「生活防衛資金」を考えた結果、50代にして法務局で「自筆証書遺言」を保管してきた

育児休職中、夜になって妻子が寝静まったら・・・といっても、いしはずっと弊息子リョウの相手をしなければならないのだが・・・僕は、ひたすらAIとの相談を繰り返していた。

第二子が産まれたことによって、よりタイトな資金繰りが要求される。
今はともかく、あと8年もすれば僕が迎えることになる「定年退職による給料の激減」は、家計にとって最大のネックだ。

にもかかわらず、二人の子どもの教育費が非常にかかる時期に差し掛かっていき、我が家の家計はキャッシュアウトが多くなる。
なんとか教育費に耐え抜いた先に僕ら夫婦の老後の生活があるのだけれど、果たしてその時点でどれほどの口座残高があることか。

その資金繰りについて、AIと話し合っていたのだった。

そのAI議論については、別記事に書いている。

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「僕が60歳までに資産を最大化したい。しかし、リスクを取りすぎて60歳の時点で資産が大幅に含み損になっていて、現金化がためらわれるような状態はいやだ」

という観点で議論をしていたのだが、その際、現預金としての日本円をどの程度持っておくのが良いか?という議論にも踏み込んだ。

投資を最大化したいので有り金をめいっぱい証券口座に注ぎ込みたい。
でも、僕が急病とか急死した際、僕の口座から引き落とされるお金(たとえばカードや公共料金の引き落としなど)が残高不足で決済できず、各所にご迷惑をおかけしてしまうのは、僕の美学に反する。

なので、万が一があったときでも、数ヶ月は口座残高が尽きないようにしなければならない。
特に僕の場合、登山を趣味にしているので、いつ死ぬかわからない。崖から落ちるかもしれないし、クマに食べられるかもしれないので、案外絵空事じゃない話だ。

今はインフレのご時世。口座残高にある程度まとまったお金を置いておくのは、インフレ負けして損をした気分だ。だからといって、定期預金や外貨預金にするわけにはいかない。それだと即時の引き落としに使えないし、僕に万が一があったときは、いしが操作をしなければならない。

僕にしかわからない、ややこしい口座にお金を預けておくわけにはいかないのだ。

そこで気がついた。待てよ、僕が死んだらそもそも僕名義の口座に入っているお金は、遺族にとっては「遺産」となる。
このお金を動かすにしろ、使うにしろ、引き落とされるにせよ、相続の権利を持つ人である妻と子ども二人全員の合意がなくてはいけない。

法定相続分は、妻が1/2、子ども二人が1/4ずつとなる。それはいい。
ただ、現時点では未就学児である子どもに財産を相続させるのは現実的ではない。

住んでいる家の登記簿で、僕の名前が抹消されたのちに妻子3名の名前が連名で登記される、というのは後々面倒なことになるので避けたい話だ。だから基本戦略として、一次相続は妻に全額、ということを考えている。

そうすると、遺産分割協議書を作らなければならない。しかし、考えていくうちにこれだけでは不十分である、という事実に行き当たった。

遺産分割協議書は、名を連ねる相続人たちが実印を押し、内容に同意した意思を表明しなければならない。

だが、未就学児たちは、実印なんて持っていない。
いや、そもそも未成年がこういう契約に類する行為はできないはずだ。

調べてみたら、案の定、未成年だと単独では認められなかった。代理人を立てなければならないらしい。
まあ、そりゃそうだ。

じゃあ、代理人は親がなると思うじゃないですか。
人の親なら、子どもに関するいろいろな書類を書く際、子どもの名前と併記するかたちで親の名前を書くことがある。
そんなもんだと思っていた。

しかし、AIから
「親が遺産分割協議の代理人になると、利益相反になるのでダメです。家庭裁判所に申し立てて、特別代理人を認めてもらうか、裁判所に選任してもらう必要があります」
と言われた。
あっ、そうなるのか!

