毎年7月の七夕頃に、「下町七夕まつり」が浅草かっぱ橋本通りで開催される。
「かっぱ橋」といえば調理器具や食器といった飲食道具のお店が並ぶ場所として知られているが、それは「かっぱ橋道具街」。「かっぱ橋本通り」は道具街と直角に交わる道で、浅草六区から果ては上野駅の近くまで、まっすぐ2キロくらい続く真っ直ぐな道だ。
僕ら家族は毎年ここを訪れている。時折行われる路上パレードなども楽しいが、沿道のお店が軒先に簡易的な屋台を出すので食べ歩きが楽しめるからだ。
縁日屋台やフードトラックといった、「テイクアウト料理をなりわいとするプロ屋台」とは違う料理があちこちで売られていて、とても楽しい。
3歳児を連れて、大勢の人がいる道を炎天下2キロも歩く、というのは大変だ。しかし、いろいろなところで気になる料理が売られているので、前へ進むモチベーションが下がることはない。
そんな中で、「ステーキ定谷特製カレー」を掲げるお店があった。
えっ、ステーキ定谷!?僕ら夫婦はびっくりした。
というのも、台東区根岸にある「まさに隠れ家」といえるお店だからだ。
車道に「ステーキ定谷」という看板がでているものの、お店の場所はぱっと見よくわからない。看板脇の細い生活道路を奥に入った場所にそのお店はある。
一軒家レストランであり、お店の前に立ってもまだこれがその「定谷」なのか確信が持てない、というレベルの隠れ家だ。
世の中数多の飲食店があるのに、この店名を僕ら夫婦が強烈に覚えているのは、ひとえにその隠れ家感に尽きる。
隠れ家、といっても車道に灯る看板の明かりはミステリアスで強烈なインパクトがあった。お陰で、このお店を利用する予定がないにもかかわらず、わざわざお店の前まで様子を見に行ったくらいだ。
僕らはこのお店の近くにある老舗の洋食店、「レストラン香味屋」を記念日に利用することがある。この香味屋も車道沿いの立地とその知名度の高さにかかわらずうっかり見落としそうな店構えだが、そんなものの比じゃないマニアックさだ。
「定谷」は完全予約制の高級なステーキハウスらしいので、小さい子連れの僕らには当分敷居が高い。お金が払えるかどうかではなく、そういうお店に小さな子どもが入店してガチャガチャすると他のお客様に迷惑だ。ステーキを食べたければ子連れはファミレスに行くに限る。
・・・そんな存在だった「定谷」が目の前で屋台を出している。
びっくりして夫婦ともに立ち止まり、店頭でこのカレーのポスターを凝視していたら奥でカレー鍋をかき混ぜていたご主人(と思しき人)が手招きをしてくれた。「美味しいから食べていってよ」と言う。
「根岸にあるお店ですよね?以前から行ってみたいな、と夫婦で話していたんですよ」
するとご主人(たぶん)は手をブンブンと振り、
「ああ、やめておいたほうがいいよ、うちはすごく高いから」
という。自分のお店を「やめておいた方がいい」と即答する店主は初めてみた。面白い人っぽい。「うちは子連れはお断りだから」などという理由ではなく、シンプルに「高いからやめておけ」という意味で言ってるようだ。
「うちはおまかせコースのみでやってて、5万円以上するから」
さすがだ。夫婦で食べると10万円以上する。おっと、子供もいれるともっとする。たとえ「記念日」という自分への言い訳をつけても、この金額を払うとなると覚悟が必要だ。
で、ご主人は陽気に言う。
「ここだったらカレーが食べられるから、食べていってよ」
と。確かに。確かカレーは900円だったと思う。街頭で立ち食いするにはやや高い気がして躊躇していたけど、そう言われると食べなくちゃ、という気になってくる。すでにここまでの道すがら、いろいろな料理を食べていてお腹は空いていなかったのだけど。
お会計をしてくれた女性の方はおそらく定谷の店員さんなのだろう。
お店にはおまかせのコース料理のみで、値段は3万、4万、6万、12万円の4パターンだと教えてくれた。(具体的な金額は僕が聞き間違えているかもしれない)
おう、さすが。すごい値段だ。
いくら高級な和牛を使っていても、お店が12万円という値段に見合うだけのサービスを提供するのは大変だ。特にメイン料理がステーキ、という縛りが自然とできてしまうステーキ店ならなおさらだ。それだけの質とおもてなしと空間を提供するお店なのだろう。こりゃ到底僕ら家族が行くお店ではない。お金の問題じゃなくて、格の違いだ。
ちなみに僕はお一人様1万円の個人経営ステーキ店に行ったことがあるが、質量ともに大変に満足した。その数倍も値段が高いお店となると、一体どんな世界なのか。興味はあるが、想像がつかない。
店員さんに「どういうお客さんがいらっしゃるんですか?」と聞いてみたら、「野球選手がよくいらっしゃいますよ。巨人の選手とか、いらっしゃいます」とのことだった。なるほど!へえー。
そんなわけで、僕らには近くて遠い存在、「ステーキ定谷」のカレーを食べてみた。
高級ステーキ店が作るカレーなので、まずかろうわけがない。なにしろ、ステーキ用に余計な部分をカットした、その端切れ肉がたくさん入っているからだ。実際、でてきたカレーは、まるで牛丼のように肉だらけの存在だった。ホロホロにほぐれた肉アンド肉。
シュラスコ店でも、カレーがメニューあったら食べることを僕はオススメしている。肉が大量に入っているから、うまい。フェジョアーダを取りすぎてお腹いっぱいになるのもいいが、カレーも食べておきたい。
話は戻すが、この定谷のカレーは「さすが」という代物だった。こういうお店の料理が気軽に食べられるのは、「下町七夕まつり」ならではだ。界隈の良質なお店がさりげなく屋台を出していて、大抵何を食べてもうまい。来年もまた、定谷のカレーを期待してこの地を訪れたい。
(2024.07.06)
コメント