「大根一本、まるっと食べ切り鍋コース」をまるっと食べる

コーツトカフェ

僕がここ1年、根城にしているカフェが東京・台東区にある「コーツトカフェ」だ。住宅街の中に、ひっそりとしているようなしていないような、微妙な存在感でお店を構えている。

若くて意欲的な女性店主が頑張っていて、それを支える素敵なスタッフさんたちが脇を固めている。地味ながらも雰囲気が良いお店で、殺風景さと自然さと、絶妙なバランスが心地よい。地元のお客さんも遠くからやってくるお客さんも、観光客もそうではないお客も多く、通っているうちに「ああどうも」と話ができる方もちらちらできてきた。

珈琲一杯550円。二杯目からは半額。つい長居してしまう。で、案の定長居するわけで、2019年は本当にお世話になったものだ。独身だったということもあり、「家で一人いるのもつまらないな」と思ったら、たいていここを訪れた。今は既婚者として訪問頻度が減ったけれど。

このお店は何を食べてもうまいし、値段は廉価だ。一番安いお菓子はビスコッティで税別250円。スコーンは280円から。他にも、金曜日夜限定だけどイベリコ豚の塊肉がどかーんとお皿に盛られて1,200円とか。お酒を飲んでもいいし、食事を食べてもいいし、お茶とお菓子もいい。万能選手すぎて困る。年金ぐらしのおばあちゃんが切り盛りしているお店なのか、と思ってしまうくらいだ。

そんな絶大な信頼を感じているお店だけど、毎年2月になると「大根一本、まるっと食べきり鍋コース」というコース料理が企画される。だいたい2月下旬の半月開催で、事前予約が必要。2名からのコースだけど、一人でも参加は可能だ。だって、常連の誰かがお店の壁に「誰か一緒に食べませんか?」とメンツ募集の張り紙を貼っているから。まるで音楽スタジオの「バンドメンバー募集」告知みたいなものだ。

昨年の僕は、単身そんなメンバー募集に加わり初対面の皆さんと大根を一緒に食べた。その時に知り合った方々とは、「ああどうも」と言い合える関係になって、後に残る良い体験だった。

今年は、おかでんといしの2名でこのコースを楽しむことにした。いしは初めての体験だ。他に2名、誰でもいいのでご一緒しませんか?という告知文をお店の壁に貼ってもらったのだけど、人徳のなさ故に参加者がいなかった。いや、人徳以前に、夫婦2名のところに単独参加、っていうのはそもそもが難しかったらしい。

まあいいや、夫婦水入らずでコース料理を楽しむのも素晴らしいことだ。なんか、結婚してからかなり長い年月が経った気にふたりともなっているけど、実はまだ新婚3ヶ月ってことで他の人から見ると「いやぁ、邪魔しちゃ悪いでしょう」ということになるらしい。ああ、気が付かなかった。

コースの組み立ては昨年とまったく一緒。鉄板の自信作、というわけだ。今年はあれこれ新作を投入してみました、というわけではない。

< お品書き >
◯大根の食前茶
◯ふろふき大根 ブルーチーズ添え
◯大根と干し柿のマリネ
◯みぞれ鍋
具材:豚肉、なめこ、豆苗、揚げ里芋、大根
◯玄米餅のお雑煮 または 玄米ご飯の雑炊

5品で構成されるコースで、お値段は2,500円+Tax。

安いと思う。いや、冷静になってこのメニューを見ると、「たかだか大根で2,500円?」と思うかもしれない。しかし、昨年今年と2回食べた僕が言う、これは安い、と。

量が多いとか、高級食材が、ということはなんにもない。しかし、野太い満足感がじわじわと体と心を支配し、「ああ、来てよかった。食べてよかった。」という気にさせてくれるコース料理だ。揚げ物とか激辛とかが大好きな僕でさえ、そう思う。

コースの最初に、スタッフから本日使う大根がうやうやしく紹介される。

とても美しい、白くてまっすぐな大根。「大根足」というのは侮蔑的な意味をもつ言葉だけど、こんな大根を見た後なら、大根足呼ばわりされても全然平気だろう。

コーツトでは有機や無農薬の野菜をできる限り使用しています。
もちろん大根も。
このコースは、寒い冬に、美味しい大根を丸ごと1本食べよう♪というコースです。
見た目や食感を様々に姿を代えた大根が登場いたします。
ぜひご賞味ください。

単なる有機の大根ではなく、この「まるっと」コースに使う大根は特別なのだ、と聞いたことが有る。そんじょそこらの大根よりもうまいんだとか。

ちなみに僕は「有機」とか「自然農法」みたいなものにはさほど興味はない。でも、生産者さんのエピソードとかお店の想いがセットになった野菜というのは好きだ。その結果、有機野菜に触れる機会は以前より増えた。

1品目、 大根の食前茶 。

大根の絞り汁を温めました、といった品。やや黄色いので、写真だとレモネードのように見えるけど、実際はそこまで黄色くない。

スプーンですくって飲む。「はあああ」と思わず嘆息してしまう、そんな旨さ。何も尖っていない。何もザラつかない。食感は、繊維感があるのでざらついているのだけど、味はまろやかだ。そして深い。何も味付けはされていないので、カップの脇には塩やすりおろした生姜、醤油が用意されている。それらで味付けするのも良いけど、このまま塩味がないままでも飲み干したい気持ちになる、そんな汁。

