そば処 港屋(01)

2010年06月23日
【店舗数:251】【そば食:447】
東京都港区西新橋

温かい鶏そば

【注意】強い雨だったためにカメラが浸水。そのため、写真にぼやけ・にじみ・ブレが発生しています。きれいな写真を見たかったら別サイトでどうぞ。

港屋。2010年時点で非常に知名度が高い蕎麦店の一つだ。

真っ黒な壁面

店の外観が奇抜。店内も奇抜。盛りが良い。既存の蕎麦とはちょっと違う。味がジャンキー。そんなわけで、マスコミやらブログやらあらゆる方面から熱い視線の集中砲火を浴びているためだ。

B級グルメ系、大盛り系、小ネタ系、町散策系、とこのお店をいろいろな角度から取り上げることが可能であり、大変にフォトジェニック・・・というよりネタジェニックなお店といえる。

おかでんが以前から気になっていたお店だったが、ついぞ訪れる機会がなかった。行列が長すぎるという事と、平日昼しか営業していないためだ。あと、当初はこのお店が「あの噂の店」だとは気づかなかったからだ。

数年前まで、同じ町内である西新橋や隣の虎ノ門にはビジネスパートナーがいて、店の建物そのものは認知していた。しかし、外観が真っ黒のっぺりだったので、「きっとやくざの事務所に違いない」と恐怖して素通りしていたのだった。

今考えると、暴力団事務所って外観がどうなっているのかさえ、そもそも知らないのだが。まあ、暴力団事務所は冗談としても、アパレル系のショールームだろう程度にしか考えていなかった。そんな外観。

ただ、今となってはものすごい行列ができるお店で、遠方からでもよく目立つという。たかが蕎麦のために行列を作るというのは、おかでんの経験ではほとんどない。高橋名人が居た頃の「翁」、黒姫高原の「ふじおか」、あとはそばまつりなどのイベント時のみだと思う。よっぽど東京の人は行列を愛してやまないらしい。

真っ黒な店舗からずらっと二桁規模の行列が伸びる様は、さながら「暇人ホイホイ」の様相を呈している。ただ、勘違いしてはいけないのが、彼らが決して暇人なわけではなく、「貴重な余暇を削ってまでも行列してメシを食う」ということだ。飲食店が飽和状態のこのご時世であっても、繁盛店は行列が途切れないし、そこに並ぶ人は自虐的なまでに、覚悟を決めて並ぶ。

今回、いよいよ重い腰を上げて港屋に行こうと思った経緯は、この蕎麦喰い人種行動観察コーナーを時系列順に読んでいる方がご承知の通り。「セブンイレブンの蕎麦」「そば処東京」という港屋インスパイア蕎麦を食べてきて「?」と思ったので、だったら本家本元に行ってこいや、と覚悟を決めたのだった。

幸いというかあいにくというか、現地を訪れた日は大雨。そのおかげで、長蛇の列をなすこの港屋も、店の外に並ぶ人の列はゼロだった。ちなみに時刻は13時過ぎ。

とはいえ、次々とお客さんが店内に吸い込まれていくのは間違いない。信号待ちをしている間に、目の前で4名ほどお客さんが店に入っていった。相変わらずの繁盛らしい。

わかりにくい出入り口

墓石のように黒々としてのっぺりな壁面。ぐしゃっとつぶれてしまいそうな重圧感を感じる。特に、細く明かり取り用の窓が横一線に配置されているので、なおさら。

そんなお店は、入り口も至ってシンプル。トーチカ入り口のようだ。

せいぜい、店頭に「そば処」の行灯看板が昼でも光っている・・・でも小さいけど・・・という程度。これ以外に、ここが蕎麦屋である証はまったくない。暖簾すら、ない。足ふきマット?あるわけないでしょ。

