「いきなり!ステーキ」は本当に店舗数が多すぎたのだろうか?

僕が「いきなり!ステーキ」を愛していた話は過去、このサイト内でも何度か書いてきた。そしてその愛が故に、このお店の失速ぶりを大変嘆いたものだ。

ブームのような状態になり、急速な他店舗展開を行っていった「いきなり!ステーキ」。その出店計画はずさんで、オーナー社長の思いつきで決まるような場面もあったという。

その結果、2013年の1号店からわずか6年(2019年)で500店舗近くまで増殖し、そこから風船の空気が抜けるように店舗数がしぼんでゆき、今では180店舗程度だ。6年間で500店舗増え、そこから5年間で300店舗も畳んだのだから、ものすごい栄枯盛衰だ。

今、僕は「いきなり!ステーキ」に行く機会がなくなった。店舗数が少なくなって、ふらっと訪れることができる場所にお店がないというのが最大の原因だが、それよりも「値段が高くて、サラリーマンの昼飯にするには気が引ける」からだ。

僕の場合、「せっかくだからガッツリといっちゃいたい。だから、1ポンド(450g)は食べたい」と思う。その結果、値段が2,000円を遥かに超えてしまうのだった。

「おいデブ、食べ過ぎだ。まずは食べる量を減らせ」

といわれそうだが、昔は1ポンドでもワイルドステーキなら2,000円を下回る値段で食べることができた。それが魅力のお店だった。そして、安いだけでなく、「ちょっと今日は肉でも食っていくか」と思いついたら即、食べられる敷居の低さが魅力だった。

単に肉を食べたいなら、フォルクスでもどこでも別のチェーン展開しているステーキ・ハンバーグ店がある。それと「いきなり!ステーキ」が決定的に違ったのは、「サッと入れる場所にお店があって、サッと肉を食べられる。しかもガツンと。」というアンバランスさがとても快感だったからだ。

肉の値段が上がってしまったのは、為替の影響であったり、資源高・物価高・人件費高騰など複数の要因があって仕方がないことだ。

しかし、ステーキという「肉の塊を焼いただけの料理」を売り物にしていると、値段を上げるとかなり厳しい。だって、僕ならこう思う。「肉を買ってきて、家で焼いたほうが安いじゃん」と。出た!原価厨!

シンプルなインテリアの店内ということも相まって、シンプルな肉を焼いた料理を高いお金を払って食べるということに僕は満足できなくなった。なので、足が遠のいた。

よく、「いきなり!ステーキ」失速の原因分析が経済誌や経済系動画サイトなどで紹介される。そこで必ずでてくるのが、「店舗数を増やしすぎて、近隣の店同士が客を食い合ったのだ」という理由だ。あまりにそればっかりが語られるので、他に理由がないかのように聞こえてしまう。

果たして本当にそうなのだろうか?

僕は東京に住んでいるせいもあって、「店舗数が多すぎるどころか、もっと多くても良かった」と思っている。「今日はガッツリ肉を食べたいな」と思ったとき、いちいち今いる場所からもっとも近い場所の「いきなり!ステーキ」を探すのは面倒だった。

牛丼店のように、もっといたるところの駅前に、当たり前のように「いきなり!ステーキ」があっても良いのに、と思っていた。

単に値段が高かったんじゃないのか?と思う。

ふと「今日は一発肉をぶち込みたい」と思い立つ人は男女問わずたくさんいるはずで、その潜在ニーズはまだまだ外食産業は拾い切れていないと思う。もちろん、「ガツンと肉をぶち込む」ためには廉価である必要があるのだけど、「廉価な肉の調達と提供」というのは難しい経営課題だ。

「いきなり!ステーキ」失速の原因として、他店舗展開しすぎたという理由のほかに「類似の競合他店が現れた」という説明もなされる。「やっぱりステーキ」「カミナリステーキ」などが現れ、そちらに客が流れた、という。

実際そうなのかもしれないが、それくらいで経営が揺らぐほど、「ガツンと肉をぶちこむ飯屋」のマーケットって狭いものなのだろうか?不思議だ。

そんなことを考えながら、家族で「感動の肉と米」でお肉を食べる。前回、3歳児の弊息子タケもが感動し、食後しきりに「ありがとう」と言っていたお店だ。

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今回も、家族3名でこのお店を訪れたのだけど、3人とも大満足でお店をあとにした。タケは「美味しかったねぇ」と連呼していた。

