蕎麦 眠庵

2012年11月24日
【店舗数:316】【そば食:537】
東京都千代田区神田須田町

牛肉と大根のバーボン煮、二種もり、喜久酔特別本醸造

神田の町

神田に隠れ家的蕎麦屋があるという。

またか、と思う。

住宅地の奥に蕎麦屋が、とか、山の中に蕎麦屋が、とか、時々そんなのと遭遇するが、一体蕎麦業界はどうなっとるんだ。

東京の場合、地価が非常に高いので、一等地に店を構えることは難しい。だから、必然的にややこしい場所に蕎麦屋ができる場合があるのかもしれない。あとは、意識的に「隠れ家」を演出しているというのもあるかもしれない。お店にたどり着いた人に優越感を感じて貰う「演出」というわけだ。会員制とまではいかないが、「知っている俺格好いい!」と思えるようなお店づくり。

とはいっても、いざそういうお店に行ってみても、「どうだお前らこういうお店を望んでいたんだろうホレホレ」とお店から偉そうな態度を取られたことは一度もなく、「秘密めいた演出」というのはどうやら考えすぎらしい。

さて今回の神田の蕎麦屋だが、事前情報によると客席数が少ない事もあり、満席になっていることが結構多いとのこと。夜は予約してから訪れるのが望ましいという情報も。このお店はユニークで、オフィシャルサイトに「今晩は予約で満席です」なんていう情報を掲載しているので参考になる。

お昼の営業は火/木/土だけで、12時~14時。たった2時間の営業だ。さて、昼時に訪問しようと思ったら、一体何時を狙って行くのがいいのかな。こういうとき、12時の開店時間を狙って訪れるのも手だが、うっかり満席になってしまったら、相当待つ羽目になる。何せ、お店は蕎麦屋だ、こういうお店だったら、ほぼ確実に訪れた人は蕎麦前を楽しむだろう。「蕎麦手繰ってちゃっと帰る。所要時間15分」なんて人はいないか、いても少ないと考えておいた方がよさそうだ。早くて30分、遅いと1時間くらい滞在する人がいそうだ。

と、なると、13時過ぎ・・・13時20分とか、そういう閉店時間も見えてくる時間に訪れるのが良さそうだ。これが13時30分とか40分だと、こっちが蕎麦前楽しむ前に閉店しちゃう。それはイヤだ。というわけで、13時20分前後というのはギリギリのラインと思われた。

土曜日の神田を歩く。

ビジネス街ということもあって、土曜日、しかも三連休の中日である今日は人が少ない。

これから目指す蕎麦屋、「眠庵」は非常に分かりづらい場所にあるということだ。この店を目指している人でないと、絶対に感づかれないという。

なんで「隠れ家蕎麦屋」なのにこんな事前情報をおかでんが知っているのかというと、先日訪れた「日曜庵」でご一緒した方が「神田の眠庵は美味いよ!」と熱弁をふるっていたからだ。「おいしいんだけど、気づかないよあんな場所は」とうれしそうに語る。ああ、やっぱり隠れ家って人をうれしくさせちゃう効果は確実にあるんだな。

眠庵入り口はとても狭い

スマートフォンを手にし、Googleナビでお店を目指せば、少々の隠れ家など一発で暴かれる。ほら、眠庵もすぐにヒットするぜ。便利になったもんだ。なにせ、検索キーワードを音声入力で入力する際、「ねむりあん」とスマホに声をかけるだけで「(神田須田町の)眠庵」であることをGoogle先生は認識しちゃうんだから。

とはいえ、なんだこれは。ナビの指示に従って目的地に到着してみると、建物と建物の「隙間」に赤い暖簾がかかっているではないか。その幅、約90センチ。この奥に建物、しかも飲食店が入っているなんて到底信じられないのだが。せいぜい、お稲荷さんが祀られている祠がある、そんな感じ。

路地の奥に暖簾が見える

暖簾の隙間から奥を見ると、ずずずいと10メートル弱進んだところに建物があり、灯りがついている扉も見えた。どうやらあそこが本日のお目当て、「眠庵」らしい。

表札のようなものが柱に打ち付けてあったので、見てみる。殆ど消えかかっていたが、どうやら「眠庵」と書いてあるっぽい。これ以外は、外観からお店の存在をうかがい知ることはできない。本当の隠れ家だ、これ。「家賃の都合で奥まったところに店を構えました」というのではなく、「意識的に存在を隠している」お店だ。

 眠庵の玄関

眠庵の玄関。なにやら昔の診療所の玄関みたいな感じ。

ポストがあるのだが、そこに小さく「眠庵」と書いてあるので、どうやらここでお店の位置はビンゴらしい。

それにしてもげに恐ろしきはGoogleマップよ。いや、正確にいうと、Googleマップにデータを提供しているゼンリンだ。なにしろ、Googleマップ上に、この建物が「眠庵」である、と書かれていたからだ。こんな奥まった建物で、しかも表札すらろくに出ていないお店まできっちり調査しているとは驚きだ。執念だな、ここまでくると。ビジネスライクじゃできないグッジョブ。

