飯能河原天幕実習2

GWも天幕ですが

日 時:1994年(平成6年) 05月03日~05日(2泊3日)
場 所:埼玉県飯能市入間川河川敷 通称「飯能河原」
参 加:おかでん、ばばろあ、蛋白質(以上3名)

1994年4月、アワレみ隊としては第二回となる天幕合宿を埼玉県は飯能河原で実施した。コンパクトな演習となったが、結果は上々。離島での大規模作戦も良いが、近場での小規模作戦も良いモノだと実感した。結局、「キャンプは、楽しい。」というだけの話だったのだ。

この当時、キャンプ用品を全財産はたいて購入したおかでんは、「暖かい季節は毎月でもキャンプをやる」と真剣に考えていた。サークル辞めてまでバイトをはじめ、ようやく貯めた金で始めたキャンプだ。やるなら徹底してやりたかった。

そんな勢いがあり、4月に名古屋組であるちぇるのぶ、しぶちょおを加えた3名による天幕実習を実施した1カ月後、今度は東京組であるばばろあ、蛋白質との天幕実習のため、再び飯能河原に戻った。

4月は名古屋組。5月は東京組。偶然だが、攻守入れ替わるようにメンバーがすっぽり入れ替わった。

なお、今回については1994年当時の写真解説文章が現存していないので、2008年目線の記述のみとなる。さすがに14年前の事を解説しろ、といわれても無理なので、簡潔に書いていくつもり。

ではなぜ4月の天幕実習の時は詳細な記録が残っていたのかというと、5月の天幕実習参加者(東京組)に「先発隊」的位置づけだった4月の状況を伝えようと文章化して情報共有したからだ。その当時から、おかでんの文章が長くてくどい事がよくわかる。ただ、その結果当時何をしていたのかが克明に記録されているから、無駄な文章というのも案外悪くないものだ。しかし、この頃から情報伝達手段にメールが登場しはじめ、情報の消失が増え始めてもいる。おかでんの悪い癖で、極限までPCの無駄をそぎ落としチューニングしまくるので、PCを年に二度ほどクラッシュさせていたからだ。その結果、永遠に紛失した写真や文章はとても多い。

1994年05月03日(火) 1日目

準備中

今回、季節はゴールデンウィーク。寒さに悩まされた4月の天幕実習と比べて気温ははるかに上がっている。キャンプ好適季に入ってきたと言える。しかし、それは同時にバーベキューシーズンの突入でもあるわけで、熾烈な場所争いが起きる恐れがあった。今回もメンバーを早い時間帯に所沢天幕用品置き場(兼おかでん住居)に集結させ、荷造りを開始した。

ただ、先月開催の天幕実習で荷物は絞り込まれ、まとめられていたのでそれ程労力は必要としなかった。

荷造り後出発

おかでん邸前で出陣式。

前回の教訓を受け、今回から装備が補強されている。それは、カンバス地の大型トートバッグ2つ。ここにごっそりと荷物を入れる事ができるので、荷物のパッキングが非常に容易になった。今までは、なんとかしてザックに詰め込もうとしたり、紙袋に荷物を入れたりしていたので大進歩だ。

大進歩と共に、学生おかでんの痛い出費は続く。俺はパトロンか、とつくづく思う。ただ、当時は天幕合宿の都度、各自から「設備使用料」として一人1,000円だか2,000円を貰う制度を設けていた。もちろん、そのお金が入る先はおかでんの財布。カンパみたいなものだ。ただ、殆どこの制度は活用されないままお蔵入りした。燃料だとか、食材だとか、各自が立替払いで買い出しに出ているので、最終日に精算すると何が何だかわからなくなってしまっていたからだ。

河原に向けて行進

4月と同様、飯能河原のメイン会場から外れたところに降り立つ。しかし、気候がよろしく、かつ、ゴールデンウィークということでお日柄がよろしいこの日程。4月はごくまばらにしか人が居なかった河原には、既にテントがいくつか張られていた。われわれも当然この事態は想定し、早い時間帯に現地入りしている。しかし上には上がいたということだ。

