兜庵

2006年04月09日
【店舗数:207】【そば食:374】
長野県伊那市高遠町

生粉十割天ざる 一人前

兜庵の案内

高遠の中心地からやや離れたところに、兜庵というお店があるという。自宅を改装して、一部を店舗にしているお店らしい。ものの本によると、「高遠さくらの湯」という日帰り入浴施設の食堂で店長をやっていた人が、独立したのだとか。

高遠さくらの湯の蕎麦は以前食べたことがある。へぇ、日帰り入浴施設の食堂なのに手打の十割蕎麦を出すなんて珍しいねえ、と当時は思ったものだが、独立しちゃったんですね。蕎麦一本で実力試しをしてみたくなったのかもしれない。

営業時間はお昼の3時間、一日限定30食だという。何の気なしにひょい、と立ち寄ったら食べることができましたという類の蕎麦ではない。昼下がりに行ったら品切れになっているに違いない。「今日は兜庵の蕎麦を食らうぞ。」というちょっとした覚悟が必要だ。

のどかな住宅地の中を進む

覚悟という点においては、お店の立地条件にもあった。伊那と高遠を結ぶ幹線道路から外れることしばし、住宅地の中の狭い道を分け入ったところにお店は位置している。「通りすがり」でお店に立ち寄るということはなさそうだ。

「秘境」「秘湯」といった言葉が今ちょっとした人気だが、このお店は「秘蕎」と呼べるのかもしれない・・・地図を見たとき、そう思った。

とはいっても、完全に秘境ムード漂うお店かといえば決してそうではなかった。ご心配無用、幹線道路沿いに「→兜庵」という案内看板がところどころに出ている。これが結構目立つ。

「うーん、こういう宣伝に熱心な蕎麦屋ってあんまり良いイメージ無いんだけど・・・」

「いや、でも達磨(高橋邦弘氏のお店)も道の途中に案内看板でていたし」

案内に従って住宅地の中を分け入っていく。クリーニング屋さえないような一戸建て住宅地の団地で、こんなところに蕎麦屋があるとは意外だ。

兜庵外観

・・・あった、兜庵。

外見は普通の民家(といっても、さすが都心で見かけるような一戸建てと違い、その立派さたるや見事)で、蕎麦屋っぽくない。蕎麦屋にありがちな、蕎麦打ちをするところが見えるようになっているガラス張りだとか、そういったものが見あたらない。

あるのは、「兜庵」と書かれた木の看板と、えんじ色の暖簾だけだ。

民家の一部を利用した店舗、住宅地の中、一日三十食限定、十割蕎麦。

とても「秘蕎」な雰囲気がする。

入り口の張り紙

入り口にはこんな張り紙が。

「売り切れの場合はどうか御許しください」

と平身低頭しているっぷりが、ご主人の腰の低さを物語っている。「ご容赦ください」「ご了承ください」「またの機会にお越しください」というどちらかといえば突っぱねた表現ではなく、「御許しください」と謝罪し、許しを請うているあたりがあまり見かけない表現だ。

お店の立場からすれば、「わざわざこんな住宅地まで食べにきて下さったのに、提供できないとは申し訳ない!」という気持ちなのだろう。

客席

がらがらと引き戸を開けると、そこは単なる民家の玄関だった。あれっ、と思ったら、右手にある厨房からおばちゃんが出てきて、左手のお座敷に案内してくれた。そのお座敷一間が、客席になっていた。

ふすまを開けてお座敷に足を踏み入れるとき、既に蕎麦を手繰っていたお客さんがこちらをちらっと見る。何だか、赤の他人の家にお呼ばれされて、恐縮しているような気持ちになる。