店名は?というと、黒い壁に埋没しそうになりながら、「MINATOYA」と書かれたプレートがあるだけ。しかもプレートが大きくない上に、字がやたらと小さい。

こんな店でも行列ができるというのだから、すごい。もちろん、開店当初はそれなりに店の存在はPRしたのだと思うが、今やこのそっけなさ。

繁華街で、少しでも集客しようと、ビラ配ったり呼び込みをしたり立て看板を出している居酒屋店長がこれを見ると羨望のあまり失禁するかもしれん。「うちは生ビールいっぱい290円で限界まで頑張ってもカツカツなのに・・・」とかいって。なにしろこのお店、人気メニューは立ち食い蕎麦としては破格値の850円。宣伝なしなのに客単価が非常に高い。

デフレと不景気のせいで外食産業総崩れ、みたいな論調はよく聞くが、こういう「立ち食い蕎麦でも、高い金払って、しかも行列を作って数十分待って食べる」店が一方にはある。ホントサービス産業ってのは不思議なものだ。

日本の旅館でNo.1と言われ続けて久しいのが、能登半島にある「加賀屋旅館」。客単価が4万円くらいする高級旅館だが、稼働率は100%に近い。最高のおもてなしを受けられるということで、値段が高くても集客力に影響はないというわけだ。

一方この「港屋」。外観の奇抜さだけでは行列はできっこない。奇抜が楽しいのは初めての訪問時だけで、一回食べたら次はない。さらに言うと、このお店は値段が高い割に「立ち食い・セルフサービス」のお店であり、提供されるサービスレベルは低い。なのに、並ぶ。待つ。痛快じゃないか、こういう事実。オンリーワンなものを作れば、少々値段が高くてもお客さんはやってくるってことだ。飲食業でそういう事ができるのは、なかなかない。特にビジネス街のランチ需要の立地と店ならなおさらだ。アイディア勝負でもうけられる世の中って、まだまだこの日本は捨てたモンじゃないと思う。

そんなことを考えながら店内に入る。外観同様、中も真っ黒。壁から床から机から従業員さんの服まで、全部黒。葬式会場でもここまで黒くないぞ、というくらい真っ黒で、スーツの上着を脱いでシャツ姿になっている近隣サラリーマンさんが蕎麦食っている姿だけが漆黒の空間の中でふわふわと浮いている感じ。怪しいったらありゃしない。夜は絶対にマジックショーが楽しめるバーに変身するに違いない、と思ったくらいだ。これだけ黒ければ、タネも仕掛けも隠し放題だぜ。

店に入ってすぐのところにレジがあり、先に注文とお会計をして食券を受け取る事になる。お品書きは以下のとおり。

もり 600円
海苔もり 700円
胡麻もり 700円
海苔胡麻もり 800円
冷たい肉そば 850円
温かい鶏そば 850円
大盛り 100円

店頭の店名表示がそうであったように、このメニューも字が小さくてやや読みづらい。老眼の方近眼の方注意。おかでんはうっかり「冷たい鶏そば!」と注文し、「いえ、鶏そばは温かいのしかございません」と店員さんに困惑されてしまった。

肉そば

食券を購入したら、店奥の厨房があるカウンターに行く。そこで食券を提出の上、順番待ち。厨房は、調理全般を担当する男性の方(店長?)1名と、食器洗いなどを担当する女性の方3名。なんとこの店、シンプルメニューなのに厨房4名+レジ1名の合計5名体制でやっとる。なんというぜいたくな人件費の使い方なんだ。

よく、行列ができるお店として紹介されているけど・・・厨房内には店長一人が切り盛りしていて、手が回っていないなんていう事がある。長い行列ができているんだから人増やせばいいのに、と思うが、

「行列ができた方が宣伝効果があるので、わざとやってるんだよ言わせんなよ恥ずかしい」
「実は人を雇えるほど儲かっていない」
「厨房が狭くてこれ以上対処できねーんだよ、むちゃ言うな」

などの理由があったりする。しかしここは店員さん総勢5名!しかも全員笑顔でてきぱき動く!これで行列があふれかえる店というのだから、目の玉飛び出そうなくらいすごい店ではないか。なんだこれは。

