長野思いつきドライブ天幕旅行

信濃路行ったり来たり

日 時:1998年(平成10年) 06月19日~20日(1泊2日)
場 所:信濃路行ったり来たり
参 加:ちぇるのぶ、おかでん、ばばろあ、しぶちょお(以上4名)

青虫はいつしかさなぎとなり、そして美しい蝶へと変化し羽ばたいていく。

アワレみ隊も同じで、年月の経過とともに小汚い蛾となり、鱗粉をばらまきながら各地へと散っていった。アワレみ隊東京組の要であったばばろあは就職先の関係で兵庫県に移住し、蛋白質も学業のため大阪へと移った。しうめえはUターン就職で広島。広島ともなると、さすがに今後アワレみ隊の活動に参加するには支障がありまくる僻地だ。

こうなると、さあ天幕合宿やるぞ、といっても飯能河原に集まれ、と言えないのが現実だった。そこで今回、新たな試みとして「だったら車で長野あたりに集まって、どっか適当なところに天幕おったてようぜ」という作戦が採用された。これは、名古屋のしぶちょおが車を購入した、というのがきっかけになっている。名古屋組+神戸から出張ってきたばばろあが一台の車に便乗してやってきて、方やおかでんも東京からレンタカーで現地に向かう。

おかでんはわざわざレンタカーなんて借りないで、公共交通機関を使えば良いではないか・・・と思われるだろうが、なにせ天幕合宿資材一式を持っているのはおかでん。車で現地入りする必然性があるのだった。

で、どっか適当なところで合流し、二台連なってドライブして、テント場所探しをしようというわけだ。長野、という目的地が設定されたのは、名古屋からも東京からも行くのに都合がよかったからだ。もちろん、その二カ所の中間地点としては静岡県という選択肢もある。しかし、静岡で「こっそりテント張っちゃえ」という場所がどれだけあるか、と思案すると、どうも長野の方が風光明媚だし静岡より長野の方がエエんではないか、という考えに至ったのだった。

この「長野至上主義」はその後延々と10年以上アワレみ隊に引き継がれており、何かあったら長野に集まっている。天幕合宿しかり、温泉旅館泊しかり、蕎麦食べ歩きしかり。一体アワレみ隊は長野にどれだけお金を落としたんだか。名誉県民の称号くれんかね。駄目ですか、そうですか。

集合場所は長野県のみどり湖の近く、「道の駅小坂田公園」とした。名古屋からも東京からも合流しやすかろう、という場所を選んだつもりだ。「夜明けまでに到着していること」というアバウトな集合時間を設定しておく。なにせ、この当時は殆ど車に乗っていないので目安がわからない。どの程度渋滞するかももわからない。適当が一番よい。

おかでんは前日夜にレンタカーを借りてきて(レンタカー屋まで徒歩30分近くかかった)、それから荷物の詰め込み。マンションの二階ベランダから運ぶには多すぎる・でかすぎる荷物に悲鳴をあげた。出発前に疲れた。これを旅行終了後、車を返却する前に同じ事をしなければならないと思うとたまらん。今から武者震いするぜ。

1998年06月19日(土) 1日目

車中泊

眠るちぇるのぶ

現地にはおかでんの方が早く到着した。遅刻を気にしてやきもきするくらいなら、早く到着して車の中で寝ておいた方がいいや、ということで夜中の2時には到着。

理想としてはもっと遅く車を借りて、もっと遅く出発したかったのだが、なにせレンタカー屋が20時閉店だったから仕方がない。当時は24時間営業レンタカー屋なんて殆ど存在しなかった。

遅れること1時間か2時間か覚えていないが、名古屋からしぶちょおが運転する車がやってきた。ばばろあ、ちぇるのぶが同乗している。この車は今後アワレみ隊の活動においてフル稼働し、時には藪の中に突撃したり時には雪道を走ったりと活躍するようになる。そのため、「アワレみカー」と呼ばれた。しかしこの時点ではそういう存在になるとは誰も思っておらず、「アワレみカー」という名前も存在しなかった。

