2020年11月14日
【店舗数:—】【そば食:731】
長野県下高井郡山ノ内町北志賀竜王高原
山の実、そばがき甘味、季節のピッツァ(信州りんごのピッツァ)
蕎麦の食べ歩きを精力的にやっていたのはずいぶん昔のことだ。あの頃は、アワレみ隊の仲間たちと本当によく食べ歩いたものだ。
そもそもの前提として、僕が「蕎麦を食べるという口実で、昼酒を飲みたかった」というアルコール依存な性分だったということもある。でもそれ以上に、インターネットがここまで隆盛していない時代の蕎麦屋巡りは「宝探し感」があって楽しかった。
とにかく、昔の蕎麦屋は「美味しいなあ、と唸らされるのは打率2割程度」くらいだったと思う。ちょっとこの比率は適当だけど、でも「たまに出会う、すげえ美味い蕎麦屋」に心震わされたものだ。
しかしこの10年20年で蕎麦屋のレベルはグンと上がり、多くの店が「そこそこうまい」蕎麦になってしまった。蕎麦業界の味の平均点が上がったのは大変に喜ばしいことだけど、その結果「まだ見ぬ強豪」とも言える絶品蕎麦屋を探すモチベーションが下がってしまったのは残念なことだ。
そんな、僕が蕎麦食べ歩きをやっていた際に、「別格すぎて、殿堂入り」とひれ伏した絶品蕎麦店がいくつかある。それは長野県の「ふじおか」と「山の実」だ。
ふじおかは、当時のカーナビでは検知できないような、黒姫高原の山の中にある一軒家の蕎麦屋だった。そこで繰り広げられる蕎麦と世界観は、圧倒的だった。
https://awaremi-tai.com/?s=%E3%81%B5%E3%81%98%E3%81%8A%E3%81%8B
一方、「山の実」は、スキー場のゲレンデの中にオフシーズンだけ出現する蕎麦屋というロケーションもすごいが、青々とした蕎麦の風味にハッとさせられて背筋がシャンとする。で、その後にそば粉を使ったピザが出てきて、これまで完璧に美味いものだから恐れ入るしかない名店だ。
https://awaremi-tai.com/?s=%E5%B1%B1%E3%81%AE%E5%AE%9F
今回の長野旅行で、この2店の2020年バージョンを見せていただくつもりだった。
「だった」と過去形なのは、ふじおかには行けなかったからだ。
現在、ふじおかも山の実も電話で事前予約が必要となっている。人気店につき、早めに予約をすることが望ましい。で、パートナーのいしがふじおかに電話をしたところ、「休業中」なのだという。
えっ、休業中?
蕎麦屋というのは、職業病として腰を痛めるご主人が結構いらっしゃる。そういうことなのだろうか?
いしがしばらく電話口でご主人とやりとりしていたが、後で伝え聞くところによると
コロナが流行り始めてから、休業している。周辺からのコロナ風評被害を恐れて、営業は再開できない。
ということらしい。つまり、人気店につき僕のような「コロナの感染者が(長野県と比べて相対的に)多い、東京都などからの客」がお店周辺をウロウロすることになる。そういう状況を地元の人たちは歓迎しないので、営業は中止しているようだった。
そういえば、2020年の春、緊急事態宣言が出ていた頃は「他都道府県ナンバーの車を見かけたら、石を投げつける」という蛮行に及ぶ未開人種が全国のあちこちで観察された。21世紀でこの有様だぞ、おい。でも、笑い話ではなく現実的にそういう排外的な地域が存在する。
そういえば、9月に長野県の友人と談笑した際、「長野では車に石を投げたりするの?」と聞いたっけ。そうしたら、「さすがに長野市街ではないですよ。でも○○のあたりだったら、ありえるかも・・・」なんて言っていた。大真面目に。
