自作手打ち蕎麦(12)

2010年12月31日
【店舗数:—】【そば食:464】
岡山県某所

鴨南蛮そば

2010年も年の瀬。おかでんの一年の締めくくりは、蕎麦打ちと決まっている。この「蕎麦喰い人種行動観察」が始まってからずっとの定番行事になっているので、はや11回目の年越し蕎麦打ちということになる。

「まずかろうがなんだろうが、とりあえず食べて!たとえおいしくなくても、なんだかアットホームでいいじゃん。良い思い出になるでしょ?あの年の蕎麦はおいしくなかったねえ、なんて笑い話になるし」

と家族を前に強がるが、心中は穏やかではない。毎年、それなりに美味い蕎麦を提供しようとはしている。蕎麦打ちをする人は決まってプライドが高く、けなされたりなんかしたらそりゃあもう大変なことですよ。

とはいえ、一年に一度の蕎麦打ち。蕎麦打ちの基本動作なんてとうの昔に忘れてしまっているので、「今年こそは最高の蕎麦を!」と言いつつも行動は雑そのもの。適当に作ってしまい、年々クオリティは下がる一方だ。良くないなぁ。

そのクオリティ低下を何とか食い止めるためにやってきたのが、「特上の蕎麦粉を使う」ということだった。蕎麦は蕎麦粉が決め手。少々鈍くさい蕎麦ができたとしても、香り立つ蕎麦を前にお前らひれ伏しろ、という蕎麦粉至上主義。

ただ、実際過去10回やってきて思ったのだが、年越し蕎麦で食べるのは温かいつゆで頂くかけそばなので、相当薫り高い蕎麦粉を使ってもあまり良さがわからないのだった。それよりも、野趣あふれる野蛮な蕎麦の方が受けがよさそう。そろそろ方向転換せにゃならんなあ。毎年同じ事やって毎年玉砕してちゃ、駄目だわ。進歩なさすぎ。

本がえし

今年は新戦略に打って出た。つゆのクオリティをあげよう、というものだ。

東京界隈の蕎麦屋で温かい蕎麦を食べると、そのきりっとした、澄んだつゆの味にびっくりする。関西だったら甘くなるであろうつゆだが、なんであんなに淡麗な、ストイックなつゆが作れるのか不思議なくらいだ。

今年はそれを目指したい。

例年、つゆには悩まされる。

蕎麦打ちの方に気を取られていて、つゆなんてのはぎりぎりになってこしらえているのだが、そのせいで味はいまいち。素人丸出しで、「みりんを入れて・・・これだと甘いから塩入れて・・・醤油入れて・・・あれ?おかしいな、砂糖入れてみようか」なんてやっているありさま。味はピンぼけしまくり。で、結局最後は母親に「ね、ちょっと味見てくれる?」とお願いして、微調整してもらうありさまで。

今年は蕎麦粉をいつも調達している古川製粉所(sobako.co.jp)で扱っていた「本がえし」というのを入手してやったぜ!どうだどうだ。

これは「濃縮つゆ」ではない。水で指定量どおりに希釈したらあら不思議、もうつゆが完成・・・というものではない。

醤油、砂糖、みりんをプロの技量でかけあわせたつゆで、だしは含まれていない。実際に使うときは、だし汁で希釈して使うことになる。

昆布とかつお節でとっただし汁と、この本がえしを混ぜて、一晩寝かせればできあがり。「一晩寝かせる」というあたりがなんだかプロっぽくてかっこええ。こういうの、大好きです。なんだか達成感あるじゃないですか。

というわけで、このつゆの仕込みは12月30日のうちに実施。

田舎蕎麦粉を調達

さて今年は蕎麦粉も変えてきましたよ。

田舎蕎麦で勝負。特上蕎麦粉はやめだ、あれは使いこなせない。

今年のテーマは、「田舎蕎麦でワイルドな蕎麦を」。わざと太めの麺にしてみようと考えている次第。

今年も適当に蕎麦打ち開始

田舎蕎麦一袋(500g)に、割粉を適量。

・・・適量、って駄目じゃん。

いやね、計量カップがたまたま見当たらなかったので、目分量にて対応。

蕎麦粉500gだから、二八蕎麦にしようと思ったら割粉を・・・ええと?あれ?計算ができない。しばらくモソモソしてようやく割子の量が125gであることを悟り、適当に袋から「はい、125グラムー」といいつつどばぁ。いい加減にも程がある。今年もまた「いい加減蕎麦」の幕開け。

そもそも、本格的にやるならここで粉が玉にならないようにふるいにかけなくちゃいけないんだけどね。でもいいんだよ、これで。特に俺様レベルのスキルでそんな繊細にやる必然性はどこにもない。

