ふじおか(01)

2000年11月24日
【店舗数:071】【そば食:143】
長野県上水内郡信濃町

せいろそば、そばがき、ぜんざい、冷酒

妙高

渋温泉で一泊を過ごしたわれわれは、早々に朝食をとり黒姫高原に移動した。

今日の、いや、今回2泊3日の蕎麦食べ歩き企画において最大の目玉である、「ふじおか」に行くためだ。「浅田」のご主人から聞かされた、「ふじおかがいかにおいしいか」という話を思い出して舌なめずりをする。蕎麦屋が蕎麦屋を褒めるのだから、まずかろうはずがない。

開店は11時半だということだが、混雑している時は朝9時半から客が並び始めるという。同時に入店できる数は限られており、完全回転制でお客さんをさばいているということなので到着遅れは厳禁だ。浅田のご主人の忠告通り、9時半には現地に到着・・・

道に迷ったんですけど。

カーナビで探しても、目指すふじおかは発見できなかった。ナビ未登録のお店だ。都会の住所と違い、田舎の住所なので番地を見るだけでは「この辺り」というのがよくわからない。「いや、これは行き過ぎだ」などと言いながら、新潟県と長野県の県境をうろちょろする。結局、最終的にナビ上で設定された地点はアプローチする道路が標示されていない、雑木林の中だった。おい本当かよ。いくらなんでもこんな別荘みたいなところに蕎麦屋なんてあるわけないだろう。

薄ら笑いを浮かべながら、そのナビで設定した地点を目指す。だいたい、道が地図上に表示されていないわけだから、どこから接近すればよいのかさっぱりわからん。目の前に未舗装の林道があるけど、まさかこの先にはあるまい。

疑心暗鬼になりながら車を林の中に突っ込ませると、目の前にまさに別荘のような建物が。あ、これがひょっとしてふじおか?

あぜんとした。本当に林の中だ。目的意識を持ってこのお店に訪れないと、到着できない。いや、目的意識を持っていたって、こうして迷う。よくぞこんな凄い場所にお店を作ったものだ。隠れ家、というのは大げさでもなんでもない表現だ。唯一目立つのは、お店の前に停めてある、ご主人のものと思われる真っ赤なアウディ。地味な場所に蕎麦屋を作った割には、派手な車が好きなんだな。

さすがにまだ朝が早かったようだ、厨房の方では仕込みをしている音が聞こえるが、お客さんはまだ誰も来ていなかった。あと1時間半も待つのは疲れるので、いったんこの地を後にし、お隣の妙高高原のスキーゲレンデでひなたぼっこをした。

ふじおか

開店30分前にお店に戻ってみたら、さすがにお客さんが何人かすでに到着していた。お行儀よく、玄関に据えられたベンチで待っている。開店前から行列ができる蕎麦屋というのは滅多にないと思うが、その一軒がまさかこんな自然の中にあろうとは。既に聞き及んでいたとしても、改めて驚かされる。

開店直前になると、10名以上の待ち行列ができていた。玄関、下駄箱あたりでは入りきれなくなって、店の外のデッキのところまで列は伸びていた。あ、このデッキにはちゃんとベンチが用意されている。ということは、ここまでお客さんが行列を作ることは日常茶飯事ということによる、お店側の配慮なわけか。凄いな。

ふじおかのお品書き

11時30分きっかりに、ぴったりと閉じられていた客席との扉の鍵があけられた。

客席は、6人がけ1卓、4人がけ3卓の合計18席だったと記憶している(記憶違いかもしれない)。すなわち、行列ができる人気店だけど、同時に18人しか蕎麦を味わえないということだ。

11時40分頃に、遅れてお客さんがお店にやってきたが、奥さんは「申し訳ありませんが、次の13時までお待ち頂くことになります」と謝ってお引き取り願っていた。10分遅れでもアウトというわけだ。まだ、客席には若干の余裕があったし、われわれの手元には何の料理も出てきていないというのに、だ。なぜこういうオペレーションをとっているのかは後になって判った。

理由はともかく、18人のお客さんを2回転させるのが、このお店の1日の営業スタイルだ。すなわち、1日で最大36名しかお客さんをさばけないということであり、なかなか大変だ。しかし、ご主人一人、接客は奥さん一人で全てを切り盛りしようとすると、この程度の客数でないと気合いを入れたお蕎麦を提供できないのかもしれない。

おしながきは非常にシンプルだ。

せいろそば(季節の野菜料理と漬物付) 1,500円 お代わりは一枚800円です
酒『ひがん』純米大吟醸 1,200円
ビール 500円
※その他お好みで そばがき(700円)、そばぜんざい(800円)を選択してください

