吾妻橋 やぶそば

2003年01月26日
【店舗数:138】【そば食:239】
東京都墨田区吾妻橋

せいろう

並木藪蕎麦で「蕎麦を食べることとは、これ忍耐なり」という教訓を身につけ、蕎麦経験値1ポイントを稼いだおかでんであった。これから先、同じく量が少ないと言われている「竹やぶ」などに行ってもびっくりして心臓発作を起こすことはあるまい。

しかし、そうは言ってもやっぱり物足りないというのは事実。何しろ、同行していた「病み上がり」で「女性」の友人でさえ「もう一枚食べたい」と言い出すくらいだからだ。しかし、同じ店で「すいません、おかわりください」というのは、何となく悔しい。せっかくだからもう一軒、別の蕎麦屋に行こうじゃないか・・・ということで並木藪を後にした。

目指すは、同じ藪蕎麦系列の「吾妻橋やぶそば」。途中、神谷バーのショウウィンドウに激しく惹かれ、後もう少しで店内に吸引されそうになったところを間一髪土俵際でうっちゃり、アサヒビールのブルワリーパブに追い打ちをかけられたが、かろうじて寄り道せずに店に向かう。いや、浅草は誘惑が多くていかん。結局、和菓子屋で花びら餅を食べるだけで済んだ。(なんだかんだで寄り道してしまっている)

さてその「吾妻橋やぶそば」だが、浅草から歩いていくと徐々に商業地と住宅地のチャンポンな地域になっていき、やや不安になってくる。行き過ぎたんじゃないのか、と。その不安が大きくなってくる頃、さりげなく姿を現すのが「やぶそば」という文字列だ。ああ、良かった。行き過ぎたんじゃなかったのか。

毎回思うのだが、あの「やぶそば」の「ぶ」の字は一体なんだ。PCのフォントには当然ああいう字は存在しないので何とも形容しがたいのだが、喩えるなら「好゛」っぽい字だ。いや、「女る゛」かな。

江戸時代にはああいう字が存在していたのだろうか。「駒形どぜう」が「どじょう」の事を「どぜう」と称したのは、暖簾に体裁良く書くためには3文字が適していたから、というのは聞いたことがある。では、「や好゛そば」とは一体。

悩ましいのは発音で、「う゛」なのか「ぶ」なのか、という事がある。とりあえず、「やう゛そば」と発音してみる。下唇に上前歯を当てて。「やう゛そば」。ううむ、全然美味そうな発音にならぬ(皆様、ぜひお試しください)。いいや、どっちが正解かは知らぬが、「やぶそば」にしておこう。そうしよう。

それは兎も角、店の外観をみて「おっとっと・・・」と思ったのは事実。あまりにさりげない店構えだったからだ。てくてく歩いてきて到着したお店の割には、庶民っぽさが漂うお店。蕎麦初心者を連れて訪れる店としてはちょっと地味すぎる気がした。実際に商品が陳列されてはいることはなかったが、ショウウインドウが入り口脇にあったというのもヒヤリとした一つの要因だ。ショウウィンドウがある蕎麦屋は「庶民派蕎麦屋」であり、おかでんが好む「趣味蕎麦屋」とはジャンルが違う。

並木藪の場合、外見からして「どうだ、これが蕎麦屋だ!」と納得させる造りになっている。これだと蕎麦好きでなくても雰囲気だけでご馳走様、って感じになる。その後に訪れたお店がここなので、ちょっと心配になったというわけだ。同行している友人に「このお店に行ってみよう」と推薦して連れてきた訳だから、蕎麦の旨いマズイは兎も角としてトータル的に満足して帰ってもらいたい。そう考えると、この外見ではインパクト薄いなあ、と感じたのは事実。

いや、吾妻橋やぶ、外見イケてねーっ、というわけでは決してない。おかでん自身としてはあれで十分なのだけど、蕎麦にあまり馴染みのない人を連れて行くんだったら、ある程度外見が「それっぽい」造りの方がいいかもな、というわけだ。これは連れて行く側の人間の論理として。
まあ、そんなことはどうでもいい。兎も角、早速店に入ってみる。
中は、4人がけの机が6つほど用意されていて、比較的こじんまりとしていた。16時近いこともあって、お客さんは3名いるだけだった。並木藪のように「遠路はるばる食べにやって参りました」という気合いの入った客層ではなく、ごくごく普通の、地元の人たちが食べに来ている感じだ。

