飯能河原天幕実習1

離島でなくても天幕日和(その1)

日 時:1994年(平成6年) 04月02日~04日(2泊3日)
場 所:埼玉県飯能市入間川河川敷 通称「飯能河原」
参 加:ちぇるのぶ、おかでん、しぶちょお(以上3名)

神島での天幕合宿を成功させ、第二回の強化合宿も佐渡島の下見を終え、さて今年は佐渡島だねぇという状況で1994年は幕を開けた。

しかし、「せっかくテントやら何やらあるんだし、1カ月に1度くらいのペースでミニ天幕合宿を張るようにしたい」とおかでんが言い出し、まだキャンプをするには寒い4月頭に強制的に開催する運びとなった。私財を全額投げ打ってキャンプ用品に投資した立場とすれば、最大限しゃぶり尽くしたいという考えだ。

賛同者は偶然にも名古屋組であるちぇるのぶとしぶちょお。わざわざ名古屋から、このキャンプだけのために埼玉までやってきた。東京在住の隊員が一人も参加せず、名古屋の隊員のみの参加という奇妙な取り合わせ。

場所は、初登場「飯能河原」。西武池袋線の終点、「飯能」駅から徒歩10分程度のところにある入間川の河川敷だ。飯能の市街地内に河原があるため、食料の調達が容易な上に駅から近く荷物運搬にも適している場所。近隣住民にとっては、河川敷BBQの聖地といっても良い場所だ。以前から目をつけていたところで、今回は格好の実践機会となった。

しかも、おかでんが当時住んでいたのが所沢市であり、おかでん家(=キャンプ用品置き場)から30分強で到着してしまう近さ。いいことずくめの立地条件から、この後しばらくはアワレみ隊の聖地として重宝されることになる。

1994年04月02日(土) 1日目

これ以降の文章で引用形式の文章は1994年当時に作成された天幕合宿記念アルバムに書かれたもの、それ以外は2008年時点で補足したものを意味します。1994年当時のイタさをお楽しみください。

名古屋組

4月2日早朝、ちぇるのぶとしぶちょおの2名が遠路はるばるやってきた。名古屋から埼玉だ。

なぜこのような早朝なのかというと、青春18きっぷを使って通称「大垣夜行」で東京までやってきたからだ。

4月頭、ということで、週末とはいえ世の中は慌ただしい。年度始めであり、巷では新年度だの入学式だのなんだのとドタバタしている。しかし、大学生にとっては全くの無縁な世界であり、来週末くらいに履修登録しにいかにゃならんなあ、程度の認識だ。つくづく大学時代って休みが長かったと思う。

夜を徹して所沢まで来て貰ってありがたいが、早速荷造りに取りかかる。既に昨年夏に神島で天幕合宿は実施済みなので、一応荷物はまとまっている。とはいっても、言い方を変えれば「神島の時のまんま、ベランダに機材一式が放置されている」状態だった。まずはその雑然とした荷物を全て床に並べ、必要なもの・不必要なものの取捨選択をしていった。

特に、「ビール冷却用・海水に沈めるための干し網」だとか「荒縄」など、神島で全く効果を発揮しなかったものは問答無用で持参をやめた。

今回、食材は現地調達できるとはいえ、人数は3名しかいない。人力で全ての荷物を運ぶので、荷物はできるだけ最小限に留めなければならない。

ワインをボトルに詰める

飯能市の市街地にある河原なので、困ったら全てのものが現地調達可能。

とはいっても、あんまり現地に頼るのも悔しいので、できるだけ忘れ物がないようチェックリストに基づいて荷造りをしていく。

トイレットペーパーなど、案外うっかり忘れてしまいそうだが、重要だ。こんなもの、現地調達したら、12ロール入りの巨大なやつを買う羽目になる。持って帰れないっつーの。

