今回は、しぶちょお・ひびさんペアとおかでんとでは宿泊場所が異なっているという珍しい形態。まずは、おかでんが予約した宿にアワレみカーを向けてもらった。
判りにくい場所にあるとは事前に思っていたが、案の定街路灯も少ないような道をくねくねと走り少々道に迷った。
さらに、次なるハードルはチェックインだった。ネットのクチコミ情報によると、「快適ではあった」というお褒めの言葉に続いて、「チェックインの仕方がわからん」「宿の施設の説明が不十分」といった案内不足を指摘する声をよく見かけた。
大丈夫だろうか。チェックインで「迷う」って一体どういうことだ。予定チェックイン時刻よりも遅れての到着だったこともあり、ちょっとだけドキドキしながら玄関をくぐる。
「あのー」
・・・あれ?
どこかの企業の合宿所か研修所か、そんな風情。いきなり廊下があって、ええと、あの、その、必ず宿にはあるものだと思っていたチェックインカウンターがデスネ、無いンですねこれが。
誰に、どこに、チェックインの話をすれば良いのデスカこれは。
「すいませーん」
声を大きく出してみたが、人体反応無し。やっべえ、間違ったところに来ちゃったか?と心配になる。
うーん、チェックインカウンターではないけど、玄関にとりあえず応接セットみたいなのはある。でもここで宿帳書けってわけでもなさそうだし・・・ま、まさかここにコンシェルジュが常駐していて、「旅の事なら何でもご相談ください」だなんて・・・
ありえねぇ。
さて、困った。
外では、アワレみカーが待っている。早くチェックインしないと。
盗人になった気分で、恐る恐る廊下の奥に侵入してみる。
あ。「OFFICE」と書かれた扉があるぞ。ひょっとしたらここかもしれない。
ノックしてみる。
・・・反応がない。ただのしかばねのようだ。
オフィスの扉をノックしてようやくチェックイン、というのでさえ相当宿としてはいい加減だとは思うが、そこにも誰もいないってどうなっとるん。
さらに奥の扉は厨房になっているようで、そこからは何やら調理している音が聞こえてきた。あ、人体反応有り。ようやく宿の人、発見。
「すいませんねえ、夕食の準備してまして」
「いえいえ、予定よりも遅く到着しちゃいまして、お忙しいさなかに申し訳ないです」
思いっきし社交辞令な事を口にしつつ、かといって怒っているわけでもなく、何だか魔境に入ってしまった気分なワタクシ。いや、これくらいで驚いているようじゃ、人生経験まだまだ浅い証拠じゃのうとは思うが、驚いたモンはしゃーない。
通された部屋は特に何もないけど、シンプルイズベストで素泊まりの人にとってはとても快適な部屋だった。良いんじゃないでしょうか。敷き布団のシーツが見あたらなくて、かけぶとんのシーツを敷き布団に敷かなくてはいけなかったというチョンボを除けば。
「いや、伊豆高原という宿代物価高の中で、素泊まりとはいえ6,000円以下でこの部屋は素晴らしい」
先ほどまでの不安感が解消されたこともあり、なぜか部屋をベタ誉め。あと、この宿は温泉が引き湯されてるんだもんね。楽しみだもんね。でもそれは夕食を食べた後のお楽しみだ。
「えらく時間かかったなー」
外で待っていたアワレみカーのしぶちょおが不思議そうに聞いてくる。
「いやもう、宿の人捕まえるまでが一大事でさ?」
「そうなん?」
そんな会話をしながら、今度は彼らが泊まるホテルアンビエントへ。
おー、立派な宿じゃのぅ。
ツインルームじゃのう。ええのう。
「これだったらエキストラベッド、入れられるじゃん。どうしてダメって言うんかねえ。おかでん、もしここでモウ一人泊まれるって話になったらさっきの宿キャンセルしてこっちに来なさい」
そう言って、しぶちょおは宿のフロントで「エキストラベッドは無理なのか?」と交渉していたが、あっけなく玉砕して戻ってきた。
「ダメだってー」
まあ、しゃあない。
夕食は、第二候補として挙げていた「魚料理 松」というところに行くことにした。
しぶちょおとの、ネット及び電話での企画会議の際、「特に伊豆に行ってもやることないからねえ。温泉と食うことくらいしか」なんて話をしていたわけで、食べ物屋の候補はたくさんあった。
その中で、「その日の内に採れた魚を漁師から直接仕入れます」なんて謳っているこのお店に白羽の矢が立った次第だ。
もちろん、国道沿いには何やら立派なお店があるし、伊豆高原のこと、なんちゃらシャトーだの、洋食系のお店は結構ある。でも、せっかくだから「魚が旨い隠れ名所」に行きたいじゃないの、っていうことになっていたのだった。
