ヘイ、ミスター!
【時 刻】 20:00
【場 所】 店名不明
【料 理】 ・ジェントルマンズカット ・バドライト
ホテルにチェックイン後、グランドキャニオン観光を行う。「グランドキャニオンは日没と夜明けが良い」という事だったので、19時半まで粘った。昼間だと、岩稜の陰影が光線の強さで見えず、面白みに欠けるからだ。
とはいっても、真っ暗になるまで粘ったもののあいにくの曇天だったために「日が沈みまーす」「沈みましたー」「えー?」という落ちで終わった。まあ、しゃーないな、何しろ昼間は雹が降ったくらいの天気だったから。さりげなくここは海抜2,000mある。
そんなわけで、夕食もやや遅め。真っ暗なド田舎・・・というか荒野の中で探さなければならなかった。ホテルはグランドキャニオン国立公園の中で確保できなかったため、国立公園入口ゲートから1マイルほど離れたところにある宿。ますます選択の余地はない。
「アリゾナステーキ」という店があったが、どうも地雷っぽいのでパス。ホテルから徒歩で数分のところに、もう一軒プライムリブの店があったので、そちらに決めた。
「プライムリブ?」
「なんだ君はプライムリブも食べたことが無いのか。今時そんな人がいたのか」
「いたのか、って貴様の目の前にこうして一人いるわい。悪かったな」
この頃になると、男二人旅で数日が経過してきてちょっと心が荒み気味。時々とげとげしくなる場面も出てきた。
実際プライムリブなるものは産まれて初めて聞いたし、見たし、そしてこれから食べようとしている。とりあえず「ジェントルマンズカット」という名前のメニューが定番のようなので、二人ともそれを注文する。
「紳士切り?」
「そういう名前だねえ」
「まさか紳士の髪型、という意味ではなかろうか」
と言おうと思ったが、先ほどプライムリブを知らない事についてジーニアスから激しくバカにされた事を思い出してやめておいた。実物が出てくるまで、うかつな事を言うのはやめておこう。
料理が出てくるまでの間、バドライトを飲む。小さな瓶で$3.5。ヨセミテで「アメリカのビールは安い」と信じ切っていたので、あら案外高いのね、という印象。まあ輸送費だけでもバカにならないだろうな。ここから最寄りの集落まで50km以上あるぞ。あ、でもヨセミテも同じような状況か。単に飲食店だから高いだけかな。競争原理がほとんど働かない立地条件だからなあ、このお店の場合。店内にいる客のほとんどが自分たちが泊まっているホテル及びその周辺の観光客だ。
さて、待つことしばし、プライムリブとのご対面。
「・・・これがプライムであり、なおかつジェントルマンなのか」
出てきた「ジェントルマンズカット」なる料理は、でかい肉塊にナイフがずぶりと根元まで突き刺さり、その横にジャガイモ丸ごと一個、サラダを下敷きにしてごろんという代物だった。
「あんまり紳士的ではないな。どちらかといえばワイルド」
ジャガイモは真ん中をハラキリされていて、「ここにバターを入れて溶かして食うと美味いぞ」とおいでおいでしている。さっさと食べよう。
「うむ。普通に美味いな」
「よかったな、さっきのアリゾナステーキだとこんなのは出てこなかったはずだぞ」
あのー、ナイフが一本肉塊に刺さっているのは良いんですが、それと別にナイフとフォークがお盆の両脇に控えているんですが。この刺さっているナイフはただの飾りですか。そうですか。これでこそジェントルマンでありかつプライムなのですか。
サラダがあったのは良かったが、キャベツの千切りが食べたい。温野菜のキャベツでもいいや。そういうニーズはアメリカには無いのだろうか。日本ではサラダの王道、キャベツの千切りがこれまでも(そしてこの後も)一度も見ることは無かった。キャベツならポトフで食ってろ、ということだろか。サラダにはクルトンが載っているあたり、食感は楽しいがこってりしたソースはまたもやアメリカンなり。
※今考えると、恐らくシーザーサラダに類するものを食べていたのだと思われる。記憶に残っていないが(2007.12追記)
「肉はナイフに突き刺され、ポテトは腹をかっさばかれ、悲惨の極みだな」
「でも今アンタ美味い美味いって言ってたじゃないか」
