あまのじゃくな僕は、大盛で知られるお店「光栄軒」で敢えて大盛ではないメニューを頼む

東京都荒川区に「光栄軒」という有名な中華料理店がある。

一見何の変哲もない町中華だけど、チャーハンを始めとする盛りが素晴らしい、ということで遠方からもお客さんを集めている。

実際、僕も昔一度訪れたことがある。

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今回、久しぶりにこのお店を訪れた。所要でこの近くに立ち寄ったからだ。

いつもなら、体格の良いお兄さんお父さんを中心とした面々が店の外に行列を作っている。でもこの日は行列がなかったので、「じゃあ入ってみよう」という気持ちになった。

せっかくこういうお店に来たのだから、昔を懐かしむ思いも兼ねてガツンと大盛を頼んでも良かった。むしろそうするのがジャスティスだと思う。僕的には。

でも、そうはしなかった。頼んだのはレバニラ炒め。これだって、一般的な中華料理店のボリュームよりは多いけれど、まだまだこのお店の本領はこんなレベルじゃない。でも、大盛は頼んでいない。

なんだか恥ずかしかったんだ、はっきりいって。「大盛!」と無邪気に頼めなくなっている自分に今更気が付いた。大盛が人気のお店だからこそ、敢えてオレは大盛を頼まないぜ!というひねくれた考えもある。

大した運動をしないまま日々生活しているのだから、大盛を頼まないのは妥当だ。しかし、その妥当を超越したところに僕の生きがいやワクワクがあった筈。普通盛りのレバニラを食べつつ、やや残念感も感じる。

きっと背中に弊息子を背負っていたことも関係しているのだと思う。別に子どもからやいやい言われることはないけれど、肩にずっしりとくる重みから、何か責任感みたいなものを感じとっていたのかもしれない。

結婚して、子どもが生まれて、自分の思考や嗜好が消極的になったと思う。これを残念と思うか、それとも妥当だと思うかはどっちだっていい。現状を肯定していくしかないんだから。

「いや!それじゃだめだ!無茶してナンボの精神を忘れてはだめだ!」とここで大盛を頼んだところで、きっと僕の気持ちが満たされることはないだろうし。

ただ不思議なもので、最近はランチビュッフェのお店によく行く。良い気晴らしになるからだ。なんなんだこのギャップは。

(2022.04.01)

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