お座敷には、四人用の机が三台配置されていて、合計3組12名に食事が提供できるようになっている。非常にこじんまりしたお店だ。

とはいっても、お客さんが3回転したら、もう一日の蕎麦を使い切ってしまう状態。店の規模としてはこの程度が丁度良いのだろう。

一日30食で食っていけるのかしらん、と不思議だったが、なるほど、こうやって自宅を解放して、接客は家族で行えばそれほどキャッシュアウトは大きくならない。もうけは少ないが、出費も少ないという効率経営ができるのだろう。とはいっても、こういうビジネス形態を、育ち盛りの子供がいるような若者がやるのは無理。年金生活を控えている人でないと難しいだろう。

床の間のかぶと

床の間にはカブトが飾ってあった。店名の由来になっているものだ。

何かいわれがあるのかもしれないが、特に解説は無かった。端午の節句の時に使う偽カブトではなさそうだが・・・。

シンプルなお品書き

このお店のお品書きはきわめてシンプル。十割手打ちざるそば、以上。これ以外に何一つない。お酒もないし、かけそばもない。お店としては、効率経営ということでこれ一本だ。潔いね。ざるそばのみの蕎麦屋って、ありそうで案外ないものだ。

そんなわけで、おばちゃんに注文するときは「一人前!」とか「中盛り!」というオーダーで通じる。われわれは、今日二軒目ということもあったので「一人前」をオーダー。

限定三十食ということだが、その日に限って腹ぺこな来客だらけで、全員大盛りを食べたらどうなるのだろう。ちょっと気になる。

長野日報の切り抜き

2003年12月24日付長野日報の切り抜きがあった。なんと、このお店が一面トップに掲載されている。しかも大きなカラー写真付きだ。長野南部を中心としたローカル新聞とはいえ、ここまで大きく取り上げられているのは立派だ。

「最悪の立地条件で、どれだけお客さんに来てもらえるか」

そういう書き出しで、この記事は始まっている。なるほど、そりゃあそうだ、ここは「高遠」という観光地とはいえ、こんな住宅の中ではお客さんはなかなか来ないだろう。

記事中に、

「店主は、町内の温泉施設の食堂で店長を務めていたが、今春、同店が契約更新に伴う入札に漏れ失職。」

と書かれていた。あちゃー、職を失ったけど、そこから起死回生、自宅で蕎麦屋となったわけか。ものすごいガッツの持ち主だと思う。

先にそば湯が出てくる不思議

まずはそば湯が出てきた。

湯桶の蓋をあけてみたら、中はポタージュ状のそば湯が入っていた。どうやら、そば粉を加えた、「そば湯用そば湯(表現が変)」のようだ。

あわせて、柴漬けと高野豆腐も。蕎麦だけでもなんだし、まぁ高野豆腐くらい食べていきんさい、ということなのだろうが、ええと、すいませんこのお店って清酒置いてありませんか?

そば湯飲んで我慢しろというわけか。うう。

ざるそば

さて、そば湯から遅れることしばし、蕎麦が到着しました。黒みがちょっと強い十割蕎麦だ。つゆが二種類用意されているのは、以前食べたさくらの湯時代のものと一緒。

1人前で900円と結構お高い値段の蕎麦だが、量は結構ある。これだったら900円でも文句はない。高野豆腐付きだし。

蕎麦アップ

ずるずる。

十割蕎麦にしてはつややかだな、と思ったが、見た目通り腰が結構ある蕎麦だった。あと、蕎麦の甘みが強い。ちょっと太めなのは、意識的なのか無意識なのはわからない。十割蕎麦って、細いというイメージがあったのだが(ふじおかのイメージで洗脳されたか?)、これはちょっと意外だった。

どうせすぐにぱさぱさするだろうから、とあわてて食べたのだが、特にぱさついて麺同士がひっつくということもなし。ちょっと不思議な十割蕎麦であった。

住宅地の中で、民家の一部屋で蕎麦を食べるというのはなかなか趣があって良い。話題づくりに訪れるというのも一興だろう。ただし、蕎麦好きでないと、こういうシチュエーションは楽しめないかもしれない。「えー、わざわざ住宅地まで行って、蕎麦ァ?」なんて言われるかも。