・・・と、開き直るから全く進歩しないどころか悪化してくんだよなあ。

生地を丸める

ここ数年、水回しが相当いい加減で、ついつい水を多く含ませすぎてしまうという事案多発。泥団子のような蕎麦玉ができてしまうのだが、今年はなぜかリラックスムードで水回し完璧(おかでんレベルに要求されるスキルとして)。なんとかそれっぽい玉ができましたよー。
蕎麦粉は1キロあるので、2玉。1玉625グラム。

面白いもんで、田舎蕎麦は水を含むと黒くなった。袋に入っていた段階では白かったので、なんかイメージが違うな、と思っていたのだが、だんだん田舎っぽくなってきた。

生地を伸ばす

毎年、生地をのばすところで悲劇は散発する。

昨年は「食卓から生地があふれてしまい、重力に負けてちぎれる」という悲劇があったし、例年ひび割れた部分が伸ばすたびにどんどん広がっていき、生地全体が何かの大陸地図のようになってしまっていた。

しかし今年はどうしたことか、妙におとなしい。

多分小麦粉125グラムの配分を間違えてしまい、150~180グラム近く投入してしまったからだと思う。生地が繋がる繋がる。生地の端っこも、ひび割れる気配など全く見せない。おお、これがグルテンの力か!

今までは生地をのばす際、通ぶってのし棒に生地を巻き付けてみたり、あれこれやっていたが今年はやめにした。生地にはデンと食卓の上に居座ってもらい、あとは職人おかでんが生地の周りをいったりきたりして生地をのばす作業をした。人間よりも生地の方が偉いみたいだ。

テーブルの形に近い状態に伸ばし終えたら伸ばしはおしまい。

蕎麦を切る

生地を切っていく。

太めを目指すが、そもそも太さをコントロールするだけの技術が備わっていないことに今更気がついた。駄目じゃん。

こま板と包丁をよたよたと持ちながら、なんとか切っていく。

麺同士がくっついている

毎年悩まされるのだが、すぱーんと生地を切ったつもりでも、こうやって「切れ目」だけ入って切れていない事が多いんだよな。何でだろう。技術の問題なのか、包丁の問題なのか。
蕎麦の包丁は、「包丁」とはいうものの刃物ではない。刃先はそれほどとがっておらず、これではペーパーナイフ程度だ。蕎麦を切る際は、包丁自らの重さと、職人の力の入れ方で「押し切り」する。

・・・押しつける力が足りない、というのかな。うーん。いや、包丁が軽いからかもしれん。包丁、もっと大きくて重いのに買い換えようかな。

なんでも「モノ」のせいにしてしまう。だから一向に蕎麦打ちが上達しないのですよキミは。

こういう「切れ目だけ入った蕎麦生地」を見つけ次第、手でつぃーっと切り裂いておく。簡単に蕎麦は裂けてくれるので、まあ結果オーライ。

天ぷら

さて大晦日の夕食ですよ。

蕎麦が出てくるまでの間は天ぷらでご歓談ください。

南瓜、海老、茄子、しし唐、蓮根。

彩りが悪い鴨南蛮

今年は田舎蕎麦による鴨南蛮そば。

鴨は鍋用として売られていたロース肉とつくねを軽くフライパンで炒めたものをつゆにダイブさせている。

葱も、後のせトッピングだと冷え冷えとしてしまうので最初から刻んだものをつゆに投入。ちなみに青い部分は細かく刻んで生のままつゆの鍋へ。白い部分は太めに刻んで、鴨を炒めたフライパンで焼き目を入れてから鍋の中へ。葱の甘みをつゆに写してしまおうという算段だ。

「蕎麦に自信がない」→鴨南蛮にすれば、鴨の旨味で蕎麦の味はごまかせるぜ!→さらに、つゆに葱を入れて煮込んでおけば、葱の甘みで蕎麦の味ごまかし作戦大成功!

と、なんとも卑屈なアイディア。

しかし、幸か不幸か、今年の蕎麦は比較的よくできた方であり、そのせっかくの田舎風味が鴨の脂のせいでもみ消されつつあるのはなんとも惜しい事であった。

とはいえ、家族からは「今まで一番良かった」とのお墨付きを頂き、おかでん2010は気持ち良く終わりを迎えることができた。

来年?

来年はねぇー、鴨をやめて別のものを出そうと思う。カレー南蛮という究極の味ごまかし系蕎麦にチャレンジするか、けんちん蕎麦あたりを出してみるか。まあ、まだあと360日以上あるので、それまでに考えておくわ。来年も田舎蕎麦、本がえしは採用の方向で。




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