これだけだ。そば高い!と思うが、漬物はともかく野菜料理が付くというので、値段が実際に高いのかどうかはよくわからなくなっている。さすがに、客数が少ない以上は客単価を上げないとやってられない、ということだろうか。このお店に来て、蕎麦を食べない人はいないわけだから、自動的に客単価は1,500円以上となる。この地まではるばるやってきたのだから、ということでそばがきやぜんざいを頼む人も多いだろう。となれば、平均客単価は2,000円を上回るくらいか。それで1日最大36人だから・・・あれ、案外儲からないもんだ。蕎麦屋稼業って、本当に蕎麦好きでないとやってられないんだなあ、そんな蕎麦を食べさせてくれるんだから、ありがたいなあとしみじみ感謝。

注意書きとして、「10才以下の入店をお断りします」と記されていた。確かに、こういう隔世の感がある蕎麦屋だったら、寂びの境地でお蕎麦を頂きたいところだ。子供の嬌声は似合わない。・・・だけど、何やら子供のはしゃぎ声が聞こえるんですけど。ええと、厨房の方からかな。どうやら、お店のご子息らしい。ははは、こりゃ一本とられた。「店に入ること」が入店なわけで、「店に住んでいる」住店だったら10才以下でもOKだな。トンチがきいてるわい。

考えすぎか。

お品書き裏面

接客担当の奥さんが各テーブルを回ってオーダーをとっていく。

客席ではみんな大人しい。しゃべり声がみな一様に小声だ。大人の空間、という感じがしてとても良い。大きく切り取られた窓から外を眺めると、晩秋の雑木林を眺めることができ、とても風情がある。

季節の野菜料理

さて、まずは「季節の野菜料理」が各テーブルに配膳された。まるで給食のように、全員のテーブルに同じものが配られる。それを、座っているお客さんは神妙な顔をして待ちかまえている。

グループの人数によって、盛りつけるお皿の種類や、中身の量が異なっている。われわれのところに届けられたのは、当然二人前だ。

4種類の野菜が盛りつけられていた。それぞれ、少しずつレンゲで取り分けて食べてみる。

・・・おいしい。すごく、おいしい。シンプルな料理にもかかわらず、こんなにおいしいと感じるとは思わなかった。「お店に並んで、ようやくありつけた料理」を有り難がって誇張表現しているわけではない。味付けが絶妙で、しみじみとさせられる。この段階で、「蕎麦はこりゃおいしいに決まってるわい」と判る。

ひがん

頼んでいたお酒がやってきた。1合で1,200円もする「ひがん」だが、お酒はこれしかないので頼まないわけにはいかなかった。

おちょこは二つ用意されていたが、それぞれ違うものだった。周りを見渡すと、同じくお酒を頼んでいた人のところにはさらに違うおちょこが配膳されていた。なかなか遊び心があるお店だ。

ぐびりと飲んで、季節の野菜をつまむ。ううむ、これは至福だ。お酒が飲めて良かった。今日は車の運転をしないので、安心して飲める。季節の野菜だけゆっくりと食べていても間がもたないが、お酒を傍らに据えておくといくらでもぜいたくな時間を過ごすことができる。

そばがき

兎に角、次のステップに移行するまで時間がかかるのがこのお店の特徴だった。厨房が一人である以上、これは仕方がないところだ。ぜいたくな時間、と割り切ってゆっくりとしたペースで食事をする心構えが必要。

季節の野菜盛り合わせから15分ほど経って、次の「そばがき」が出てきた。これも、注文した人のところに一斉に配られた。まるで、結婚披露宴に出席して、コース料理を食べているようなものだ。

ただ、このそばがきはいわゆるオプションメニューなので、注文していない人もいた。その人の手元には当然そばがきは到着せず、われわれが舌鼓を打っている間ずっと待つことになっていた。その人だけ、先に進んでお蕎麦が提供されるということはなく、全員が同時期に同じものを食べるというスタイルでお店は運営されているわけだ。

なるほど、これで「遅れて入店した人をお断り」する意味がわかった。お客さん全員が足並みをそろえて同じ料理を頂いている状態に、一人だけ出遅れたお客さんが混じると厨房が混乱する。だから、遅れてきた場合はお断りというわけだ。

そばがきを堪能

お店の運営スタイルに感心しつつも、そばがきを頂く。

見ただけでモチモチ感満点なそばがきだが、箸でつまむとその見た目は真実であることがよくわかった。 さくりと切れずに、引っ張ると伸びる。おお、まるで餅のようだ。

「うひひひ」

この段階で思わずほくそ笑んでしまうわけだが、一口頬張ってみてますます笑みがこぼれた。

はい、今まで食べてた中で一番美味いそばがきです。

自身の数少ないそばがき経験の中でNo.1宣言をしてもあまり意味はないのだが、とにかく良いお味。蕎麦みたいにずずずっと空気と一緒にすすり上げているわけではないのに、鼻腔に広がる蕎麦畑。そして、エロスさえ感じさせる口当たり。どこまでもなめらかだ。

