道中、「かぐらの湯」という日帰り入浴施設があったので立ち寄る事にした。難攻不落の峠・青崩峠を前に禊ぎを済ませておかなければ。
ひのきを中心とした木造建て建築。2000年にできたばかりだということで、まだぴかぴかしている。
とにかく木材がふんだんに使われていて、木材加工会社か何かのショールームではあるまいか、と思うくらいだ。なかなか卑しい・・・じゃなかった、癒しの空間だ。
フォッサマグナの真上にある温泉だ、さぞやグラグラと地獄の煮釜でゆであげられたようなお湯に違いない・・・と勝手に期待する。お湯の含有成分も、「何じゃこりゃあ!?」という珍妙なものであって欲しい。「こ、これは地下100kmの深さでないと存在しない成分ですぞ」なんて。
アンタ何ヘンな期待してんの。その辺でやめとけ。
せめて源泉温度は99度あります、といったスゲー何かを期待したのだが、でも結論を申し上げると43度。
まあね、温泉というのは湧き出たそのまんまの状態で入湯できるのが一番良いのよ。ボイラーで加温したり加水して温度冷ましたりすると温泉成分が劣化する。43度というのはなんとも適温ではないか。良いことです。
ただ、荒々しさはないけど。
青崩峠越えをする前に腹ごしらえを・・・と思っていたら、ちょうどさあ青崩峠突入しますぞ、という直前の場所にお食事処があった。なんてベストポジションなんだ。というか、なんて僻地なんだ。
ここは、お食事処「いろり庵」、旅館「せせらぎの里 やまめ荘」、日帰り入浴施設「やまめの湯」という3つの施設が一緒になった複合施設。なかなかに大きい。ただ、繰り返すが、僻地だ。国道152号が青崩峠によってふさがれている以上、静岡方面からやってくるお客さんの数は限られている(もちろん、青崩峠迂回路はあるので来ることはできる)。よくもまあこんなところに、と思う。でも、われわれにとっては最適立地。早速暖簾をくぐる。
おかでんは、「青崩に向かう前に風呂に入って禊ぎを済ませた。でも、まだ体の中までは禊ぎきれていない」だとかなんとかいって、ビールを頼んでいた。何のビールだったか忘れた。ジョッキのロゴを見る限り、地ビールだったと思う。IB、と書かれている。アテは鹿肉。
どこの地ビールか確認しないで注文しちゃったけど、これが青崩峠を越えた先の静岡県のビールだったらちょっとショックだな。
次々と運ばれてくる料理を食べていく。何しろ、「日本の建築技術が敗退」した場所に向かうのだ。われわれごときが少々満腹になった程度ではかなわないかもしれないけど、ベストを尽くさなければ。食うぞ。
で、五平餅を食うばばろあ。
ふと気がついた。「そういえば禊ぎって、ビールで良いんだろうか?」と。
体を清めるといえば、塩であり、清純な水であり、そうでなければ酒、清酒だ。
清酒、清酒もってこーい。
ああ、頼んじゃったよ清酒。そして飲んじゃったよ清酒。
よーし、これでいつ青崩峠で遭難しても心残りはない。いざ出陣だ。
せせらぎの里を後にしてすぐのところに、「南へ行くならこっちだ」という主旨の看板が出ていた。この国道152号を真っ直ぐ行っちゃなんねぇだ、という警告。
脇に逸れる道は「ヒョー越林道」と呼ばれているらしく、青崩峠の東隣である兵越峠を乗り越えていく。なぜ「兵越峠」と呼ぶのかというと、戦国時代、武田信玄が遠州に攻め込んだ際にこの峠を越えたからだという。