メニューを見る。

「かけ」と「せいろう」が500円。非常に安い。他の品々も、全般的に安いようだ。一番高い料理が、「天ぷら御飯」で1,400円也。

ここで、「あっ」と思わず声を上げてしまったメニューがあった。

「焼き海苔 250円」

・・・うーむ。お得としかいいようがない。並木藪だと650円でしたぜ。海苔の品質が違うかもしれないので単純に価格比較をしちゃいけないのだろうが、この価格差を目の当たりにするとお得に感じてしまう。

せっかくだから食べ比べしよう、と思ったのだが、海苔を頼むとなるとやっぱりお酒が欲しくなるわけで。お酒を頼もうとしたら、友人に睨まれたのでやめにした。

いつか、並木藪と吾妻橋やぶの海苔を持ち帰って、どっちがおいしいかブラインドテストをしてみたいものだ。・・・意地悪かな、こういう発想って。

まあ、並木藪の場合は雰囲気代込み、って考えればいいわけで。そうすれば安直に高い高いというのは的はずれだということに気づくわけで。(今一生懸命並木藪を弁護しています)
せいろうを注文する。「せいろ」の事を「せいろう」と呼ぶあたりが、神田やぶを踏襲していて面白い。
確か、「せいろ」というのは漢字にすると「蒸籠」であり、正式な発音は「せいろう」なのだという。それが江戸っ子によって縮められ、「せいろ」が一般的になったとか。「せいろう」という言葉を藪蕎麦が使うのは、古くからの伝統に自信があるということなのだろうか。

注文を聞きに来たおばさんが厨房に注文を通す際、本家・神田やぶのように「せいろぉーう、いちまぁーーい」という独特の節回しで高らかに宣告するのかいな、と興味深く聞き耳を立てていたのだが、ごく普通に厨房とやりとりをしていた。やっぱり、あれは特殊な文化なのか。ちょっと残念。でも、吾妻橋藪のようにそれほど広くないお店で、あの大きな声で「せいろぉぉぉう」とやられたら、ちょっと五月蠅いかもしれない。

しばらくして、せいろうがやってきた。リーズナブルなお値段だったので、並木藪のさらに上を行く量の少なさではなかろうか、と心配になっていたのだが特にそういう事はなし。ごく普通のせいろの上にごく普通に蕎麦が盛りつけられてでてきた。一般的に認識されるであろう「一人前」の量だ。よかった、もう一軒さらにハシゴしなくて済みそうだ。

神田やぶのせいろうは、中のすだれが仰け反っているのが特徴だ。中央部分が盛り上がっていて、左右が沈み込んでいる。こういう形にすることによって、水切りを良くするんだ・・・ということだが、「量を多く見せたいのでは?」という疑念を持ってしまうのも事実(いや、ほんとゲスの勘ぐりなんですけど)。しかし、このお店ではそういう妙な盛り上がり方は無し。いたって普通のせいろだった。

微妙に麺が緑がかっている。どうやら、このお店も神田やぶ同様クロレラを練り込んでいるようだ。

クロレラ練り込んでも練り込まなくても、美味い蕎麦は旨いしマズイそばはマズイんだよっ、といいながらずるずるっと手繰ってみる。

・・・おいしい。

蕎麦の香りがほんのりと口の中に広がり、そしてそばの味もひねくれた感じではなく、素直においしい。そして、のどごしも気持ちよい。

やあ、楽しいな。ここでお酒を飲んで、最後にこういう蕎麦をするするっと食べて締める、っていうのはきっとしみじみ気持ちいいと思う。おかでんとしては、並木藪よりもこちらの方の蕎麦の相性が良かった。友人は、「並木藪の方が好み」といっていたので意見が分かれるところなのだろう。

ただ、残念なのはお店がウナギの寝床とまではいかないまでも、細長い造りなので若干手狭な印象を受けるということ。浅草の雑踏を避けて、ここでしっぽりと昼酒を愉しむというのは非常に魅力的な選択肢なのだが、手狭故にどこまでまったりした時間を過ごせるか、というのが気になるところだ。あと、店内が小きれいなのも、ちょっと一人酒をするには落ち着かないかもしれない。

酒飲みは、案外並木藪のようなざわついた場所の方が、落ち着くのだろう。「昼から酒を飲んでいる」「しかも一人で」なんていうちょっとだけ背徳感のあるシチュエーションだと、まわりがごそごそやっている方がカモフラージュされて気楽、という事か。

やあ、それにしても2軒立て続けにおいしく蕎麦を頂きました。さて、この後は仲見世通りを冷やかしてきますかね。

・・・途中、ブルワリーパブと神谷バーの誘惑に耐えなくちゃ。