「醤油なくても十分においしいよな」

といいながら、ぱくぱく食べる。これは早く食べないとバチがあたる。揚げたての天ぷらをさっさと食べるのと一緒で、冷めないうちに食べないと。しばらく二人とも嘆息まじりで、黙々と食べる。

ふじおかの蕎麦

そばがきを平らげたら、ここでまた「待て」だ。犬のおあずけみたいなものだ。他のお客さんも同じように、神妙な顔をして待つ。窓に広がる雑木林、清楚でシンプルな装飾の店内、声のトーンを低くして語りあう客。何だか、神社でお祓いを待つ人のような感じだ。自然と、背筋がしゃんとする。足を組むのは何だか行儀が悪い気がしてくるから不思議だ。

お酒の追加もせず、大人しく待っているとようやくお蕎麦がやってきた。塗り物ではない、シンプルな木のせいろだ。てらてらと輝く赤や黒のせいろよりも、この地においてはシンプルな方が似合う。

いや、そんなのはどうでもいい。何なんだ、この蕎麦は。出てきた瞬間、「あっ」と声をあげてしまった。以前、山梨の「翁」で蕎麦を見た瞬間に「これは美味いに違いない」と直感したことがあるが、それ以上の衝撃だ。凄い。素人目で見てもわかるくらい、美味そうだ。いや、美味いのは間違いない。青々とした麺がつやつやと輝いている。冷や麦くらいの細さの麺は非常に繊細で上品。これは楽しみだ。

試しに、冗談ぽく麺に鼻を近づけて、手で蕎麦上空の空気をかき寄せてみた。臭うわけはないのだが・・・いや、臭う。この蕎麦、口に含まなくても香るぞ?恐るべきことに、周囲数センチに蕎麦の香りを発散させとる。いかん、貴重な蕎麦の臭いが逃げる!早く食べろ!

ふじおかの蕎麦のうまさに唖然とする

ではずずずぃと。

・・・

「あぁぁぁぁ」

二人とも、何やらマズイものでも食べたかのように顔をしかめる。美味すぎる時にする顔だ。

いやもう、言葉で形容するの、やめ。言葉にした途端に陳腐化する。

一つ言えるのは、香りがきつい。今まで食べてきた蕎麦って別もの?っていうくらい、強烈な香りがする。怪しいキノコに「松茸エキス」をふりかけたらあら不思議、偽松茸の誕生・・・っていう技術があるように、蕎麦エキスがあるのだろうか?それを投入してるんじゃないか?・・・ってくらい、香りが素晴らしい。

はっきり言って、今まで「蕎麦の香り最高点は10点満点である」と思っていたものが、「実は13点満点でした」という事実に気がついた、みたいなものだ。これはカルチャーショックだ。

生粉打ちなので、ちんたら蕎麦を眺めていたらどんどんくっつき始める。おいしいけど食べるのが惜しいね、なんて言いながら食べ尽くした。量はそこそこあり、満足いくものだった。

漬物

そうそう忘れちゃいけない、蕎麦と一緒に出された漬物。

われわれはてっきり、野沢菜が小皿に盛られている程度だろうと思っていたのだが、これがとんでもない大間違い。漬物を盛るとは誰も想定しないであろう、焼き魚用?の平皿にこれでもかと盛られて出てきた。

えーと、予想外だぞこれは。そもそも一体何種類あるんだ?数えてみたら9種類も盛りつけられていた。おい、これで二人前か。すごい量だな。

漬物といっても一体これをどうすりゃいいのよ、ご飯もないし・・・と思ったが、どれもごくごく浅漬けにされており、塩分控えめだ。野菜サラダを食べる感覚で、どんどん箸が伸びた。いや、それにしても先ほどの「季節の野菜盛り合わせ」とあわせて、こんなに蕎麦屋で野菜を食べることになるとは思わなかった。この食事だけで一体何品目、食べているだろう?健康には良さそうな気がするが、でもよく考えたらやっぱり塩分採りすぎのような気がする。

漬物のうち、最も好評だったのが枝豆だった。これが、ベスト!ブラボー!と叫ばずにはおれない、絶妙な歯ごたえにゆでてあって美味い。従来食べ慣れている枝豆とは全然違う。味そのものもおいしいから豆の種類からして従来品とは違うと思うが、それを抜きにしても素晴らしい。

