フロイデンソーセージグリル

『ビスマルクドッグセット』
(東京都中央区八重洲)

歯をへし折ってしまい、しばらく東京駅近くの歯科医院に通院していた。よりによって損傷したのは前歯だったので、全ての食事において支障がでて、つくづく健康の大事さを感じる日々だった。

ある意味、糖尿病なり高血圧なり痛風の人は、「その後訪れるであろう病床の日々」さえ覚悟すれば存分に美味美食を楽しめる。しかし、歯の具合を悪くしてしまうと、たった今この瞬間でさえもまともに食事がとれなくなる。味気ない病院食だろうが、ジャンクフードだろうが、等しく美味しく食べられない。これにはほとほと参った。

もちろん、歯はしかるべき治療をすれば暫定的に回復はする。その点前述の疾患とは異なるのだが、そうはいっても完璧に治る歯などは存在しない。保険適用外で前歯の治療を終わらせたものの、不安定な状態で今に至る。りんごあめみたいな、かぶりつく系の食べ物は一生食べることはできない。

まだグラグラして痛みが残る歯を心配しつつ歯医者を退散した私だが、一体この歯でどこまで世の食べ物たちに食らいつくことができるのか、とても気になる。もちろん、「バゲットを噛みちぎる」とか「するめいかを引き裂く」なんてのは一発アウトなのはわかるのだが、それ以外はどうなのか。一ヶ月半がかりの治療がようやく済んだ、という安堵感からチキンレースがしてみたくなった。

八重洲地下街の中にひっそりとあるお店

そこで向かったのが八重洲地下街。歯医者と東京駅を結ぶ導線上にある地下街だ。東京駅八重洲口とつながっており、東京にしてはあり得ないくらい広大な地下街を形成している。東京は地下鉄が隅々まで張り巡らされている割には、地下街が非常に少ない。しかし、この八重洲地下街だけは突然変異のように、碁盤目状に地下街が形成されている。

ビジネスの中心地・東京八重洲ともなればさぞや高級なお店が並んでいるのかと思いきや、案外庶民的だ。新橋がおっさんの聖地であるように、ビジネス街だからといってハイソかつエレガントなお店展開となるわけではない。むしろ望まれるのは居酒屋であったり安く早くランチが食ベられるお店だったりする。

そのような中にこぢんまりと存在するのが、「フロイデンソーセージグリル」というお店だ。ドイツ語の「フロイデ(freude)」とは「歓喜」を意味する言葉で、ベートーベンの第九でも「フロイデ!」と大合唱されている。ちょうど歯の治療が終わりましたという今ならふさわしい。喜びつつ、ソーセージをかじりたいものだ。もちろん、まだ安定していない前歯をいたわりつつ、だ。

ビスマルクドッグセット

このお店の名物は「ビスマルクドッグ」だ。パンに収まりきらないサイズを誇る、万里の長城のように長大なソーセージが自慢の一品となっている。これまでも私は、「サブマリン」の「スーパーマックスドッグ」という50センチにも及ぶホットドッグを食してきたことがある。明らかにアンバランスな料理ではあったが、その心意気に大いに心を打たれたものだが、なにしろお店が遠すぎる。車でないと行けない場所なので、それ以降再訪していない。しかし、もし同様の巨大ソーセージなホットドッグが東京駅近くで買えるとしたらどうだろう。俄然興味が湧こうというものだ。

とはいっても、常時歯が痛む状態であり、店頭のポスターを見ただけで大いに気が引けた。チキンレースという点においては、不戦敗だ。しかし、女性店員さんが、

「ビスマルクドッグお得ですよ!15時までなので、あともう少しで今日は終わりですよ!月曜日限定ですよ!」

とこちらの歯の事など顧みずガンガンマンツーマン売り込みをしてくるので、逃げられなかった。「お、おう」と相変わらず腰が引けつつも、店内へ。

ちなみに「月曜限定」で「15時まで」なのは、割安なビスマルクドッグセットのことだ。通常価格でよければ、その他の曜日や時間帯でもこのビスマルクドッグは購入できるので安心して欲しい。

これがビスマルクドッグセット

簡単な椅子と机が設置されたイートインスペースで、勧誘されまくったビスマルクドッグセットと対面する。サラダ、お好きなドリンクを選ぶことができ、炭酸水を選べばペットボトル丸ごと一本を貰うことができる。

ソーセージのでかいことよ

「ビスマルク」というその名前は、ドイツの前身国家であるプロイセンの宰相が由来と思われる。この巨漢ゲルマンは、「朝食に生牡蠣を175個食べた」「玉子を一度に15個食べた」などと巨漢ならではの逸話に事欠かず、それがあまりに有名なのでいろいろな料理に「ビスマルク風」という名前が付けられるに至っている。

この目の前にあるデカブツが「ビスマルクソーセージドッグ」という名前になっているのも、デブが愛しそうなデカい料理だぜ、ということなのだろう。くそ、我が身をもって、「その通り」と言わざるをえない。実際こうして料理と対面しているわけだし。

パンが小さく見える

本来なら、酒豪として知られたビスマルク同様にワインやビールを添えたいところだが、炭酸水でヘルシー志向だ。しかし、こんなホットドッグを食べている時点でヘルシーでも何でもない。勘違いも甚だしい。なお、お店ではアルコールの取り扱いもあるので、軽く飲みつつこれら料理を楽しむ事もできる。

手にしてみるが、とてもパンが小さく見える。ラーメン二郎のドカ盛りは、その量の割に丼のサイズが小さいことによって大げさに表現されるわけだが、それと同じ事を感じた。・・・が、改めて観察してみると、パンは標準的サイズであるという事に気づく。ソーセージが大きすぎるからパンが小さく見えるだけで、実際のパンはさほど小さくはない。普通だ。

直径のあるソーセージを食べるためには、どうやっても前歯を使わざるをえない。ついさっきまでボンドで左右の歯及び歯茎に固定されていた歯は、1カ月間の拘束期間を経て今や自由の身だ。さあ思う存分自由を味わうが良い、とソーセージにかぶりついたため、危なく肉厚なソーセージに前歯を持って行かれそうになった。さすがに10万円近い治療費をかけた前歯が、治療完了即日破損というのは泣ける話だ。途中で我が無謀を諫め、おとなしくナイフとフォークを使って細かく切り分けつつ食べた。

(2014.12.08)




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