車の外から運転席をのぞき込んだ3人が、おかでんを見て

「おお!ほんとに痩せてる!」
「すげえ!」

と感嘆の声を上げたのを、今でもはっきり覚えている。おかでんはこのときちょうど「ダイエット!?日記」企画遂行中であり、最大104キロまであった体重を急速に減らしていた。84.6キロ、と記録には残っているので、MAXの体重だったおかでんを知っている人からしたら、20キロ減、すなわち体が20%もしぼんでしまったことになる。

そりゃ驚くわけだ。

簡単に挨拶をした後、夜明けまで改めて寝る事にした。さすがにしぶちょおの車に3人が寝るのは苦しいので、ちぇるのぶがおかでんのレンタカーに移ってきて、各自仮眠。

眠るおかでん

おかでんは車の中で寝るのがどうも居心地悪いので、日が昇ってきて温かい歩道にて昼寝。

ズボンのベルト周りをみればわかるが、急激に体重が減ったので、ズボンの腹回りが余ってしまっている。

しかし、顔にたるみができていないのは、まだ20代前半で若かったからだろう。歳とってから急速にやせうと、しわだらけになっていたと思う。痩せるなら若いうちですよ、奥さん。

おかでんが首からぶら下げているのは、高度計兼湿度計。この頃はうれしげにいつも外出するときはこれをぶら下げていた。今見ると大変にどんくさい。山に登る際には重宝するが、それ以外の外出時にこれはなんだか異様だ。ストップウォッチをぶら下げているテレビ制作会社のADさんのようだ。

さすがに数年後、あまりにどんくさいことに気づき、腕時計型の高度計(カシオ・プロトレック)に買い直した。気づくのが遅すぎだ。

旅行の模様は、2011年のおかでんの記憶を開陳するよりも、当時書いた「ダイエット!?日記」の方が詳細なので、そちらを参照して欲しい。当時の文章はあぶなっかしい元気があるな、今読み返すと。

このページでは、ダイエット!?日記では書かれなかった話を補足として書いていく。

朝ご飯中

道の駅のレストランが朝8時から朝食をやっている、ということで朝8時にみんなで朝ご飯を食べる。800円。ダイエット!?日記でもぼやいているが、朝ごはんに800円って結構お金かけちゃったな。でも、「旅先で朝日が差し込むお店で朝ご飯」ってなんだかわくわくするシチュエーションなのだった。温泉宿の朝ご飯がめっぽう美味く感じるのと一緒。胃袋を満たすため、というよりも風情を楽しむためにお金を払ったというのが正しいかもしれない。

この「道の駅 小坂田公園」は、ゴーカートがあったりパターゴルフがあったり「一日遊べる道の駅」をキャッチフレーズにしているらしい。しかし、そんなことはつゆ知らないわれわれは、そのまま朝食後この地を後にした。

当時の情報源というのは、ロードマップ、ただそれだけ。ネットなんてないから、事前にあれこれ調べることなんてできない。でも、それだからこそむしろのんびりと旅行ができたような気がする。今だったら、予備調査が徹底的に入って、その情報量の多さを前にして半ばギブしてしまうような状態だから。

まだ当時は長野の観光地というのには殆ど行った事が無かった。だから、行き先は単純明快。ロードマップに乗っている観光地に行こうぜ、という話になった。天幕張るのはどうせ夜だ。夕方まで時間は十分すぎるほどある。

いや、実際本当に「時間は十分すぎるほど」あった。なにせ、朝ご飯食べたとはいえ早朝から行動開始できるんである。日没までなんと時間に余裕があることよ。

諏訪大社

仏像を前に

間欠泉

われわれはまず諏訪界隈を見て回ろう、ということになり、南下して諏訪大社をお詣り。その後、間欠泉センターに行き天高く吹き上がる間欠泉を見学。「まもなく間欠泉が吹き上がります」というアナウンスの後、本当にぷしゅーと吹き上がったのを見て、「下でバルブ捻ってるんじゃないか?」なんて話をする一同。

そのあと、茅野からビーナスラインに入って白樺湖へ。白樺湖で昼食。昼食の模様は「ダイエット!?日記」にくわしい。いちいちそっちを読むのが面倒な人向けに、その食事の様子を転載しておく。

湖のほとりの食堂でお昼を食べることにした。地下1階・焼き肉食べ放題のお店。1階・ブルワリーパブ。2階・うどんそば食べ放題のお店。おいおい、なんでこの建物は食べ放題ばっかなんだよ・・・。クルマ運転している関係で、ビールは飲めないし昼間っから焼き肉ってのは如何なものか、というわけで結局消去法でうどんそば食べ放題のお店に突入。