結局、「漬物なんてそうたくさんは食べられないよねえ」と言っていた二人であったが、ほとんど全部平らげてしまった。・・・二人ともあまり好きではない、わさび漬けを除いて。

そば湯

食後のお楽しみといえば、やっぱりそば湯だ。

ここのそば湯、急須から注ぐと「どろっ」とした白い液体が出てきた。うわ、何だこの粘りは。怪しい、こんなそば湯は今まで見たことがない。

思わず蓋の中をあけてのぞき込んだが、もちろんただのそば湯だ。蕎麦粉が大量に溶かし込んであると、こうなるわけだな。

辛汁が沈まないそば湯

試しに、ぽたり、ぽたりと辛汁を上からたらしてみた。

案の定、あまりの粘度の高さに辛汁が沈まない、混ざらない。

「おおおー」

実験結果に大いに驚く二人。

感心していてもはじまらないので、えいやっとかき混ぜてそば湯を飲む。ああ、うまいなあ。蕎麦がおいしいお店のそば湯は、やっぱりおいしい。しかもここは蕎麦粉増量ときたもんだ。

後で聞いた話だと、このお店では「蕎麦のゆで湯」をそば湯として使うのではなく、お客さんに出す用にわざわざ蕎麦粉を溶いたものを使っているらしい。なるほど、そりゃそうだよな。こんなドロドロした湯釜で蕎麦をゆでたら大変な事になりそうだ。それにしても美味い。これだけでも食事になるんじゃないか、というくらいの粘性。離乳食一歩手前の赤ちゃんにぜひお勧めしたい。

そばぜんざい

またもや待つことしばし。大体15分間隔で次の料理がでてくるわけだが、最後の一品としてそばぜんざいが出てきた。

ぜんざいを頼んでいないお客さんは、この時点で席を立っていた。あ、さすがにそばぜんざいを注文した人が食べ終わるまで待たされる、ということはないのだな。

大降りのおわんにそばぜんざい。そして、湯飲みにお口直し用の・・・お湯?中には花びらが浮いていた。

もうひとつのそばぜんざい

もう一方のぜんざいに添えられていた湯飲みは、違った種類のものだった。酒器だけでなく、こういうところでもいろいろ用意するとはしゃれっ気があってすてきなご主人だ。ええと、こちらは、永谷園のお茶漬けのもとを入れたようなものだった。細かくあられが浮いている。

そばぜんざいを食べるのは初体験なのだが、そばがきにあずきを乗せたものなのですな。イメージとしては白玉団子みたいに小さな蕎麦団子がいくつかあって、そこにあずきなのかと思っていた。実際は先ほど蕎麦を食べる前に出会ったそばがきがそのままあずきの隙間からnice to meet you.

実はこの時点で相当おなかいっぱいになってきていた。時間を空けながら料理が運ばれてくるスタイルのせいもあるだろうが、漬物やら野菜盛り合わせをたべていたら、おなかが相当膨れてきた。最後、だめ押しでおなかにたまる料理であるぜんざいがでてきたので、思わず二人ともたじろいでしまった。

お茶

ぜんざいを食べて口の中が甘くなったところで、お茶をいただく。

お茶には、蕎麦の実が数粒、浮かんでいた。蕎麦茶ではないし、蕎麦の実自体も特に香りや味はしなかった。しかし、「ああこれで最後だな」という余韻を楽しむ点では、印象が良かった。

蕎麦の実が並ぶ

お会計用のカウンタには、真っ黒な蕎麦の実、殻をむいた状態の実、そして挽いて粉にした蕎麦が並べられていた。

精算してお店の外に出たら、すでに時刻は1時近くだった。玄関では、次の順番を待つお客さんがすでに10名近く並んでいた。そうか、入店から退店までに1時間半近くも要したのか。これは驚きだった。

二人で、駐車場に停めた車に乗り込む。しばらく放心して、車の中でぼんやりと過ごした。

「いやぁ、凄かったな。何というか・・・通常の蕎麦屋じゃないよ。なんだか、『そば道』を追求する道場みたいな印象」

おかでんの喩えに、同行していたしぶちょおも「あ、それわかるなあ」と賛意を表明した。「次の料理がでてくるまで、みんなじっと待っているところなんて、そんな感じだ」

凄い店に出会ったものだ。さすが、浅田のご主人の言ってることは本当だ。しかし、場所も凄いところにあるのでそう簡単に訪れることはできない。まあ、ちょっと肩に力が入ってしまうお店なので、2,3年に一度訪問できればいいほうかもしれない。それくらいプレミアム性が高いお店だと、思った。