おかでんが手にしているのは、後に「だておー」として時々アワレみ隊活動に参加するようになる奴からの差し入れだった。当時彼は高校生で、ちょくちょくおかでん家に出入りしていたのだが、「修学旅行のお土産です」といっておかでんに渡したのが蔵王ワイン。これには驚いた。いや、そりゃあだておー自身が飲む訳じゃないので未成年飲酒ではないが、土産物屋はよくワインを売ったもんだ。修学旅行ということだから、学ラン着ていたんだと思う。そんな、見るからに未成年な人に酒売っていいんか。まあ、お土産用です、と言われたら売らない訳にもいかんとは思うが。

せっかくなので、飯能河原でありがたく飲ませて貰う事にする。

いざ出発

結構大がかりな作業だったが、朝9時半過ぎには荷造りを終え、出発と相成った。

案外荷物がコンパクトにまとまり、ほっと一安心だ。3人で持ちきれなかったら、最悪現地と家とを二往復しなければならないところだった。

そのかわり、荷造りはパズルゲームのごとく複雑怪奇に、できるだけ空きスペースができないように構成されている。特に、鍋という巨大空洞空間の中をいかに有効活用するかが荷物のかさを減らす鍵といって過言ではなかった。

しかし、その「隙間無く荷物を詰める」というコンセプトが災いし、神島のときには鍋の中にちぇるのぶのパンツが入っているという情けないでき事があった。いくらなんでも食器類と下着を混ぜるんじゃねぇ、とちぇるのぶを隊員一同総出で説教したくらいだ。さすがに、やっていいことと悪いことは、ある。

飯能河原

10:30
飯能河原に到着。ここはバーベキュウやピクニックのメッカであるので、昼前にどうしても到着しておいて 場所を確保する必要があった。

おかでん邸より40分程度。近いものである。幸い誰もまだ来ていなかったので、河原のはしっこの方に陣取る。

飯能河原は、大きく分けて河原が三つに分かれている。

車が停められるスペースがある場所、そして、その対岸、さらに下流の3箇所。

車が停められるスペースがある河原は当然一番人気であり、シーズンになると混雑する。そして、その対岸へは川に簡単な橋があり、容易に渡ることができる。ここも混む。お手洗いがあって何かと便利。そして、最後の「下流」だが、ここは広い河原を有しておきながら人が少ない。駐車スペースが無いし、トイレも無いし、水道も無いからだ。

ただ、われわれアワレみ隊としては、キャンプをする以上周囲に日帰りBBQ客がいてがちゃがちゃ騒がしいのはご免だった。敢えて不自由を選んででも、下流の河原を選んだ。小用であればその辺りの草むらで事足りるし、水は一日一回汲みにいけば問題はない。そもそも車での来訪じゃないので、立地での不利は関係がない。

ポールを組み立てる

テントにポールを刺す

持ち上げる

テント自立

テントを張る。なかなかテントが持ち上がらないのでおかしいと思っていたら入り口をふさいでいたために中に空気が入らなかったからであった。次回から気をつけねば。

張り終えたテントを改めて見ると、入り口のモスキートネットにかびが生えていた。なぜかびがここだけ発生したのか不明。石の上にテントを設営したため、ペグがなかなか刺さらない。砂浜の時は簡単にささったものだが。

まずはテント設営から。

当時はデジカメなんて当然存在せず、写真一枚一枚が結構貴重品だった。特に学生の身分にとってはなおさらだ。それでも、順を追ってテントができていく様を撮影している。

ただこれには理由があって、ちゃんと記録としてテント設営方法を残しておかないと、次に組み立てられる自身が無かったからだった。テント設営自体はそんなに難しいものではないのだが、まだ実戦経験1回(神島のみ)なので不安だったわけだ。

ペグを刺そうと必死になっているが、そんなことは無駄だと気づき、この回以降のキャンプではペグは完全に無視されるようになった。強風に煽られるような場所でない限り、必要はない。