お寿司入れるような入れ物に、わわわっと50%,50%の比率でうどんとそばが入っている。これを食べ終わると、次のうどんそば連合軍が攻めてくるという寸法らしい。とりあえず、わわわっと食べてみるが、4人が一度に箸を突き出すものだから同じ麺をいくつもの箸が奪い合ってみたり、まあなんともみじめな争奪戦がはじまってしまった。結局、うどんよりもそばのほうがおいしいという事になり、そばばかりおかわりするというわんこそばに近い形に落ち着き、お昼にあるまじき満腹感を満喫してしまった。しかし、このお昼で一番おいしかったのは、水。ほんっとにまじりっけなしな感じで、「ああ幸せ」って気分にさせてくれた。そばやうどんよりも水がおいしかった、って妙な話だけど。

今だったら、「ブルワリーパブ!ぬおお、麦酒がオレを呼んでいる!」と悶絶しながら、残りのメンバーに「僕麦酒飲みたいけど、どうだろう?」とチラ見していたと思うが、このときはあっさりとうどんそば食べ放題の店に入っている。もちろん車を運転していたからだが、それにしても昔はお酒に対して蛋白だったんだな。

それはともかく、「うどん・そば食べ放題の店」ってなんだよ。白樺湖って、家族で訪れたりカップルがうふんあはんとデートする場所だぞ。誰ががっつりちゅるんとうどんやそばを食べまくるというのか。

リフト

山とちぇるのぶ

歩く

食後は車山に行き、リフトで山頂へ。後で知ったが、車山(というか霧ヶ峰一帯)は「日本百名山」の一つに数えられており、おかでんはこれが初の日本百名山登山となったのだった。登山、といっても山頂までずっとリフトだったけど。

美ヶ原

ここから先の道路は有料区間。頻繁にゲートがあり、その都度お金がかかっていくので一同悲鳴。結構これが値段高いんだわ。ドライブには最適な快適ロードなのだが、こうもお金がかかっちゃあたまらん。冬の間は通行止めになるから、夏の間に稼ごうという魂胆だろうか?

この道路、今では無料化されている。良い時代になったものだ。

ビーナスラインを南から北へ完全縦断。途中、美ヶ原高原美術館があったが、「ここは腐れカップルがデートに使うところだろ?こんなところに行ってられるか、ケッ」などと暴言を吐いて(今となってはすいません、若気の至りです)素通りしたのだった。

テントを立てる

美ヶ原まではさすがビーナスライン、さすが有料道路という快適なロードなのだが、そこから北に抜ける道は狭いやらつづら折れの道だわで一気にしょぼくなる。当初は早々に松本市街におりて今晩の食材買いだし、を考えていたのだが、すっかりここで手間取ってしまった。しかも、松本に出る道がわかりにくく、若干道に迷ったりして。

料理長ばばろあが「今晩は焼き肉」と宣言したので、食材の買い出しは焼肉となった。野菜は刻んだりする手間があるものの、肉はパックから取り出してそのまま焼けばすぐだ。時間がないときの手抜き料理として最適。もちろん、王道のキャンプ料理としても誰も文句は言うまい。

スーパーで買いだしをしたのが19時。夏至が近くて日が長い時期とはいえ、もう日没寸前。慌ててわれわれがテントを張る場所を探す。浅間温泉で風呂でも、なんて話があったが、そんな暇などない。今日は風呂抜き。

川沿いが良いだろう、ということで松商学園の南を流れる川に目星をつけた。しばらくその川沿いを車で走り、めぼしい天幕場所を探す。しかし、われわれのホームグラウンドである飯能河原のような良くできた河原なんぞ、そうざらにあるもんじゃない。この川の場合、まず河原に降りる道がないということと、道路から目立ちすぎるということがあった。あんまり目立つと、地元住民の方から「あんなところにテント張ってる不審人物がいる!」と通報されるかもしれん。できればひっそりと、人目につかないところテントを張りたいものだ。

結局、この川は駄目だということになり、途方にくれる。車一台で移動していれば、メンバー全員で意見集約をしやすいが、今回は車2台に分乗している。意思疎通をするだけでも面倒だ。いったん車を駐めて、相手の車に出向かないといけない。

