石臼挽き蕎麦香房 山の実(01)

2009年06月24日
【店舗数:242】【そば食:424】
長野県下高井郡山ノ内町

山の実

山の実の看板

群馬県万座温泉に湯治のため訪れていたのだが、この日は山を一つ越えて長野県の七味温泉に拠点を構えることにした。開放感ある山中の万座はとても快適で、カッコウの鳴き声で朝目を覚ますという、うっとりするようなシチュエーションを楽しんだ。

二日目の宿も山の中。で、あれば、この日一日は山からは下りたくない。志賀高原の中で過ごし、ごみごみした世界からは隔離していたい。そう願って、この日のお昼ご飯は「志賀高原にある店」ということに決めた。

手元にある「信州そば」という本によると、志賀高原界隈で紹介されているお店として渋温泉の玉川本店・・・いや、それは激しく却下だ。理由は省略。と、なると、北志賀にある「山の実」が自動的に選択された。紹介記事と写真をみると、結構色気のある麺だし、ド外れということはあるまい。

ただ、あてが外れたのは、万座方面から北志賀に行こうとすると、いったん湯田中温泉まで山を下らないといけないという事実。カーナビの指示を見て激しくがっかりした。だったら、道中にある渋温泉の・・・いや、なんでもない。

とはいえ、渋湯田中温泉郷を過ぎると、また回りの景色は雄大な山と、森に変わっていった。この辺りは本当に気持ちが良い場所だ。一日中ドライブしまくっていても楽しいだろう。

と、暢気な事を言っているが、実はこのお店の場所をまだ正確には把握していなかった。竜王スキーパークなるスキー場があって、その辺り・・・というだけだ。ガイド本ではそれ以上の情報が無かった。何しろ、記載されている住所が「山ノ内町北志賀竜王高原」だもんなあ。番地はどこへいった?

そもそも北志賀という場所自体、あまり関東の人間には馴染みがない場所だと思う。このあたりでスキーをするなら、志賀、奥志賀、野沢温泉、斑尾、というのが定番の選択肢で、そもそもおかでんは「北志賀」という地名があること自体、知らなかった。まあいいや、なんとかなるだろ。

道中、「山の実」の看板を発見し、ちょっと安心。あれれ、自家製粉の十割蕎麦なのか。スキー場の蕎麦店にしてはやるなあ。でも、看板が出ている蕎麦店で美味い店ってなかなか無いので、若干不安でもある。なぜか、商売っ気と蕎麦の美味さというのはなかなか比例しない。商材としては難しいんだな、蕎麦って。

竜王スキー場駐車場

さすがスキー場だけあって、「あと○km」という看板があちこちにあるので、その点は大変に分かりやすい。そして、こちらの期待感を煽ってくれる。ただし、どかーんと立派な道がこのスキー場に通じている訳ではないので、ちょっとだけ迷う所がある。冬季通行止めのショートカットルートなんてのもあるし(冬季通行止めなので、スキーシーズンは当然使えない)。

途中、十割蕎麦を謳う店がぽつんと路傍にあったので激しく惹かれた。なんでこんなところに、と思うが、まあ蕎麦店というのはえてしてそういうもんだ。「山の実」に寄る前に、ウォーミングアップでこの店の暖簾をくぐってもいいかなあ、なんて考える。

しかしちょっと待って欲しい。この辺りは、オヤマボクチという山ごぼうの繊維をつなぎに使って蕎麦を打つのが特徴だ。独特のグミグミとした食感になる。

十割蕎麦、というのはオヤマボクチは入っていない、ということなんだろうか?オヤマボクチが入った時点で十割ではなくなるような気がするのだが、どうか。いやでも、オヤマボクチはカウントに含まれません、オヤマボクチ入りでも十割蕎麦は成立します、というのかもしれない。

なんて事を考えているうちに、お店の前を通り過ぎてしまった。あー。

後注:オヤマボクチをつなぎに使っていても蕎麦粉のみならば「十割蕎麦」になるそうです。

そういう葛藤がありながらも到着した竜王スノーパーク。

広大な駐車場に立ちすくむわたくし。

ええと、どうすりゃいいんだ、これから。

車、一台もない。そりゃそうだ、雪がないんだもの。滑れないスキー場はただの山だ。こうもがらんとしているのにはあぜんとしてしまった。

山の実はどこ?これから僕はどうすれば?

