手打ちそば はっぴ(01)

2002年08月10日
【店舗数:131】【そば食:228】
広島県広島市西区己斐本町

くみ上げ湯葉、鴨煮、舐め味噌、わさびしょうゆ漬け、ざるそば、賀茂泉

はっぴ

広島の実家に帰省していたとき、母親から「己斐のバス停の近くに、手打ちそばのお店が新しくできていた」という情報を聞いた。

広島は田舎じゃない。だから、別に飲食店が新規にできたところで話題になるほど珍しい事ではない。しかし、「手打ちそばの店ができた」というのはちょっと珍しい事だった。広島はお好み焼き文化圏であり、住宅地や繁華街の街角には必ずお好み焼き屋がある。そして、最近はつけ麺をはじめとする中華そば屋が増えてきていて、広島人の外食の何割かをこれら店舗でまかなってしまっているのではないか、という状態だ。

そんな中で、広島における蕎麦というのはどうしても地位が低いのが現状。「蕎麦では腹が太らん(おなかいっぱいになる、の意)」というのが、地元民の統一した見解だろう。恐らく、「うどんと蕎麦、どっちを食べますか?」と聞かれたら、「うどん」と答える人の数が多いのではないか。そんな土地柄でもある。

地域性はともかく、己斐という土地に手打ち蕎麦屋を開店するとはなかなか面白い。しかも、事前情報によると「メニューが少ない」らしい。広島という土地において、「メニューが少ない蕎麦屋」ということはイコール「えー、物足りんよぉ」となるわけだが、東京在住のおかでんからすると「おお?といういことは、蕎麦そのもので勝負しちゃる、という本格的なお店なのでは?」と期待を抱いてしまう。

でも、まさか・・・なんである。そんな本格的な蕎麦屋は、広島では成り立たない。ましてや、広島西部のターミナル駅でもある己斐(西広島)とはいえ、もっぱら住宅地だ。市の中心地ならともかく、そんなチャレンジャーが受け入れられるはずがない。これはぜひ、行ってみなくてはなるまい。

両親を「せっかくだからそのお店に蕎麦を食べに行こう」と説得し、3人で問題の蕎麦屋「はっぴ」に向かった。

なるほど、確かにバス停のそばに「手打ちそば」と書かれたのぼりが立っている。この場所って・・・以前は電気屋さんじゃなかったっけ?いつのまにこんなお店ができたんだ。意外だ。店には看板がなく、「手打ちそば はっぴ」と書かれた紙をガラス壁に貼り付けていた。急場しのぎなのだろうか?何やら安っぽく見えてしまうのだが、まあそんなことはどうでもいい。

外観が非常にシンプルで「あっ、この店は当たりかもしれない」と予感させるつくりだった。蕎麦屋というのは、外見で美味いかまずいか分かる事が時々あるのだが、このはっぴのようにシンプルな作りのお店というのは大抵美味い蕎麦屋だ。じゃ逆に雑然としていたらマズいのか、というと必ずしもそういう法則性はないようだが、「シンプルな店構え=そこそこ美味い」というのはほぼ間違いのない法則である気がする。

自動ドアを開けて、中に入る。真っ先に目にはいるのが、入り口すぐ脇にある自動製粉機。どうやらこのお店では自家製粉をやっているらしい。本格的だぞ、やはり。

座席数テーブル、お座敷、カウンターあわせて20席ちょっとくらいだったと記憶している。非常に清潔なつくりで、まだ店が新しい事を物語っていた。

お品書き表
お品書き裏

メニューはうわさ通り非常にシンプル。温・冷のそば4種類ずつと、酒と肴しか置いていない。肴も、焙ったり揚げたりと手間がかかるものは置いてなく、肴のために手間暇を新たにかけないようにしている気配がある。直球勝負だ。

このメニューの他に、壁に手書きのメニューがあって、「だしまき玉子」「鴨ロース」「わさびしょうゆ漬け」「舐めみそ」があった。だしまき玉子が唯一、非常に手間のかかる肴か。

くみ上げ湯葉

3人で訪れているということもあって、あれこれ酒肴を注文できるのが楽しい。しかも、両親とも広島在住とあって、「蕎麦一枚を手繰って帰る」という事に対して抵抗がある。だから、肴を少々頼んでも「その辺でやめとけ」と窘められる事が無いはずだ。それ、頼んでしまえ。

歳をとって小食になっている両親でさえ「蕎麦だけってのはねえ」と思うくらい、広島の地において「蕎麦だけ」というのはイレギュラーな食文化なのだ。

さてそれはともかく、まずはくみ上げ湯葉が到着。いやあ、広島の蕎麦屋で湯葉を頂きつつお酒を飲るってのは想像すらしなかった。変わっていくねえ広島も、なんていいながら「賀茂泉」をくいっと。