松本市街で泊まる場所を探そうなんてするから無理があるわけで、一同は車を西に向け、上高地方面に向かった。その途中、大きな川があることに気がついた。その名を梓川という。川が大きいため、河原もしっかりしている。ここは良いのではあるまいか。

ちょうど車が河原に降りる事ができるようにもなっていたので、渡りに船、河原に車を突っ込んだ。しかし、ばばろあは河原に車がドーナツターンしたような跡があるのを気にして、「夜になったらヤンキーが来るんじゃないか?ここはやめておいた方がいいで」と言う。とはいえ、もう既に周囲は真っ暗。これ以上場所を探しても寝床が見つかる保証などない。「大丈夫だって」とばばろあを説得し、ここにテントを張ることにした。しかし、ばばろあは「橋の上からテントを見つけられたら通報されたり嫌がらせされるかもしれん」と主張するので、テントは橋の下に設置することにした。

テントを張ったのは、もう夜の9時近かった。それから夕食の準備、なのだから大変。つくづく焼肉にしておいて良かった。「せっかくのキャンプだから凝った料理でも」なんて腕をふるおうとしていたら、夕食食べるのが日付またぎになるところだった。

焼肉、といっても薪を集めてきて火を焚くなんて余裕はない。さすがに最初からそういうことは想定していなかったので、フライパンでの調理だ。4人がフライパンに群がるので、食べている時間よりも焼き上がりを待つ時間の方が長い状況に。

上の写真を見ると、ちぇるのぶが手にしているランタンがEPI製のガスランタンになっている。これまではコールマンのガソリンランタン、ガソリンストーブを使っていたのだが、ガスに切り替わっている事が判る。

コールマンの利用をやめたのは、ガソリンストーブ「労働(ノドン)くん2号」が液漏れを起こしたからだ。おかでんが家での調理にガソリンストーブを使っていたら、ガソリンが漏れてストーブが火だるまになったので肝を冷やした。幸いすぐに火は消えたが、恐怖だけはきっちりと植え付けられた。それで、ガソリン器具の使用を止めたのだった。ブタンガスの器具は、ボンベを合宿の都度買っておかなければならないこと、また、それが相当かさばることがネックとなる。とはいえ、なんとも使い勝手がよく、重宝した。この写真に写っているガスランタンは2011年現在、いまだに現役だ。ただし、「草津二十番勝負」の際にホヤを割ってしまったので、今は「さわるな危険!」という状態だけど。

1998年06月20日(日) 2日目

水タンク

朝食:油揚げ、いなごの甘露煮、ご飯、お味噌汁

だった。質素といえば質素。お味噌汁については、わざわざ味噌を1パック買うと余ってしまうので、1人前ずつ小口になっているインスタント生味噌を使っていた。これだと、余計に作りすぎたり、味噌を余らせることがない。

イナゴについては、おかずにもならない甘さで、むしろ長野の虫食文化の奥深さを思い知らさせた。食べるものが無いから虫を食べる、というのはわかるけど、なんでここまで甘ったるく味付けするのやら。・・・ああそうか、「少量でもご飯をガッツリ食べられるおかず」という発想は、米がふんだんにある土地の人のものだ。長野には米があまりないのだから、虫はおかずというよりも主食?だったのかもしれない。主食?・・・まじか?

いずれにせよ、食料流通が格段が格段に良くなったこの時代でもまだ虫食文化が残っているというのは、虫が好きな人が結構なわりあいでまだいる、ということだ。嗜好品なのだろうか?

写真は、水タンクを前に何か洗い物をしているちぇるのぶ。今まで水タンクは河原の石を積み上げた上に鎮座させていたが、この写真をみると水タンク用の脚がある。苦労人おかでん、こまめに天幕道具の追加とバージョンアップをしているのだった。結構お金かかっているなあ。

橋の下で

さっさと撤収した河原の様子。

天幕だと、寝心地が悪い事もあって朝起きるのが早くなる。また、朝になると必要以上にテントの中は明るくなるので、普段遮光カーテンに阻まれた室内で寝ているわれわれにとっては、まぶしいのだった。そのせいで目が覚めてしまう。

