さらし奈乃里(32)

2004年01月11日
【店舗数:—】【そば食:273】
東京都板橋区前野町

はぜの天ぷら、おかめそば、生粉打ちそば

7年近く住んでいた板橋区を離脱し、引っ越しをした。三十歳の誕生日を迎える前に、心機一転新境地での生活を始めたい、という希望があったからだ。まあ、直接的な引き金は「駐車場にマンションを建てるから出ていってください」とか「プロバイダ、ブロードバンド時代についていけなくなったので廃業します。他業者に乗り換えてください」とか「会社は福利厚生を圧縮します、社員寮に居られるのはあと1年までですよ」とかいう話なのだが。

この歳に引っ越し・・・しかも、賄い付きの寮から独立となると、大抵の人が「結婚するの?」とか「おっ、彼女と同棲する気かい?」などと水を向けてくる。それに対して、「いやぁ、そんな話これっっぽっちもないですってば」と否定していたのだが、あまりに同じ事をいろんな人から話しかけられ、そして同じ否定を繰り返したので「俺って独り寂しい駄目な人間なんじゃないか」と自己嫌悪に陥りそうになった。

頑張れ、頑張れ俺。

それはさておき、引っ越し先は車で20分弱の至近距離だったこともあり、引っ越し業者にお願いしないで友達に協力をしてもらって荷物を運搬した。3台の車を連ねて、2往復でフィニッシュ。荷物はそれほど多くないはずだったが、段ボールが無くほとんどを手提げ袋に詰めたりしていたため、荷物数が増えてしまいちょっと面倒だった。

午前中に荷物移動が終わったので、その労をねぎらうために昼ご飯を食べに行くことにした。どこに行こうか、ということになって、結局東京在住当時、もっともお世話になった飲食店である「さらし奈乃里」に行くことにしたのだった。

このお店は、住宅が密集する地区にぽつんと存在する不思議なロケーションなのだが、今までは徒歩で訪問していたのでそれほど気にならなかった。しかし、いざ車3台で押し掛けてみると道は狭いし、裏の駐車場には車が2台しか停められないし、困った困った。

駐車場の同じ敷地内にある、月極契約者用駐車スペースに車を停めようか・・・とも思ったのだが、「無断駐車は1万円請求するからなコラァ」という警告看板を見てびびってしまい、諦めておかでんカーは遠く離れた自分の駐車場に停めてくることにした。駐車場を脱出するために、何度も切り返しを要した。このお店は、間違っても車で訪れちゃいけません。

さて、他のメンバーより遅れること15分ほど、ようやく車をやましくない場所に駐車し、お店に戻ってこれた。さあ、早速食べましょうか。

・・・えーと。

ここで困ってしまった。このあと、車を運転する予定がある。まさか飲酒運転というわけにもいかないので、お酒を注文するわけにはいかない。ま、当然の事だ。

いや、「当然の事」ではないんですよ、これが。もちろん、お酒を飲んじゃいけないのは当然なのだけど、ここさらし奈乃里においては、お酒を注文しなかった試しがない。つまり、過去31回の訪問(実際は、もっと多いので実質40回程度)全てで、お酒を飲んでいたということだ。病み上がりの時でさえ、お酒を飲んでるくらいだから、アルコール抜きのさらし奈乃里は想像したこともなかった。

そこで、お品書きを眺める。いきなり、蕎麦の注文っすか。ええと、どうも違和感を感じるな。えへん、えへん。ビールくらいなら、飲んでもいいかな・・・しかし、周囲に「駄目だろ」とたしなめられ、諦める。結局、はぜの天ぷらという一品料理は頼んだものの、お酒の注文はやめておいた。

引っ越ししてしまうと、このお店にお邪魔することはほとんどなくなるだろう。それを思えば、非常に感慨深い。ほら、この座布団なんて僕が座り続けたものだから、こうして僕のお尻の形にくぼみができてしまって・・・

「そりゃ今アンタが座ってるからだろ」

いや、ごもっとも。ええと、ほら、この机。彫刻刀で彫ったオレの名前がある。

「本当だったらシャレにならんぞ。小学生みたいなマネはやめなさい、いい大人なんだから」

へーい。

冗談はともかく、ホームグラウンドとして、一時はほぼ毎週通っていたお店だった。それが、恐らく今回で一区切りとなってしまうのだから、寂しいもんだ。しかも、その最終回が「お酒無し」のよそ行きモードなもんだから、どうも落ち着かない。

だから、やっぱりビールを・・・

「やめときなさい」

あう、やっぱりそうか。

お酒抜きなので、お茶だけではぜの天ぷらをつまむ。ううむ、なんだか不安だ。罰ゲームをやらされているような気分だ。姿勢を正して、ぽりぽりと頂く。

食べているうちに、お蕎麦が届けられた。わ、わ。まだココロの準備ってもんが!

動揺してしまった。ココロの準備もなにも、アンタが注文した蕎麦じゃないの。いや、でも、いつもと違うんだよなあテンポが。いつもだったら、お酒を飲む、二品ほど料理を頂くという行為がある。その間に、今日は何の蕎麦をお願いしようかな、と考える訳だ。しかし、今回はいきなり蕎麦を注文してしまったので、当然の事ながらいきなり蕎麦がやってきてしまった。う、うーし、た、食べるぞぉ。

ここの蕎麦を食べる機会が激減するだろうから、最後は暖かい蕎麦と冷たい蕎麦の両方を食べる事にしていた。まずは、暖かい蕎麦代表として、おかめそばが到着。いろいろな具が入っていて、楽しく・おいしく食べられるお蕎麦だ。にこにこさせてくれる蕎麦、と言える。普通、この蕎麦を頂くときは既に酔っていて、具の一つ一つをつまんでは意味もなく裏表しげしげと眺めてみたり遊ぶものだが、今回はしらふなため、真面目な顔をしてずずずずぃ。

ふー。そういえば、おかめそばという名前の由来は、具を福笑いの顔のように並べる事から由来していたんだっけ。このお店のおかめそばは、特に顔の配列にはなっていないので、いつか自分で顔の形にしてやろうと思っていたのだが、今回もうっかりやりそびれてしまった。次回こそは・・・って、次回は一体いつになるのだろう。

その後、冷たい蕎麦代表として生粉打ち蕎麦を頂く。このつゆ、この麺ともしばしのお別れ。別れを惜しんで、一口一口噛みしめるように、慈しむように・・・ってわけにはいかないのが蕎麦という食べ物。最後だろうと何だろうと、延びる前に「ずずずっ」とすすり上げて、一気に飲み込んで。つれないようだけど、そういう食べ方が一番蕎麦のためにも良いわけだから、仕方がない。

しかし、そのすすりあげた蕎麦の味は、ちょっとだけ涙でしょっぱい味がした。

わけねーだろ。そこまでセンチメンタルな性格じゃないしね。でも、ほんとお世話になりました、さらし奈乃里。ありがとうございました。

さて、新しいホームグラウンドを見つけなくちゃ。いや、敢えてホームを作らないで、放浪の蕎麦屋行脚っていうのも有りだなあ。

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