で、店員さんが全員若くて元気があってよろしい。切れ味悪いババア店員なんぞが、「年期。それこそ私の味」とばかりに狭い店内をよたよたしていたら、せっかくここまで積み上げてきた店の妖しい雰囲気がぶち壊しだ。

ここの店員さん、おかでんのような慣れないお客を適切に誘導したり、テーブル上のトッピング補充をしたりと常に動いている。マクドナルドのクルーにたたき込まれる「Don’t Stop Moving」「クレンリネス・ファースト」の精神を感じた。というか、むしろディズニーランドのスタッフに近い。店長、いい人材をそろえましたな。

男性店員さんは、押し寄せるお客さんに対応するため常に大釜で蕎麦をゆで続けている状態。あまりに客が途切れないので、工作機械みたいな感じで「蕎麦ゆでマシン」を作っても良いくらいだ。

釜のサイズはそれなりに大きく、一度に大量にゆでることが可能。しかし、一人前の蕎麦の量も同じく大量なため、実際は数名分しか一度にゆでられないようだ。ラーメン屋における「ロット」とだいたい一緒。

ゆで上がった蕎麦は鶏を捕まえるための罠にでも使えるくらいの大きなステンレスざるですくいあげられ、水が張られたシンクへ。シンクは二つあり、片方でぬめりをとり、粗熱を抜いたあと、もう一つのシンクに移して再度蕎麦を締めなおす。

その間に、オーダーに応じてつゆの準備となるわけだが、おかでんが頼んだ「温かい鶏そば」のトッピングを見て面食らった。背後にあったラーメンスープ煮込みに使う寸胴からつゆをすくってお椀にどばん。豪快!この店、変に気取ったところがあるように見せて、なんだか熱いハートを感じさせる。なんだなんだこのアンバランスさは。しかも、お玉いっぱい分のつゆがちょうどお椀すり切りいっぱい。こぼれるってば、あぶねーよという客からの不安目線を全く気にせず、熱いのもものともせずに「すりきりいっぱい」をそのまま採用。「ちょっと入れるの多すぎたな。作業が雑っしたすいません」と後から量を調整するなんて事は、しない。ギリギリの美学、みたいなものをそこで感じた。

しかも、だ。この後、ボトルに入ったラー油をだばーっとかけ回し、さらにその上に長ネギをこれでもか!と投げつけるように一握り分盛りつけた。すげー。なんてワイルドなんだ。これだけでも店員さんに惚れた。

カウンター上にはびっちりとトレイが並んでおり、順番に丼やお椀が載せられていく。前の人が「ごゆっくりお召し上がりくださいー」とお見送りされて、いざ自分のトレイに蕎麦が載るのを待つだけ、という時に、トレイをカウンターの前方向にスライドさせようとした。後ろで待っている人の列が気になったからだ。すると、女性店員さんから

「あ、トレイはそのままでお願いします。つゆがこぼれてしまいますから」

と制止された。しまった、間に合わなかった。大きく波打ったつゆは、お椀という堤防を乗り越えてトレイの上に新天地を見いだしてしまっていた。

覆水盆に返らず、ではなく「こぼれたつゆはお盆にしたたる」だぞこれは。

教訓。この店では、料理が出そろうまでトレイをいじるな。全部店員さんがやってくれる。

カフェテリア方式風に、トレイをスライドさせながら前へ進んでいくスタイルを実践してしまうと、つゆがこぼれるハメになる。

でも、「数センチトレイを横に動かしただけで堤防決壊」なわけだ。これ、席まで料理を運んでいくのは相当難儀だぞ。そのシチュエーションを想像しただけで、膀胱が引き締まる思いがした。高度なバランス能力が要求されそうだ。

