でカニをわしづかみにすると、おそらく手を怪我してしまうから。
手を怪我したら、痛いぞー。ソースが傷口にしみるぞー。食事にならなくなるぞー。
バッキバキにカニとロブスターを解体し、五感で食事を楽しむ。最後は、テーブルクロスに残っているソースを手袋ですくいとりながら指を舐める、なんてこともする。僕も、相手も、ニコニコだ。なんだか、共犯関係みたいな気持ちになったからだ。
テンションが上がったせいか、この後すっかり真っ暗な代々木公園を練り歩き、さんざん寄り道しながら家に帰った。アドレナリンがでる食事。良い体験だった。
(2019.06.15)
コメント