その時は笑い話として聞き流していたけれど、まさか自分が行きたかった蕎麦屋がコロナ風評被害のために営業できなくなっていたとは。しかもふじおか、今は引っ越しして長野市内にお店があるというのに。
そんなわけで、僕らは「山の実」だけ予約をとり、そこで思い出の蕎麦を食べることにした。本当は両巨匠を食べ比べて見たかったんだけど、残念。
久々の山の実。9年ぶりになる。
見た目は全く変わらない・・・と思う。
相変わらず北志賀のスキー場でオフシーズンなので、殺風景だ。人の気配がほとんどない。
ただ、変わったことといえば、スキー場の山頂にテラスができ、そこから眼下を見下ろせるようになっったらしい。スキーシーズン以外でもゴンドラに乗って山頂に行くことができる。
https://www.ryuoo.com/soraterrace/
北海道の星野リゾートトマムがやっているのと近い。運が良ければ、雲海を眼下に見下ろすこともできるようだ。
店内の様子も、ほとんど変わっていないようだ。
ただ、コロナ対策でお会計カウンターのところには透明なアクリルパネルが設置させていたのと、「GoToトラベルクーポンが使える」というステッカーが貼ってあった。
お店の営業時間は短い。
予約はおそらく1時間刻みで、11:30、12:30、13:30となっていると思う。予約なしで訪れたお客さんもいたが、次の時間帯に回され、待ってもらっていた。
このお店の場合、「ふじおか」方式とも言うべきか、同じ時間にやってきたお客さん全員に同じ料理が振る舞われる運用になっていた。全員に「お通し」といえる料理が振る舞われ、そのあとそばがきが出て、そのあとに蕎麦。蕎麦だけ頼んだお客さんの場合、おそらく料理が出てくるまでけっこう待つことになると思う。
このお店に来るからには、時間がカツカツな人はいないはずだ。ぜひ、お目当ての料理が届くまでのんびりと時間を過ごしてもらいたい。
今日はお日柄が良いこともあって、テラス席に案内されているお客さんもいた。
密を避ける、ということもあるだろうし、厨房や接客のキャパシティということもあるのだろう、お客さんを客席いっぱいにぎゅうぎゅう詰めるという状態にはなっていなかった。
そういえば、昔このお店はご夫婦だけで営んでいたと思うけど、今は接客だけでも確か女性が3名いたと思う。
蕎麦屋なのに、お店に入ってすぐのところにピザ窯があるというのが、このお店の唯一無二なところだ。相変わらず、このピザ窯は健在でピザを焼く準備はバッチリ。
これが「蕎麦ばっかり打っていても面白くないんで、道楽でピザも焼き始めました」というならともかく、「蕎麦を使った絶品ピザ」に昇華させているのだからすごい。
あ、いかん、9年も前の思い出でモノを語っている。2020年の今、その蕎麦ピザがどうなっているのか、改めて今回確認して堪能したい。
客席の様子。
多くのお客さんがペアで訪れていた。品の良い雰囲気。見た限り、客層が良いと思う。
そんな中で、中年男性一人で来客し、うまそうに蕎麦を食べている方がいた。昔の僕みたいに蕎麦の食べ歩きやドライブを満喫している人なのだと思う。フットワーク軽く動けるだろうから、少し羨ましくもある。
レジ前に、そば粉と蕎麦の実が袋詰めされて売られている。
相変わらず、美しい色をしている。こんな蕎麦粉、美味いに決まってる!ずるい!と誰に対してかわからない嫉妬心を抱く。
そんな蕎麦粉目当てなのか、お客さんのうち一組が、よりによって蕎麦粉を4キロだか5キロだか、まとめ買いしていた。えっ、マジですか。
聞き間違いかと思ったら、本当に段ボールいっぱいに蕎麦粉を詰めて、ニコニコしながら買って帰っていった。
「あの人は同業者だろうか?」
いや、そんなわけがない。蕎麦屋が蕎麦屋から粉を買うだなんて、割高でしかない。じゃあ、蕎麦打ちが趣味の人なんだろうな。ものすごい大量の蕎麦を打って、振る舞うんだな。