そんなにいわれがあるなら、そっちに国道152号を敷設すれば良かったのに、と思うが、道路計画担当者は「いいや、フォッサマグナ沿いだ」と拘ったのかもしれない。いい加減ヒョー越林道も「国道未通部を狭い舗装林道で迂回」と地図に注釈されるくらい狭い道なのだが、肝心の国道152号さん自体もどんどん狭く、心許なくなっていく。
「この先行き止まり」といった標識を見なかったふりをしつつ、われわれは「車で行けるところまで」行った。突き進んだ。そして行き当たった。
なんの変哲もない、普通の行き止まりだった。
駐車場があって公園になっているとか、トンネルを掘ろうとしたけど途中で断念した無念さがにじみ出ている、とかなんかあっても良さそうなものだが、「単に道を間違えちゃったみたいです。Uターンするしかないねえ」的な行き止まり。ただ、あるのは車道の奥に山道があるということだ。
御案内
これより徒歩約20分にて静岡県境の青崩峠(1085)メートルに至ります。
なお峠より右へ約二時間登れば熊伏山山頂(1,653米)に達します
ただこれだけなんである。ここにこそフォッサマグナ記念館を作ったり、挫折したトンネルの試掘坑道を公開するとか、すれば良いのに。でも、ここまで僻地にはなかなかお客さんが来ないか・・・。
一同、周囲を探索して「トンネルを掘ろうとした形跡」や「フォッサマグナの威力のすごさがかいま見える場所」を探したが、それらしきものは全く見つからなかった。地味だ。
この地味な山に、日本を左右に分断するもの凄いパワーが秘められているとは。何とも恐れ入る。
「ここはぜひ青崩峠を越えないといかん」
おかでんは毅然とした態度でそう言い放った。こんなに中途半端な、普通の山で「ああそうですか」と終わるわけにはいかんではないか。
そもそもこの旅の発端が、青崩峠が「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が這いたいした峠」ということだからだ。
崩落のほの字もありゃしねえ。
でもひょっとしたら峠の上の方に行ったら、目もあてられないありさまかもしれない。
・・・・あ、待てよ、トンネルで国道はこの峠を貫通させようとしていたんだっけ。山肌が崩れているわけではないのか。むー。
まあよい、徒歩20分で青崩峠ならば大した距離ではないわ。ちと一人単独行動だけど行ってくらあ。
ばばろあからは「やめといたほうがええで。道に迷ったりしたらどうするんや」と言われたが、ははは何をいう、その時はキミたちが助けにくるのだよ。頼むぞ。山の単独行が危ないんであって、バディが居れば大丈夫だ。
というわけで、おかでんは一人青崩峠の山道に分け入り、「日本のトンネル技術が(以下略)」の神髄を味わってくる。残り2名はアワレみカーでいったん北上し、ヒョー越林道で兵越峠越えルートをとり、青崩南部に向かうことになった。
激しいアップダウンが続く道であり、安易に山越えルートを選んだおかでんは激しく後悔したのであった・・・
ということは一つもなく、なんとものどかな山歩きだ。道は山道としては大変よく整備されており、ハイキングコースとして最適。とはいっても、眺望が良いとかそういうことは何もないけど。
「おお、僕今フォッサマグナの上を歩いてるぅぅぅぅ」という気持ちに浸りたければ、ぜひどうぞ。
砂防ダム発見。
日本のトンネル技術は敗退したが、ダム建築技術は成功したらしい。
ただこの砂防ダム、ちょっと普通のものと形式が違う。普通はコンクリートの塊(継ぎ目無し)で作られている一枚板、といった感じなのだが、ここの砂防ダムはコンクリートブロックを積み上げました、という感じなのだ。
これも何かフォッサマグナと関係が・・・?
