友達のよこさんが、「仕事の節目なので時間があるんですよー。平日昼じゃないと行きづらいところに行ってみませんか?」と誘ってきた。
確かに、そういうお店というのは町中いたるところにあるものだ。平日限定ランチメニューが素敵なお店(で、夜になると平凡なメニューに戻る)とか、平日昼間のみ営業のお店とか。カレンダー通りのサラリーマン稼業をやっていると、そういうのは「なかったこと」として脳内処理されている。でも、たまにはあえてそういうお店にフォーカスを当てて、時間を確保するのも面白い。
今回行ってみることにしたのは、東京都葛飾区は立石にある「宇ち多゛」だ。うちだ、と読む。
過去に一度だけ、僕はここを訪れたことがある。「東京三大煮込み食べ歩き」企画の時だ。
その独特のお店の流儀にびびり、そして味に満足し、また訪れたいと願ったお店。何度か通わないと、到底リラックスして食事ができないと思ったからだ。そして、このお店でよどみなくオーダーができるようになったら、なんかイイよな、と真剣に思っている。
そうこうしているうちに、早5年。ようやく二度目の再訪。なお、よこさんは初体験となる。
開店時間である14時にお店に行くと、店の表にも裏にも、人がいっぱいいた。本来なら、裏側が入口専用だと聞いていたけど、なぜか出口側になる表にも開店待ちの客がいる。そして、それらのお客さんは、行列を作るわけでもなく、ふわっと店の前に三々五々立っていた。なんだこれ。早くも、お店独自の流儀にびびる。お店の中に入ってからが「 宇ち多゛ 」世界の開始じゃない。入る前からもう始まっているんだ。
しばらくしたら、店頭に立っていたおっちゃんが僕らの人数を聞いてきた。
「2名?じゃあ、こっちに立ってて」
店員さんみたいだ。店員さんじゃないのに。超常連さんともなると、店員さんに成り代わって整列を手伝うらしい。
いや、手伝う、というのもちょっと違うようだ。その常連さんは、お店がオープンしてからの、僕らの導線まで教えてくれた。
「入口から中に入って、最初の机の、奥のほうの向いの一番奥から詰めて座って」
みたいな感じで。
席順までこの常連さんが決めていく。すげえ。お店と客とが連携している。これぞ老舗の味わい深さだ。
この「流儀が一元客にはわかりにくい、地元に愛されているお店」は、開店時はより一層ややこしいのだった。
開店と同時に、店内に入る。一糸乱れず、指定された席へと全員が向かう。何しろ、狭い店だ。隣の客とは肩がぶつかる幅しかないし、テーブルは奥行きがない。向かいに座っているお客さんに、三沢光晴ばりにエルボーで打撃ができるくらいだ。混乱があってはいけない。
そして、お店と阿吽の呼吸が成り立っている常連さんのテーブルには、何も言わずとも「定番の品」らしい料理が置かれていく。早い!まだ何も頼んでいないのに!僕らはそのおこぼれをいただく。
このお店の特徴は以前の記事に書いた通りで、とにかくもつ焼きのメニューに何があるのかさえ、よくわからない。壁に掲げられたメニュー表には「もつ焼き」としか書かれておらず、レバーとかカシラとか、具体的なもつ焼きに何があるのかは記載がないからだ。
そして「味付けをどうするか(塩、タレ、ミソ、酢、そのまま)」「焼き方はどうするか(よく焼き、ふつう、若焼き、生など)」といった組み合わせがそれぞれのメニューにあるので、もう大混乱ですよ。
手元にアンチョコカードを用意しながら注文ができればよいお店。そういう周到な準備ができないなら、周囲のお客さんが頼んでいる注文に聞き耳を立てて、真似をすることになる。
単に真似をすればいい、というわけでもない。なにしろ狭いところにぎゅうぎゅうのお客さんだ。注文は立て込んでいる。店員さんを絶妙なタイミングでキャッチするには、ちょっとしたコツがある。
まずは、お新香と煮込みをつつきながらこのお店の「息吹」を感じるのがいい。慌ててもつ焼きのオーダーをするのは、そのあとだ。
料理の皿はすべて小皿だ。食べ終わった皿は、回転寿司のように一列に積み上げて机にスペースを作っておく。そしてそのお作法は、お会計の際に役立つ。店員さんは、積みあがった皿と、食べ終わった串の数を見て、即座にお会計をしてくれる。
今回は、店内で写真を撮らなかった。なんだか、こういう様式美の世界を写真に収めるのに気が引けたからだ。(ただ、前回初訪問の時は写真を撮っているので、くそ度胸だと思う)
ちなみによこさんはこっそりスマホで料理を撮影しようとして、その都度うっかりフラッシュを焚いてしまい慌てていた。さすがにフラッシュは気まずい。
狭い店だし、昼から飲んでいるようなおっちゃんばっかりだ。でも、お互いが淡々と酒を飲み串を食べ、静かにしている。隣の客に「どこから来たの?」みたいなやりとりはなかったし、常連同士が大声でしゃべるようなこともない。「酒飲みの紳士」が集っている場所だ、と思った。