フライシートをかぶせる

ひさしを作る

11:10
テント設営終了。前回同様、入り口のひさしがどうも上手く作れない。ポールを地面に突き刺そうとしても全然歯が立たないのだ。

それもそのはず、ポールの足には滑り止めのゴムがついているではないか。これでは突き刺せないわけだ。いったいどうすればいいのか?みんな首をひねるばかり。

しかし完成したテントを見て、みんないたく感動。「ああ、なんかいいなぁ」とひとしきりにやにやする。

写真で見たら一目瞭然だが、こんなひさしとポールが自立するわけがない。しかし、当時の3名は「おっかしいなあ」と言いながら、必死になって立てようとしていた。

正解は、それぞれのポールにロープをくくりつけ、そのロープをペグダウンして地面に固定させること。これで、ポールは安定して自立する。

テントの中

テントができ上がり、ご満悦の3名。

結局執着していたひさしは丸められ、ポールは倒れているというある意味悲惨な光景だが、それでもなんだかうれしかった。久々のテント、我が城のでき上がり。

昼食作り

11:20
仕事の分担。おかでんは明日の朝飯までの食料を買い出しに出て、しぶちょおはガソリン2リットルを買いにガソリンスタンドへ。

残ったちぇるのぶは外にほっぽりだされている荷物の整理と水くみ、そして留守番。

ここからは個別行動に移行。

もう昼時が近い、そろそろ昼食の準備をしないと。ただ、そこは不自由なキャンプ生活、昼食を作るためには燃料がいります、かまどがいります、食材もいります。全てを調達し、作らないといけない。市街地に近いんだから初日昼くらいは外食でもいいじゃん、という発想は全くない。

前回神島キャンプ時は「たき火」に拘り、雨天時を除き全ての調理をたき火で行った。ガソリンストーブは緊急避難用としての位置づけだった。しかし今回の飯能河原では、薪の安定供給に不安があった。そのため、全ての調理をガソリンストーブにて行う方針と決めていた。

しぶちょおはガソリンボトルを抱えてガソリンスタンドへ。本当はガソリンストーブはホワイトガソリンの使用が望ましいのだが、ガソリンスタンドでは滅多に取り扱っていない代物だ。しかも、ホワイトガソリンは涙が出るほど高い。そこで今回はレギュラーガソリンで試してみることにした。一応、「ピーク1」という型番の、レギュラーガソリンでも使えないことはないですよ、というものをストーブにもランタンにも採用してある。

留守番組であるちぇるのぶが、石を集めてきてかまどを作り、そして板きれで簡易テーブルを作ってくれていた。これで一応食事を作る準備は整った。ガソリンストーブにガソリンを注入し、いざ調理開始。

昼寝

12:20
食事当番おかでんが昼飯の準備にかかる。売女1号にいっぱいの水を張り、湯を沸かそうとするが全然沸騰する気配なし。結局、湯が沸いたのは1時間以上も後になった。

労働2号で湯を沸かそうという行為をするときは、時間の余裕を十分作ってからでないと駄目。

ひどい名前をつけたもんだ。「売女(ばいた)1号」とは、アワレみ隊専属大型鍋の愛称。愛称になっていないが。神島の時には毎日直火に晒されたため、いくら洗っても落ちないくらい真っ黒になってしまっていた。「黒い」ということで「売女」と名付けてしまうあたり、安直というかなんというか。

「労働(ノドン)2号」とは、ガソリンストーブの愛称。ネーミングセンスがひどい。

なお、湯が全く沸騰しない、と愚痴をこぼしているが、これは労働2号のがんばりが足りないからではない。本来、ガソリンストーブは本体の上に直に鍋釜類を載せる事を前提に作られている。しかし、われわれが作ったかまどは、労働2号の上に自立式の網を設置し、鍋の安定を高める工夫をしてあった。このため、火が鍋底から遠のいてしまい、火力が十分に伝わらなかったと思われる。