今回はざわついた天幕実習になりそうだ。

テント設営中

テント設営が済んだら、水汲み、薪購入、食材調達と分担して行った。ただ、4月に増して、テントサイトの留守番は必須。人が多いので、番犬を置いておかないと何が起きるかわからない。

さすがに「ヤカンが盗まれました」なんていう盗難は無いと思うが、悪ガキがテントひっくり返しました、とかせっかく作り上げたかまどを破壊されました、なんて事は十分あり得る。交替で各自割り当てられた作業を行う。

混雑する飯能河原

飯能河原のメイン会場に行くと、相当な人がいる。4月の時も人が多くて驚いたが、それより増して増殖している。バーベキュー民族だ。バーベキューしか食べない、肉食でも草食でもない「バーベキュー食」な人種。その証拠に、この河原が純度100%でバーベキュー会場になっとる。河原上空は煙い。そして、焼肉のタレの臭いが周囲に充満している。なんだか凄い光景だ。

この日こそ俺様の出番、と張り切りまくりのパパと、ダディクールと言いながらパパの手つきに羨望のまなざしを送る子供達。ただ、下ごしらえなどの縁の下の力持ちはママの仕事だ。パパ、おいしいとこどり。

バーベキュー民族には、鉄板派と網焼き派の二大勢力に分かれている。しかし、ざっと様子を見る限り鉄板派の方が勢力が強いようだ。当時はまだあまりキャンプ用品が洗練されていないし、手法としてもそれほど確立されていなかった。今(2008年)でこそ、キャンプで炭を使うのは定番だが、当時は「炭?七輪に使うやつでしょ?」程度の認識な人が多かったと思う。そんなわけで、網派閥の人でさえ果敢に直火でバーベキューに挑み、そして見事に黒こげの肉と野菜を大量生産していた。とはいえ、「網で具を焼く」という非日常感が好感され、愛用している人は一定数存在した。

一方、鉄板派は、フライパンの延長上にあるので、一歩間違えると「愉快なバーベキュー」が「普通の肉野菜炒め」になってしまうリスクがある。とはいえ、この派閥が支持される理由のほぼ最大要因が、「最後のシメに焼きそばを作る事ができる」という事だった。これは網な人には無理な手法だ。ただ、実際には焼きそばを作る前に満腹になってしまい、でも無理して焼きそば作っちゃって、結局食べきれずに鉄板の上で炭と化す事例を何件も見かけた。結局は具が黒くなっちまう点においては網でも鉄板でも一緒か。「食材が足りなくなったら面白くないよね」と、ついつい多めに食材を購入してしまうのが敗因。

かまど準備中

前回の飯能河原偵察の成果として、「ここには薪が売られている」というものがあった。針金で製材時の端材を束にしたものが、飯能河原脇の商店にて数百円で売られていた。鉄板もレンタル可能。なるほど、そりゃそうだ、バーベキュー民族が住むところ、彼らの生活必需品が手軽に調達できるようになるのは経済の必然だ。

そんなわけで、今回は「薪による調理」に原点回帰する事に決めた。1カ月前の天幕実習は全てガソリンストーブによる調理だったが、今回はまたガソリンストーブを封印というわけだ。

鍋釜にすすが付く分手間は増えるが、やはり天幕合宿の楽しさは火をコントロールすることだ。

サングラス

眼鏡に装着するタイプのサングラス。スキー用。必要に応じて「単なる眼鏡」と「度入りサングラス」を瞬時に使い分ける事ができる代物。

神島合宿時、砂浜でうごめいていたために眩しさが尋常ではなかった印象が強かった。そのため、4月の飯能河原実習からサングラスを合宿に持参するようになった。とはいえ、渓谷の中にある河原のこと、日差しなんて大したことはない。これ以降、アホらしくなってサングラスの持参はやめた。