ああ、広島のお酒独特の甘くて重い食感。あらためてここは広島なんだなあと思わせる。

鴨煮

壁に、杉浦日向子の「ソバ屋で憩う―悦楽の名店ガイド101 (新潮文庫)」に掲載されたコラムの切り抜き(ソバ屋の箸について記述しているもの)が貼ってあるのがなんとなくイヤだなあと思いつつ、それを横目に鴨煮を頂く。

煮こごり状態になっていて、おいしい。

わさび醤油漬け

お酒を追加注文するとともに、わさび醤油漬けと舐めみそも頼んでみた。値段が安い(200円)からなのだが、これが非常に良かった。

まずはわさびしょうゆ漬けから。

量は少ないのだが、一切れでお酒をいっぱい飲れるので、これだけで一合徳利を空にすることだって可能だ。いかん、両親の前ではネコをかぶっていないと。飲み過ぎるありさまを見せてしまうと、心配されてしまう。

舐めみそ

舐めみそ。

味噌に蕎麦の実がまぶしてあった。ちみっと箸でつまんで、ゆっくりと頂く。食べる量をコントロールしないと、一度に食べ過ぎると塩辛くてたまらない。

鴨南蛮

ニヤニヤしながらお酒を飲んでいるおかでんを尻目に、両親は「つきあってられん」と蕎麦を注文した。二人とも、「ざるそばだと物足りない」と判断し、鴨南蛮を注文。

出てきた鴨南蛮がこれ。

ううむ、美味そうです。ちゃんと、鴨つくねが入っているのがうれしい。

食べた両親いわく「鴨がちょっと堅かった」そうで、蕎麦そのものの評価は「まあまあ」だという。

ざるそば

さて、こちらは、「初めてお邪魔したお蕎麦屋さんには、シンプルにもりそばで勝負」という定番に基づき、「ざるそば」を注文した。どうやら、「ざる」と「もり」の区別はこのお店にはないらしい。

待つことしばし。舐めみそを最後まで舐めていたら、やって参りましたざるそばが。

あれっ!?

・・・これって、おなじみの景色だぞ。おい、まさに「翁」じゃないか。蕎麦猪口、徳利、薬味乗せ、お盆・・・その全てが、まんま「翁」仕様だ。ひょっとしたら、翁系列の店だったのか、ここは?

そういえば、最近「翁」の高橋名人が広島の豊平町に移住した。そこで後進の指導に当たっていると聞いているが、ひょっとしたらそのお弟子さんの一人なのかもしれない。これはますます期待がもてる。

さっそく、蕎麦を手繰ってみた。ずずずっ。

あ、これは。まさに翁です、はい。

って冷静に分析している場合じゃねぇよ、美味いぞこれは。8月というのに、これだけ蕎麦の香りと味をきれいに出せているのはすてき。ああ、こんにちは蕎麦の香り。ありがとう蕎麦の味。外でセミが鳴いているこの時期にここまでの蕎麦を食べられるとは思わなかった。しかも、広島で。

美味い美味いといいながらあっという間に食べてしまった。これは素晴らしい、実家の近くにこれだけの蕎麦屋が出現したというのは帰省しがいがあるし、またこういう店が広島にも根付く事ができれば、広島蕎麦事情も徐々に変わっていくのではないか。そういう期待が・・・っとっと、大げさにモノを考えすぎか。広島の蕎麦事情はどーでもいいのだが、とにかくおいしい蕎麦であったことは間違いがない。

これは確認しないと、ということで接客をやっていた店のおかみさんに話を聞いてみた。

「翁の蕎麦に非常に似ているな、という印象を受けたのですが、何か関係があるのですか?」
「このお店を開く直前に、味をみてもらったという事があるんですよ」
「ああ、道理で・・・」

やはり高橋名人とのつながりはあった。豊平町偉大なり。おかみさんとのやりとりは正確に覚えていないのだが、ニュアンスとしては「高橋名人に弟子入りしたというわけではないが、店を開くにあたり指導を仰いだ事がある」という感じだったと記憶している。

これはいいお店をみつけたわい、しかもガイドブックなどに一切頼らないで見つけたのだからナイスだ、と喜びつつ店を後にしたのだが、一つ気になることがある。

両親とも、「味はまあまあ。それより、天ぷらとかやればいいのに。メニュー少なすぎ。気取りすぎ」と店を批判していた。ああいう店の方針を、「通ぶっている」と判断し、毛嫌いの対象に仕立て上げてしまっていた。実際は、蕎麦切りという食べ物としては「まあまあ」では決してないレベルの蕎麦にもかかわらず、まっとうな評価をされていない。

しかも、これだけおいしい蕎麦を出しているにもかかわらず、店内はお昼時でもお客の数がそれほど多くなかった。やはり、広島の地にこの蕎麦で根ざすのにはしばらく時間がかかるという事なのだろう。

間違いなくいいお店だ、これからも頑張って欲しい。実家から近いこともあって、ホントそう思う。

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