相当に頭が悪い状態だが、試行錯誤中の時代故、仕方がないミスだ。

昼飯中

13:50
遅い夕食。スパゲティーミートソースである。

皿洗いは個人個人の仕事。食事後できる限りはやい時間に洗うのがポイントである。

売女1号等調理に使われた器具の洗浄は食事当番の仕事。川は流れがあるので比較的楽に汚れを洗い流すことができた。

スパゲティミートソースを選んだのは、麺をお湯でゆでつつ、そのゆで湯でミートソース缶を暖めれば完成だからだ。鍋は殆ど汚れないし、調理に手間がかからないし楽だという判断。「缶詰の食品に頼るなんて外道な」と、神島当時のおかでんだったら怒っただろうが、今回は少しだけ発想が柔軟になった。ドタバタしてテント立てた直後に本格的な調理は無理だ。

実際、食べるまでにミートソースごときで1時間半かかったし。

暖かい日差しを浴びながら、楽しい昼食をして過ごす。幸い、こちらの河原にはBBQ客はあまりやってこなかったので周囲一帯独占状態だ。

それにしても通行人が見たらヘンな集団に見えるだろうな。他のグループが判を押したように網焼き、鉄板焼きのバーベキューをやっているのに、ここだけスパゲティーをすすっているんだから。何しに来たの、と思われるだろう。

片付け

食器洗い。

海でもそうだが、川なので洗う際には特に気を遣う。さすがに食べかすなどを豪快に洗い流す訳にはいかないだろう。

皿類は紙で汚れを拭き取って、それから最後の仕上げで流水ですすいだ。

おかでんの足元に洗剤があるが、これは「自然に負荷をかけない」タイプのもの。泡立ちが大層悪く、なおかつ値段が高くて懐に大層負荷をかける一品。しかし、家にある家庭用中性洗剤を持ち込むわけにもいかないので我慢だ。

いくら洗剤で洗ったからといって、本当に食器類が奇麗になったかどうかは不明だ。川そのものが汚染されていたら、意味がないからだ。その点、全く考えていなかった。

ランタンにマントルを付ける

14:30
アウトドア講座。

労働2号およびショコラの正しい使い方、ポンピングの仕方からガソリンの補充、マントルの付け方までひととおり理解してもらう。

昼食後はしばらく暇なので、その間に火器類の使い方をちぇるのぶ、しぶちょおの2名にレクチャーすることにした。神島では、所有者であるおかでんがこの作業を全て行っていたので、他の隊員は扱い方を知らない。

ランタンなんてのは面倒な道具で、マントルを取り付け、空焼きして、ガソリン入れて、ポンピングして、着火して、とあれこれ作業がある。その過程を一つづつ覚えていってもらった。おかでん不在時でもこれで調理や明かりの点灯ができるようになった。

ちなみに上記文中に「ショコラ」という名前が出てくるが、これはコールマンのガソリンランタンの名前。皇太子妃となられた雅子様が小和田家にて飼っていた犬の名前をなぜか拝借している。名付けた当時は何か理由があったんだと思うが、今となっては覚えていない。語呂の良さでつけたのだろうか。

昼寝

午後いっぱい
薪を拾ってこようにもあまりなさそうだし、釣りに出かけて魚を釣ってくるわけにもいかず、至ってのんびりした昼下がりである。ちぇるのぶは昼寝をしていた。神島の時では考えられない光景である。

アンニュイな午後を過ごす。
特にやることはない。

夕食作り

16:00
夕食当番しぶちょおが米を研ぎに出かける。食事時間までまだかなり余裕があるが、今回使用する米が輸入米とのブレンドものだったため、1時間以上水につけて置いた方が無難だろうという判断のもとでの行動。

暇を持て余すおかでんとちぇるのぶは川の中に石を投げ込み、いかに美しい水音を出すかという他愛のない行為に夢中になっていた。

時代を感じる表現がここにも。

「今回使用する米が輸入米とのブレンドもの」という記述がある。この年、日本は米が大不作で、海外から米を輸入するという未曾有の事態に陥っていたのだった。しかし、ジャポニカ米しか食べ慣れていない日本人は、海外の長粒種米を「臭い」と敬遠し、タイから大量輸入された米は大層不人気だった。その結果、数少ない日本の米に輸入米を多くブレンドすることで何とかその場しのぎをしていたのだった。