特別代理人なんて、ツテがなければ裁判所にお任せという手もあるが、いずれにせよ裁判所に申請して、承諾を得て、その代理人の連名のもと遺産分割協議書を作ってとなると、数ヶ月かかることはザラだという。

それじゃ時間がかかりすぎる。

生活費の半年分くらい、「生活防衛資金」を貯蓄しておかなければならないようだが、低金利の銀行口座にそんな大金を常時預けておくというのは、あまり効率が良いものではない。

おいおい、話が大げさなことになってきたぞ。

「そんな面倒なこと、他の人もやっているの? こんな事例はゴマンとあるだろ?」
とAIに詰め寄ったら、
「だから皆さん、いざ当人がお亡くなりになった後、銀行窓口で絶望するんです。あるいは、うまいこと(グレーな手法で)誤魔化しちゃうんです」
との回答。

いや、誤魔化しはよくない。「うまくいかなかったとき」に禍根を残し、家族を税務署とのデスマッチに引きずり込むような真似は、僕の美学に反する。死ぬ時はきれいに死にたいものだ。

そこでさらにAIと議論した結果浮上したソリューションが、「遺言書を残す」ことだった。僕が死んでから残されたメンツで協議するのではなく、最初から遺言書で「資産の全額を妻のいしに相続させる」と定義してしまえばいい。

夫婦同時に死んだ場合は、弊息子タケと弊息子リョウが1/2ずつ受け取る、というプランBも明記しておく。これを自筆で書き、法務局に預託する「自筆証書遺言書保管制度」を利用すれば、家庭裁判所が介入する隙を最小限に抑えられるはずだ。

遺言書といえば公証役場で作成する「公正証書遺言」が一般的だが、証人を二人用意したり、数万円のコストがかかったりとハードルが高い。一方で、法務局に預ける場合は、手数料はわずか3,900円。実に見事なコストパフォーマンスではないか。

ただし、法務局は「形式」は見てくれるが「中身(解釈)」までは添削してくれない。文言が曖昧だと、結局死後に解釈を巡って揉めるリスクは残る。要するに、ガッチリとした遺言書を書くスキルがあるなら自筆、不安なら公証役場へ課金しろ、というわけだ。

証人の前で遺言を述べる、というのはなんだか恥辱プレイのように感じた僕は、文面をあれこれAIと相談して手書きで遺言書を書き、法務局に預けることに決めた。
A4の紙に向かい、全文を自筆で書くという、デジタルネイティブ世代(自称)には苦行に近い作業だ。

腱鞘炎になりそうな右手を宥めつつ、「いしに全ての資産を相続させる」という一文を綴る。自分の死を前提とした文書を、これほどまでに冷静かつロジカルに書く自分に、少しばかりの気味悪さを感じる。

遺言書の内容が完璧なのかどうか、穴がないのかどうかはわからない。
しかし、複数のAIを使って校正をさせ、ブラッシュアップしてどのAIからも「問題ない」と言われた内容だ。まるでダメな内容ではないはずだ。

そもそも、いくら遺言書で「いしに全額渡す」と書いてあっても、遺留分として子ども二人の法的な相続の権利は残り続ける。
子どもが異議を申し立てたら、この遺言書は意味をなさなくなる。
だから、少々作りが雑でもまあいいか、と思っている。
いしへの全額相続に子どもたちが異を唱えない場合、自動的にこの遺言書の内容通りになる、というわけだ。
で、この遺言書があれば、金融機関などで手続をするうえで処理が早くなるはずだ。たぶん。

「法務局」は、僕が不動産登記をやったことがあるので行ったことがある場所だが、メガロポリス東京でもあまり数がない。税務署感覚であっちこっちにあると思っていたのだが、全然数が違う。

遺言書を預かってくれる法務局はもっと少なく、東京で5か所、23区内で2か所しかない。
近場の出張所では取り扱っていなかった。

そんな遺言書を預かってもらうには、事前に法務局に予約を入れなければならない。すごく混んでいて半月・一ヶ月くらい待つのかと思ったら、翌日からずっと空いていたので拍子抜けだった。
案外、法務局で遺言書を預ける人は少ないらしい。僕の今回の発想は、妥当なものなのだろうか?