てっきり、こういうスキー場というのは駐車場があって、センターハウスがあって、その周囲に民宿やホテルが並び、そこから山に向かってリフトが何本か伸びているもんだと思っていた。ええと、まずこのスキー場の中核となる部分がよくわからないんですが。

それ以前にリフトすら発見できていない。まだもっと奥に行かなければいけないようだ。

竜王高原旅館案内図

駐車場の傍らにあった地図を見てお店を探す。

見あたらない。一体どういうことだ。

良く見ると、「竜王高原旅館案内図」と書いてあった。旅館が掲載されているだけで、飲食店までは掲載されていないのだった。なんだ、ひょっとしたら閉店しちまったのかと焦った。

とはいえ、これでは何の解決にもならない。どうすりゃいいのよ、これ。

変わっているのは、このスキー場はゲレンデの中に宿が散らばっているということだった。普通、裾野に宿や飲食店が密集していて、そこからリフトやゴンドラが山の上に向かって伸びているものだ。しかし、こんなにバラバラ、しかも冬はスキー場ど真ん中の場所に宿があるってどうなっているんだ。ゲレンデ内レストラン、という位置づけならまだわかるが、宿だぜ?宿泊客の重い荷物、及び宿で必要な物品をどうやって宿まで運びこむのだろう。スキー履いて山の上から宿泊荷物背負って滑ってこい、帰りはそのまま山裾まで滑れ、ということか。

気になったので後で調べてみたら、雪上車でお出迎えなんて宿があるようだ。そりゃ凄いな。凄いけど、そこまでしてゲレンデ中腹に宿を作る必然性って何だろう。

ロープウェイの案内

「ロープウェイまであと2km、150m先分岐点右へお進みください」という案内看板が見える。ゴンドラではなく「ロープウェイ」がこのゲレンデにはあるようで、夏でも運行しているらしい。ええと、ロープウェイ方面に行けば良いのか?

分岐に迷う

山麓のペアリフト・クワッドリフト方面と、山腹にあるロープウェイ方面との分岐点に来た。どうしよう、どっちに行こうか。

常識的に考えれば山麓の方が栄えているだろうからそちらを探すべきだろう。実際、宿やコンビニが遠望できる。・・・でも、寂れてるなあ。スキーシーズン以外は、もぬけの殻になってしまうんだな。中にはスポーツや音楽の合宿を誘致しているところもあるだろうが、それでも集客には限界がある。だったら「冬季閉鎖」ならぬ「夏季閉鎖」しちまえ、というわけだ。

大丈夫か?もしお目当ての蕎麦店を発見できても、閉まっている可能性大だぞ、これは。こんなありさまのオフシーズンスキー場で、蕎麦を商いにしても客なんて来ないだろ。

お店を選択ミスしたなあ、これだったら小布施あたりの蕎麦店巡りをしたほうが良かったかもしれん、などと考えながら、一応ロープウェイ乗り場を目指す。

何でロープウェイ、山麓に駅を作らないんだ。随分山に登ったところに駅があるようだ。

山の実

ロープウェイ乗り場への道は、ゲレンデを横切りながらジグザグに登っていく。そんな道の途中は、ちらほらとホテルや飲食店があるのが面白い。もちろんいずれも休業中であり、凄く不思議な光景だ。初夏の日差しを浴びて、がらんとして人気のない建物。廃墟のような陰気な感じはなく、ここがスキー場であることを知らなかったら一体何が起きたのか、バイオテロでもあって皆殺しになったのかと思うだろう。

そんな中、道がゲレンデを横切っている最中に・・・あった!「山の実」。いざ発見してみればそこまで「隠れ家」的な店ではないのだが、夏の竜王スキー場という場所そのものが既に隠れ家だ。凄い蕎麦店を発見しちまったなあ、おい。

竜王スキー場まっただ中

何しろ、店の前から山の方を見やると、これだもんな。なんじゃこりゃあ、という景色。アルプスの少女ハイジか?というありさま。

今まで、山の中に蕎麦店があるというのは何度か経験がある。「しもさか」しかり、「ふじおか」しかり、「丸富」しかり。そういうのは大抵「雑木林」の中にあるものであり、隠遁生活感がある。しかしこの店はどうだ、なんて開放的なんだ。こんなあっけらかんとした店、なかなかないぜ。安曇野翁以上にすげぇ景色だ。ただただ、呆気にとられるしかない。さすがスキー場、さすがゲレンデ内の店。