蕎麦の産地は、
富山県の「蓑谷(みのたに)」
と
長野県の「下須賀川(しもすがかわ)」
のブレンドらしい。
須賀川というのは、このお店があるあたりの地域名だ。最近になって、地図を見ていてようやくそのことを知った。
このお店のメニューで、「須賀川そばピッツァ」というのがあるのだけど、僕はここで唐突に出てくる「須賀川」とは、福島県にある「須賀川市」のことだと思っていた。実際は全然違う。
山の実といえば、蕎麦の美味さもさることながら蕎麦ピザで圧倒されるお店だ。
そのピザはお持ち帰りできる、というのは知っていた。
「でも、箱の中で蒸れで、帰宅するまでに味が落ちちゃうでしょう?」
・・・と思っていたら、なんと冷凍ピザも売るようになっていた。やるなあ、山の実。
「人気のない、サマーシーズンのスキーゲレンデでひっそり営む蕎麦屋」
なんだけど、下界ともこういう形で繋がっていたとは。
これは心惹かれるな、ほしい。
ええと、3枚で4,200円、5枚で6,000円か。
山の実の蕎麦ピザに惚れた人なら、全然問題ない値段だと思う。
あれっ、よく見ると「送料・税込の価格」と書いてあるぞ。マジか。クール宅急便の配送料は別途だと思っていたのに。
これはほしいなあ、年越し蕎麦をやめて年越しピザもありだなあ。
でも、スキーシーズンにピザのお取り寄せってやってくれるかなあ。
マジでちょっと考えてみる。
ピザは全4種類。
須賀川そばピッツァ、アンチョビのピッツァ、ドライサラミのピッツァがレギュラーメニューで、それ以外は季節ごとに入れ替わるメニューだ。
4月~6月は「春の山菜」、7月・8月は「夏野菜」、9月~11月は「秋の信州りんご」。
あっ、12月~3月は季節のピザが存在しない。やっぱり冬はやっていないのかもしれない。
「山の実」のロゴを眺めながら、ワクワクする。
お品書きは相変わらずシンプルだ。
生粉打ち蕎麦 1,200円
手挽きそばがき 950円
そばがき甘味 600円
そばピッツァ(全6種類) 各1,300円
それとは別に、
「そばがき、蕎麦、ピザ」をコンパクトにまとめた3点セット「山の実」が2,200円。
以上だ。
全ての料理が食べたかったので、「山の実」を頼み、それに「そばがき甘味」を追加注文した。
蕎麦の解説など。
蕎麦ピッツァは300度で加熱しているとのこと。自宅のヘルシオだと、250度までしか加熱できないから厳しいな。さすが薪を使ったピザ窯のエネルギーはすごい。
いしは、ピッツァを「信州りんご」にしようとしていたので僕が慌てて止めた。
せっかく来たんだから好きなものを食べればよいのだけど、りんごはアカン。「アップルパイっぽい感覚」で、おいしく食べられたんじゃ折角このお店に来た意味がないからだ。
「まずは大人しく、ベーシックな須賀川ピッツァを食べなさい」
「えー、季節限定というのに惹かれるんですけれど」
だめです。僕が強権発動するほど、須賀川ピッツァはうまいのです。
りんごピザもうまいとは思うけど、「それは蕎麦粉じゃなくてもいいよね?」という内容になりそうだ。
待っている間、蕎麦雑炊が届けられた。
良い塩梅。
そして蕎麦の青さを感じさせる香り、ちょうどいい歯ごたえ。このあとの蕎麦に期待感が高まるスターターキット。
手挽きそばがきがやってきた。
相変わらず素晴らしい色のそばがきで、こんなに粒が残った粗挽きのそばがきは他ではなかなかお目にかからない。まるで出来損ないのように見えるけど、むしろこの粗挽きが、食感と風味の妙を醸し出す。
箸で一口ぶんだけ、ちょっとすくって、口に含む。鼻に抜ける香りを確認しながら食べる。だから、これを食べ終わるにはけっこう時間がかかる。