お会計をしてみると、「ガッツリ食べてやろう」と肉を増量した結果、決して安い値段ではなくなっていた。それでも大満足だったのは、「肉をぶちかまそうぜ」というコンセプトを家族3人で共有してから胃袋に肉を落とし込むまでの心理的・物理的ハードルがとても低いお店だったからだ。

特に僕らはマイカーを持っていないので、駅前すぐにお店があるこの「感動の肉と米」は本当に好都合だった。

あと、「追い肉」などと称して、肉の量を1.5倍、2倍に増やせるし、別の肉と組み合わせることができるし、「今日はどの肉にすればいいんだ・・・」とメニューを前に悩み抜かなくていい。2種類食べたければそうすればいいし、自分の胃袋のキャパに応じて増量すればいい。そしてご飯とご飯にあう副菜が食べ放題なので、そこで満足度の調整は自由自在だ。

ひき肉を煮込んだ「牛しぐれ」は特に秀逸で、これとご飯だけでご飯が何杯も食べられる。

ビュッフェ形式の食べ放題に行く機会が僕は多いが、そこでの満足感・満腹感とこのお店のそれとは違うな、と食後に思った。たぶん、ビュッフェ形式だと「炭水化物を食べたら負けだ」とばかりにご飯や麺を極力避けながら胃袋の限界まで食べているのに対し、この「感動の肉と米」だと、普段の生活では滅多にない「ご飯をお腹いっぱい食べる」ことをする。

ご飯が胃袋にたっぷりと収まると、こうも幸福感のある満腹になれるのだな!と今更ながら驚く。

それだけご飯を食べられるのも、気軽に肉が食べられるからであり、ご飯がはかどるからだ。とても良いお店だ。


話を冒頭の話題に戻すが、店舗同士のカニバリズムでお店が潰れるほど「肉をガツンと食べたい」ニーズは脆弱じゃないはずだ。肉を食べたい奴が、牛丼やハンバーガー店だけで満足できるわけがない。敷居の低いステーキ店は、それぞれの駅前に1店舗ずつあっても良いくらいだ。そう僕は思う。

・・・ただし、今この文章を書いているのは「感動の肉と米」で食事を済ませて4時間後なのだが、まだまだ満腹感と満足感が持続している。ちょっとフルスロットルだったようだ。

今度またいつ行きたいか?と今この瞬間に聞かれたら、「うーん、1ヶ月以上先かなあ」と答えると思う。こんなんじゃ、「各駅に1店舗、ステーキ店」はやっぱり無理なのかもしれない。

(2024.09.28)

コメント

コメント一覧 (2件)

  • おかでん殿
    この話題は本官も常にジレンマに陥り、身動きが取れない話しです。
    確かにいきなりステーキの衰退はアメリカンステーキをヒャッハーと食べるには値段が上がりすぎた影響が多大にあると思います。
    だって一駅に1店舗もしくは2店舗存在していても、リブロースステーキ1gm9円切るくらいで1パウンドを月一回食べに行く事が気合い入れての唯一の立地も含めての存在だったから。
    値段が爆上げし更にはメニューもショボくなってしまったことが足が遠のいた最大の理由でして、更にわがままを言うと国産和牛なんて求めていないし、オージーではないのだよ!USA!USA!の塊をステーキで喰らうところに、魅力を感じていたのに。
    老若男女問わず、ステーキをリーズナブルにガッツリ食べたいニーズは存在しているはずと思うとホントに悩ましいです。
    肉を買ってきて自宅で、ステーキを焼けばいいとの思考にならず(家で肉を食べたくなったら、塊では無いけど、自転車で10分もあれば行ける飲食店やデパートへの卸しがメインの会社の隅に併設している一般向け店舗でちょっとしたスーパーよりも非常に美味しくお値段も抑えたところで買うようにしています牛豚共に。)
    というわけで、二月に1回くらいの頻度で、少々お値段が張るけどリベラとか、アウトバックのUSAメニューステーキを食べに行くようになりました。

  • 軍曹殿>
    僕も軍曹殿も、いきなり!ステーキの話題になるとつい語ってしまいますね。まだ未練・・・というと言い過ぎですが、思い出深いものがある。

    僕の場合、リベラやアウトバックが近くにないので、「デンジャーステーキ」で1ポンドステーキを食べるのが家族の贅沢になっています。

    焼肉屋は町のいたるところにあるのに、ステーキ屋ってなかなか増えないですね。焼肉じゃ、「肉をガツン」という感じとはちょっと違うのになぁ。

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