かまどに集う

かまど

食材買い出し時には段ボールが役立つ。食料庫になるからだ。食材調達時に、段ボールもスーパーから貰ってきてそれを利用した。神島の時は、人海戦術ができたので居住用テントに加えて荷物テントも持参できた。しかし、3名による合宿の場合、そうもいかないので食料庫は段ボールで代替された。ただし、基本的に野ざらしなので、風雨にはめっぽう弱いのが難点。あと、早朝などにはカラスに失敬される恐れがあるので、こちらも要注意だった。

マントルを付ける

4月の合宿時に名古屋組に実施したのと同様、今回は東京組に火気の取扱いをレクチャー。男二人が身を寄せ合いながらランタンのマントルを装着した。

薪を割る

購入してきた薪の束は、そのままのサイズだと使い勝手がやや悪かった。そのため、ナタを使って薪を細かくしていく作業があった。

たきぎを拾ってくる

有償である薪を使ってキャンプファイヤーをやる気にはとてもなれなかった。どうしても出し惜しみをしてしまう。だから、買ってきた薪は調理専用とし、キャンプファイヤー用の薪は別途手と足を使って自力調達することにした。

さすがに一カ月前に探索した甲斐ががあり、折れている木を簡単にそこそこの量、確保することができた。ただし、大きな木はさすがに場所柄無理だ。木が細いので、盛大に燃えるが消えるのも早い。それなりの量を確保しておかないと心許ない。

おやつでめざし

とりあえず一晩超すだけの諸々の準備が整い、暇な時間となった午後。

「やることないからビールでも飲むか」

とばばろあが言いだし、個人携行してきたEsbit(アウトドア用ポケットストーブ)を荷物から取り出してきた。

Esbitとは、固形燃料による加熱調理器具。本体は折りたたみ可能な薄い金属でできており、トランプケースのようなものに収納できるコンパクトさ。本格的調理には向かないが、コッフェルのお湯を沸かして熱いコーヒーを飲む、程度には軽量小型で便利。基本的に山屋が荷物の軽量化を図るために使うものだ。

では、なぜばばろあが持っているのかというと、これは推測だが「ドイツ軍などがレーション(戦闘糧食)を暖めるためにEsbitを使っている」からだと思う。彼は当時、米軍のレーションなどを取り寄せては「まずいのぅ」などと言ってた。

ちなみに読み方は「エスビット」ではなく、ドイツ語読みで「エズビット」が正解。

そんな豆知識は兎も角、ばばろあはいつの間にか仕込んでいためざしを焼き始めた。今回、ばばろあが参加ということで、神島同様彼が料理主任に命ぜられていた。だから食材の調達も彼に一任されており、めざしなんぞが買われていたとは全く知らなかった。

とはいえ、これは何となくうれしいサプライズ。われわれもおやつとして、ビール少々とめざしを食べた。

トロンボーン

めざしとビールによる幸せなおやつ時間が終わっても、まだ時間は余っている。

そこで、持参したトロンボーンを取り出して、しばし演奏。トロンボーンを持参する、なんて4月の合宿時にはあり得ないシチュエーションだったが、天幕合宿は進化していくんだよキミィ。偉大なりしはトートバックよ。このおかげで荷物を相当効率よく運搬できるようになったので、空いた片手でトロンボーンをひっさげて持ち込んだ次第。

トロンボーンを吹くばばろあ

所有者であるおかでんは当然トロンボーンを吹くことができるが、ばばろあも吹く事ができる。ちなみに、蛋白質はフルートなどの木管楽器しか経験がないので、彼は吹くことができない。

しばらく、おかでんとばばろあの交互で、酒臭い息を吹き込みつつトロンボーンを吹いてみた。しかし、絶品とは言い難い二人の技量を、数多の人がいるこの場で晒すのが本当に良いのかどうかだんだん疑問になってきた。結局、途中で恥ずかしくなって演奏中止。