「いやまあ、そうなんだけどね。こんなことをやっておきながら、日本の活き作りは残酷でけしからんとか言ってくれちゃこまるぜアメリカ人、って思わないか?」
「思わない。それとこれは話が次元が違うだろ」
「そりゃそうだ」
何がどうジェントルマンなんだかわからないまま、一人当たり19ドル+ビール3.5ドルx2本分+Taxを支払ってホテルに戻った。
ホテルに戻ってからのメモ書きに「分厚いローストビーフのようなものを食べた」と書き留めてある。実は後になって知ったのだが、プライムリブとはまさに「分厚いローストビーフ」の事なのだった。なんだ。ジーニアスにバカにされ損だった。プライムリブそのものは食べたことがないが、「既に薄くスライスされたプライムリブ=ローストビーフ」なら何度も食べたことがあるわい。コックさんが薄くスライスしてくれている手間がある分、ローストビーフの方が格上だ!・・・相当無理がある論理だな、それは。
でも美味かったな、やっぱり肉は塊をナイフとフォークでがしがし切ってこそ食い甲斐があるってもんだ。肉は口だけで食べるものではない。両手の連携による成果を口が報酬として受け取るのが肉だ。また名言が産まれてしまった。
このときの評価は「7点」。今日は全体的に甘めな点数の付け方だが、まあ長距離ドライブと雄大なグランドキャニオンを見て回って疲れたので、肉食って英気を養ったということにしよう。
さて適当に旅記録もメモったことだし、メモを閉まってシャワーでも・・・と思って、はたと気がついた。リュックがない。旅の全荷物が入っている鞄ではなく、街歩き用の小さなリュックだ。考えられるのは、さっきのプライムリブの店しかない。
ジーニアスに「店に戻って鞄を取り返したい。つきあってくれ」とお願いしたが、ジーニアスは既にベッドの中に入っていて「自分一人でいっておいで。もうオレ眠いの。寝させて」とつれない返事。「オレ英語できんの知ってるじゃないか。頼むからついてきてくれ」と土下座せんばかりに懇願したが、「『鞄がありません、ここにありませんか』って言えばいいじゃん。それだけで通じるって」とむちゃなことを言う。
涙目になりながら一人寒い夜道を歩き(6月でも寒い)、先ほどの店に戻る。私はリュックをこの店に忘れた、知らないか?という英語は中学レベルのものだ。自分でも何を言えば良いのかは判っているつもりだが、今回の旅行は全部英会話をジーニアスにまかせっきりだったので自信がない。
しかたないので覚悟を決めて店に入り、「鞄をどうやらこの店に忘れたらしいんだ」と店員さんに説明したら、「オーケー」と即答。良かった、通じた・・・と思ったら、メニュー一式を持って「こっちの席でいいか」と客席に案内しようとするではないか。違う違う、僕は新規客じゃねーって。「ノーノー」とアメリカ人びっくりのオーバーアクションでその行為を全否定し、もう一度違う英語表現で「鞄がねーって言ってるでしょコノヤロ」と言ったら、ようやく通じた。
レジのところで預かってくれていて、「これのことか?」というので「それだ!ビンゴ!」と叫んでしまった。ビンゴという表現がアメリカで通じるのか知らんが、とりあえず意志疎通はできたようだ。荷物を受け取り、ほっとして「サンキュー」と言ってそのまま店を出た。
店のドアが閉まる直前、「ヘイ、ミスター!」という声が聞こえたような気がしたけど、あれ、なんだったんだろう。
・・・
ホテルへの帰り道、あっ、と気づいた。そうだ、アメリカはチップ社会だった。リュックを預かってくれたんだから、チップをいくばくか渡さないといけないんだったよ。しまった。多分、リュックを渡してくれた店員さんは、チップ無しでこのジャップが店を後にしたもんだから「おいちょっと待て」という意味で「ヘイ、ミスター!」と叫んだんだろうな。でも時すでに遅し。
みっともないことしたなあ。なかなか通じなかった英語も恥ずかしいが、謝礼をしなかったことも相当に恥ずかしい思い出だ。
ホテルに戻ると、ジーニアスは寝ていた。
(つづく)
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