2007年01月21日
【店舗数:218】【そば食:391】
広島県広島市南区西翠町
本日のおつまみセット、信のざるそば、天狗舞
「すみれえ」で隠れ家蕎麦を楽しんだあと、ふらふらと宇品の町を散策する。
街角のお好み焼き屋の甘酸っぱい臭いに引き寄せられつつも、視線だけは鋭く左右を物色する。
この近くに、もう一軒隠れ家的蕎麦屋があったはず。立ち食い蕎麦屋だったら、お店の10m以上前からきっつい鰹だしの臭いが漂ってくるが、さすがに今回目指すお店がそんな強烈な臭いを発しているとは思えない。ひたすら、視覚に頼って探索を続ける。
おっと。
さりげなく、道路の路肩に小さな標識があるぞ。
殺人事件や事故があったとき、警察が現場に置く「A」「B」といった目印みたいな感じだ。
「みん←」と書いてあるけど、遠目では一体何屋だかわからない。近づいて、細かい文字を読んでみると「手打ち蕎麦の家」と書いてあるのが分かる。ははーん、これだな、目指すお店は。
「手打ち蕎麦の店」としないで、「手打ち蕎麦の家」と表現しているあたりが、隠れ家的だ。
その←が指し示す道を見やると、なんだか脇道も脇道、車一台すら通れない道なんスけど。おお、さっきのお店以上に怪しい雰囲気になってきたぞ。
これぞ路地裏、という道を歩くことほんの少し、前方にお店の看板が見えてきた。すごい。本当にこんなところにお店があるのか。
クリーニング屋でさえ、こんなところにお店は作らないぞ。なんたる立地条件。「おお」と感嘆の声をあげてしまう。
お店の正面。
なるほど、普通の民家だ。築何年だろう?結構古い建物だ。再開発でマンション建てますので取り壊します、と言われてもおかしくないくらいの味がある。
物干し台があるのも、しみじみ味がある。こんな蕎麦屋、見たことがないぞ。
玄関だって、ガラガラと開ける昔ながらの引き戸。蕎麦屋っぽさが全然ない。暖簾が下がっているのと、メニューボードが飾られているのが唯一蕎麦屋っぽい。
ああ、それからとりあえず「そばビール」と書かれた白いのぼりが立っているので、これは少し自己PR実施中ってところだ。でも、なぜにそばビール?
歩いてきた反対側から見る。
ああ、こちらからだと、少しは蕎麦屋っぽくなった。ちょうど正面にお店の看板と、真っ白なのぼりが見える。
・・・と思ったが、トタンに覆われた物干し台が非常に庶民感を醸し出していて、やっぱり蕎麦屋っぽくない。
せいぜい、公文式の教室とかそろばん教室といった風情だ。
わくわくするなあ、こういうお蕎麦屋さん。「すごい!これは新発見だ!」と、これから食事をする人ではなく、探検家の心境で興奮するわたくし。
玄関に置かれていたホワイトボード。
「本日のお蕎麦は 信(北海道産)」
なんだそうで。
週末であったり、事前予約があればこの「信」の他に「ダッタン蕎麦」「クリスタル(さらしなそば)」などが用意されることもあるらしい。
「本日のオススメは、寒いので各種汁物のお蕎麦がいいと思います。」
なんて書いてあるのが店主の暖かさを感じさせ、楽しい。では早速入ってみよう。
ガラガラ。
うーん、引き戸を開ける音がまさに民家。
中に入ると、そこは普通の民家の玄関だった。ちょっと戸惑う。ええと、玄関入ってすぐに客席が広がっていると思ったのだが、玄関の先はふすまで仕切られていて、中が見えない。横に廊下が伸びている。一体客席はどこだろう。
恐る恐る、靴を脱いで廊下にあがり、ふすまを開けてみたら・・・ああ、ここが客席だった。
客席は、民家にしてはやけに広い部屋になっていた。恐らく、二間あったものを改装してつなげたのだろう。
