そば処 浅田(01)

2000年11月05日
【店舗数:066】【そば食:137】
長野県松本市深志

ざるそば、そばがき、四季桜

浅田看板

白骨温泉から松本市に猛烈に逆戻りする車中、全員のテンションが高かった。
「このままで蕎麦ツアーを終われるかい!」
「もう一軒、今度こそ!」

われわれは2泊3日の旅を終わらせた、というカタルシスが欲しい。毎日蕎麦尽くし。今まで10杯の蕎麦を食べてきたわけだが、それに見合ったフィニッシュでなくてはいけない。先ほどの店には悪いが、とてもじゃないがニコニコ笑顔で「じゃあ、またね」と解散する気にはなれなかった。

ただ、こうなると「ラスト一軒」に対する要求というのは限りなく高くなってしまう。下手な店は選べない。店選びの全権を任されていたおかでんとしては、旅の最後になってえらく緊張を強いられた。

とはいっても、長野のグルメガイドマップを持っているわけでもない。手元にあるのは、ネットに掲載されていた記事をプリントアウトした資料だけだ。脂汗をたらしながら、えいやっと決めたのは「浅田」というお店だった。紹介記事がたまたま良さげだった、というそれだけの理由だ。

「名前も、何だか寿司屋っぽくて気合い入ってるじゃん?」

自分の考えを補強しようと、強引な論理を展開する。あんまり賛意が得られなかったので、

「蕎麦が終わり次第終了、っていうお店らしいよ」

これまたあまり補足にならない事を言う。そんなもん、近所の弁当屋でも「ご飯切れのため本日終了」ってのがあるくらいで、珍しくはない。

浅田外観

浅田は、NHK松本放送局の側から脇道に入った先にあった。表通りに面していないので、「おい本当にここかよ?」という疑念の声が車内にあがる。

しかし、しばらく道を進むと、確かにそこに浅田はあった。看板が店の前にあるので特にわかりにくくはない。

細街路に店があるからといって、庶民的出前もやってます、店の前にはカブがいつでもスタンバイしてます的な蕎麦屋ではなかった。店の前に埃が積もった商品サンプルが陳列されていることもなく、ぴりっと引き締まった空気が既に辺りに充満している。いかにも、蕎麦屋な作りだ。

店の前が駐車場になっているのだが、昼下がりだというのに車が何台も停まっていた。繁盛店のようだ。こんな立地条件だと、「小腹が空いていたら、偶然蕎麦屋を発見」というかたちでお店に入るということはない。わざわざ車で遠方からやってきているということだろう。

これは期待して良いのではないでしょうか。

浅田お品書き

店は、テーブル席とお座敷があって、左側には厨房と蕎麦打ちをする場所があった。ゆったりとした作りで、開放感があるお店だ。

お品書きは至ってシンプル。そば3種類と飲み物だけ。そばは、ざるそば、十割ざるそば、きのこそばだけ。十割ざるそばは一日15枚限定で、きのこそばは7/8月は提供していないという。ということは、お盆の頃、昼下がりに来店したら、ざるそばしか選択肢が無いという事態になる。

ご主人が厨房から出てきた。

「申し訳ありません、蕎麦を切らしてしまってまして、5人分までしかお出しできないんですよ」
「あらー」

そうか、このお店売り切れ仕舞いって話だったもんな。そりゃ困った。こちらは6名いるので、こうなったらじゃんけんで食べる権利を奪い合うか。すると、ご主人は言葉を継いでこういった。

「何でしたら、残りの1名様分としてそばがきをご用意いたしますが」

なんと、メニューにはないそばがきを出してくれるという。それは願ってもない事だ。

「いや、それは非常にありがたいです、ぜひお願いします」
「これから製粉しなくちゃいけないので、ちょっとお時間頂きますけど、よろしいですか?」
「これから製粉!素晴らしい、1時間待てと言われても待ちます」

なんか最後の最後で、とんでもなく面白げなシチュエーションになってきた。リアルに挽きたての蕎麦が、そばがきで提供されるなんて願ってもなかなかできるものじゃない。

「オレ、そばがきの方がいい」
「あ、わしも」
「こらこら、全員がそばがきって勢いじゃないか。そばがきの方が圧倒的に数が少ないんだからな」

浅田で蕎麦

お酒を頼んだら、安曇野翁でもみかけたフラスコ型の徳利が出てきて、しゃもじの上に載せられた蕎麦味噌が添えられていた。なんか、ここも翁に似ている。

しばらくして、ざるそばが届けられた。

「5人分しかないんですが、6人に分けてあります」

とのことで、全員にざるが行き渡った。この辺りの配慮、本当に気が利いている。頭が下がる。おかげで、「1つのそばがき争奪戦」で、旅行の最後の最後で殴り合いの喧嘩を始めなくて済んだ。

おや。蕎麦徳利、蕎麦猪口、薬味入れ、ざる・・・この景色、やっぱり翁の流れを汲んで居るぞ。

ずるずる。おおう、やはり翁系の蕎麦だ。非常に上品かつ繊細な味わい。鼻に抜ける蕎麦の香りが、非常に軽やかだ。戸隠の蕎麦も香りは感じられたが、あちらはちょっと泥臭いというか、野性味がある。その点、こちらは洗練された印象を受ける。蕎麦粉の種類が根本的に違うのだろうか。