考え過ぎか。
青崩峠到着。海抜1,082m。
途中、危険な箇所は一つもなく、トンネルを掘ろうとしていた形跡もなく、フォッサマグナの露頭が見えたわけでもなく、淡々とした整備された里山歩きといった感じ。
「この山にぎゃふんといわされたのか・・・」
女と峠は見た目だけじゃわからないもんだ、と知った風な口をききながら記念撮影。
峠から南方、すなわち静岡県側を眺める。
まだまだ山深い、太平洋をはるか彼方に臨むなんてのは無理だ。
それにしてもがっかりだな、モーセが海を真っ二つに切り裂いて人が通れる道を造ったがごとく、フォッサマグナたるもの「ビシィッ」と縦筋ができているものかと思ったのだが。
秋の美しい山々の景色をお楽しみください。
状態ではないか。
山が折り重なっている。
ここから見る限り、日本分裂の危機は直近に迫っているわけではなさそうだ。「糸魚川-静岡海峡」なんぞができる心配はしばらくなさそう。
峠には、「静岡県指定史跡」と書かれたプレートがあった。
青崩峠は、遠州と信州の国境にあって古くからある信州街道(秋葉街道ともいう)の峠である。
この道は昔から海の幸や山の幸が馬や人の背によってこの峠を越して運ばれたことから「塩の道」ともいわれている道である。また、戦国時代、武田信玄の軍勢が南攻のためこの峠を越えたと伝えられ、近世には多くの人々が信州、遠州、三河の神社、仏閣に参詣するためにこの峠を越した。
近代においては、可憐な少女達が製糸工女として他郷で働くために越した峠でもあり、多くのロマンと歴史を刻む峠である。
なるほど歴史の勉強になるなあ。
武田信玄南攻に使われた峠は隣の兵越峠かと思ったが、青崩峠経由という説もあるのか。なるほど。
・・・こらぁ。そんなのはともかくとして。トンネルの話はどこへ言った。国道152号の話は何処へ行った。なんだかほのぼのしちゃったじゃないか。
そうじゃないだろ、そういう「重要な街道の峠でした」っていうだけを伝えるんじゃだめだ。「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退した峠、なので静岡県指定史跡に認定します」くらい書かないと。
あ、でも静岡県としては「敗退」をまだ認めていないのかもしれない。「時期がくればまた工事が再開されて開通するわい」と持久戦法か。ここで「トンネル技術が敗退しました。」と書いてしまうと、その時点で国道152号線開通は断念、ということになるもんな。口が裂けても言えないか、そんなこと。
峠道をくだる。
ごく普通の良く整備された里山の道だ。
静岡県側は峠の直下まで道が来ているので、ひと降りすればすぐ道路に出ることができる。
・・・トンネルにしないで、峠越えの道を造った方が良かったんじゃないか?
そう思うんですがどうでしょうか国土交通省のみなさま。
まあ、これから道路財源は縮小される一方なので、国道152号線青崩峠が開通することはないのだろうけど。
車道に出た。
アワレみカーはまだ来ていなかったのでしばらく待つ。
なんと歩いて峠を越えた方が、車で大回りするよりも早く着いたのか!・・・と思っていたら、アワレみカーはアワレみカーで先着していて、もう少し峠の手前で待機していたらしい。
峠ギリギリのところまでの道は未舗装道路。なので、敢えて車を突っ込んでこなかったのだという。お互いお見合いしてしまったというわけだ。
アワレみカー側がシビレをきらしてゴトゴトと道を上ってきたので、ようやく合流。
「で、どうだった青崩峠は?」
「いや、至って普通だったよ?何の変哲もない峠道だった」
何の落ちも楽しみもない会話。
転じて、兵越峠越えの道は、静岡県に入ってからはS字にうねるトンネル(草木トンネル)などがあって日本トンネル技術が精いっぱい頑張っている様を伺うことができたんだそうな。
地図を見ると、その草木トンネルまでは国道152号線認定がなされていた。そこから先は青崩峠の北まで「空白地帯」。どうやら、工事としては草木トンネルを掘って、さあ青崩峠本体に穴を開けるぞ、というところで何らかのトラブルがあったのだろう。「アチャー、これでは掘り進められない!」という化け物活断層に出逢ったか。掘っても掘ってもガラガラと崩れる壁面、なんてのに突き当たったんだろうな。