ただ、こんな景色を愛でつつ蕎麦を手繰るなんて人生経験は今まで無いので、なんかソワソワしそうだが大丈夫か、俺。

テニスコートに車を停める

車をどこに停めようかと思ったら、店の脇のスペースが駐車場に指定されていたので指示に従う。ってこれ、テニスコートなんですけど。見上げると、目の前には「ホリデーイン」というホテルが。どうやらこのホテルが夏季営業しても集客できるようにとテニスコートをこしらえたらしい。そのガッツは大いに良かったのだが、見込みが外れたらしく現在冬眠ならぬ夏眠中。雪が降るまでしばらくお待ちください状態になっていた。まあ、そりゃそうだわな、テニスコートが一面あります、くらいじゃここまで夏に宿泊しに来る人は、はっきりいって居ないと思う。ゲレンデの中だし。

ちなみにこのテニスコートの奥は第三ペアパラレルリフト。駐車場がある麓からスキーヤーはここまでリフトで登ってくるわけで、このスキー場のメインストリートに近い場所だ。で、「山の実」の前を通って、夏の車道を横切って第四ペアパラレルリフトに乗り継いでいく、と。冬だったら「山の実」は目抜き通り沿いのお店ということになる。でも今は夏。客が来ればラッキーくらいの状態になっている。

石窯焼ピッツァの看板

このお店、店の看板はあくまでも「石窯焼ピッツァ」になっている。

蕎麦店でございますよ、というPRは、「手打ちそば・そばがき 山の実」というのぼりと、入口の「十割手打ちそば」という張り紙だけだ。これは、冬季シーズン中はピザ屋として営業しているからに他ならない。冬といえば秋の新蕎麦がおいしい季節だが、肝心のその時期には蕎麦を打っていないというとても風変わりなお店だ。店主に話を聞くと、「さすがにスキーやっている最中に蕎麦食べる人はいないと思いますから」と笑っていた。そりゃそうだ。でも、こんな変則的な店、多分日本でもほとんどないと思う。面白い。

黒板

入口にあった黒板。

生粉打ちの蕎麦を出しますぜ、と宣戦布告だ。「スキー場にある蕎麦店だからってナメんなよ」という事だ。いや恐れ入りました、しかも毎朝製粉しているというのだから本格的だ。やる気満々ではないか。

それだけではない、文末に「そばの甘みと香りをお楽しみください」と書いてあるではないか。これが書けるのは相当な自信があってのことだ。これはちょっと期待しても良さそうだ。

最近、自家製粉だの十割蕎麦というのが増えてはいる。しかしその割には「・・・これだったら二八でもいいんじゃない?」とか「普通だねえ」という蕎麦が多い気がしてならない。要するに、形式だけじゃダメなのよ。十割を打つのは相当な技量が必要だと聞いているが、そんなのは食べる側からしたらどうでも良くって、蕎麦の甘みや香りが素晴らしければ三七でも構わない。

で、このお店の場合、「そばの甘みと香りを引き出してるぜこの野郎」と、蕎麦の本質についての自信を語っているわけであり、こりゃあ相当なものだ。

すでにおかでんは、この店にたどり着くまでの道迷いと困惑、そして店のシチュエーションのマニアックさにクラクラ来ている。そのため、味の評価は相当甘くなりそうな気がするが、それを上回る蕎麦に出会えるかもしれない、とこれを見て思った。

営業日が非常に特異

営業日が非常に特異だ。

金、土、日、月、祝祭日営業。すなわち、火曜日~木曜日が休み。定休日が週3もある飲食店は生まれて初めて見た。まあ、こんなシチュエーションのお店なので、毎日お店を開けていてもなかなか経営的には難しいので納得だが。

そして営業期間は4月29日から11月23日、と記されている。これもまた独特。雪が降るとピザ店に変身だ。このお店に行くときは、この変わった営業日に留意しておかないといけない。

店内に石窯

店は、ゲレンデ内にあるだけあって「高床式住居」になっている。雪で埋もれるので、フロアが高く作られている。冬はそれで見栄えがちょうど良いのだろうが、無雪期に見ると裸見られてイヤーン、な感じになっている。そんな店の階段を登って店内へ。

店内に入ると、まずは石窯がお出迎えする構図になっている。ええと、マリナーラください。あ、そんなものはありませんか。広い店内だが、客は自分を除くとあと一組。がらん、としている。でも、この立地条件を考えると、別の客がいること自体驚きだったくらいだ。がらんとはしているが、冬になるとスキーヤーたちが集い、高揚しつつ飲食をしているのだろう。

