2001年11月25日
【店舗数:105】【そば食:189】
長野県木曽郡日義村
生粉打ちそば、かきたてのそばがき、そばまんまる焼き、ビール、七笑・紅梅
信州蕎麦食べ歩き3日目、最終日。この日は、蕎麦の生産地として有名な木曽の開田高原に行く予定にしていた。すんきそばなるものを食べてみようじゃないか、というわけだ。これで、とりあえずは長野県の北から南まで、なんとなくは蕎麦を食べ歩いた事になる。
開田高原に行くルート上に木曽福島がある。このあたりも蕎麦屋がそれなりにあるようで、情報収集をしていたら「水車家」という蕎麦屋がなにやらおいしそうに見えた。まずはこの日、一軒目を水車家にすることに決めた。
11時開店時間まで余裕があるので、木曽義仲の資料館に立ち寄ったりしながら時間調整。さあ、そろそろ時間はいいようだ、水車家に向かおう。
・・・と思ったら、何だか国道沿いにでっかい看板が出ているんですけど、「水車家」って。「あと○km」みたいなやつ。
「えー、本当にこんなお店に行くの?」
車内からは不満の声があがる。どう見ても、幹線道路沿いのドライブイン感覚な蕎麦屋の看板だ。こんな「一見さん向けお店」で蕎麦が美味いはずがない。
「あ、いや、その」
推奨したこっちも、動揺が隠せない。うーん、これは駄目かもしれん。
「おい、あれだぞ?」
現地に到着してみると、そこには広大な駐車場を誇り、立派な店構えのお店が。あちゃー、こりゃぁ、どう見ても観光客大歓迎なお店ではないか。「やばい、これで美味かったら奇跡だぞ」ゲージが、レッドゾーンに達している。
恐る恐る店内に入る。
「わ、広い!」
駐車場が広いんだ、店内だって相当に広い。観光バスでいらっしゃったお客様でも容易に団体ごと収容できますよ、という広さと客席数。この客席がいっぱいになったら、さぞや厨房は壮絶な戦いになることだろう。
・・・とてもじゃないが、丹念に蕎麦を作って提供するなんて、できるわけがない。
「あー」
既にわれわれは、負け戦モードに突入していた。このお店をどうやって、早く切り上げるか。そればっかり考えていた。
しかし、だ。
通常のメニューの他に、こんなメニューが挟まっていた。
「そばのおいしさ革命 水車家流 生粉打ちそば 950円」
おや。このお店は生粉打ちもやっているのか。一見さん相手のお店かと思っていたが、なかなかやるねぇ。ちょっと見直した。聞けば、一日限定20食だという。早く頼まないとすぐになくなるらしい。
「ややや?これは何だ」
驚きの声があがる。通常メニューの一角に、そばがきをこねている写真があるのは分かっていたのだが、その文章が相当にイカすらしい。どれどれ・・・わっ、何だこれは!
