手打ちそば くるまや本店

2002年10月12日
【店舗数:135】【そば食:234】
長野県木曽郡木曽福島町

もりそば

くるまや本店

木曽福島の町中にある、蕎麦屋の老舗であり名店。店構えがこれだけ立派なお店というのもなかなかない。でっかい木の看板、そして創業は享保時代だと示す文字。さすがは関所の町木曽福島だ、こんなところで歴史の深さが顔を出す。

間違った蕎麦屋の姿として、意味もなく民芸調にしているお店があるがあれは興ざめ。しかし、こういう「昔からこの店構えです」といった風情は自然と食欲がわいてくる。

店の前は木曽福島の目抜き通りで、車の通りが非常に多い。だから路駐なんてとんでもなく、店の裏手にある駐車場に車を停めて、そこからてくてく歩くことになる。

くるまや本店店内

店の中は、外の風情とまったく同じ雰囲気の店構えだった。黒光りする柱がお出迎えしてくれる。

しかし、外見の「どうだ!老舗だコラぁ」という威圧感、歴史の重みに反して、中は非常に庶民的な感じ。何か、蕎麦を食べに来ましたぁ、というよりも「暑いんで麦茶とスイカどうぞ」とうちわと共に出てくるといった感じ。お座敷になっているからだろうか?えらくノスタルジックなのだ。

その思いは、お手洗いに行ってみると特に強く感じた。なんか、古い民家のお友達の家に遊びに行ったという風情で、お店お店していない。お手洗いまではちょっと歩くのだが、何か「入ってはいけない場所」に入ってしまったような気にさせられた。

お品書きの木札

とはいっても、別にわれわれは古民家見学に訪れたわけではない。蕎麦を食べないとイカンのだ。これまたノスタルジックな、壁にかけられたお品書きを物色する。

あれ?もりそば900円、ざるそば1000円。高いなあ。あ、ざるそばは大盛りで1500円もするのか。ちょっと手が出ませんなあ、これだと。

「何なんだこの高さは」とあぜんとしていたら、どうやら温かい蕎麦はちょっと安いようだ。かけそば、550円。これだったら納得だ。

店員に確認してみると、ここのお店のもりそばはざる2枚重ねで出すのがデフォルトとのこと。だから、値段がちょっと高めなのだという。不思議なものだ、最初から多めに盛りが設定されている蕎麦屋というのはそれほど多くはない。「少なすぎるよ!」という人のために「おかわり」とか「大盛り」という制度を設けているお店の方が一般的だ。やはり、昔から雑穀を主食としてきた地域の人たちは、蕎麦をたらふく食べるという習慣が残っているのだろうか?

いやいや、待て待て。ラーメンに置き換えて考えてみようじゃないか。普通のラーメンは1玉の麺が使われる。しかし、つけ麺を注文すると、これが2玉だったり1.5玉だったりと麺のボリュームが増える。つけ麺の場合、つるつるっと食べられるからだ。もりそばとかけそばの麺のボリュームが違うというのもこれと同じ事ではないのか。

・・・あまり意味のない推測をしているなあ、我ながら。

もりそば

さて、初めて訪れたお店ではシンプルにもりそばを食べろという先祖代々からの教えに従い、900円高い高いと愚痴りながらもりそばを注文した。

しばらくして届けられたのが、これ。なるほど、そこそこボリュームはある。2枚重ねを食べ終われば、大抵の人なら満腹感が得られるだろう。900円は高いと思うが、じゃあこれを600円とか700円で出せというのは暴論だろう。なんだか悔しいけど値段相応といったところか。

味は・・・むむむ。麺の表面がぬるぬるする。ゆであがった後の水ですすぐ工程を省略したのだろうかというくらい、ぬめる。もともとこういう蕎麦なのだろうか。ねっとりとして、あまり気持ちの良い食感ではない。

麺は、もちもちしているのだけど何となく粉っぽい印象を受けた。鼻に抜けるかおりにおいて蕎麦が粉っぽいと、「ほこりっぽい」と感じてしまうということを初めて知った。何となく、しばらく開けていなかった押し入れの中で蕎麦を食べている感じ。蕎麦の香りも味もこうなると訳が分からない。

つゆに活路を見いだしたが、みりんが強すぎて非常に甘い。東京のきりりと辛いつゆに慣れている身からすると、ちょっとこれは口に合わなかった。

最後、そば湯を頂いたのだが、当然「ほこりっぽく感じる」蕎麦をゆでたお湯ということで、埃っぽさリターンズ。うーむ、後味が悪いなあ。

このお蕎麦屋さんは、多くの蕎麦好きから絶賛されている。「ここの蕎麦屋以外では蕎麦を食べない」とまで断言するようなファンだって、少なくない。だから、きっとここの蕎麦はおいしい、の、だろう。ただし、おかでんの味覚には見事にあわず、全くスウィングしなかった。

これだから、食べ歩き記というのは怖い。ここでおかでんがこの蕎麦屋を「まずかった、ダメ」と一刀両断するのは簡単だ。実際、おかでんとしてはそう思ったし、同席していたアワレみ隊隊員・ひびさんも同意見だった。しかし、本当にそうなのだろうか?と疑問に思ってこのお店をwebで調べてみたら、絶賛している人も多い(もちろん、イマイチと評している人もいるが)。結局、旨い・まずいというのはその人が過去に培ってきた食生活のバックボーンから成り立っているわけで、絶対的評価というのは難しい。たまたまわれわれの口に合わなかっただけなのかもしれないし、たまたまその日の蕎麦のできが悪かっただけかもしれない。

一つ言えるのは、著名な蕎麦屋でここまで僕の口に合わなかった店はこれまで無かったということ。こうなると、逆に興味津々だ。本心から言えば「口に合わないのでもう二度と行きたくない」ところだが、「こんなに口に合わないというのは一体どういうことだろうか?」と気になってしゃーない。いやぁ、機会を見てもう一度訪れてみたいお店になったぞ、ここは。

きっと、何度か食べているうちにぱきーんと神の啓示がきて、「うまいじゃん、このお蕎麦!」ってなるような気がしてならない。その過程を楽しんでみたいのだが。