編集後記2021年09月期

セルフ言葉狩り 続編

先月の編集後記で、過去の記事を検索しまくって文章の差し替えや削除を行った、ということを書いた。

先月時点でその作業は終わっているけれど、この問題はまだ僕の中で引っかかりがある。きっと検索から漏れている「今の時代に合わない表現」は残っているだろうし、そのものズバリの単語を使っていなくても、文脈上差別的な内容が含まれているのではないか、という気もする。

僕はハウスダストやダニに起因するアレルギー性鼻炎の症状を持っている。なので、旅行に行く際に鼻炎薬を持参するようにしている。旅行記では、Amazonへの商品リンクとともに鼻炎薬の紹介をしているときがあるが、これはひょっとすると薬機法に抵触する恐れがあるかもしれない、と気がついた。なので、鼻炎薬の効能に関して、個人の感想はできるだけ削除した。

おじさん構文

ラーメン評論家「はんつ遠藤」氏のブログが話題になっている。女性ラーメン店主に対するセクハラで、お店から「ラーメン評論家を名乗る人は今後お店に出入り禁止」と通達されたことに対する釈明文だ。「謝罪文」ではなく「釈明文」と言ったほうが正しいだろう。

その内容が結構すごかったので、ネット界隈ではザワついている状態だ。

ラーメン評論家の件で注目される「おじさん構文」→「おじさん構文のおじさんは私の中にもいる」「俺もいずれこうなるかも」
人の振り見て我が振り直せ

これを見て、僕自身は他人事として見ていられなかった。「内なるはんつ遠藤」を自分に感じたからだ。

ハラスメントが事実かどうかはともかく、「おじさん構文」と呼ばれる文章の書き方は、僕自身身に覚えがある。

この事件について要約しているサイトなどで、釈明文中特に「キモい文章」が抜粋されている。それだけ見ると確かに「うわぁ・・・」と引く内容だ。しかし、改めて彼のブログに掲載されている文章全体を俯瞰すると、キモい文章がありながらもシラフな文章もそれなりにある。

だからこそ、ぞっとした。

単に彼がキモすぎるおじさんなら、自分ごとだとは思わない。しかし、ちょいちょい見せてくる「今どき、受け入れられない文体や物の考え方」なら、僕だってやっているかもしれない。というか、やってきた。

なので、これを教訓に僕自身、もっと文章を引き締めなくちゃ、と感じている。

僕の場合、

・聞いてない自分語りと自慢
・自分にツッコミと言い訳を入れる

が文中に入ることが多い。ニチャア、という粘着的な音が聞こえてきそうなツッコミではない!と自負しているけれど、他人から見るとやっぱりキモいかもしれない。気をつけなくては。

昭和軽薄体

はんつ遠藤氏問題が取り沙汰されるようになって、彼の文章の書き方は「昭和軽薄体」ではないか?という指摘があった。実際は違うと思うのだが、この昭和軽薄体という概念も時代とともに現れて消えていった、流行りだ。

椎名誠の文章がその代表格とされ、80年代に流行ったものだ。「病気」を「ビョーキ」と書いてみたり、とにかくヘラヘラとした砕けた文体を使って、飄々とした文章を構成する。

昭和軽薄体 - Wikipedia

僕は椎名誠の「わしらは怪しい探検隊」に感化されて「アワレみ隊」を設立した経緯がある。そのため、当然アワレみ隊初期は椎名誠の劣化コピー的な文章を書いている。

1993年にアワレみ隊の第一回合宿が行われたが、その際に隊員に送った檄文がこのサイトに記録として残っている。まさにこれが昭和軽薄体だ。

さすがに僕はこのテンションで文章を書き続けることはできなかった。人生を半世紀近くも生きてりゃ、文体はどんどん変わっていく。むしろ変わっていくべきだ。

僕の場合、このサイトの記事が着実に蓄積されていったときに「これは後世になって読み返しても、ちゃんと理解できる文章じゃないと駄目だぞ」と思うようになった。なので、ネット独特の表現はあまり使っていないつもりだ。今この瞬間読まれればいい、というSNSや5ちゃんねるなどの文体と、長期保存を前提としたこのサイトの文体は当然別ものになる。