水車家では、良質の玄蕎麦(そばの実)を石臼で丁寧に自家製粉しています。でき立てのそば粉のおいしさを味わって頂くのに最適なのが「そばがき」です。未体験の方も、都会のそば店でそばがきに懲りていらっしゃる方も騙されたと思ってお試しください。
当店では、そば粉100%を水に良く溶き、鍋で加熱しながら練りまくって仕上げますので、体力の限界によりお受けできない場合がございますので、その際はご容赦ください。
「すげーな、体力の限界に挑んでるぞここの店員は」
「都会の蕎麦屋に対する挑戦状だな、これは」
「これは・・・あれに似ていないか?『ラブやん』の『本場アメリカン』に」
「あー」
筆者注(1):「ラブやん」→講談社の漫画雑誌「アフタヌーン」に連載されている田丸浩史氏のギャグ漫画。
筆者注(2):「本場アメリカン」→「ラブやん」第五話に登場した定食屋。開店を告知するビラには、「当シェフが本場アメリカで体得した力と技の前では屈強なグルメ戦士も負け犬同然」と書かれ、お品書きの「アメリカン牛たたき」の項には「当店の牛は、ロッキー1ばりに叩いています。他店のたたきは叩いていないと言わざるを得ません。いわば負け犬(ルーザー)です。」と書かれている変なお店。
これはひょっとしたら相当にイケてるお店なのかもしれない。ナメてかかっていたが、ひょっとしたらひょっとするぞ?あわてて、「まあどうでもいいや」と思っていた生粉打ちそばをオーダーし、それからそばがきなどいろいろと注文してみた。
まずは忘れちゃいけない、ビールもね。
それぐいっと。朝からご機嫌。
生粉打ちそばがまず到着した。
「あっ!」
机に置かれた瞬間、思わず声をあげてしまった。見事なうぐいす色の麺。これは、見ただけで絶品の蕎麦であることを確信させる。
「間違いない。これでまずかったら全額ここのお代払ってやらぁ」
思わず強気の発言をしてしまう。
「その代わり、本当においしかったらここのお代は君らが払ってくれ」
「やめろ。美味いにきまってるじゃないか、この蕎麦だと!」
久々に見たなあ、見た瞬間に「これだッ!」という蕎麦。
早速食べてみる。やや堅めの麺だが、口にした瞬間にどかーんと蕎麦の香り。限りなく清純で、透き通るような蕎麦の香りが嗅覚神経をくすぐる。
「おおぅ」
「おおぅ」
もうね、言うこと無いです。すいません、さっきまでさんざんこのお店を馬鹿にする発言をしとりました。相当に美味いです。っていうか、今まで食べてきた蕎麦の中でもトップクラスの美味さです。
「意外だなあ、こんな蕎麦屋でも絶品の蕎麦が出てくるんだ!」
興奮と共に、ちょっと困ってしまう。
「いやね、僕らこういう『ロードサイドの蕎麦屋』って、美味いお店はないという前提で今まで無視してきただろ?それがこんな蕎麦を出すお店があったなんて。困っちゃうよな。お店選びの選択肢が増えちゃったよ」
3人のうち、1名だけが普通のざるそばを注文していた。
生粉打ちそば950円に対して、ざるそば1,000円。50円高い。というのも、こちらは二段重ねの蕎麦だ。
こちらも、相当においしそうだ。いや、実際につまんでみたが、これだけでも十分すぎるほどおいしかった。
「いやね、でも生粉打ちそばを食べちゃった後だと物足りないんだよなあ」
一人不満の声をあげる。
「キミはルーザー、って事でいいね?」「くっ。・・・確かにルーザーだったな、今回の判断は」
非常にハイレベルなところでウィナーとルーザーの明暗がはっきりとしてしまった。
そばまんまる焼き。
蕎麦の生地に甘く味付けした味噌を塗り、あぶったものだ。
酒のつまみとしても、おかずとしても、おやつとしても微妙に中途半端な料理ではあるが、おいしかった。
厨房が体力の限界に挑んだ結果できあがったそばがき。
「わ?ワカメが中に入ってるんですけど」
見ると、お椀はまるでおみそ汁状態。なぜか、そばがきが行水しているそば湯の中には、ワカメが入っていた。
「お吸い物として食べろ、と言うことなのかねえ」
と不思議がりながらいただく。うふふ、これも蕎麦の香りが立ちこめて幸せー。
幸せだったので、ついつい熱燗を頼んでしまった。
そばを注文したら付いてきた、饅頭を肴にお酒を飲んだ。
先ほど「ルーザー」が確定していたやつが、「うーん、やっぱり生粉打ち食べよう」と意を決して、「すいません、生粉打ちください」と注文していた。すると、「すいません、もう品切れなんですよ」との回答。あれー。
「やっぱりルーザーはどこまでもルーザーよのぅ」
食後のけだるい空気のなか、ウィナーはどこまでもウィナーなのであった。
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