蕎麦は、ラーメンでもこんな大きな丼には入れないだろ、というくらいの大きな丼に直接盛りつけられる。そして、その上に白ごまをスプーン山盛りいっぱいわさーっとふりかけ、海苔を先ほどの葱同様、掴めるだけ掴んで蕎麦の上に投入。野蛮だー!その光景を見て、「父の葬式の時に、焼香の灰を位牌に投げつけた織田信長」が脳裏に浮かんだくらいだ。

このお店、華麗に蕎麦を出しますわよおフランス帰りですのよオホホみたいな感じではなく、どうやら「15歳の頃まで、密林の奥でオオカミに育てられておりました」的野蛮な蕎麦を出す店だったらしい。もちろん、下馬評やら写真はある程度見聞きしていたのだが、実物を見たらあまりのインパクトにますますびっくりしたのだった。

お水はカウンター端に冷水器があるので、そこからセルフで。っとっと、コップの代わりに無地の蕎麦猪口が。これで冷水を飲むんですかい?これまた変わってる。

変な池がテーブル中央にある

さあここからがバランステスト。体幹部をはじめとする筋バランスがほどよいかのチェックです。これをクリアしないと、蕎麦を食べる資格がありませぬ。

店内もカウンターからレジに向けて列ができており、そのすぐ脇では背中を丸めて蕎麦をすすっている人もいる。どうだどうだと威張り散らかしながら歩けるスペースはない。故に、前方に行く手を阻む人がいた場合は、わずかにそこで歩幅を短くし、モジモジして相手に自分の存在をアピールする必要がある。ここはバランス感覚発表会の場であると同時に、「あうんの呼吸選手権会場」でもあるのだった。あうんの呼吸に失敗したら、こっちも、相手も、こぼれたつゆを服にひっかけてしまうという罰ゲームが待っている。仕事中だぞー。つゆはラー油が入っているぞー。拭いても簡単には落ちないぞー。

あうんの呼吸選手権に常にエントリーしなければならない席は陣取りたくない。入り口脇の隅っこ、背後に誰も通らない場所に空きスペースがあったのでそこに滑り込んだ。

このお店、構造は至って簡単。テーブル、一つのみ。お客は全員そのテーブルを取り囲んで蕎麦を食らう事になる。狭い店内なのに無駄にデカく、真ん中には生花が花瓶に活けてある。大阪万博の「太陽の塔」よろしく、このお店のランドマーク。

その周囲は一段低くなっており、広大な面積を誇る「池」ができているのだった。おい、人一人が通る通路よりも、水面の方が広いってどういうことだ。

その池を新橋界隈のサラリーマン諸氏(含む、OLおひとりさま)が取り囲む。テーブル一辺に4名程度が陣取れるので、席数のキャパは16名といったところか。こんな無駄にでかいテーブルはいらんだろ、撤去してカウンター席を櫛形にいくつか作れや、という意見はあると思う。しかし、それをやったら一気に下品な雰囲気になる。暴力的な蕎麦を出すからこそ、こういう意味不明な演出で何がなんだかわからない風にするのは十分にありだと思う。

おっと、ようやく狙いの場所に到着、と思って油断していたら、トレイを下ろす際にちょっと揺れてしまった。おかげでトレイからつゆが若干こぼれるほどの事故発生。うはあ。

黒光りするテーブルなので、気になる。台ふきんはないかと探したが、どこにもなかった。そういうものは俗っぽすぎる、ということで置いていないのだろう。いつも行っているラーメン二郎なんて、台ふきんは当たり前に置いてあるし、食べ終わったら自分が食べたカウンターを拭け、という暗黙のルールがあるくらいだ。それとこれとは次元が違うな。

思わず、こぼれた部分をトレイで隠す。せこい。

揚げ玉と玉子はフリー

テーブルの一辺につきワンセットずつ、トッピングが置いてある。

天かすと、生卵。あと、小筒の中には一味唐辛子。おかでんがいた場所には置いてなかったのだが、わさびもある。

生卵食べ放題なんて、新橋や品川の居酒屋ランチ激戦区では珍しくない。ご飯、みそ汁、海苔、生卵食べ放題くらいはざらだ。しかし、蕎麦屋で生卵食べ放題ってなんて太っ腹に感じてしまうんだろう。多分、蕎麦業界って「おかわり自由」などのがっつり勝負から意図的に避けてきたからだろう。