ピザ釜の横からは、ビュッフェ形式で料理をチョイスできるように、トレイを滑らせて移動できるカウンターがあった。また、レジの位置が店の入口ではなくその「トレイを滑らせて行った先」、店の中央にあるというのが特徴的だ。やはりあくまでもスキーシーズンでの運営を前提とした店の構造になっている。

薪ストーブ

店の奥には大きな薪ストーブが置いてあって風情がある。厳寒の時期、この薪ストーブは大勢のスキーヤーが集まって暖を取ることだろう。夏でも焚いて欲しいが、そんなことをやったら蕎麦店のはずがサウナ店になってしまうのでダメだ。気になるなら冬に出直してこい。

お品書き

窓際の席に座る。青草が茂るゲレンデと青空を眺めながらのひとときはとても快適だ。・・・などとやっていたらいつまでも注文できないから早くお品書きを見なさい。

なるほど、さすがだ。

むむ、アンティパストの料理がとても充実している。また、冬になるとジビエ料理も取りそろえるようで、それはとても楽しみだ。まずはとりあえず、「ルッコラのサラダ バルサミコ酢ドレッシングあえ」を注文してみた。

ごめんなさいうそつきました。石窯ピッツァは確かにこの店の名物だけど、別にイタリアンなお店という訳ではない。メニューはシンプル、蕎麦、そばがき、ぜんざい、黒蜜きなこ、ピザ5種類だ。

温かい蕎麦はないし、板わさとか玉子焼きといった酒肴類もない。いろいろ凝り始めると食材のロスが出やすくなるので、シンプルにしているのだろう。もちろん、店主一人で調理を担当されているということで限界があるのも事実。

本日の注目株はずばりピザだ。蕎麦もまあ、美味いかもしれんが、蕎麦は蕎麦だ。しかし、なかなか「蕎麦」のピザは食べられない。そう、このお店の出す蕎麦は、蕎麦粉を使ったピザなのだった。どんな味になるんだかさっぱりわからない。

そのピザだが、「須賀川そばピッツァ」「たまごとベーコンのピッツァ」「アンチョビとオレガノのピッツァ」「高原野菜のピッツァ」「サラミとバジルのピッツァ」と名前がつけられていて、それぞれ1,200円だ。むう、どれも美味そうだが、このピザを一人で食べたら、肝心のお蕎麦までたどり着けない恐れがある。大変に悩ましい。

そんなアナタのために便利なセットメニューが。その名も、店名と同じ「山の実」で、これは「手挽きそばがき」「お蕎麦」「須賀川そばピッツァ」がセットになって2,000円だ。蕎麦店で2,000円かよ、なんて言ってはいかん。これはとてもお得としか言いようがない。こいつを食べて、あとは甘味を食べればほぼお店のメニュー制覇しちゃいました状態になるのだった。手の内明かしすぎじゃないですか?店主。

ただ気になったのが、このセットの場合そばピッツァは「通常サイズの1/4」だと書かれていることだ。一口サイズだったらとても悲しい。それだったら、高く付いてもいいから単品をそれぞれ注文した方が良いのではないかと。それについて女性店員(恐らく店主の奥様)に聞いてみたら、通常サイズが結構でかいらしい。宅配ピザのMサイズくらいはあるようなので、1/4でも十分だと思いますよ、とのこと。これで安心して、「山の実」を注文。

それにしてもすごいな、それなりのサイズのピザなのに、レギュラーサイズで1,200円か。安いと思う。まだ実物は見ていないけど。

そばがき
これほど粗挽きなそばがきは珍しい

窓からの風景がとても素晴らしいので、時間が経つのを忘れる。一品目が出るまでしばらくの時間を要したが、全く気にならなかった。

最初にやってきたお皿は、手挽きそばがき。そのブツを見た瞬間、思わず「おおう」と声をあげてしまった。この場合、語尾が下がるのではなく、語尾が上がった。つまり、感嘆しているのではなくクエスチョンだったというわけだ。何ですか、これは。

もちろん、そばがきには違いないのだろうが、どうも今まで見てきた物とは一風違う。ええと、河原で拾ってきた石ですかこれは?