写真奥に、テントが二つ写りこんでいるのが分かるだろうか。ここはわれわれが陣取っている河原よりもさらに下流であり、陸路が存在しない。徒渉しなければたどり着けないところまで、テントができているとは驚きだ。水、食料、燃料、トイレ・・・全てをどうしているんだろうか。できるだけ人から遠ざかりたい気持ちは分かるが、そこまで苦労してまで遠ざかるとはすごいガッツだ。

アワレみ隊はこの後何度もこの地を訪れ、天幕合宿を行っている。しかし、最後まであちらの河原までは徒渉したことがない。それくらいの「秘境」だ。

かまどに集う

調理主任ばばろあが夕食の準備を開始した。

薪による調理なので、ばばろあが下ごしらえをしている間に、残りの二人は安定した火力を得るよう焚きつけをしないといけない。

この日の昼食に関する写真が残っていないのはなぜか。記憶が残っていないので、今となっては不明。薪による調理を前提にした合宿だったので、「昼食を自炊にするのは無理」と判断して外食もしくは弁当で済ませたのかもしれない。

食事

この日の夕食。

ばばろあは「すいとん」と言っていたが、一般的な「小麦粉を捏ねて団子にしたすいとん」ではなく、水溶き小麦粉をそのまま鍋に流し込んだものだった。その結果、ねっとりとした独特のつゆを持つ鍋だった。

踊る

食事を切り上げ、たき火を始める。

今回も清酒1升をひっさげ飯能河原に乗り込んでいるので、燃料十分。酔って踊るばばろあと蛋白質。

飛んでいったガス缶

最後は恒例となったスプレー缶爆発を行った。

その後吹き飛んだ缶を探索し、発見したものがこちら。ちょっとわかりにくいが、フライパンの取っ手の脇に転がっている。多分、自転車の簡易パンク修理キットだと思う。このレベルの缶だと、缶の底がぱこーんと外れるのではなく、本体がねじれ千切れてしまうらしい。こんなものが体に当たったら大事だ。今度からは、もっと頑丈な(強力なパワーを持つ)缶で爆破をやろう、と思った。・・・おいちょっと待て、考える方向が間違ってる。

いずれにせよ、「よい子のみんな」に限らず、真似しちゃいけない行為だという事は強く念押ししておく。

テントの中

スプレー缶爆破、そして一連のお下劣な宴会の締めのお約束を終えたのち、テントに入り就寝準備。おやすみなさい。

1994年05月04日(水) 2日目

鍋

二日目の朝。

さすがに5月になると寒さが和らいでいる。地面のごつごつ感が伝わってくるのは相変わらず不快だが、寒さが理由で目が覚めるということはなかった。

朝食はやたらと具だくさんの味噌汁。キャベツやらもやしやらにんじんやら、あらゆる野菜が投入されている。これは味噌汁ではなく、味噌鍋と呼ぶ方が正しそうだ。朝から鍋というのも悪くない。

食事中

朝食を食べる人たち。

キャンプに来ました!というより、困っている人への炊き出し会場のような雰囲気だ。

早稲田の旗

今回の天幕実習で、ようやく「テントのひさしを正しく立てる方法」を実践できた。テント用品一式の中で、謎のロープが余っていたんだよなあ。何でだろう、と思ったらひさしを立てるために使うのね。説明書、よく読まなくちゃ駄目ってことです。単純な話。

そのひさしの上には、なぜか早稲田大学の旗がはためいている。別にわれわれアワレみ隊は早稲田大学の学生によって構成されているわけではないのだが、ただ何となく立ててみた。そもそも、この旗はなぜかおかでんのトロンボーンケースの中から発見されたものだ。もちろんおかでんの所有物ではない。トロンボーンケースは、楽器をメンテナンスするための棒を収納するポケットが備わっている。その中に、この旗が押し込まれていた次第。そういえばおかでんが神宮球場に早慶戦を見に行った時以来、この旗があったような気がする。

ちょうどひさし用ポールの上にうまいこと刺さったので、そのまま掲げておく事にした。ある意味学歴詐称だ。ただ、アワレみ隊メンバー内に早稲田の学生は存在するので、あながち間違ってはいないのだが。