手打蕎麦 ぐらの(16)

2005年01月30日
【店舗数:—】【そば食:331】
埼玉県入間郡大井町

味噌田楽、辛味大根、鴨せいろ、東北泉、正雪

ひと月に一度くらいはぐらのに通わないと、という半ば義務感ができあがりつつある。義務感、といってもいやいや行くというものではない。何となく、自分の現在をリセットするというか、立ち位置を確認しに行くというか。まあ、乱暴に今風な言葉で喩えると、「癒されに行く」という事なんだろう。ちょっと違う気もするが、このご時世、「癒し」という言葉を使えばなんとなくそれっぽくなるので、とりあえずこの言葉で形容しておく。

思うに、お酒を頂きながら物思いに浸る時間を与えてくれるのは、今の自分の生活ではここしかない。だから、時折このお店に行かなければ、という気にさせるのだろう。

たとえば、神田まつやでお酒を飲んでも、物思いに浸ることはできる。しかし、このお店の場合、雑踏の中に放り出されている状態であり、落ち着けない。その点、ぐらのの場合、高い天井とゆったりとした客席とがあるため、自分の空間ができる。それが魅力なのだろう。

ということで、このお店に行くにあたって、お酒抜きということはあり得ない。考えて見れば、今回で訪問は16回目だが、お酒を飲まなかった試しがない。

今回、今年初のぐらの訪問となった。ちょっと間隔が開くと、なんだか照れる自分がいる。ご無沙汰でした、と心の中で挨拶しながら席につく。すいません、と手を挙げて注文のお願いをしたら、首を傾げて微笑みながらやってくる店員さんが相変わらず可愛い。

久しぶりではあるが、何を頂こうかちょっと悩んだ。固定メニューであるが故に、どれも食べ慣れてしまっていた。どうしたものか、と悩んだ結果、今まで無視し続けてきた味噌田楽をオーダーしてみた。まさかお蕎麦屋さんで味噌田楽を食べる事になるとは思わなかった。

お酒は、毎回訪れるたびに見慣れない銘柄が入っているので、選択に困らない。今回は、東北泉が置いてあった。東北泉といえば、鳥海山登山の時に酒蔵に押し掛けて、不審人物と勘違いされてしまったといういわく付きの銘柄。でも、酒蔵に行くくらい、好きな清酒だ。早速注文。店員さんも、「以前別のお客さんも、東北泉がおいしい、って仰ってましたよ」とニコヤカに言う。せっかくなので、店員さんに以前酒蔵に押し掛けた話を開陳しておいた。

「蕎麦屋で味噌田楽ねぇ」と言いながら、出てきた味噌田楽を頂いたのだが、これがサプライズだった、めっぽう美味い。全くもって油断していた。単にかっらい味噌だと思っていたのだが、絶妙な甘さと美味さだ。油断していた、こんなところに美味なる品が隠されていたとは。後でご主人と話をした際、「味噌田楽はよそから仕入れているんだけど、仕入れ元はこの味噌田楽で倉が建った。味噌蔵ですよ」とのことだった。「へぇ、ニシン蔵とかは聞いたことありますが、味噌田楽で蔵が建っちゃいましたか」「それくらい人気なんですよ、これ」だ、そうで。確かに、蔵が建つのは大げさとしても、リピーターになる味ではあった。6本で420円、お値段も手頃。サイドメニューとして1皿注文するのは大いに有りだと思う。

ほぅ、とかへぇ、とか感心しながら食べていたら、店の奥から若旦那さんが出てきた。「どうもいつもお世話になっています」なんて挨拶されて、こちらも恐縮する。いや、ひと月に一度くらいしかお邪魔していない、軟弱常連なだけですけどね。それにしても、若旦那にも存在がロックオンされてたのか。「あの野郎また来たぞ」みたいに厨房からでも目立つ存在なのかねえ。確かに、周りのお客を見渡すと、お酒を2杯も飲んでいる単独のお客さんってほとんどいないな。ああ、これだと目立つかもしれん。

何やら、若旦那の手には一升瓶が。おや、それは何ですか。

「毎年年末に、年に1本だけ手に入るお酒があるんですよ。それを試して貰おうと思って」

注いで頂いたお酒は、真っ白に濁っていた。

「濁り酒、ですか?」
「濁り酒というより、どぶろくに近いものですね」
「へぇ、飲んだことがないです」

とかいいながら飲んでみたが、甘みがなくて、きりっと引き締まった味が非常に面白かった。まったりとした口当たりだけど、シャキーンとした味。 これはあまり経験の無いお酒だ。それにしてもいろいろと面白いお酒を見つけてくるなあ、このお店は。

感心していたのだが、意外とこいつがくせ者で、度数がきつかったようだ。そういえば、一升瓶はもうほとんどカラになっていて、底にたまっていた「濃い」部分が注がれてたよな。てきめんに酔っぱらってしまった。

冬なんで、鴨せいろを頂く。鴨のうま味に負けないように、田舎蕎麦と組み合わせた。太めの麺が、鴨の脂とよく絡んでおいしい。この骨太の美味さは、やっぱりある程度アルコールが入った状態で食べた方が心地よい。

お会計の際、店員さんに「いや、今日は不覚にも酔っぱらっちゃったかもしれません」と正直に告白すると、「そうですよね、普段はあまり顔色に出ないのに、今日は顔が赤くなってますよ」と回答がきた。むむ、そりゃ飲み過ぎだ。