いや、我が家の家族構成がちょっと特殊なケースなんだ。
だって、僕が70歳のときにようやく下の子が契約ができる年齢となる。70歳って、元気な人はぜんぜん元気だけど、死にそうな人は既にやばい。
僕はどうだろう?そう思うと、死ぬかもしれない前提でお金回りの整理をしておくのは合理的だと思う。

予約していた法務局へ。東京法務局、本局。千代田区役所の隣で、皇居に面している。法務局は駅から遠い、という印象があるが、ここもそうだった。こんなに都心なのに、けっこう歩いた(水道橋駅から20分ほど歩いた)。

職員さんに申請書と遺言書のチェックを受ける。
かなり入念だ。
ただ、その場で指摘はしてもらえるので、その点はよかった。

法務局といえば司法書士などのプロを相手にしていることが多いからか、ミスった書類を提出してもそのまま受理され、後日「書類不備」を理由に却下される、ということが起きがちな印象だ。
しかし、この遺言保管を担当している部署は、素人相手ということもあって細かく内容を見てくれた。

遺言書の内容まで一字一句見られたのは、恥ずかしい気持ちと同時に「そこまでやるのか!」と驚いた。
おそらく、事前に聞いていた話のとおり、内容の妥当性までは口出ししないのだろうが、申請書に書かれている相続人がちゃんと遺言書に登場しているかどうか、関係性に相違がないか、細かく確認をしてくれた。

AIと相談して文章を作ったせいで、「僕が死んだとき」という王道パターンのほかに、「夫婦が同時に死んだとき」「夫婦+子ども一人が死んだとき」と合計3パターンの内容が盛り込まれている。
文章が長文でややこしくなっているけれど、結局は大したことは書いていない。大げさに書いてあるだけだ。

なので、職員さんが僕の遺言書を読み終わって、「ん? これだけ?」みたいな物足りなさそうな顔を一瞬だけしたので、僕はちょっと申し訳ない気持ちになった。
背後のカウンターでは別の方が遺言書の相談をしていたのだが、そちらはもっと深刻そうな話の内容だったからだ。

ああそうか、普通は遺言書ってもっとややこしい事情があるよな、と思う。

ひととおり職員さんのチェックを受けたのち、いったん部屋を出て廊下のベンチで待っていてくれ、と言われた。

これから別の職員によるダブルチェックを行い、内容に不備がなければスキャンしてデータ保管するので、しばらく時間がかかる、と。
その間に収入印紙を買っていないならば下の階で売っているので買ってくるように言われたが、既に買ってあったのでベンチで待機した。

15分から20分くらい待っただろうか。終わりましたと言われたので、印紙3900円を渡し、かわりに遺言書の保管証をもらった。この保管証には保管番号が書かれているので、「遺言書が見たい」というときは保管番号をもとに申請することになる。

保管番号を忘れてしまうと、または遺言書の存在を忘れた/知らない場合は、今回の苦労がまったく役に立たないことになる。
たとえばまだ息子たちには遺言書の話をしていないので、夫婦共倒れで死んだときは遺言書があるにもかかわらず無視されることになるだろう。

とはいえ、わずか数千円と、数時間の作業。たったこれだけで、死後の家族の混乱(と僕自身の精神的負債)が緩和されるのだから、安い買い物だったと言えるだろう。

さて、これで死ぬ準備は整った。が、まだ死ぬつもりはない。まずは「生活防衛資金」の最適化によって浮いた余剰資金を、どこに突っ込むべきか。AIとの相談は、第2ラウンドへと続く。

ちなみに、このプロセスのなかで、「あっ、いしが死んだとき、僕がいしの資産をいじれないのはまずいな」という逆パターンにも気が付いた。なので、いしにも僕の遺言書とまったく同じ内容で、名前だけ僕といしとを入れ替えた内容のものを作製してもらい、僕と同じく法務局に遺言書を預けてもらった。彼女が復職すると、なかなか法務局に行く時間が取れなくなる。なので、育休中に行ってもらった。夫婦揃って仲良く同じ遺言書だ。

いしは「まさか30代で遺言書を書くとは思わなかった」と苦笑する。

「遺言書」といえば、死に間際の人が自分の遺産について指示を出すもの、というドラマっぽいイメージがあるが、僕らのように資産の最適化を意識するからこそ、これから「生きていく」ことを考えるからこその遺言書というやり方もある。今回は実際に手を動かしてみて、面白い体験となった。

(2026.02.27)

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