蕎麦を食べ歩かなくなって久しい。
昔はこのサイトに「蕎麦喰い人種行動観察」というコーナーを作って食べ歩き記録を掲載していたくらいだったのに。
原因は明確で、僕が酒を止めたからだ。昼酒を堂々と飲む口実として蕎麦屋に通っていた側面があったけど、酒を止めて以降は蕎麦屋で自分の居場所がなくなってしまった気分だ。
この空虚な気持ちを塞いでくれるには、ラーメン二郎のようなガッツリした食べ物の方が向いていた。なので、蕎麦屋に行くとしても、肉やネギがどっさり盛られている太麺蕎麦、いわゆる「港屋インスパイア系」の蕎麦を愛した。
僕のパートナーであるいしが、僕から「神田には老舗の蕎麦屋があってね」という話を聞いて「私も行ってみたい!」と常日頃言っていた。というのも、かんだやぶそばのすぐ目の前にある「東京豆花工房」という台湾スイーツの店が彼女のお気に入りで、いつもかんだやぶそばの気配を感じていたからだ。
じゃあ、ということでこの日、「神田まつや」と「かんだやぶそば」をハシゴすることにした。ミシュランガイドでビブグルマンを獲得したお店、「眠庵」を紹介するのも良いと思ったが、態度だけは一人前の弊息子タケを連れて行くにはちょっと場違いだと思いやめた。
蕎麦屋は、落ち着きのない子どもを連れて行くのが難しいお店が多い。いや、蕎麦屋にかぎらず、あらゆる飲食店において「ここは子ども連れでも迷惑をかけないだろうか?」と気を遣う。
少なくとも「神田まつや」はガヤガヤしたお店。弊息子が泣き出したりしない限りは問題なかろう。さっと食べて、さっと退却しよう。
神田まつや。
時々このお店の前を自転車で通り過ぎることがあるのだけれど、改めて「さあ、お店に入るぞ」と暖簾を前にすると気が引き締まる。
僕が蕎麦の美味さをしみじみ感じたのは、山梨の「翁」だったが、蕎麦屋で昼酒という楽しさでグッと心を鷲掴みにさせられたのはここ、「神田まつや」だ。
このお店はよく混んでいて、行列が店の外にできている事が多い。なので、ピーク時をずらして来店するのが大事だ。特に子ども連れともなれば、子どもがシチュエーションに飽きたら全てが終わりだ。
相変わらずのお店で嬉しくなる。
コロナ時代ということもあって、低い間仕切りがテーブルに取り付けられている。飛沫飛散防止にはほとんど役に立たないと思う。
でも、視覚からもたらされる心理的効果は多分あって、「ちょっと小声で喋ろう」とか「長居はやめよう」という気持ちには少しなると思う。
客密度が高いお店なので、換気には気を使っている。昔はなかった大きなサーキュレーターが取り付けられていた。
久しぶりに見る、神田まつやのお品書き。
値段が高くなったなぁ・・・、としみじみ思う。でも、それは当たり前だ。最後にこのお店を訪れたのは2004年のことで、すでに18年も前のことだった。その間に消費税は上がったし、物価も上がった。変わっていないのは自分の頭の中だった。
もりそば、かけそばが825円というのは2022年の物価で考えれば「まあそうですよねー」という感じはする。
しかし、具があれこれトッピングされたような蕎麦ともなれば、値段が俄然すごくなる。「天ぷらそば」は2,530円。これはかなり贅沢な値段だ。ざっくばらんとした街の飲み屋風情があるお店にしては、ギョッとする価格。
カレー南ばんも、1,320円する。
言いたかぁないが、「牛丼を食べるのと比べて高すぎるだろ!」と思う。デフレマインドというダシが濃厚に効いているファーストフードの世界とは価格差が大きい。
残念ながら、僕の財力ではカレー南ばんを頼むことはできない。中流家庭を自負する僕でさえ、世の中の飲食店で頼めないメニューが増えてきた。じつは「中流家庭を自負」という肌感覚が誤っているのかもしれない。
「ノンアルコールビール」が御品書に書かれているのが時代を感じる。
それにしても、神田まつやで、「蕎麦の具として使っているものを酒肴としても提供しています」感あるメニュー構成に心が踊ったものだ。