ただ、いかに蕎麦屋で生卵が食べ放題といっても、そう何個も食べられるものではない。卵かけご飯なら3杯はイケるね、という人だって、卵をそば湯で溶いて何杯も飲め、というのは相当にキツい。それはイヤだ。結局、1個使っておしまい、というのが実態なのだろう。それでもお得感があるっていうのが今現在の蕎麦業界。このあたり、まだまだビジネスチャンスはありそうだ。

蕎麦

まずは蕎麦を拝見。

不肖おかでん、これまでは蕎麦の上に刻み海苔が散らしてあった場合は必ず避けていた。それは、「海苔が蕎麦の風味を殺すから」という理由に基づいてのものだ。だけど今回は避けようがない海苔の大群。

仮に海苔を避けきれたとしても、これまた風味ある胡麻が第二陣。小粒なので蕎麦の奥深くまで侵入しており、もうこれは物理的に避けようがない。

結論:そのまま黙って食え馬鹿野郎。

そりゃそうだ、海苔や胡麻がいやなら、600円の「もり」を食ってろ、って事ですよ。今回はラー油やらなんやら、もう笑っちゃうような蕎麦を食べようっていうんだから、どかーん、ばしーんとおおざっぱに食らいましょうや。

それにしても蕎麦の黒いことよ。釜から上がった時に思わず「ほう」と感心するくらい黒かった。店の外も中も黒けりゃ、蕎麦まで黒いか。蕎麦の殻ごと挽きぐるみにしたのだろう。太さは標準ないし若干太めで、断面がしっかりと四角いおかでん好み。

まずはとりあえず、海苔を若干よけつつ蕎麦だけを食べてみる。

おおう。これはちょっと面白い食感ですよ。堅いんだが、生煮えというわけではない。ぼそぼそしているわけでもないが、若干素っ気なさがある味わい。ええと、このお店のその他のインパクトに圧倒されて、蕎麦そのものの味をあれこれ言えるほど記憶が残っていない。・・・まあ、そういう蕎麦だということだ。黒い割には、蕎麦らしい風味はない。

ただ、このお店の場合、それでも良いのだった。何しろ蕎麦の上に味と香りが強い胡麻と海苔だもの。さらにはつゆにはラー油ですもの。これで「蕎麦がめっぽう旨いっす」だったら、勿体なさすぎる。それだったら余計な細工、せんでもええわ。

しかも、「冷たい肉そば」を頼んだ人は、蕎麦の上に胡麻と海苔だけでなく、甘辛く煮た牛肉が乗っかっているのだった。肉は厨房の寸胴にストックされており、ひしゃくみたいなやつでひとすくい。どばーっと蕎麦の上にダイブ。ええと、極論するとこれは別にスーパーで売られている冷凍麺でもなんでもいいかもしれんぞ。とにかく蕎麦周辺がわちゃわちゃ騒がしくて、蕎麦は完全にその引き立て役になっているのだった。面白い。

肉

つゆ。

ラー油のおかげで表面が異様にテカるその様はセクシーとは言わせない。オイリーだ。ラー油だから当たり前だが。

「辛さでむせた」という口コミを事前に聞いていたが、そんなに辛いはずがない。だいたいおかでんは相当辛さ耐性には自信がある。

ためしにすすってみたら・・・むせた。あれれっ。

思った以上にホットな味付け。食べ進めていくにつれて慣れたが、最初の一口は「あれっ」というくらいピリ辛だ。もっとも、「むせた」のはその辛さ故にというよりも、油断していたからという理由が正しそうだ。