「最悪、この店も定休日だったりお客でいっぱいだったりしたら、お昼食べたカウボイーズに戻るぞ」
冗談でそう言ったら、しぶちょおは
「おう、カウボイーズ二連発。僕はそれでもいいぞ。・・・でも何を食べればいいんだ、もう一度?」
と力強い。転じてひびさんは
「カウボイーズはやめて~。ステーキ二連発はイヤですぅ」
と弱々しい声を挙げていた。
おっと、ちょっとした裏道を進んでいくと、そこには松というのれんが下がったお店があったぞ。ここだ、ここだ。
座席に座って、お品書きを見せてもらう。
FAXでコピーしました、といった風情のギザギザな印刷フォーマットに、ボールペンであれこれ雑に書き加えられている。おかげで、一体このお店には何があるのかさっぱりわからない。もちろん、字は読めるしどれも旨そうなのだが、体系的に記載されていないので「どれを注文すると一番われわれの幸福が最大化するか」という比較検証ができないのであった。
「高いけどさ、コース料理を2種類注文するとかしてみるってのはどうだ」
しぶちょお、なかなかトンチの効いた提案をする。しかし、「伊勢海老コース(安い!) 10,500円」なんて書かれているのをみて、さすがのワタクシもパンツに黄色い染みを作りかかってしまった。
「いやね、おかでんならこういううまそうなものがある時は、お金に糸目を付けないだろうなーと思って。僕もそういうタイプだから、今回は奮発してもいいんじゃないかと。人によっては、『安くてもええじゃん』って事になるからこういうぜいたくはできないけどね」
「うん、それはその通りなんだけど・・・さて何を頼めばいいんだ、僕らは結局?」
イイもの使ってるのは間違いないんだろうけど、「石垣たい 8,000円」「真たい 5,000円」なんてのがあっちこっちに、整理整頓されていない状態で乱雑に書き殴られているとビビらざるをえない。ええと、一番安い魚はどれだ。・・・あった。サバ、1,350円。ひょえー。
「この店、ハズしたかもしれん」
ちょっと心の中で後悔する。
とはいっても、女将さんの自信満々っぷりと、判りにくいとはいえメニューが「今日採れたものをその場でどんどん書き足して行ったよー」という臨場感は何か期待させるものではあった。ちょっと不安になりつつも、まずは「今がおいしい」と書かれていたイナダ刺身を。2,000円。
高い、と思ったが、あらら結構量がある。間違って一人なんかでこのお店に訪問しちゃったら、一品でおなかいっぱいだ。3人~4人、もしくは5人くらいで訪れても大丈夫なくらいのボリューム感だ。で、見よこのイナダを。イナダとは、要するに出世魚ブリの幼魚なわけだけど、ブリの旨みがありつつも、まだ脂が乗りきっていないので身そのものの甘みが口の中でとろける。うはあ、旨いぜ。
び、ビールビール。あわててビールを飲む。
伊勢海老を食べたがっていたしぶちょおの様子に感づいた女将さんが、「伊勢海老、行っとく?実はね、今日から解禁なの。ちょうどお客さんタイミングが良かった」なんていう。そう言われたら、頼まないわけにはいかんではないか。
「いくらくらいするもんなの?」
「そうねー、大きさによって値段は変わるけど、小さいので3,000円、おにーさんたちみたいに3人で食べるんだったら5,000円くらいのがいいと思うけど」
「じゃ5,000円ので」
「し、しぶちょお!即決したな」
「いや、せっかくここまで来て伊勢海老くわんと?小さい伊勢海老をちょっとだけ食べました、ってわけにもいかんだろう」
「僕みたいなチキンな男だったら、『じゃあ間をとって4,000円を』なんて口走ったと思うけど。しぶちょお、アンタ男だぜ」
で、到着しました解禁されたばかりだという伊勢海老。
まさかこの海老ちゃん、解禁日と同時につり上げられて食卓にあがる運命になるとは思っていなかっただろうに・・・運が悪かったと思わないで、僕らグルマン(自称。たった今決めた)に食べられるだけ運が良かったと思いたまえ。
それにしてもでけぇぞ、これ。
殻がデカイ、というのもあるし、立ち上がるような盛りつけ方をしているから余計デカく見えるというのもあるんだが、それを差し引いてもデカい。
ひびさんが興奮のあまり「キャー」という顔をしている。伊勢海老大好きッ娘らしい。
いーせーえーびー。
なんていうか、魚介じゃないね、これ。何かの宝石というか、ゼラチンというか。ん?二つの喩えがあまりにかけ離れていて風情がないか、これだと。
まあとにかく、美しいんである。さっきまで水槽で泳いでいたヤツが今こうしてわれわれの眼前に。謹んで合掌をした後、いただきます。
