手打百藝 奈賀井

2005年09月05日
【店舗数:202】【そば食:361】
長野県小県郡丸子町

三種そば

利休庵で美貌な天丼をいただいたあと、丸子町まで降りてきた。鹿教湯温泉に行くためだが、もう一つの目的はその手前にある「奈賀井」という蕎麦屋に立ち寄るためだった。

この奈賀井、上田市の「おお西」で修行を積んだご主人が開店させたという「大西流」の蕎麦屋だ。小布施町にも大西流の蕎麦屋が開店したらしいので、最近、東信地区ではおお西の一派が増殖中ということになる。そういえば、軽井沢の「志な乃」もおお西で修行を積んだご主人だったっけ。

おお西の蕎麦は、はっと目を見張るような美味さがある。その味に惚れ込んでお弟子さんになる方が多いのはうなずける。さて、この奈賀井はどうだろうか?おお西の蕎麦を継承できているのだろうか?楽しみだ。

奈賀井

上田方面から鹿教湯温泉に向かうメインストリート上に、「奈賀井」はあった。ロードサイド店、というとなんだかファミレス的だが、まさにそんな感じ。とはいっても、周囲は山に囲まれ、わずかな谷間には田んぼが広がっているようなのどかな光景。忽然と蕎麦屋が現れるという構図だ。

遠くからでも目立つ木の看板には、「おお西流十割蕎麦 手打百藝 奈賀井」と書かれていた。ほーお、「おお西流」と看板に謳うか。これは集客に繋がる反面、おお西というビッグネームに泥を塗りかねない諸刃の剣なやり方だ。ご主人、きっとこの「おお西流」という言葉を入れる際に相当な覚悟をしたに違いない。

奈賀井

それにしても、微妙な立地でお店がある。松本から小諸方面に抜ける幹線道であり車の通りは比較的多い。そして、鹿教湯温泉手前ということもあって、観光客も比較的通過するだろう。その点では悪く無いポジションといえる。しかし、周りにお店が全くないため、「通りすがりのドライバーが、『おいちょっとお昼ご飯食べていくか』と立ち寄る」シチュエーションではないような気がする。「おなか空いたなー」と思っていても、「あっ、今蕎麦屋の横を通り過ぎたような・・・?」と油断して通り過ぎてしまいそうだ。大きな看板が出ているにもかかわらず。

なぜにこんなところに、と思ったら、もともとはキノコ工場だった建物を改修して蕎麦屋にしたかららしい。なるほど、建物を見やると、なんとなくそんな気が・・・いや、うそです。キノコ工場ってどんな外観をしているものなのか、想像がつかない。

普通飲食店というのは、道路に向かって正面に窓が切ってあったり、入り口があったりするものだ。お店の顔に相当する場所だから、通行する人にアピールしないと。にも関わらず、この建物は至って地味なパフォーマンスでお客さんを誘っている。キノコ工場出身たるゆえんか。

平日の15時過ぎ、ということもあって、本当に営業しているのか不安になってきた。ここからだと、店の明かりを確認することができない。入り口から店内をのぞき込んで、営業していることを再度確認。安心して店内に入った。

奈賀井店内1

ほほーぅ。

店内は、何だか明治大正時代のモダンな和風建築、みたいな感じ。いや、その時代の建築がどういうものかはわからないけど、なんとなくそんな印象を受けた。キノコ工場とは思えない、和風な建造物だ。蛍光灯ではなく、白熱灯が梁からぶら下がっていて、温かい光を注いでいた。ランプのかさは竹で編んだもので、ちょっと珍しい。

お座敷席が二間ある。

奈賀井店内2

転じてこちらは入り口側の土間席。「モダン」と形容したのは、この土間には長くてぴかぴかに光る机が並べられ、そこには装飾が施された椅子が並べられていたからだ。蕎麦屋の椅子らしくない。どちらかといえば、コース料理を食べるようなお店だったり、ケーキを食べるお店で見かけそうなデザインだ。

店主が厨房から出迎えてくれて、「どうぞお好きな席にお座りください」と言われたのだが、お座敷にあがろうか椅子席に座ろうか、逡巡してしまった。あまりにこのギャップが大きいので、どっちがいいのか判断つきかねたからだ。

結局、ちょっとびっくりさせられた椅子席に座ることにした。蕎麦前をいただくのであれば断然お座敷席なんだけど、今日は車だ。おとなしく蕎麦だけ食べて退却しないと。長っ尻は悪い気を起こす(お酒が欲しくなる)原因になるので、椅子席が丁度いい。

辛汁や薬味が運ばれてきた

渡されたお品書きを見ると、最初のページに「店主お薦めそば」と太字でタイトルがつけられ、「発芽そば切り 1,365円」と記されていた。そういえば、上田のおお西でも「発芽そば」をお薦めしてたな。蕎麦が発芽してから製粉するという一手間かけた製法だけど、甘みが増し、ぬめりが出るという特徴がある。

うーん、お薦めされている以上発芽そばを食べても良かったのだが、あまのじゃくな性格なもんで、ついついスルー。次のページにひっそりと書いてあった「三種そば 1,365円」を注文。

お店は、店主一人で切り盛りしているようだった。厨房と店内を行ったり来たりしている。平日の昼下がりということもあって、広い店内は僕と、4人組の女性客がいるだけだった。一人でもお客をさばくことができるのだろう。

注文後、しばらくしたら辛汁や薬味が運ばれてきた。おや、辛汁は変わった器に入れられているな。水差し、というか、小さな花瓶といった風情の器だ。その中に、たっぷりと汁が注がれていた。こんなに使い切るわけがないのだが、たくさん用意するのがお店の心意気、なのだろうか?お店によっては、「おい、途中で足りなくなっちゃったよ」というくらい少ない辛汁を出すところもあるのに、ここは大盤振る舞いだ。

一緒に供された野沢菜が、「ああそうだ、ここは長野だったっけな」と地理感を呼び覚ましてくれる。古漬けで、やや酸味がある野沢菜をぽりぽりかじりながら蕎麦がゆであがるのを待つ。

三種盛り

厨房を見ていると、何だかまるで「今日漁港から届けられたばかりのお魚」をいけすからすくい上げるかのように、ばさー、ばさーとざるで蕎麦を釜から取り出していた。そうか、当たり前の事だが、三種盛りということは、三回別々に蕎麦をゆでなくてはいけないのだな。一緒にゆでると、何がなんだかわからなくなってしまう。

このあたりのオペレーション、てきぱきとやらないと最初にゆで上がった蕎麦が伸びてしまう。時間との戦いだ。大丈夫かいな、と思って様子をうかがっていたら、「本当にゆで上がったの?」というくらいの短時間で次々と麺を釜からすくっていた。なるほど、ゆで時間が短い蕎麦でないと、三種盛りのようなお品書きは用意できない、というわけか。

さて出てきました三種そば。本家「おお西」ではとても大きなお椀に入れられて出てきたが、このお店の場合は箱盛りだった。右から、更科、挽きぐるみ、田舎の三種類。

更科の清らかさと甘さ、挽きぐるみの「蕎麦の王道!」を行く風味、そして田舎の歯ぬかりするくらいのぼそぼそ感。三者三様でなかなか楽しい。「赤上げて、白下げないで、赤下げて」の手旗ゲームのように、あっち食べてはこっちを食べ、というその瞬間瞬間の気まぐれで箸を動かす。更科、更科ときていきなり田舎にサイドチェンジ、みたいな。

新蕎麦の季節になると、この三種の違いがさらにはっきりとするのだろう。食べ比べとなる蕎麦だからこそ、新蕎麦の季節に食べるべき一品だと思う。