中には鶏もも肉の塊がごろごろしている。結構景気のよい盛りっぷりでうれしい。しかも、つゆは単なる「めんつゆ+ラー油」じゃないぞ。粗挽きこしょうがたっぷり入っているし、鼻には山椒の香りが抜ける。寸胴からどばんと盛っただけに見えるつゆだが、なんだかいろいろ裏でコソコソやってそう。旨いぞこの野郎。和風のかつおだし+醤油、中華のラー油、西洋の胡椒。いろいろ混じって、もう何がなんだかわからん。基本和風なんだが、それにしちゃあっちこっちでゲリラ的にお祭りが開かれている感じ。

これを食べつつ、周囲を見渡していて気がついたのだが、この「温かい鶏そば」だけが他のメニューとは系譜が違う食べ物なのだな。ざっとまとめると、

[元祖]
(1) もり
[元祖のトッピング変化]
(2) (1)+海苔トッピング=海苔もり
(3) (1)+胡麻トッピング=胡麻もり
(4) (1)+海苔と胡麻、両方トッピング=海苔胡麻もり
(5) (4)+牛肉トッピング+つゆにラー油=冷たい肉そば

(6) (4)+鶏そば専用つゆ=温かい鶏そば ←Now!

ということになる。鶏そばが売り切れる事もあるらしく、食べる機会があれば食べてみると良いかも、な一品。

鶏肉はやわらかくとてもおいしかった。これが胸肉だったらパサパサでまずかっただろうが、もも肉で良かった。

迫力

こういう蕎麦料理の場合、豪快にどぶんと蕎麦をつゆに行水させるに限る。半身浴だとか足湯なんてけちくさいことは言わない。それ、豪快に混ざれ。

ラー油でてかるつゆが蕎麦をまんべんなくコーティングしたところで、すする・・・いや、すすれない。具やらなんやら絡みついて食べにくいのと、汁が飛び散ったらイヤなのと、さらにはお椀が既にこぼれたつゆのせいでべたついており、手に取りづらかったから。机に向かってどうもどうもとお辞儀をしながら食べる。立ち食いにおけるこういう食べ方って、「犬食い」と形容してよいのだろうか?そもそも犬は立って食わないよな。

これがなんだか、妖しくうまいのだった。麺の堅さ、素っ気なさも計算のうちといわんばかりの組み合わせ。あれこれぶち込んで見ました、蕎麦の伝統ざまぁ、みたいな感じのつゆも、実はちゃんとロジックがあるっぽい。あれー。もっと若気の至りな暴発ジャンクフードかと思ったのに、案外まとまっているぞ。しかも非常に微妙なところで。

無料トッピングを活用

ある程度食べたところで、トッピングを試してみる。玉子を入れたら完全に味を支配されてしまうのでこれは後回し。天かすと、一味。

ラー油が既に入っているのに、さらに一味というのが潔い。蕎麦屋なのに七味にしなかったというのが不思議。これも何か狙いがあるのだろう。

既にラー油だけで相当カロリー摂取状態なのに加え、たいそうなボリュームの蕎麦だ。ここに天かすをしこたま入れる勇気はさすがになかった。色を添える程度に、少量投入。
これは思ったより化学反応なし。もちろん辛さUPでうれしい悲鳴ではあったが、天かすはインパクトが期待値より低かった。すでにラー油で油のうまみが汁に含まれているからだろう。この天かすはラー油が入っていない、その他の蕎麦向けかな?

もし天かすをサイクルヒットにしたいならば、広島のお好み焼き屋じゃどこでも使っている「イカ天入り天かす」を使うと良い。あれはうまみがぐっと出る。

玉子を落とす

麺の残りが1/3になった頃、生卵出動。お待たせしました。

麺に絡めてみるか、つゆに投下するか悩んだがつゆに入れてみた。ますますカオスとなるつゆ。ええと、鶏すき焼きを食べているっぽいといえばわかりやすいか。でもなにか違う、変な感じ。