とにかく、穏やかな気持ちになれる旨さだ。加熱した大根が甘くなる、というのはみんな知っているとおりだけど、その甘みをじんわりと、やさしく包みました、という味だ。かといって、昨今の「なんでも糖度が高けりゃウケる」という風情ではなく、本当にやわらかく、甘い。だからこそ、ため息が出るんだ。

芸能人の食レポ向けの食材ではない。これは、無言になる系の旨さだ。

いしは、鳥取のクラフトビール「タルマーリー」を飲んでいた。東京でもなかなか取り扱っているお店がない、珍しいビールだ。このお店は、カフェなのに生ビールのタップが1つある。

ただし、生ビールが今回のコース料理とマッチするかどうかは、ちょっと疑問だ。かといって、さすがにこのカフェに清酒は置いていない。滋味を楽しむコースなので、おとなしく水を飲むか、華やかさが抑え気味のハーブティーがちょうどよいのかもしれない。

目からウロコ、というのはこういうことだ、という料理。「 ふろふき大根 ブルーチーズ添え 」。

見ての通り、立派な長さを誇るふろふき大根の上にブルーチーズが載せられている。以上。

大根に炊き込まれたつゆは、あくまでも薄味。塩っけは少なく、ふろふき大根単品としては物足りない。酒のつまみにもならないし、ご飯のお供にだってならない。しかし、その塩っけと茶目っ気とインパクトは、上にちょこんと乗っているブルーチーズが担っている。こいつと大根を一緒に食べると、とても不思議な感覚で驚かされる。

青カビならではの突き刺すような食感と、ほわんとした大根の味わい。これが融合するだなんて。驚きまくりだ。2つの食材が融合して、一つのストーリーを紡ぎ出す。それはミスマッチだけど、「?」と「!」を行き来しているうちに、「。」となる。納得するわけだ、脳の中で。絶品だと思う。

大根と干し柿のマリネ で一息。

そしてこれが秀逸。「絶品」と形容したいけど、そういう言葉を使うとむしろ安っぽくなるから使いたくない。

みぞれ鍋。

具材は、豚肉、なめこ、豆苗、揚げ里芋、大根。

根性ですりおろされた大根おろしが大量に入っている。それが加熱されているのだから、大根の甘みがぎゅうぎゅう鍋の中でひしめいている。

里芋は揚げているのが、素晴らしい。香ばしさと、食感の良さだけじゃない。加熱されて生じた里芋の旨味が、中に閉じ込められている。里芋って、こうやて煮るとネトネトするものだ。でもこれは、さっくり食べられる。そして旨さが中に詰まっている。素晴らしい。

とろとろ、ほっくり、という食感を引き締めるのが豆苗で、これがあるおかげではっと我に帰る。うっかり三途の川を渡ってしまいそうな、そんな旨さだ。

コースが始まる最初の時点で、客である我々はスタッフから究極の選択を迫られる。

お鍋の具は少し残しておいてくださいね、という注意とともに言われるのが、

玄米餅のお雑煮 または 玄米ご飯の雑炊 、どちらにしますか?

ということだ。どっちも!というのは認められず、1グループで1種類のみの選択となる。心が千々に乱れる。結局この日は、玄米ご飯の雑炊、というほうを選んだ。ああ、玄米餅も気になるんだけどなあ。

そんな経緯がありながらの最後の1品がやってきた。塗り椀。

カフェをやるって、大変なことだなと思う。だって、塗り椀なんて普段使わない食器だぞ。でも、こういう料理を出すとなったら、スープ皿というのは収まりが悪い。料理アイディアがいくらあっても、それを盛るための容器がないと、お店としては格好がつかない。

で、これが悩みに悩んだ末選んだ雑炊。うまい、うますぎる。

これまでのすべての要素が詰まった、交響曲の終楽章といった感じ。

ほぅ、と食べ終わったあとぼんやりしつつ、ひとときを過ごす。大根という、ゆるやかな旨さの料理を堪能したあとなので、自分自身の体や気持ちの輪郭がぼんやりした感じ。

本当なら、このままとろりとろりとうたた寝でもするのが良いのだろうけど、この後気合を入れて家まで帰らなくちゃいけない。僕らはこのお店のご近所、というほど近い場所には住んでいないのだから。

そんな弛緩しきった体をシャンとさせるために、タルトとハーブティーを飲んで現世に戻ってきた。危なくあの世に行ったまま帰ってこられなくなるところだったぜ。

さあ今日は一週間の終わり、金曜日だ。明日はゆっくり、とろとろして過ごそう。

(2020.02.21)

コメント

コメント一覧 (2件)

  • 最初、これから調理する大根を見せてくれるの? いや、煮込みは無理では? 圧力窯? と思いましたが、別に本人(何)ではなく、種類として見せてくれたわけですね?
    美味しそうです。

  • 「こんな大根を使って、今日は料理が出てくるのです」というサンプルなんでしょうね。
    やっぱり、最初にこういうデモンストレーションがあると、客はテンションが上ります。

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください