山陰温泉巡り

闘痔の旅

日 時:2003年(平成15年) 05月03日~05日
場 所:島根県邑智郡邑智町 千原温泉、島根県太田市三瓶町 小屋原温泉、島根県邇摩郡温泉津町 温泉津温泉、岡山県真庭郡湯原町 真賀温泉、岡山県真庭郡湯原町 足温泉、岡山県真庭郡湯原町 郷禄温泉、鳥取県東伯郡三朝町 三朝温泉、鳥取県東伯郡羽合町 羽合温泉
参 加:しうめえ、しぶちょお、ちぇるのぶ、ばばろあ、ひび(以上5名)

<本項のレポート:ばばろあ>

GW企画と言う事で、山陰温泉旅行を立てた。

本来なら沖縄旅行で潰れてしまう連休だったのだが、勘違いで連休でも何でもなかった4月26日から30日に沖縄へ行く事になってしまい、正規のGWである5月1日から5日までがすっぽりと空いてしまったのである。これは勿体無いと、これまで空白地だった山陰の温泉を回る事にした。

肝心の隊長が不参加になってしまった上に、只でさえ混み合うGW中の旅行にもかかわらず10日前という突発的な企画立案だったが、何とか無事に2泊分の宿も確保する事ができ、温泉三昧の二泊三日がスタートしたのだった。

2003年05月03日(土曜日) 1日目

広島の実家の前までしうめえに迎えに来てもらう。しうめえの愛車は99年の四国ツアー以来のコロナプレミオである。当時4万キロ弱だった走行距離も、今では8万キロまで増えている。
走り始めた車の中で、男の会話が始まる。

「…このコロナ、まだ買い替えんの?」
「もう少し乗ろうかな…と」
「…RX-8って格好いいね」
「あれは良いね」
「買え」
「買えって…」
「RX-8の6MTを買って、そして貸せ」
「…」
「もしくはアテンザ…」
「アテンザもいいね」
「アテンザの5MTを買って、そして貸せ」
「…MT?」
「MT…」

そんな馬鹿な事を一方的に言いながら、しぶちょお達との集合地点である三江線沢谷駅へと向かう。しぶちょお達は何と名古屋から直行らしい。これなら目的地をもう少し東側に寄せておけば良かったかもしれないが、まあいいか。

一度山陽道に入って広島北JCT経由で中国道に入り、高田ICで下車。高宮町を通って国道375号線を北に向かう。本当は三次から国道54号線を北上するのが普通なのだが、「近いから」という単純な理由からこのルートを選択する。

ところが、この国道375号線、やたらと狭い個所が多くて運転手のしうめえに精神的苦痛を与えつづける。すっかり中国地方が僻地であると言う事を忘れてしまっていた。すまない、しうめえ。

常清滝

途中、時間的余裕が出てきたので、常清滝に寄って見る。

作木のど田舎の名所なので馬鹿にしていたのだが、落差126mもあるかなりゴージャスな滝だった。35mmのレンズでは入りきらないボリュームの大きさは、さすが日本名滝100選の一つである。馬鹿にして申し訳ありませんでした。

沢谷駅で無事にしぶちょお達と合流し、第一目標である千原温泉へと向かう。

千原温泉

この千原温泉、茶色の濃い温泉で、建物も古く、浴槽も狭く汚い。すのこを敷いた浴槽の底からは、泡と一緒にウンコ色の生ぬるい液体がゆっくりと湧き出ており、如何にも「古い湯治場」という雰囲気を出している。ネット上の情報では、「インターネットを見て来たと言うと追い返される」とか「ミーハーな客だと嫌な顔をされる」等と気が重くなる情報ばかり書かれており、ビビリながらの入浴だったが、箒を持って追い出される事も無く、30分ほど入浴できた。ただし、本当に汚いところなので、間違ってもカップルで行かないように。

小屋原温泉

温泉脇の道から千原川沿いに北上する抜け道を教えてもらい、一気に三瓶山山麓へと出る。それから三瓶山を眺めながら西へ回り、小屋原温泉へ。

右奥の木造のボロい建物が湯殿

この小屋原温泉は、貸し切りの家族風呂が全部で4ヶ所だけ。幸い1つしか埋まっていなかったので、ひびさんとその他野郎4人との2組で2部屋を占有。

湯は透明なのだが、その内に酸化して薄いウンコ色の錆水になる。その為に浴槽は析出したカルシウムだか酸化鉄だかで覆われていて、まるで廃墟の中の風呂場という雰囲気がある。制限時間の30分ぎりぎりまで、ゆっくりと浸かる。

濃い温泉2連荘で湯当りしそうになったので、昼飯を食べに太田市へ。市街地では店が見つからず、結局国道9号線まで出て讃岐うどんのチェーン店に入る。ぶっかけと牡蠣フライを食べたが、それなりにおいしかった。
また、暇つぶしに入った横のスーパーで蒜山ジャージーヨーグルトを発見。しぶちょおの「これは美味いから食っとけ」という薦めによって食べてみたが、表面のバターのような所が妙においしかった。他にソフトクリームも食う。これは太るな。

密航防止

山陰は常に緊迫しています…

腹も落ち着いたので石見銀山へ寄って見たが、GWで駐車場がどこもいっぱいだったので、諦めてそのままストレートに温泉津温泉へ。

おかげで午後3時過ぎには温泉津温泉に到着してしまう。予定よりもあまりに早く着き過ぎたので、民宿に誰も居なくて困ってしまう。向かいの魚屋のおばさんに「中で待っていれば帰ってくるから」と言われて、そんなんでいいのかと躊躇している間に、当の宿のおばさん達が帰ってくる。「ごめん、ごめん。買い物に行ってて…」60歳は越しているんじゃないかという、恐らく姉妹と思われるおばさん2人で、この民宿を切り盛りしているらしい。

チェックインして荷物を上げる。古い木造の2階建ての民宿で、どちらかというと田舎の本家に泊めてもらっているような、和やかな雰囲気である。5人に8畳間を2つも割り当ててもらう。日が高かくまだ明るいうちから、浴衣に着替えてくつろぎ始める。

こんなに早くから宿に入ってゆっくりするのは、もしかしたらこれまでで初めてかもしれない。道路を見下ろす縁側から、日帰りで訪れる観光客を眺めていると、これまでの忙しい温泉巡りが馬鹿馬鹿しくなってしまう。時間が勿体無いとギリギリまであちこち回るのは、どうも都会人の悪い病気なのかもしれない。

くつろぎ

こたつ

しかしその一方では、こんなにゆっくりとした時間の使い方を知らないのも事実で、どうも落ち着かない。そこで浴衣をもう一度着替え直して一人抜け出し、温泉津温泉街の外れにある鵜丸城へと向かう。

鵜丸城

鵜丸城遠景

上:本丸跡と思われる灯台、下:全景

鵜丸城からの眺め

本丸南側から港方面を

温泉街から徒歩20分。観光案内板だけを頼りに行ったので、そこまでかかるとは思わず、えらい目に逢う。

モーターボートの修理工場の裏手に看板があり、比高50mほどを一気に登る階段が整備されている。この手の階段は運動不足の体にはとことん悪い。

毛利元就が永禄13年(1570年)に毛利水軍の拠点として都野氏に命じて築かせたものといわれている(by城郭大系)

本丸跡と思われる場所には無人灯台が建っている。それなりに平坦地はあるものの、土塁や堀といった明確な遺構は残っていない(実は階段の突き当たりを囲むように3段の郭があったらしいのだが、その時は全く気がつかなかった)。打ちひしがれながら来たのと同じ時間をかけて宿へと帰る。

午後5時過ぎに、宿のおばさんに用意してもらった洗面器とタオル、石鹸を借りて、外湯に入りに行く。

元湯

長命館

上:元湯(泉薬湯)、下:老舗旅館の長命館

温泉津には、泉薬湯と薬師湯という二つの外湯がある。薬師湯は洗い場があるものの、浴槽と床は一面茶色の析出物、泉薬湯は洗い場すらろくに無く、同様に一面の析出物。…ビバ、温泉津温泉。

そして帰りがけに泊まりそこなった長命館を眺めながら、次回はここに泊まるぞと決意を新たにする。

食事

帰ると夕食。おばさん2人で作っている割には、普通の旅館で出てくるような料理が出てきた。ただこちらとしては、天婦羅よりも、山で採れた茸の煮物や、漁港で揚がった雑魚の煮付けといった、地元の泥臭い料理の方がうれしい。

食後、廊下に置かれていたマッサージ器で疲れた足をほぐす。しぶちょおはこの手のマッサージ器には目が無く、喜び勇んでマッサージ器に立ち向かって行き、随分とやられていた。

しぶちょお1

しぶちょお2

しぶちょお3

悶絶するしぶちょお、3ショット

自分達以外の他の客を見ないので、その旨を片付に来たおばさんに聞いてみると、この宿では一組しか客を取らないようにしているらしい。おばさん2人だけだと、どうも億劫になってしまうそうだ。自分達しか泊まっていないので、静かなはずである。また、宿が混んでいるはずのGWにここが取れたのも、かなりついていたと言える。

午後11時頃まで、テレビで野球を観たり、持込の酒やお茶を飲んだり、カードゲームをやったりと、だらだら過ごす。宿に着いてから8時間近くものんびりと過ごすのは、時間が勿体無いようで案外と心地良い。

午後11時過ぎに就寝。




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