僕は年中行事を大事にしている。
昔は無頓着だったし、天邪鬼なので「クリスマス粉砕!ハロウィンとか言っている浮かれたやつらは馬鹿だ!」と毒づいていた。
しかし、2013年にお酒をキッパリと止めて以降、僕は「丁寧な暮らし」を志向するようになった。家中に無印良品の家具が増殖し、彩りの切り花が部屋に飾られ、食事の際にはテーブルに箸置きやコースターが置かれるような生活っぷりへシフトし、それとともに年中行事にも進んで目を向けるようになった。
おそらく、断酒するまでがあまりに怠惰で荒んだ生活だった反動だろう。
酒びたしの生活を送っていると、30平米にも満たない狭い家に住んでいるにもかかわらず、トイレに立つことすら面倒になってくる。「ペットボトルにおしっこ」をしてしまう人の排泄&ズボラ心理が、僕は心底理解できる。
あいにく当時の僕はペットボトル飲料を飲む習慣がなく、室内に空きボトルが一本もなかったため一線を越えずに済んだだけだ。
そんな暗黒の泥酔生活からパッと目覚めると、そりゃあもう、世の健常な人々が楽しんでいるような人間らしい丁寧な生活を、猛烈に営みたくなるってものだ。
いしと結婚するとその傾向はさらに強まり、子どもが生まれると、年中行事は我が家の義務として欠かさず行うようになった。子どもの教育の一環でもあるからだ。
ひな祭りには大してうまいと思ってなくてもひなあられを買って貪るし、夏になれば短冊に願い事を書く。
特に、我が家ではAmazon Photosに家族の写真を大量に保存しているのが、この年中行事推進に多大なる一役を買っている。
Amazon PhotosとAlexaを連携させると、Alexaが「1年前の今日」「2年前の今日」・・・といった過去の家族写真をスライドショーで表示してくれるようになる。そうなると、現在と過去の写真を見比べたくなるのが人情というもので、昔やった年中行事(と、その記念写真)は、今年もやりたくなるのだった。
たぶん、僕と同じで「PCやAIによっていつの間にか行動変容させられた現代人」というのは、この世の中に腐るほどいると思う。
果たしてそれが機械に支配されたディストピアなのか、それとも幸せなことなのかは不明だが、少なくとも今のところ僕はこの状況を楽しんでいる。

誰しもが知る公の行事だけが、我が家の定番というわけではない。
夫婦のプライベートな思い出の日も、毎年繰り返し同じ儀式を執り行うようにしている。
たとえば某月某日は「情が湧いた記念日」と名付けられ、その日は某店のタルトを買ってきて夫婦で食べる決まりになっている。
まだ夫婦二人が付き合う前、単なる「近所で良さげな飲食店を開拓する健全なメシ友」だった時代、二人で食事のあと飲食店を出たときに僕が「あっ」と思い出したことがある。それがこのお店のタルトだった。たまたま前日に僕が買っていたもので、うっかり食べそびれてしまっていたため、すでに製造から1日以上が経過しているシロモノだった。
御存知の通り、タルトなんて時間が経つと生地が水分を吸ってフニャフニャしてくるし、そもそも生菓子は当日中に食べるのが大原則だ。
「家に食べそびれているタルトが2個あるんだけど、食べていかない?」と僕が提案したところ、いしは「タルトが食べられる!」と目をキラキラと輝かせて快諾した。これが、彼女が初めて僕の家に足を踏み入れた記念すべき日となったわけだ。
こういうとき、「丁寧な暮らし」を普段から実践していると強い。いつどんな不意の来客が来ても、部屋の汚さでフラれる恐怖がないのだから。
「誰か来客があるときには事前に家の掃除をしよう」なんて甘いことを思わないことだ。そう思っているうちは、いつまで経ってもそんな決定的な機会は訪れない。これは僕の実体験に基づく、極めて大事なアドバイスだ。
それはともかく、若干やわらかくなったタルトを我が家で和やかに食べ進めていたわけだが、いざ単なる「メシ友」だったはずのいしが、我が家という見慣れたマイフィールドにちょこんと座っているのを見ると、俄然可愛く見えてきてしまった。
もともと嫌いではないからこそメシに誘っていたわけだが、「年齢差もあるし、性格のベクトルの違いから僕が変な気を起こすことはないだろう。だからこそ気兼ねなく誘える貴重な存在だ」と高を括っていた。
その油断があったからこそ、普段の僕なら自意識過剰にブレーキをかけて声をかけられなかったはずなのに、平気でお誘いができたわけだ。すべては「彼女のことを好きになることはない」という僕の勘違いから始まっていた。
だが、空間の魔力かタルトの糖分のせいか、「すっかりその気になってしまった」のだ。
タルトを食べるという初期の目的を果たし、満足して帰ろうとするいしを呼び止め、男らしく(?)壁ドンをかまし、「情が湧いてしまった」とストレートすぎる告白をしたのがこの日。だから、我が家における「情が湧いた記念日」はタルトを食べる日、と夫婦で決まっている。ただし、僕らの子どもにはこの生々しい由来を今後も一切教えなくてよいだろう。
なお、その熱烈な告白直後の顛末なのだが、彼女の両肩を僕の手のひらでがっしりと掴んでこちらを向かせ、そのままグッと抱き寄せようとした瞬間のことだ。
予想以上に彼女の肩の「三角筋」がガッチリと発達しており、骨格にも華奢さが微塵もなく、骨太感が手のひらを通じてダイレクトに伝わってきた。これに僕がびっくりし、「あっ、これはフィジカルの格が違う。力づくで押し倒そうとしても返り討ちに遭って物理的に勝てないし、もし万が一にも通報されれば僕の人生がここで終わる」と、急に我に返ったのだった。
後日、いしが苦笑しながら言うには、「当時はいろいろ重たい物品を持ち上げたり運んだりするのも仕事のうちだったので、自然と肩の筋肉が鍛えられたんだと思う」だそうだ。
突然の僕の蛮行に対し、彼女は肯定も否定もせず言葉を濁したまま、大人の対応でそっと帰宅していった。彼女が去った静寂の部屋で、僕は一人「あああああーーーーーッ!!!」と頭を抱えてのたうち回る、大反省タイムへと突入した。