中に入ると、カウンター席4席、4人がけテーブル席x2、2人がけテーブル席x1の計14席だった。ちょうどおかでんと入れ替わりにお客さんがどっと出て行ったので、店内はおかでん一人。タイムシフト作戦、大成功だ。でも、この後もちょくちょくお客さんがやって来ていたので、やっぱり「秘密めいた場所なのに繁盛しているお店」だ。

おかでんはカウンター席に陣取る。カウンターおよび椅子は相当高く作られており、数十センチの高さがある足を置く踏み台が足下に据えられている。そのせいでカウンター向かいの厨房を見下ろすような位置関係になる。キッチンスタジアムを観戦するロイヤルボックス、といった風情。なかなかこれは楽しい。蕎麦屋の厨房ってどうなっているのか殆ど見たことが無いので、楽しみだ。

厨房には、ご主人と助手の方の2名体制。どちらも30代の方と思われ、若い。創業から結構経つお店なので、一体ここのご主人は何歳で独立したんだろう?

「うーん、(夜の部に備えて)追い打ちしておかなくちゃいけないなー」
「小松菜を仕込まなくちゃ」

なんて言っているのが丸聞こえで楽しい。客としては「楽しい」で済むのだが、厨房内の二人は常に言動を見られている訳であり、営業時間中は気が抜けないと思う。でも、カウンターの高さなどを考えても、「見られる」事はあらかじめ計算していたと思われ、それを楽しんでいる節があるのかもしれない。

それにしても、昼2時間営業というのは非常に運営が難しいと思う。たった2時間ともなると、客の回転は2回転がいいところだろう。でも、場合によっては3回転くらいするかもしれない。そうなると、必要な仕込量は一気に1.5倍になるわけで、需要予測が大変だ。

清酒

このお店で驚かされるのは、酒肴、そして清酒のラインナップの豊富さだ。数えてみたところ、清酒は20種類、酒肴はレギュラーメニューだけで25種類。その他、壁にはなんと17種類もの「本日のつまみ」が掲げられており、目移りしてたまらん。さらに驚け、酒肴の値段が破格だ。安いものは210円からあり、どんなに高いものであっても630円。これは、優柔不断なおかでんに対する挑戦状としか思えぬ。

この店、立地条件もそうだが、もうける気あるんか?と心配になってくる。ちなみに清酒は420円~790円とこれまた良心的。あと、ビールにハートランドが置いてあるのも、非常に(おかでん的には)良心的だ。こういう隠れ家なお店だったら、希少価値のある馬鹿高いお酒を並べておいて商売しても成立するだろうに。きっとご主人、いい人なんだと思う。商売がどうの、と言う以前に、いい人なんだと思う。

「喜久酔 普通酒」が一番安く420円なのだが、おかでんは「喜久酔 特別本醸造」の方を選んだ。530円。なお、お一人様の客の場合、一合ではなく半合での提供もできるそうだから、ますますユーザーフレンドリー。

お酒は徳利とお猪口、というスタイルではなく、豪快にコップ酒。ぐいッといけるこういうスタイルなのは結構楽しい。気取ってなくていいんじゃないでしょうか。このお店、隠れ家というスタイルから「お高くとまりやがって」と捉えがちだが、実はそうではなく、相当馴染みやすいスタイルだ。

「サービスです」ということで、お通しとしておから煮が添えられてきた。おっと、おから煮は酒肴のメニューに載っているものだ(320円)。頼もうかどうしようか選択肢にあったものだったのだが、ここで出てくるとは。ここでも商売っ気ないなーと思う。

そのおから煮だが、「おからはぼそぼそしてまずい」という概念を覆す美味さだった。おから嫌いのお子さんに、ぜひ。あー、これだけでコップ酒いっぱい飲めるなー。

牛肉と大根のバーボン煮

酒肴は、さすがにお値段が安いものは瓶詰めのものを提供したりして省力化が計られていた。とはいえ、しっかり作るものは作っていて、今回頼んでみた「牛肉と大根のバーボン煮(630円)」なんてのは煮込みまくった逸品。あまりにミスマッチな組み合わせなので、選ばずにはおれなかった。なんでバーボンで煮てるんスかご主人!