写真ではしぶちょおが天幕用品が入っているコンテナボックスのふたを手にポーズを決めている。これは、当時マツダのCMで唐沢寿明が「ZEHI」と書かれたボードを写真のしぶちょおのように手にしているというのをやっていたからだ。

車道で一番高い場所

松本の西側で天幕を張ったということもあり、この日は乗鞍高原に行ってみることにした。

乗鞍高原に行き、さらにそこから標高を上げ、日本では車道の最高地点となる標高2,700mの畳平へ。ここは今は一般車両通行止めになっており、今となっては貴重なドライブとなった。

乗鞍岳

別世界

沼と雪解け

畳平の景色。

このあと、乗鞍高原に戻り、そこから白骨温泉へ。白骨温泉の共同浴場(後に入浴剤を入れて意図的に白濁した湯を作っていたと発覚したところ)に入った。

さあお昼ご飯食べてその後は解散だね、という話になったが、特に何を食べるか思いつくものがない。

「だったら、最初に見つかった店に有無を言わさず入ればいい。それだったら諦めもつく」

ということになり、白骨温泉から上高地方面へと向かっていった。

これがアワレみ隊で「上高地ルール」と呼ばれるようになったお店選びの第一回目。「じゃあ今回は上高地ルールで」となったら、お店は一番目に発見されたところ、となる。

とはいえ、このあたりのお店でうまそうな色気を放っているお店はなかなかない。

「あっ、お店があった!」

と気づいても、

「閉鎖されてるんじゃない?人の気配ないぞ」

というドライブインだったり。

そんなことをやっているうちに、どうもハズレくじっぽいお店を発見したら

「しまったぁ、運転に集中していて気づかなかった」

とわざと素通りしたりしはじめた。当初の「有無を言わさず第一発見店」というルールが守られていない。そうなると、見つかる店のどれもがいまいちに見えてきて、もっと良い店があるんじゃあるまいかと次々とスルーする羽目に。これが「上高地ルール」のいい加減なところだ。

結局、安房トンネルをくぐり、岐阜県の平湯温泉までやってきてしまった。粘りすぎだ。

平湯温泉なら食事をするところがあろう、とお店を探し、一軒の店に入った。さすがにこれ以上上高地ルールを続け、高山市の方まで行ってしまうとおかでんが帰宅できなくなる。

ここでおかでんは「ほう葉味噌定食」を食べている。「ダイエット!?日記」によると、

僕は今日の今日まで「ほう葉味噌」ってのを知らなかった。だから、注文する時にも「ほうようみそていしょくください」というトンチンカンな発言をしてしまい、店員の苦笑を買ってしまう始末。しかも、出てきたほう葉味噌をそのままぱくついて、「えらく量が少ないじゃないか。一体どういう事だ。しかもえらく塩っからいし」なんて不思議で不思議でしょうがない。

後で知ったけど、これってご飯にのっけて食べるものなのだな。人間の無知ってのは怖いもんだ。だから、初めて西洋式便所に入った人が使い方がわからずに、便器の上によじ登って用を足した、なんてのを笑ってはイケナイ。

と書いている。てっきり、「尾崎紅葉」のような文壇の人の名前を冠したものだと思った。いやマジで。今じゃ「ほう葉味噌」というのは飛騨地方の名物って事を知っているが、このときは全くの初遭遇だった。だから、辛いばっかりでうまくねえなあ、なんて顔をしかめながら食べていたのだった。そりゃそうだ、味噌だもの。味噌だけがっつり食べてもうまいわけがない。なかなか食が進まなかったら、固形燃料で炙られているほう葉がだんだん燃えはじめ、もくもくと煙を吐きだした。これはこういう食べ物なのかと思ったが、店員さんが慌てて消しに来たので、どうやら違ったらしいと悟る。

時刻は14時過ぎ。お時間がよろしいようで、ここ平湯温泉で解散となった。おかでんは雨の中4時間半かけて東京へ戻った。

長野の観光地には殆ど疎かったので、今回いろいろ松本界隈の観光地を巡ることができたのは良かった。天幕合宿なので、宿泊費用がかからないというのもありがたいが、それよりも宿が固定されないことによって行動の自由度が高かったのも良かった。

今後のアワレみ隊はこういう合宿形態を取ろう、と思った回だった。