その「日本トンネル技術がまさに敗北した場所」を探しに行くのも乙な計らいだったが、そこまでは思いつかなかった。
色褪せた「青崩峠道路路線図」という看板発見。
これを見ると、草木トンネルから先、ずっと長大なトンネルを掘り進め、われわれが昼ご飯を食べたせせらぎの里のあたりまで続く計画になっているようだ。そりゃ長い。総延長10.9kmだから、日本屈指のトンネルになる。
ただ、「青崩峠道路」とはいってるが、トンネルの位置はどうも兵越峠の方に伸びている。
トンネルを掘るつもりは諦めていないが、青崩峠を直接攻め落とすのはやめたのかもしれない。
国道152号線改良 未舗装区間早期完成 促進 水窪町
という立て看板を道路脇に発見。おお、やはり地元の人にとっては国道152号線の青崩突破は悲願なんだな。見捨てられた区間、ではないのだな。
でも、ヒョー越林道でも峠越えはできるんですけど、それじゃダメですか?ダメですか、そうですか。
青崩峠という最大のイベントを終えた国道152号線は、あとは淡々と南下を進めていくだけだった。
青崩峠に端を発する翁川に沿って進み、JR飯田線と交わるようになった頃から川の名前はいつの間にか「水窪川」に代わった。
そして、国道473号線と合流したところが天竜川。国道473号と152号が併走する状態になった。この蜜月関係を続けているうちに、浜北市に入り一気に街並みっぽくなってきた。
生意気にも、というかけなげにも、ここでは国道152号が二股に分かれていた。新道と旧道だろうか。 (筆者注:現在は二股になっていない。昔は遠州鉄道沿いにも国道152号が指定されていた)
日がすっかり暮れた頃になって、ようやく最終目的地点の浜松市に到着した。
ここで、浜松駅近くにある国道257号・150号との交差点をもって国道152号線は終わり・・・・あれえ、終わらないぞ。
ここで何を血迷ったか、ぐいんと国道152号さんは左へ90度向きを変え、今度は東に進路をとるのだった。最後のあがきか。
そのまま東へ進んでいくと、国道1号線との合流地点が迫ってきた。国道1号と合流した後は、地図のどこを探しても152号さんは復活していない。ということは、国道1号との合流をもってして、われわれの旅は終わる、ということだ。
ありがとう、国道152号線。1泊2日の旅だったけど、ちょっと蓼科あたりで寄り道しちゃったけど、十分堪能したよ。フォッサマグナも見ることができたし。さあ、旅のしめくくりと行こうじゃないか。
・・・あっれえ?
旅の終わり、って何だろう。いや、152号の終点までいけば旅は終わる。でも、記念撮影をするだとか証拠になるものがないよな。どうやってこの旅をしめくくれば良いんだ?
とかいっているうちに、国道1号に入ってしまった。おい、行き過ぎだ。このまま東京日本橋まで行く気か。
あわててUターンする。
Uターンして、152号と1号が合流する地点(われわれの進行方向からすると、2本の国道が分岐する地点)の青看板を撮影。確かに、「豊橋↑1号」「浜松市街↑152号」となっている。
だからなんだ、と言われても困るんだが。
んー、なんかさえないなあ。
「じゃあ、国道1号から分離して最初の『国道152号線』の標識を撮影すればOKでは?」
という提案があったので、なるほどそれで行こうということになった。
しかし、道はのんきにハザードランプ焚いて停車できるような余裕がない。「あっ、あれだ」「今だ、撮影しろ!」なんてドタバタ劇をアワレみカーの中で演じながら、撮影成功・・・
してねぇな、この写真じゃ。色が飛んじゃって、国道何号線なんだかさっぱりわからん。
ばばろあが言った。
「ええじゃん。これもアワレみ隊の企画の終わり方っぽくて」
そうかもしれん。
浜松駅で、そのまま解散となった一泊二日国道152号線完全縦断の旅だった。
コメント