多分、煮物を作る際に日本酒を入れるのと同じ発想でバーボンなんだと思うが・・・。でも待てよ、日本酒はアルコールが抜けたらアミノ酸たっぷりの旨味の素となる。でも、蒸留酒であるバーボンって旨味が出るわけがないよな。うーん、考えれば考えるほど不思議な料理であるよ。

大根は甘辛く柔らかく煮込まれ、これを箸でちょっとすくって食べるだけでいいお酒の友になる。ただ、相当味が濃いので、酒を飲まない人向けではないかな。一方の牛肉だが、これも柔らかく、よく煮込まれていた(さすがに箸で切れるほどの柔らかさではない)。

どこにバーボンが潜んでいるのかは、さっぱり分からなかった。多分香り付けに使われているのだろうが、バーボンなんて10年以上飲んでいないから判別のしようがなかった。

栃木産もり

蕎麦アップ

普段のおかでんなら、ここで酒肴と酒を追加注文するところだが、なぜかこの日はスムーズに蕎麦へと移行した。いつもこうあるべきなんだけどな。

せっかく今日はいい蕎麦屋に出会ったというのに、こういう日に限ってはやけに大人しいのだから不思議だ。

蕎麦は「二種もり(1,160円)」を注文した。産地が違うもりを2種類、提供してくれるようだ。ちなみにノーマルな「もり」は840円。

注文を入れても、しばらくは蕎麦をゆでようとはしないご主人。何でだろう、と思ったら、ゆで釜のすぐ隣にあるコンロで助手の方が出汁巻き玉子を作っていたからだ。狭い厨房なので、二人が並んで作業するのは大変。

あと、「えーっ、知らなかった!」と感心したのが、ゆで釜って常にグラグラお湯を沸かしているわけじゃないのだな、ということだ。注文が入ってから、スイッチを入れてお湯を沸かし直していた。それでも、大して時間がかからず「釜が来た」状態になるのは、釜(とその中に入っているお湯の量)が非常に大きいからだろう。その分熱量が多いので、しばらく加熱していなくても湯温は高いままキープされ、再加熱が容易というわけか。なるほど!ちなみに、蕎麦がゆで上がったら、またスイッチを切って釜の湯の加熱をストップしていた。

蕎麦がゆで上がった。冷水で締めるのだが、その時使っているのは普通のご家庭にあるプラスチックのボウル型ざるだった。蕎麦屋の定番である、ためざるはない。さっきのコップ酒にしてもそうだが、このお店は本当に飾り気がないな。

そういえば、おかでんが入店した直後にいたお客さんが、器を褒めて「これはどこで手に入れたものですか?」とご主人に聞いていた。するとご主人は「いえ、合羽橋で買った普通のものです」となんとも普通な回答をしていたのが面白かったっけ。

ボウル型ざるだが、家でよくやる水切りのように、雑にジャカジャカ振って水気を切るようなことはさすがにしていなかった。それだと蕎麦が傷む。そーっとひとつまみつかみ、しばらく空中に制止し、水をたらーりと垂らして水切り。そして、ざるに盛りつける。それを何度も繰り返していた。そういう所作を間近で見られるのだから、カウンター席はお得だ。

全ての蕎麦をざるに盛りつけた後も、しばらくご主人は蕎麦をいじくって形を整えていた。まるで、ワックスで固めた髪の毛をチリチリといじって整えているかのようだった。おかでんのところに持って行ったら写真を撮られるから、整形には念を入れているのかと思ったくらいだが、さすがにそれは思い込み過ぎ。(なお、写真撮影はお店の許可を得ています)

ざるは、並木藪蕎麦でおなじみの「逆さざる」。真ん中が盛り上がっているタイプ。

一枚目の蕎麦は、栃木産のものだという。さっそく手繰ってみると、香りが非常に良い。今年食べた中では一番蕎麦が香っていると思う。とてもおいしい。ただ、味はあまり強くない。

北海道産もり

蕎麦アップ

一方、頃合いを見計らって出された二枚目は北海道産。先ほどの栃木産のものより細く打たれており、単に蕎麦粉の種類が違うだけではないことが分かる。こちらは栃木産と比べて香りが控えめな代わりに、味が良かった。

なるほど、二種類の食べ比べというのはこういう事か。面白い試みだ。単に産地が違う蕎麦を並べたのではなく、意識的に性格が異なる蕎麦を用意したのだろう。

食後の蕎麦湯は濃厚なものだった。この蕎麦湯の製造工程を見る機会に恵まれたのだが、なんとボウルに釜の蕎麦湯をひしゃくで入れていたのだった。何をする気だ一体、と思ったら、その蕎麦湯を箸でかき混ぜ始めた。玉子焼き用に玉子を溶いているかのようだ。どうやら、蕎麦粉(打ち粉?)を蕎麦湯に混ぜて、濃厚なものにしているようだ。そうか、ああやって作るのか。大変に勉強になった。そんな蕎麦湯はとろりとしてとてもおいしかった。すっきりした「リアル蕎麦湯」も悪くないが、どうしてもこの季節はまったり濃厚な蕎麦湯が恋しくなるものだ。

そんなわけで、驚きが何度もあった眠庵訪問だったわけだが、おかでんは相当気に入った。また機会があれば、ぜひ訪れたいと思う。ただ、混むという話があるのが気になるけど・・・。