ちのかたち――建築的思考のプロトタイプとその応用@TOTOギャラリー・間

最近、美術館・博物館訪問の記事の書き方が雑すぎる。

昔はもっと真摯に、その美術が意味不明であっても自分なりに咀嚼しようとしたし、人に伝えられるように理解する努力をしていた。しかし、最近はそういう努力がすっかりなくなってしまった。

この展示もそう。

この作品群の背景を知ろうと思ってネットサーフィンしてみたら、僕同様に美術・博物鑑賞記録をブログに載せている人を見かける。そういう人たちは、すごく真面目に、作品を紹介し、論評を加えている。すごいなあ、と思う。

もちろん僕は、「作品紹介は極力やらないし、作品のバックボーンを掘り下げたりしない。作品を見たまんまの感想を大事にする」というスタンスだ。丁寧に紹介しているブログとは趣旨が違う。

とはいえ、やっぱり自分の手の抜き方が最近露骨じゃないですか、と思えてきた。もう少しちゃんと見ようよ、と。

たぶん、美術博物を年に100展覧会以上見続けて5年が経過し、僕の中で「まだ見ぬものに対する驚きや興奮」が薄れてきたのだと思う。さすがに最近は、どれだけ奇抜な展覧会であっても比較対象となる体験がある。

もちろん、驚きや興奮が鎮まることが悪いわけじゃない。恐らく、そんな脊髄反射的な感覚の次のステップとして、体感した五感を理性で分析し、それを言語化するというステップがあるはずだ。でも僕は、そこで立ち止まってしまっている感じがする。

100とか200といった作品を見ていけば、自然と知見が深まると思っていたけど、案外そういうものでもないらしい。

(2018.09.01)

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