このつゆ、最後まで面白い存在だった。多分ご飯にかけても旨くないと思う。蕎麦、しかもこのお店の蕎麦だからこそハマったのだろう。

それにしてものどが渇く。塩っ気が強いつゆだ。もともとそばつゆなんて塩辛いものに決まっているのだが、ここは蕎麦の量が多いし、じっくりと麺とつゆとを絡めるため、つゆを飲む量が増えてしまうのだろう。また、玉子を割り入れて味が薄まる事も前提と思われる。

無性にのどが渇いたので、トッピング脇に置いてあったステンレス製のポットから水をついだ。よく昔ながらの喫茶店で、ウェイトレスさんが手にしている、あれだ。そうしたら・・・うわあ、これ、そば湯でしたか。ポットと、手元の蕎麦猪口とを交互に見比べ、その後はるか彼方の冷水器を恨めしそうに見るおかでん。うーん、この人混みの中で、水をくみにいくのは面倒だな。水は我慢しなくては。

最後は喉が渇くやら塩辛さにやられるやらで、そば湯は味見程度で切り上げてごちそうさまにした。飲み物。冷たい飲み物をどこかで入手せねば。

それにしても面白い店だ。ずいぶん前からこのお店の事は知っていたけど、でもなお驚く事がいっぱい。百聞は一見にしかず、というのはこのお店のためにあるといって過言ではない。で、やっていることはむちゃくちゃであり邪道なのだが、結果的にうまいことストンとまとまっているのが、とても不思議な一品。何なんだろう、この綱渡り成功感は。

このお店を形容する際によく使われる「ジャンクな味」というのは、必ずしも当てはまらないと思う。確かにラー油や香辛料を多様している時点で十分異端だが、下品な味までずっぽしはまり込んではいない。「既成概念打破!」を掲げるなら、多分このつゆの上に豚の背脂をちゃっちゃと振りかけてみたり、もっと変な事をやっていたはずだ。そこまで踏み込んでいないのは、このお店と提供する蕎麦が、受け狙いだったり「人と違う事をやりたいだけ」の一発屋ではないという事だと思う。

この料理はインテリア含めて成立していると思う。前述の通り、本当の立ち食い蕎麦風のカウンター席にしてしまうと一発で下品な料理に成り下がる。また、蛍光灯の下にさらされたら、まずそうに見えてしまうだろう。「肉体労働者が食べる的な蕎麦。でも値段が高い」というレッテルを貼られた瞬間、この料理は「量が多いけど高いし下品だからくわねーよ」という扱いになってしまっていたはずだ。妖しい店の雰囲気があったからこそ、こういう変な蕎麦をおいしく頂く土壌ができた、と言えるだろう。

また、店の場所に恵まれたともいえる。最寄り駅から相当遠く、外部から来た人は最低10分は歩かないと到着できない距離の店。非常に不便ではあるが、その結果新橋界隈につとめるサラリーマン中心の客層となった。土日祝日休みという定休日設定はビジネス街のお店なら当然ともいえるが、そのため外部客の来訪が困難。だから、物見遊山的に遠方からやってくる学生や小さい子供連れの家族などで店がひっかきまわされずに済んでいる。

二号店を出店する話やらフランチャイズやら、このお店のオーナーさんのところにはひっきりなしに各方面からお誘いは来ているだろう。それは構わないのだが、立地や店の雰囲気が変わってしまうと、単なるB級グルメとなってしまい化けの皮がはがれるので難しいところだ。間違ってもフードコートなんかに出店しては駄目だ。今後のビジネス展開の舵取りはちょっと難しいだろう。堅実にこのお店だけで仕事やってれば、当面は安泰なのだが・・・。

中毒性がある味かというと、そこまでのものではない。正直、行列を作ってまで食べたいとは思わない。

だが、気になってしまうのは事実。「いや~ん」と言いながら、目をおおっている指の隙間からチラ見しちゃう、みたいな感じ。だから、「いや、もうあの店は一度行ったから。もう十分かな」とかなんとか言いながら、二度目三度目と行っちゃいそうな予感がする。そんなお店だった。

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