大山顕×東浩紀【ゲンロンカフェ at VOLVO STUDIO AOYAMA #6】「都市と道の写真論」@VOLVO STUDIO AOYAMA

北欧自動車メーカー「VOLVO」のコンセプトカフェ、VOLVO STUDIO AOYAMA。昼間はボルボの車を見ながらお茶ができるし、夜はコンサートやトークイベントが開催されている。

ゲンロンカフェは、月に一度このボルボスタジオで出張版ゲンロンカフェをやっており、今回で6回目。僕自身はここでゲンロンカフェを聞くのは3度目になる。

大山顕というのは、団地マニアとかダムマニアとしてネット界隈で人気が出て、「マツコの知らない世界」にも出たことがある人。現在は写真家として活動しているが、単なるマニアではなく批評精神もしっかり持ち合わせ、理論家でもある。そんなわけで、独特の視野と、それを言語化するセンスの良さは卓越していて、ゲンロンカフェにもよく登場している常連の一人だ。

ちなみに僕は、つい最近この人の本「真上から見た狭くて素敵な部屋カタログ」を購入して愛読している。妹尾河童の現代版・写真版であり、ペラペラページをめくるだけでも楽しくなってくる。

さて、今回のトークイベントは「都市と道の写真論」と銘打たれているが、特に何かこれまでの議論の文脈から設定されたものではなく、スポンサーであるボルボに配慮してこういうタイトルにしたに過ぎない、というユルさだった。

最近の大山氏はショッピングモールを研究対象としており、「都市と道」について精通しているわけではない。なので、必ずしもこのタイトル通りの議論とはならなかったのだけど、「写真におけるフレームという概念」についてあれこれ語られていて、面白かった。
昔のカメラは、撮影をする人がファインダーをのぞき込み、「自分の目になりかわって、カメラが被写体を見る」ということを行ってきた。しかしスマホカメラの普及によって、「スマホの画面を見つつ、同時に被写体の顔も見る」という客観性が現れ、また被写体側もスマホのレンズと、撮影者の顔の両方を同時に見るという構図になってきた。これは写真史において大きな意味がある、という話など。

しかも、スマホは最新機種になればなるほどどんどん縁の部分が細く、狭くなってきていて、殆ど画面そのものを持ち歩いているようになってきている。これは一体写真において何を意味するのか?みたいな話。

こうやって要約して、その場にいなかった人に説明しても「なんかしょうもないことをチマチマと議論していたんだな」と思われるだろうけど、実際はかなりエキサイティングな内容だった。やはり、3時間以上かけてじっくりと議論する場がある、ってのは素晴らしい。編集やらCMやらでぶった切りになるテレビ番組とは全く違う世界だ。

(2018.04.22)

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