これを機にタイ米が一般流通経路に乗るようになると思っていたのだが、2008年に至ってもスーパーでは輸入米の取扱いは一切行われていない。よっぽど不人気で、悪い印象だけが残ったようだ。ミニマムアクセス米として、日本は毎年70万トンの米を輸入する義務を背負っているが、その米はもっぱら加工品として使われているらしい。

既に周囲は真っ暗

17:30
しぶちょおが飯を炊き始める頃、おかでんとちぇるのぶは酒を求めに市街地に出ていった。カメラのフィルムとヘッドライト用の乾電池、そしてビール1リットルと日本酒「剣菱」を購入。おかでん以外は酒をたしなまない人間なので、この購入費用は一般会計とは別の個人出費となった。

必要に応じて、必要なものをその都度調達できるというこの立地は本当に素晴らしい。酒屋まで徒歩5分。冷たいビールを買ってきて、冷たいまま食事のお供として飲むことができる。

神島ってつくづく人海戦術だったなあ、と思う。ビール1ケースやらジャガイモニンジン玉ねぎの類を全て人力で運び込んだんだから。でも、ああいう体験は絶対に必要。今回は楽させてもらってるけど。

宙を舞うお好み焼き

19:00
今晩の夕食はお好み焼き。小さいフライパンのため、一枚焼いて食べている間にまたもう一枚焼く、とせわしなかった。

今回、神島に担いで行った鉄板は持参しなかった。BBQの聖地・飯能河原で鉄板を持参しないとは・・・と思うが、勘弁してくださいそんな重くてかさばるモノは持ち歩けません。代わりに、おかでん家の台所にあったごく普通のフライパンを持参。これなら、大してかさばらない。

こうやって、キャンプ用品というのはだんだん洗練され、絞り込まれて行くんだろうな。やはり数を重ねていかないと必要なもの・不必要なものの判別がつかない。

それにしてもあの鉄板、どうしたものか。邪魔だな。捨てるか。

それは兎も角、この日の夜はしぶちょお担当によるお好み焼き。もちろん参加者全員が広島出身なので、作られるのは俗に言う「肉玉そば」と呼ばれる広島風だ。「粉モン」にしては製作工程が面倒な料理なので、しぶちょおはかまどにつきっきりとなってしまった。フライパンの限界だ。

なお、この日はこのお好み焼きと共に前述の「ブレンド米」が焚かれたわけだが、広島の人はお好み焼きをおかずにご飯を食べる習慣はない、ということを念押ししておく。それは大阪界隈独特の文化だ。広島だと、そばもしくはうどんがデフォルトでお好み焼きの中に入っているため、それだけで十分主食であり、おかずになっている。

にもかかわらずご飯を炊いたのは、しぶちょおが大の米好きだったからに他ならない。ちなみにちぇるのぶも米食い野郎だ。

乾杯

ワインをねだる

19:15
おかでんはビールの他に持ち込みのワインを空け、日本酒も手をつけていた。それにしてもショコラの明るさはいつ見ても驚かされる。四方5mが昼になった。

一方のおかでんは孤高の存在として、米をご飯として食べず、「飲んで」いた。ようするに清酒、ということだ。2泊3日の天幕実習だというのに、一升瓶を購入しているのだから当時は結構飲んでいたんだな、と我ながら感心する。しかもこの日はワイン1本、ビール1リットルが「個人用」として別途用意されているありさま。

厨房回りの写真に時々写っている黄色のプラスチック容器は、アウトドア用玉子ケース。玉子が割れないように保管するための入れ物だ。神島のようにハードな人海戦術物資輸送時においては重要だろう、と思い購入したもの。ただ、かさばる割には大して量が入らないし、パックを丁寧に扱えばそう簡単に玉子って割れるもんじゃない。わざわざケースに移し替える必然性は無かった。特に今回のように、食材調達が身近な場合はなおさらだ。結局、この天幕実習を最後に、この玉子ケースが表に出てくる事は無くなった。呆気ない。