2000年代前半、「侍魂」をはじめとするテキストサイトが流行ったときは、このサイトもそれを真似て「やたらと行間を空け、スクロールした先に次の文章が書かれている」といった演出をやっていたことがある。しかし、今は全部そういうのをやめた。その際、修正するのに随分手間がかかったので、余計な演出はもうやめよう、と誓ったものだ。文字のサイズを変えたり、色を変えたりするのさえ止めてしまった。

とはいっても、全く時代の流れに乗らない文章というのは面白くないものだ。ある程度読んでいる人に同時代性を感じてもらうために、ネットスラングを混ぜることもやっている。

直近だと、スラングではないものの「DSSチョーカー」という言葉を文中に登場させた。これは劇場版エヴァンゲリヲンシリーズを見ている人でないとわからない劇中用語で、理解できない人のほうが多いだろう。でも、書かれている文章全てが全員に理解できるよりも、ちょこっと「何だこれは?」と引っかかる単語が混じっている方が面白い、と僕は思っているので敢えて使った。

最近のBGM

オリンピックの開会式・閉会式を見た時は「ああ、これはすごいものを見た」と思った。

昔大好きだったプロレスでも、こういう感覚があったものだ。選手同士の因縁が強すぎて、まともな試合として成立せず、客からすると「金返せ!」となるような大荒れの興行。客は怒る一方で、「これは後々に語り継がれるすごいものを見た」とも思いつつ翌週の「週刊プロレス」の発行が待ち遠しかったものだ。

プロレス好きたるものは、ひどい試合であってもそれを愛でる寛容さが必要だ。なぜなら、目の前の試合は、あとに引き継がれる歴史の一歩なのだから。大きな物語として、数年スパンの目線で試合を観ることがプロレスの楽しさだ。

それと一緒で、オリンピックの開・閉会式を見た時、これが今後の日本の歴史にどう影響を与えるのだろう・・・と考えてしまった。

一方、パラリンピックの開会式・閉会式は単純に「ああ、これは素晴らしいものを見た」と思った。繰り返し視聴に耐えうる内容で、特に音楽が素晴らしかった。ギタリストの布袋寅泰がサプライズ登場したのは痛快だったしその話題でもちきりだけど、僕が一番気に入っているのは選手入場(閉会式では国旗入場)に使われた音楽だ。

開会式の場合は90分、閉会式は30分。かなり曲が長く、いくつものテクノ調の曲がノンストップミックスされていてBGMにとてもいい。気が散らない上に気分が上がる。そんなわけで、最近はBGMとして開閉会式の入場曲がお気に入りのBGMだ。

開会式 | 東京2020パラリンピック | NHK
閉会式 | 東京2020パラリンピック | NHK
大会を振り返った およそ30分間のダイジェスト映像:(0:02:00~) 東京2020パラリンピック 閉幕式:(0:40:00~)

特に閉会式の国旗入場で使われた曲がいい。RAM RIDERが作曲したパラリンピック用オリジナル曲「TOKYO AGITOS」だ。30分強の曲の中で、YMCKによるチップチューンの音楽が混じっていたり、ボーカロイドを使ったと思われるメロディがあったり、ボーカル曲があったり。そのうちボーカル曲「東京論」はYouTubeのオフィシャルサイトでPVを見ることができる。これは映像が楽しい。

オリンピック・パラリンピックは大赤字で閉幕したわけなんだから、オリジナルサウンドトラックを売ればいいのに、と思う。アナウンサーの実況や会場の声がない状態で、ガツンガツンと音圧強めの状態で聞いてみたい。

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