長いテーブルが部屋の真ん中にある。部屋の隅には灯油ストーブが心地よい暖かさを提供していて、なんだかうれしくなってしまう。ストーブのすぐ横に陣取ることにした。
机は掘りごたつ形式になっていて、足を突っ込むと足元が温かい。どうやら床下暖房もやっているらしい。外見は古びた民家だけど、お店の中はしっかりとホスピタリティを考えたお店に仕上がっていた。へぇーと感心するやら、驚くやら。しばらくキョロキョロしてしまった。
せっかくなので、ここでもお酒をちびりちびりと飲りながら、この店内を流れる空気を楽しむ事にした。
しかし、お酒が思ったより良い銘柄がない。1合で提供されているお酒は、
八海山、〆張鶴、天狗舞、土佐鶴
の4種類。いずれも美味いんだが、定番すぎてあまりにひねりがないラインナップ。どれを選んで良いか、逆に困ってしまった。
結局〆張鶴を頼んだのだが、品切れだったということで、天狗舞にした。酒肴としては、「本日のおつまみセット」というものに興味を惹かれたので、それを注文。
用意されたお酒は、備前焼の徳利・・・というより、急須に注がれたものだった。これは良かった。お酒を猪口に注ぐ時のてざわり、どっしりとした持ちごたえが楽しい。
おつまみセットは、チーズの薫製、ゆべしだった。飾りとして蕎麦苗が添えられている。蕎麦屋でチーズ薫製?と思うことなかれ、案外これが清酒によく合う。ゆべしは、ゆずの香りが爽やかでこの季節ならではの風味。
お酒は早々に切り上げ、「信のざるそば」を注文する。「薬味はどうされますか?」と質問される。このお店の場合、薬味は別売りとなっているのだった。蕎麦を頂くときには薬味を一切使わない僕からすると、ありがたい仕組みだ。
ちなみに、「薬味セット(辛味大根、わさび、ねぎ)」を追加注文した場合は+50円となる。その他、きざみ生姜、とろろ、きざみ海苔、梅肉、大根おろしなどを選択することができる充実っぷりだ。しかも、それぞれサイズを「小」「大」の二種類から選ぶ事ができる。薬味全部乗せ!マシマシで!なんていうむちゃな事だって、やろうと思ったらできる。
蕎麦を手繰り、ほーっと一息つく。
いやー、なんだか異空間だなあ。天井を見上げ、そう思う。既視感があるような、無いような。落ちつける空間なんだけど、違和感を感じる空間でもある。こんな民家にこんな蕎麦屋があり、そしてこんな蕎麦が出る。しかも、宇品の住宅地に。なんだか、既成概念が壊れていく感じがして、そこからくる落ち着かなさ、を僅かに感じてしまう。いや、お店のせいではなく、自分自身がこれまで体験してきた人生経験との比較での話、だ。
香川のディープなさぬきうどん屋を食べ歩いた時のことを思い出した。さぬきうどん屋の一部は、看板が外には一切無かったり製麺所の片隅で立ち食いしたりと、このお店以上に既成概念を打ち壊すものだった。しかし、有名になったおかげでお店の内外にはお客さんが行列を作り、いかにも人気店、いかにも観光地といった雰囲気になっていた。だから、訪問した僕にとっても、外見が飲食店っぽくないことについては「面白いねえ」と感じただけで、それ以上心を揺さぶられることはなかった。
しかしここはどうだ。看板が出ているれっきとした商売っ気のある蕎麦屋とはいえ、あまりに地味なので「凄い!」と圧倒されてしまう。
こういう蕎麦屋さんにはぜひ頑張って欲しい。「やっぱ立地条件が悪いと商売としては辛いねー」なんて、失敗事例として語られないように、今後も商売を続けて欲しいと思った。昼下がり、お酒をゆるゆると傾けながら、時間を過ごすにはとても居心地の良い空間。また暇をみつけて訪れてみたいものだ。
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