「うは、とてもおいしいんですけど」
「いいねえ、わざわざ松本にやって来て良かった」

みんな、一様に褒める。褒めまくる。この蕎麦は確実に、美味い。

そばがき

蕎麦に夢中になっていてすっかり忘れていたが、そばがきが遅れて到着した。

「すいませんね、そばがきになってしまって」

とご主人は詫びるが、全員が猛烈に首を横に振って、

「いえいえ、そばがき大賛成です」
「そばがき食べられた方がいいです、幸せです」

と強くご主人の対応に反応した。

みんなで分け合って、食べてみる。

もう余計な言葉はいらないだろう。とりあえず、スタンディングオベーションしていいですか。

急場しのぎで作ったメニュー外商品なのに、かくも美味いもんですかそばがきってぇものは。やっぱり、そば湯にどっぷりつかっているやつよりも、こうやって餅状でお皿の上に乗っかっている方が味がはっきりして美味い。あと、もちもち感も違う。ただ、今回に関して言うとそういう製法の違いだけではなく、確実にそばがきが美味いんですな。挽きたて蕎麦粉の影響だろうか?いや、そこまで繊細な違いはわれわれの舌では判断できないはずで、それ以前に蕎麦粉がおいしいんだろうな、恐らく。

美味いそばがきは、しょう油はいらない。そのまま食べて美味。

みんなが恍惚としていたところで、ご主人がわれわれのところにやってきて話しかけた。

「蕎麦、好きそうですね?」
「え?いや、好きですけど、まだまだですよアハハ。昨日は戸隠で蕎麦を食べてきましたけど」
「戸隠、どうでした?おいしかったですか?」
「ええ、絶品!という感じではないですが、平均的にどこのお店もおいしかったと思います。でも、人が多すぎて・・・あれで減点ですかね」
「戸隠って、お客さんが多いですから地元産の蕎麦粉じゃほとんど賄えないんですよ。戸隠産の蕎麦粉って多くが中国産なんですよ」
「えっ?そうだったんですか!?じゃあ、あの地で蕎麦屋がたくさんある意味がないような」
「戸隠に行く途中、景色をご覧になったと思いますが蕎麦畑なんてほとんど無いんですよ」
「あー、言われてみればそんな気もする」
「中国産、といっても蕎麦の種自体は戸隠のものを使っているので、戸隠の蕎麦といって間違いはないんですけどね」
「へぇー、勉強になります」

とまあ、そんな話をつらつらと。聞くと、ご主人はやっぱり翁で修行したことがあるそうだ。その前はホテルマンだったらしい。道理で、非常に丁寧な接客をするわけだ。やはり、過去の人生経験は今の自分を形作るのだな。

ふじおか、というお店を教わる

ただの蕎麦食べに来ただけのお客なのに、ご主人は「こいつら蕎麦好きだな?」と過大評価しちゃったらしく、いろいろ蕎麦の話を聞かせてもらった。そのとき、

「ふじおか、ってお店をご存知ですか?」

とご主人から質問があった。

「いや、知らないです、初めて聞きました」
「黒姫にあるんですけどね、林の中にあって見つけにくい場所なんですけど、ここの蕎麦はとてもうまいですね。私自身、あの蕎麦には勝てないです。凄いです」
「ええ?でも、こちらのお蕎麦、ものすごくおいしかったんですけど。こんなにおいしいのに、そのさらに上があるんですか?」
「ありますね。ふじおかのそばがきは、とてもふわふわしていておいしいです。一度食べてみる価値はありますよ。蕎麦も、どうしてここまで美味くできるか、ってくらいです」
「同業者がそこまで褒めますか。それはぜひ行ってみないと」

ご主人は、店内に置いてあった雑誌をぺらぺらとめくり、ふじおかの紹介記事を読ませてくれた。長野県信濃町。新潟県との県境だ。妙高高原のすぐ近く。こりゃまた辺鄙なところだなあ。

「これから行くか?」
「馬鹿言え、もう15時過ぎてるじゃないか。閉店しとるわ。大体、明日会社に間に合わない」
「このお店、気をつけた方がいいですよ。非常に並ぶんですよ。開店時刻は11時半なんですが、客席が少ない上に完全入れ替え制なので、早く行って並ばないと駄目です。土日だったら、9時半くらいから行列ができますよ」
「げげぇ、開店2時間も前から?」
「ええ、それだけ評判なんですよ。でも、並ぶ価値はありますよ」
「なるほど、ぜひ行かなければなるまい。しかし凄い場所だな」
「近くにスキー場がありますからね、冬は逆に混むんじゃないですか」
「うう、ということは雪が積もる前に行かなければならんということか」

浅田のお蕎麦で、大満足、大団円となった蕎麦食べ歩きツアーだが、最後の最後で次回への宿題ができてしまった。おかでんの蕎麦屋経験のなかではこの時点で一位、二位を争う美味さだった浅田のご主人が、「自分よりもさらに上がいる」と言う。まるで映画だ。ボスを倒したと思ったら、真のボスがまだ控えていた、みたいな。

これは絶対、近日中に再度長野入りしなくてはなるまい。雪が積もる前に・・・って、あと1カ月くらいしか残されていないんですけど。