言うまでもないが、そばがきには大きく分けて2パターンがある。いや、3パターンかな。

(1)掻きっぱなし:蕎麦粉をお湯で捏ねて、そのまま出す。ソフトクリームがぐちゃぐちゃになったようなワイルドなそばがき。お手軽だが、見た目が汚い。

(2)入浴中:できたそばがきを整形し(大抵、木の葉の形にする)、蕎麦湯の中に沈めたもの。まったりした食感が楽しいが、できが悪いと単に水っぽい。

(3)むちむち:できたそばがきを整形し、餅状にしたもの。手間はかかるが、むっちりしていてエロい。味が薄まらないので美味さ際だつ。

で、この目の前の隕石のようなやつは(3)に属するんだろうが、それにしてもあばただな。本来、つややかな表面のはずなのに、なんてザラザラなんだ。超粗挽きだからこそこうなるのだろうが、こんなそばがき、見たことがない。

つゆで食べるのではなく、同じ皿に盛られた粗塩と山葵でどうぞ、という。これも面白い。天ぷらを塩で食べるのは、衣のカラッと感を失わせないためだが、このそばがきの場合は「黙って食いやがれ、蕎麦の味をガツンと分からせてやるぜ」という意味だろう。おう、食ってやらあ。

こんな異色のそばがき、食べる前から美味いに決まってる。このお店に来た事を既にガッツポーズで勝ち誇りつつ、一口。

うは。何だこれは。

いや、何だこれはという言葉を先ほどから散々使ってきたが、食べてみてもやっぱり未体験ゾーンなんですわ。ブッシュマンが空から降ってきたコーラの瓶見て首をひねったくらい、未体験なんだわ。何これ。そばがきの範疇から逸脱しかかっている、そばがき。

もの凄く粗挽きで、あまりに粗いが故に粒が若干残っている。だから、このそばがきはおにぎりのように見えるくらいだ。ただそれだけではそばがきとして団子状にならないので、恐らく超粗の粉とそこそこ細かい粉をブレンドしているのだと思う。そのおかげで、つぶつぶ感がある、独特の食感のそばがきに仕上がっているのだった。

しかも大変にけしからんことに、そんなそばがきであるが故に、噛みしめると粒がはじけ、蕎麦の豊かな青い香りが口腔内に立ちこめるのだった。まるで志賀高原の霧のように、濃く、深く、蕎麦が香る。すげえ。スタンディングオベーションをしたくなるが、慌てて立とうとしたら椅子の脚をへし折ってしまいずっこけました、くらいのインパクトがある。

今6月末だぜ?新蕎麦の季節から随分経つというのに、こんな猛烈な蕎麦の香りを楽しめるなんてびっくりだ。新蕎麦の季節でも香りすらしないそばがきを出す店があるくらいなのに、この差はなに?しかも、客がほとんど居ない、サマーシーズンのスキー場の中にそんな店があるってどういうこと?

そばがきの中に含まれる粒は、うぐいす色のものと茶色っぽいものが混ざっていた。赤茶色のものは何だろう。店主に聞いておけば良かった。まあ、聞いても家では絶対に真似できないけど。

「そばがきは、なめらかな舌触りが美味さの重要な要素だ」という意見もあるだろう。そういう人からすると、このそばがきは「下品」な部類に入ると思う。でもそれでもいいや。ガツンと蕎麦分補給できたって感じがして、大変に気に入った。というより、おかでんが今まで食べてきたそばがきの中では一番の品だった。・・・いや、ふじおかも美味かったなあ、でもあっちとは方向性が違うそばがきなので、同率一位くらいかな。

塩をつけて食べると、蕎麦の甘みが際だつ事が発見できたのも素敵。わさびもこれまた良く合う。あんまり薬味を使うのは好きではないのだが、今回に関してはそばがきのインパクトが強いので、わさびを乗っけても全然平気だった。素晴らしい。

次の料理を運んできた奥さんに、握手せんばかりの勢いでベタ褒めしておいた。やはり良い食べ物はちゃんとお店の人に美味いとフィードバックしておきたい。

季節の野菜

「季節の野菜です」ということで、奥さんが小皿を持ってきた。お品書きには記載されていないので、店主の気まぐれで提供しているのか、それとも記載はないけど出してますよ、というものなのかは不明。北信地方で蕎麦店に入ったら自動的に野沢菜がお茶請けとして出てくるけど、メニューには無いというのと一緒・・・なのか?いずれにしてもうれしい心遣いだ。