このお店は、まったく長居ができない。「お客さん、もうそろそろ・・・」と店員さんに言われなくったって、食べる手が飲む手が止まったら、即退去だ。誰から言われるまでもなく、そういう雰囲気のお店だということは悟る。
お酒を飲む人の場合、4杯だか5杯で打ち止めになるらしい。僕みたいにウーロン茶を飲んでいる人の場合はどうなのか、わからない。ひょっとして、ノンアルコールもお酒と同じ扱いだったりして。
いずれにせよ、昼酒だ。よこさん曰く、「酔いがいつもより早く回る」とのことで、よこさんは3杯で打ち止めにしていた。なにしろ、小ぶりのグラスだけど、中に入っているのは焼酎の原液と、そこにちょびっとの梅シロップだ。ビールなんかよりもはるかに酔うだろう。
そんなわけで、お店の滞在時間はせいぜい30分くらいで、腹七分目または六分目くらい、という状況だった。
そこで目の前にある栄寿司にハシゴですよ。
ここも、なかなか入りたくても入れないお店。名店の誉れ高い、立ち食いの寿司屋だ。
このお店も、長居するタイプじゃない。さっと食べてさっと立ち去るのが美しい、そんなお店。タンタンターンと「頼んで、握ってもらって、食べて」を繰り返し、手が止まったら終わりにするくらいの潔さがちょうどいい。
1個からのオーダーなので、食べたいものを食べたいだけ頼めばいい。
職人さんが握ってくれる寿司屋だけど、立ち食いということもあって値段はお安い。
ここで、5,6個ほど食べて腹を満たした。
僕が17時過ぎから予定が入っていたので、それまでの間もう一軒行くことにした。
もつ焼き屋⇒寿司屋、とハシゴしたのに、まだ時間があるというのが立石クオリティ。さっと飲み食いできるお店がある、というのは選択肢の裾野が広くて素晴らしいことだ。
この日三軒目のお店は、日暮里まで戻ってきて、その界隈のカフェにでも行こうということになった。駅からほど近く、まだ僕が訪れたことがないお店・・・ということで選んだのは、「宿木カフェ」というお店。
何度かこのお店の前を通り過ぎたことはある。なんとなく「小さい子供を連れたお母さんがたくさんいるカフェ」という印象が強く、僕は立ち寄れていないお店だ。
外との間に扉がついていて仕切られているテラスを通り、店内に向かう。
イタリア料理店兼カフェ、という位置づけらしい。しっかりとした料理も食べることができそうだ。
店内に入ってみてびっくりした。
着席して周囲を見渡すと、猫がいる!しかも、一匹じゃなくて二匹、三匹・・・ええと、七・八匹はいるぞ。
よこさんが思わず歓声を上げる。
これは知らなかった、ここは猫カフェか?
でも、どこにも猫カフェである旨は書いていない。店員さんに聞くと、どうも保護猫の面倒を見ているのだそうだ。あくまでも「猫メインのカフェ」ではなく、「猫がいるカフェ」ということなのだろう。
店内の様子。猫にボトルをひっくり返されないように、棚には転倒防止用の横棒がついている。そしてその棚の上には、キャットウォーク。
厨房とカウンターの間はガラス戸で仕切られている。うっかり厨房に猫が入ってきちゃあ危険だからだろう。保健所としてもNGだろうし。
猫カフェとしての基本料金といったものは取られないし、時間制限もない。ただ、ワンフードワンドリンクの注文が求められる。なので、なんやかやで1000円台の半ばくらいのお金は最低必要となる。
とはいえ、ここの猫はとてもかわいい。
ちょっかいを出してくる人間にウンザリして、距離を空けている猫だらけの猫カフェ・・・というのはよくあるけれど、ここの猫たちはあまりスレていない。猫じゃらしをフリフリすれば興味津々だし、床に置いてある段ボールは大人気で猫同士が取り合いをしている。
どうも僕のカメラバッグも猫の興味対象になるらしい。
開いたチャックの間から頭を突っ込んでいた。中にネズミがいるわけでもないし、頭がやっと入るくらいの寸法なのに。わざわざ何をやっているんだ。
自分の手元でもぞもぞやっている猫を愛おしく眺めていたけど、家に帰った後にバッグの中を確認したら、唾液の跡と思われるシミがついていた。やられた!猫ども、バッグをなめまくっていたのか!
何が楽しくてバッグをなめたのか、謎すぎる。でも、居心地が良くてご満悦だったのだろう、たぶん。
よこさんはすっかりこのお店を気に入ってしまい、
「これから時々このお店を訪問しなくちゃいけない」
という。西日暮里に行きつけのクラフトビールのお店があるので、このカフェで猫を愛でたあと、ビールを飲みに行くというハシゴ生活を送る決心をしたようだ。
というわけで、もつ焼き、立ち食い寿司、シメとして猫という面白い展開の平日午後だった。
(2019.05.29)
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