栄忠食堂

2000年11月23日
【店舗数:070】【そば食:142】
長野県下高井郡山ノ内町

もりそば

栄忠

お店選びは通称「長野味本」をベースに行われていたが、もう一冊別の情報源も用意されていた。金子万平著「信州そば百選」という本だ。

この金子万平氏、長野における蕎麦評論では有名らしく、彼が推奨する蕎麦屋をピックアップして紹介する蕎麦好きサイトを見かけたことがある。

この日の宿は渋温泉に決まったので、近場でどこか面白そうな蕎麦屋がないか、長野味本及び信州そば百選で調査した。すると、渋温泉から北志賀方面に向かったところにある「栄忠」というお店では、一風変わった蕎麦が食べられる、という記述を「信州そば百選」で発見した。

一風変わっている、というのは蕎麦のつなぎとして山ゴボウの葉っぱの繊維を使っている、ということだった。はて、山ゴボウとは?

そもそも、つなぎというのは小麦粉と相場が決まっている。小麦粉を水でこねると、グルテンが形成されて粉が粘性を持つようになる。しかし、山ゴボウという謎の植物の、しかも繊維をつなぎに使うとなると一体どういう魔術で蕎麦ができあがるのか、検討がつかない。そもそも食感ってどんな感じなのだろうか。障子を食べたかのようなごわごわした食感にならないのだろうか。非常に興味深い。早速、その蕎麦を食べさせてくれる「栄忠」に向かってみた。

お店に到着してみたら、既に営業は終了していたようだったが、ご主人が「いいですよ、どうぞ」と快くわれわれを迎え入れてくれたので、恐縮しながら入店させてもらう。

ヤマゴボウつなぎで蕎麦打ち中

ご主人がそばを打っているところを見学させてもらう。ちょうど伸ばしの工程をはじめるところだったのだが、あれよあれよと大きく、広く伸ばされていく。いや、もうちょっとこれは破れますぜ、というところまで伸ばしても、ご主人は平然としている。結局、台いっぱいになるまでぐいぐいと伸ばしてしまった。なんだか不思議なものをみせてもらった感じだ。

「これが山ゴボウの繊維の威力って奴ですか?」と聞いたら、そうだ、という。生地に弾力がでるから、大きく伸ばすことができるんだと。奥さんとご主人が「こっちに来なさい」というから、奥の板の間のお座敷に行ってみた。広さは10畳くらいあるだろうか。「昔は、ここで板の間いっぱいに生地を伸ばしたことがある」という。まじっすか。

でもご主人、腰を痛めてしまいつい先日まで営業を休んでいたらしい。蕎麦打ち職人における腰痛は職業病だとは思うが、ぐいぐい伸びるこの不思議な生地だとその分腰に対する負担も大きそうだ。ぜひご自愛頂きたいところ。

もりそば

ご主人と奥さんの交互で語られる蕎麦話に耳を傾けながら、もりそばを頂く。営業時間外なので恐縮だ。

麺を一口手繰る。ずるずる。

途中麺をかみ切ろうとして、箸と顎にチカラを入れる。

びょーん。

あっ。

その瞬間、今までにない食感にびっくり。この麺、縦方向に伸びたぞ。「噛んでグミグミした食感」なら想像の範疇だが、輪ゴムのように・・・という喩えは大げさだが、実際縦に伸びた。冷麺みたいな感じだ。山ゴボウの繊維はかくも強力なつなぎだったのか。

蕎麦の味は、ワイルドに風味がしていて、なかなか満足感の高いものだった。ただ、慣れない食感なので最初は戸惑ってしまったが。逆に、何度かこの食感に食べ慣れてしまうと、通常の他の蕎麦は「軟弱でいまいち」と物足りなく感じてしまうのではないか。

「いや、おいしかったな」

帰りの車中、語り合う。

「おいしかったけど、お店のご夫婦の蕎麦話でおなかいっぱい」

「蕎麦話、というより蕎麦自慢話、だったけどな。それも蕎麦の薬味として一興。ぜいたくなもんだ」

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