見た瞬間、「あ!ふじおかだ!」と思った。季節の野菜を盛り合わせるという発想もさることながら、黒みがかった枝豆があるところがいかにもふじおか的だ。後で店主に聞いてみたら、ふじおかで修行をしたわけではないが、好きなお店であると語っていた。大なり小なりふじおかの影響があるわけだ。「旬の野菜が出てきたらうれしくなりますよね。食欲も湧きますし」と仰っていた。まったく同意だ。

お皿に盛られていたのは、枝豆、根曲がり竹、わらび。根曲がり竹は志賀高原の名産らしく、このお店を訪問した前後に宿泊した旅館3箇所全てで夕食に供されていた。わらびは春の山菜だが、雪深い志賀高原では6月末でも山菜シーズン。

聞くと、自家農園を持っていてそこで野菜を作っているのだという。なんちゅー人だ、蕎麦打ち、自家製粉だけでなく、野菜まで作ってるのか!さらに呆れたことに、蕎麦畑も持っていて自分で蕎麦を作っているとまで言い放つ。とんでもない人発見しちゃったぞ、おい。

で、この野菜なんだが、これがまた美味いんだわ。どれも絶妙の歯ごたえ。ある程度まで「噛みきられないぞ」とふんばり、もうダメ、もう我慢できない、となったところでプツンと歯が通る。その力加減が絶妙なため、噛んだ瞬間に野菜の美味さがほとばしる。こりゃたまらん。これだけで酒飲んでもいい。酒持ってこい。この後車で帰るのはやめだ、このままゲレンデを転がり落ちて帰る。

テーブルにやってきた奥さんにまたもやベタ褒め。奥さん、変な客が来たなあと思ったかもしれん。

そば
そばアップ

そばなんだが、そばがきがああいう非常事態宣言になっている以上、もう当確っすわ。開票速報で、開票率0%なのに当確ランプついちゃいました、というのと一緒。たとえ蕎麦打ちがド下手でも、あの蕎麦粉ならなんとかなる。そもそも、あんな怪しいそばがきを考案するくせ者主人だ、蕎麦本体でヘタを打つとは思えない。

・・・というわけで蕎麦登場。色気がある蕎麦だ。はっとさせられるうぐいす色ではないが、見た目だけで美味いと確信できる蕎麦。

箸で手繰ってみると、十割とは思えないくらい麺がしっかりと長く、また麺のエッジがくっきりとしている。二八蕎麦と何ら変わらない。というか、最近の十割蕎麦ってどこもレベル高すぎ。昔って、もっとぼそぼそしていたり麺が短かったものだが。

すすると、そりゃあもう言うまでもございませんや。そばがきとコメントが重複するので割愛するが、猛烈に美味い蕎麦、と言っちゃえ。そばがきというインパクトがありすぎる前座がいたため、若干割を食った感はあるが、これ単体では素晴らしい蕎麦だと思う。つゆは・・・えっと、忘れた。でも味にとんがったところが無く、とても良いつゆだったと思う。

店を後にする前に店主と立ち話をしたのだが、そば打ちは何と自己流なんだという。どこにも修行をしたことがない、とけろりと言う。アンタは天才ですか、それともガリ勉タイプですか。自己流で十割、しかもこんな完成度の高いものを打てちゃうのか。すげえな。店主は「うちは週休三日ありますからね、練習する時間はいくらでもあるんですよハハハ」なんて謙遜しているが、そんなこと言ったらニートは誰でも超一流のそば打ち職人になれることになる。相当努力したのと、才能と、良いきっかけがあったのだと思う。

こんな素晴らしい香りがする蕎麦粉はどこのものですか、と問うたら、地元産と、富山、茨城のものを使っているということだった。地元産の中には自家菜園で作った蕎麦も含まれているのだろう。そりゃ茨城の蕎麦粉は日本一の誉れ高いが、かといってひょいと押しかけて良い蕎麦粉ください、と言えば買えるもんでもあるまい。良い粉の独自ルートをこしらえるまで苦労したに違いない。

蕎麦湯

蕎麦湯がまた旨いんだわ。たまらん、たまらん。

おかでんが蕎麦湯を飲んでほっこりしはじめた頃合いを見計らって、店主が石釜の前に姿を現した。生地を練り始めている姿がちらりと見える。生地も作り置きはしないんだな。

あと、あらためて驚いたのは、ちゃんと石窯を使っているということだ。石窯を利用可能状態にするためには、あらかじめ薪を大量に使って釜全体をガンガンに熱しておかないといけない。釜のサイズにもよるが、30分くらいは予熱を入れておく必要がある。・・・ということを、このお店はちゃんとやっているということだ。お客、ほとんどいないのに。