これをバクバクと無遠慮に食べる人は野蛮人だと思う。蕎麦は「黙って早く食え」と言われる食べ物だけど、このそばがきはじっくり楽しみたい。
生粉打ち蕎麦。1,200円と、世の中一般の蕎麦物価からすると高い。しかし、味は最高なので何ら問題ないし、そもそもこの地をわざわざ訪れている時点で、金銭感覚が麻痺してしまっている。
「お金なら出す、だから素敵な時間と体験を!」
と心のそこから願っている。それくらい、北志賀竜王というのは東京都民からするとはるか遠い場所だ。
蕎麦の美味さは今更ぐだぐだ解説するのはくどいので、省略。
いしが言う。
「蕎麦につゆをたっぷりつけないで食べる、という意味がこれでよくわかりました」
そう、つゆに蕎麦をドブンと浸けてしまうと、それはつゆの風味が圧倒的に強くなってしまう。単に通ぶってるわけではなく、「蕎麦につゆは少々」というのは必然のことだ。なのに、「通ぶった鼻持ちならないヤツがマウントとりにきているぞ!」とばかりに扱われるのは、変な話だ。
だったらお前、寿司を食べるときにシャリにたっぷり醤油をひたして食べてみろよ、と思うわけで。
とろとろの蕎麦湯を飲んで、気持ちがとろとろになる午後のひととき。
須賀川そばピッツァ。
「山の実」コース2人前で、この1枚。サイズは1,300円の単品よりも小ぶりになる。
それにしてもなあ、と嘆息する。なんでこんなにシンプルなのに、うまいのだろうと。
蕎麦粉のピザ生地、えのき、蕎麦の実、チーズ程度しか具がないのに、しみじみ美味い。いやもうこの際、僕はこれを主食に生きてもいい。マジでそう思える。「サラミとかエビとか乗ってるほうがいいよね」だなんて、全く思わない。これはこれで完成された料理。
蕎麦を食べたあとのピッツァだったので、ピッツァがデザート的な気分でさえあった。でも、単品追加オーダーとして蕎麦を食べたあとのピッツァだったので、ピッツァがデザート的な気分でさえあった。でも、単品追加オーダーとして「そばがき甘味」があるんだった。嬉しいもんだね。
さきほどのそばがきが粗挽きだったのに対して、こっちはお餅のような食感。細かく蕎麦粉を挽いていて、うまく使い分けている。ねっとりと口の中に絡みつく蕎麦粉を舌で避けつつ、きなこにむせないようにしつつ、食べる。これもまた、粗挽き同様に口の中に広がる蕎麦風味。
これまで出てきた料理全てにおいて、蕎麦の形態が変わっている。挽き方だったり、加熱方法だったり。なので、毎回新たな気持ちで蕎麦と向き合えて、すばらしい時間となる。
この日はあともう一軒蕎麦屋をめぐろうと思っていたのだけど、いしの尻が重い。
「信州りんごのピッツァが気になります」
「えー」
「季節限定ですし」
結局、信州りんごのピッツァを頼むことにした。もうすでに時間は12:30過ぎ。次の予約のお客さんがやってきていて、今からピザを追加で頼むのは悪いなあ、と思いつつも。
出てきたピザは、まるで洋菓子のような見た目。ごくごく薄くスライスしたりんごがずらりと丸く敷き詰められている。
りんごは、甘さが強いものではなく、若干酸味を感じさせるもので、くどさがなくてすっきりしている。おかげで、「生地が蕎麦粉?へーそうなんだ」という雑な扱いにされない程度に、蕎麦ピッツァの存在感がしっかりあってよかった。
相変わらずすげえなあ、山の実。やっぱり10年以上前に「殿堂入り」という僕の判断に間違いはなかったと思うし、今でもその色合いは褪せていない。
次ここを訪れることができるのはいつだろう?何年後かわからないけれど、早くも次の訪問が楽しみだ。
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