夕食中

お好み焼き食事中。しばらくお待ちください。

男臭い天幕実習だが、写真手前に写っているウェットティッシュだけが妙に浮いた存在だ。しかし、ウェットティッシュはお皿を拭く上でとても重要。川を食べ残しで汚さない為にも必須アイテムだった。最後は燃やして灰にしてしまうことができるのも心強い頼れる奴だ。

就寝前

20:00
テントの中に入り、ひとしきりだべる。テーマは機材の愛称について。マニアックな名前ではつまらないし、かといって安直なネーミングでは命名するだけアホらしい。つくづく「片桐機長と逆噴射」という名前が偉大だと思った。

21:00
「ダイナマイトナース」をやるが、1回戦終了時点でおかでんが「もう眠いから勘弁してくれ、明日までにはルールを理解しておくから」と泣き言を言ってリタイヤ。さっさと眠ってしまう(本人は酔っぱらっていたため、そのあたりの記憶ナシ)。残ったちぇるのぶとしぶちょおは23時くらいまで「大海戦」をして夜を過ごす。

キャンプ用品それぞれに名前をつけよう、という話をこの日の夜はしていた。きっかけは、広島大学の体育会・ワンダーフォーゲル部が使っている鍋とフタの名前がそれぞれ「片桐機長」と「逆噴射」だという話を聞いたからだ。なんと強烈なネーミングなのか、と当時激しく感動した記憶がある。

なお、「片桐機長って誰?逆噴射って何?」って人は、「日本航空350便墜落事故」で検索してみるといい。1982年、羽田空港沖の海に日航の飛行機が墜落した事件。心神喪失状態だった片桐機長が、羽田空港着陸前にエンジンを逆噴射させたために失速し、日航350便が滑走路手前の海に墜落した。死者24名の大惨事なので、決して笑い話にはできない事故ではある。しかし、逆噴射という言葉が当時流行語になったのも事実。

そんな経緯で名前付けは行われていったが、結局ガソリンストーブの事を「労働2号」、ランタンを「ショコラ」、ナタと鋸のセットを「ナターシャ」と呼ぶというなんだかどうでもいいグダグダなネーミングで一応の決着を見た。ちなみにわれわれの基地となるテントはこれ以降もこれといって最適なネーミングが思い浮かばず、テントに書かれている「ファミリーキャンパー」というロゴ名そのままに「ファミリーキャンパー」とか「ファミキャン」と呼ばれていた。

ついでに言うと、お玉はいつしか「バルパンサー」と呼ばれるようになった。バルパンサーとは、「太陽戦隊サンバルカン」に出てくる黄色いヒーロー。好物はカレー。神島合宿最後の夜に作ったカレーの色が樹脂製のお玉に染みついてしまい、それ以降どんなに洗っても色落ちしなくなったからこういう名称が与えられた。2008年現在、唯一神島以来現存する器具となっており、今でも現役だ。

ネーミング議論が一段落したところで、しぶちょおが持ち込んだカードゲーム「ダイナマイトナース」「大海戦」が始まった。当時はこの手のカードゲームが結構流行っていて、いろいろ種類があったものだ。しかし、ルールがわからない上に酔っ払っているおかでんは全くゲームについて行けず、あえなく戦線離脱。さっさと寝てしまった。

1994年04月03日(日) 2日目

寝る

03:00
おかでん、寒さで目を覚ます。寝袋の隙間からすきま風が入ってきていたのだ。小便をしに外にでたついでにみんなの寝顔を一枚撮っておいた。

さすがに4月頭、夜中は冷える。

小用であったらその辺ですますことができる男性という立場が大変にありがたい。女性だったら遠方のお手洗いまで延々と歩かないといけない。