刺し身もあります、いろいろありますという居酒屋的な蕎麦屋がある中で、こういう「うちは蕎麦屋なんで。でも蕎麦をたぐる前に酒を飲むのは構わないので、有り物でよければ出しますよ」というスタンスのお店はワクワクさせられる。
久しぶりの蕎麦屋に心躍り、ついメニューの写真を全部撮影してしまう。
季節の御品書。11月の今は「なめこ」を使った蕎麦だった。
今回僕らは酒を飲まなかったけれど、「蕎麦前が楽しめる蕎麦屋の雰囲気」をいしに伝えたくて、酒肴となる料理をいくつか頼んでみた。
まずはやっぱりこれ、「そばみそ」。220円と安い。
出てきたのがこちら。ああそうだ、神田まつやってこういうそばみそだった。てっきり、木製しゃもじの上に蕎麦の実を混ぜた味噌が薄く塗られていて、火で炙られて香ばしいやつだと思っていた。それは別の店のそばみそだったか。
小鉢に、ほんのちょっと。道理で安いわけだ。
でも、この少量で十分。だって、マジで味噌そのまんまなので、しょっぱさは言うまでもない。これを箸の先でちょいとつまみ、辛さを中和させるために御酒をクッとあおる。そういう食べ方・飲み方なんだから。
だから、酒を飲まない僕らにとっては単にしょっぱい食べ物だった。
葉わさび、495円も頼んでみた。
神田まつやといえば、焼鳥はぜひとも頼んでおきたい。990円。
店員さんが「タレにしますか、塩にしますか」と聞いてきたので、いしが「塩で!」と答える。そこを僕が「ちょっとまって!タレで!」と割って入って、強引にタレにしてもらった。当初、いしには「初めてのお店なんだし、好きなものを頼めばいいと思う」と伝えていたのだけれど。
ここの焼鳥は、そばつゆを使った深い味わいのタレがうまい。塩味の焼き鳥だと、単に鶏肉を食べたいだけになってしまう。それは別に鳥貴族にでも行けば済む話だ。
久々に食べるまつやの焼鳥は、しみじみと美味かった。
染み渡る味に感動していたら、いしは「クッッッ!」と苦悶している。カラシをつけすぎて、辛くなってしまったのだという。僕ほどセンチメンタルに味わっていないのが、僕としては不満だ。
あと、元来早食いの気質があるいしは、いつもの癖でパクパクと焼鳥を食べる。「待て、鳥貴族じゃないんだ、そんなに早く食べるものじゃない」と慌てて制止する。
すまん、何度も鳥貴族をたとえに出して。
もりそば、825円。おいしゅうございました。
河岸を変え、次はかんだやぶそば。
蕎麦屋の二軒ハシゴに対していしは消極的だったけど、お目当ての「東京豆花工房」がこの日は休業だったため急きょのやぶそばとなった。メニューに甘味があるのを発見したので、「じゃあ、甘いのを最後に食べるならば」という条件つきで。
このお店もコロナについてはずいぶん警戒していた。店先に、行列を作るお客さん用の足形が貼り付けてある。この間隔に並んでくれ、ということらしい。屋外であっても2メートル以上間隔が確保されていて、こりゃあ結構たいへんなことだ。
かけそば、せいろうそば。それぞれ908円。
こういうお蕎麦やさんのかけそばは、つゆがキリッと引き締まっていて独特だ。背筋がシャンとする味で、自宅でマネをしようとしても再現できない。僕が作ると、どうしてもボンヤリとして甘さが強い味にしてしまう。
いしもこの江戸風の蕎麦にえらく感心して、「思っていた蕎麦とは違いますね」と両方を食べ比べていた。
テレワーク中心の生活を送っている僕は、基礎代謝が明らかに落ちているはずだ。本当はお昼ごはんにシンプルなお蕎麦1杯、という程度で良いのだと思う。でも、未だに若かりし頃の食生活が染み付いていて、もっとカロリーがあるものをガツンと食べないと気がすまない。お陰でコロナ以降、太る一方だ。
これは結婚による幸せ太りじゃない。単に運動をしていないだけだ。
(2022.11.02)
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