で、この大失態を演じた「情が湧いた記念日」の翌日が、我が家において「ダンダダンの日」に制定されている。
前夜、いしに突発的な求愛をしてしまったことを激しく後悔し、のたうち回りまくって一日を過ごした僕。
「せっかくメシ友達として気を許してくれていたのに、もう二度と元の気軽な関係には戻れない」
という絶望感と、
「もっと熱意を訴えかければ良かったのか、それとも最初から大人しくタルトだけ食べてもらって帰すべきだったのか」
というテクニカルな悩みが脳内を無限ループしていた。
いずれにせよ、もし万が一にも次なる機会が与えてもらえるならば、ちゃんといしと正面から話をして、昨夜の非礼を謝罪し、こちらの真剣な意図を説明したうえで、改めて彼女の気持ちをしかと聞かせてもらいたいと切に願っていた。
そんなわけで、僕は「ダンダダン酒場」という餃子居酒屋へ一人で向かった。以前から二人で「今度行ってみよう」と話をしていたお店候補の一つだったからだ。
この時点で、いしとは連絡がついていなかった。彼女の変則的な勤務形態を当時の僕は全く把握できておらず、今日が夜勤なのか日勤なのか、あるいは休日なのかさえも分からない状態だった。
それが分からなくともお店に行ってひたすら待機することこそが、軽率な行動に出た自分への罰だと思ったし、そもそも「自宅で起きた重大事件」の後始末のためにぬくぬくと自宅で連絡を待つのは、誠意の示し方として違うと思った。
いしからLINEの一通すらあるか分からない絶望的な状況の中、僕はダンダダン酒場に夕方18時から閉店間際の24時近くまで、実質6時間も居座り続けた。
で、結局彼女からの連絡は一切なく、僕はひたすら席を温め続け、少しでも店への迷惑を減らそうと炭酸水を30分おきに機械的におかわりし、餃子を食べ続け、肉体的には胃袋がパンパンに膨れているが精神的には完全に干からびた状態で、トボトボと帰宅することとなった。
この沈黙は縁を切られた拒絶のサインなのか、それとも単に仕事でスマホを見られないだけなのか、当時の僕には知る由もなかった。
のちほど、この日は彼女がガチの夜勤に入っており、LINEを1ミリも見られない環境だったことが判明する。つまり僕は、一人で勝手に「いしがもし現れたら、一体どんな顔をして何を言えばいいんだ?」と怯え、恐れ、そして誰もやってこない店内で勝手に絶望していたわけだ。見事なまでのひとり相撲、一人芝居であった。
そんなわけで、この苦い記憶の日は「ダンダダンの日」。いしにとっては「ただの忙しい夜勤の日」でしかなく何の関係もない記念日だが、僕にとっては己の未熟さと誠意を試されたとても感慨深い日であり、先述の「情が湧いた記念日」とセットで、我が家の重要二大イベントとなっている。
2026年。今年もまた、あの「ダンダダンの日」がやってきた。ただし、当日の孤独な炭酸水地獄とは違い、今は賑やかな家族4人で迎えている。
あんな不器用な衝突と勘違いの夜を経て、今やこうやって新しい命が増え、我が家の歴史として写真にしっかりと収まっている。この写真は来年も見るだろうし、再来年もまた、増え続ける家族の思い出とともに見返すことになるはずだ。実に、嬉しいことではないか。
(2026.03.17)

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