「サマーシーズンはオーブンレンジで焼きます」でもいいんじゃないか、と心配になってしまう。

蕎麦屋でピザを食べるとは

さすがに焼き始めるとあっという間だ、ピッツァ完成するやいなやテーブルに届けられた。蕎麦湯飲んでほっこり、まったり、もう食後ムードだったというのにこりゃまたうれしい。蕎麦湯喫飲中は「これでフィニッシュでもいいや、おなかもいい感じになってきたし」と思っていた自分が恥ずかしい。このピッツァを見て腹を空かせない奴はすぐ病院に行け、と言いたい。このピッツァをおかずにどんぶり飯食ってもいいくらいだ。

出てきたピッツァは、単品注文時の1/4サイズということだが、それでも結構な大きさがある。大人の手のひらサイズ、くらいかな。コース料理のうちの一皿、として食べる分にはちょうど良いサイズ。

生地は非常に薄い。その薄さが奏功して、円周部分に焦げができていてとても香ばしい。この香ばしさが全くのくせ者で、蕎麦の香りを引き立てるのだった。けしからんな、最後の最後まで蕎麦尽くしだ。この生地、蕎麦粉で練っているもので、粉の状態がよければ強力粉をほぼ混ぜないで作ることもあるそうだ。あの絶品蕎麦やそばがきに使われている粉がここでも使われているのだ、そりゃ香り立つわな。しかも、火が通っているんだもの。香りが余計強くなる。すげえや、「創作料理」の域をはるかに超えている。これはれっきとした蕎麦料理だ!

具は、えのきだけ、ねぎ、そして蕎麦の実がぱらぱらと。蕎麦の実が香ばしく、また、時折カリっとした食感を与えてくれるのがたまらん。噛んだ瞬間、蕎麦の香りアップ。LEE30倍に、辛さ増強ソース足したら45倍になります、みたいなものだ。香り増強蕎麦の実。あれ、なんか意味不明な例えをしたかな?

また油断がならんのがチーズだ。これが妙に美味い。何でかと思ったら、信州の白味噌も混ざっているらしい。味噌の複雑な美味さ、甘さも加わってこの味なんだな。なるほどねえ。

はっきり言う、このピッツァだけのためにこの店を訪れても損はない。損どころか、得して帰ることができる。これ、相当な名品だと思うぞ。全力で絶賛しておく。

うまいうまいとピザをかじる

うまいうまいとピザをかじる。いやまさか蕎麦店でピザ食べるとは思わなかったなあ。でも、最高に良い食体験ができた。

しかしこの店主、何者だ。何でこんなところにいるのだ。隠遁生活ではあるまい。

聞くと、もともとはこのお店の隣にあるホテル、ホリデーインの従業員なのだという。で、冬の間は石窯ピザの店をやっているが、夏の間はお店が放置プレイ状態なので使わせてもらっているのだと。なるほど、そういうことだったのか。

道理で、若い方であるにも関わらず、広くて、石窯や薪ストーブなどのしっかりした設備を備えているお店を構えていられるわけだ。うまいこと考えたものだ。夜間電力は割安、みたいなもんか。あれ、また例えが変だ。

ただ、夏はお店が放置プレイだったのには訳があり、それはシーズンオフのスキー場には人が来ない、という決定的な事実があるからだ。さあこのお店、今後どうなる。

ここまで美味い蕎麦類が出てくるお店なので、遅かれ早かれ名店の座に駆け上がるだろう。ただそれで来客が増えた際、お店の運営をどうするかが難しい。安易に従業員は増やせないし、ピザなど手間がかかるし。ピザを石窯で焼いている間は、当然店主は付きっきり状態だ。とてもじゃないが、店主一人で大量の客さばきは無理。となると、ふじおか的に客の流入制限をするとか、総入れ替え制にするとか、そういう事になるのだろうか。

まあ、捕らぬ狸の皮算用。繁盛してからその辺は考えればよいと思う。ただ確実にこの店は来る。絶対にはやる。混む前にもう少し足繁く通っておきたいところだ。

店を去り際、「近いうちにまたお邪魔しますから!」と店主と約束し、このお店を後にした。いや、いい体験でした。

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