あー。
甘い。これは素晴らしくあまい。そして、ぷりぷりした食感。この巨大なプリプリ感は、さすがに車エビクラスの海老じゃあ無理だ。伊勢海老ならではの食感といえる。ああ、口中がぷりぷりしてるよ。
それにしてもデカいカブトだ。
「伊勢海老って、こんなにカブトでかくする体力と栄養があるなら、もっと身をつけろ言いたくなるよな」
それにしてもデカい。こうやってしぶちょおの体と比較してみると、そのデカさがわかろうってもんだ。
伊勢海老なんて、畏まった席でしか食べたことがないし、こうやって手でカブトを持てるような状況下に置かれたことがない。なので、何だかうれしくなって、こうやって記念撮影をやっちゃったりなんかして。
「しぶちょお!とりあえずそれ、かぶれ!」
「えっ?かぶるの?これを?」
「伊勢海老マンだ!」
「えー」
でもカメラを向けられるとやっちゃうのがしぶちょおだ。
素晴らしく長い触覚のおかげで、伊勢海老マン相当にアンタイケてるぜ。
さて、追加で何か頼もうということにしたわけだが、
「せっかくだからウマヅラハギにしようぜ」
とおかでんから提案。あんまりウマヅラハギを出すお店ってのは知らないからだ。そういえば広島に住んでいた頃、船釣りやったらよく釣れたって話、聞いてたなあ。船釣りに憧れつつ、でもお金が無くて船釣りが一度もできなかった少年おかでんは、ウマヅラハギに対して一種独特のアコガレがあるのであった。
一般的にはカワハギの方が上等とされ、ウマヅラハギは下魚とされる。でも、このその「アコガレ」があったので注文してみることにした。どーせ、カワハギの煮付けなんていつでも食べられるし。
そうやって「いや、やっぱりカワハギよりもウマヅラだ。カワハギはいつでも食べられる。ウマヅラハギください」って女将さんに注文したら、女将さん、なぜか力強い顔で「うむ」とうれしそうな顔をする。あれ、僕なんか変なジョーカー引いちゃいましたか?
出てきたウマヅラハギ、刺身で食べるのは全くの初めて。赤身を帯びた白身だ。カワハギよりも味が落ちると言われるが、どうしてどうして、十分おいしいですぜこれ。キモも添えて食べるとひときわ旨い。
女将さんが言う。
「お客さん、カワハギじゃなくてウマヅラハギを注文したから、『あっ、この人達ただものじゃないな』って思ったんですよ」
ほんまかいな。通と勘違いされてしまった。単に、僕の「そういや食べたこと無いなあ」というのと「過去の憧憬」から来ただけの注文だったんだけど。
ついでに何か頼んだけど、ええとこの魚なんだっけ?
イシモチ?
忘れた。これも焼きたてで、中はほっくり外はぱりぱりで旨かった。やっぱ、焼き魚は焼きたてが一番だよなあ。旅館の朝飯に出てくる、「焼き鮭」と言っておきながら「おいこれは蒸し鮭ではないのか」というのとは大違いだ。
これまで酒飲みに付き合っていたご飯党しぶちょおだったが、いよいよ我慢できなくなって定食をオーダー。「せっかくだから、揚げ物系にしたらどうだ」というわれわれの助言にしたがい、カマス揚げ定食(1,800円)をオーダー。
おう、値段はそこそこするが、デカイカマスちゃんが二匹もハの字になって並んで居るぞ。
「ご飯が足りねぇ~」
といいながら、しぶちょおはご飯をばくばく食べていた。
それを見ていた女将、「どうする?シメ、普通はおにぎりとかにするんだけど、お客さん達結構詳しそうだし、今厨房も手が空いてるんで、普段は作らない雑炊にでもしようか?さっきの伊勢海老の頭で出汁をとって」
「素晴らしい!ぜひそれでお願いします!」
「ちょっと時間がかかるけど、いい?」
「もう、空腹で倒れるまで待ちます、ハイ」
「味付けはどうする?味噌味?しょうゆ味?」
・・・と、女将さんがこっちの顔を見る。えっ、味付けを決めるんスか?コレは僕が試されているような気がしてきた。
「うーん。雑炊で味噌味ってのはなかなか食べたことがないので、それはそれで魅力だなあ。味噌味かなあ・・・いや、でも、味噌だったらせっかくの繊細な味が味噌の味でわからなくなっちゃいそうだな。うん、ここはベーシックにしょうゆ味でお願いします」
うわ、インチキグルメくせぇ。
でも、しょうゆ味をオーダーすると、女将さん、また力強く「うむ」と微笑みながら頷いた。どうやら正解だったらしい。ふー。
店に気を遣いすぎだって?客なんだから好きな物食えばいいじゃん、って?いや、そうはいっても、やっぱカッコつけたいじゃん。通ぶりたいじゃん。ああそれが本音さ、何とでもいえ。
(ちなみに、上記の判断や蘊蓄が正しい保証はありません。なぜならばおかでんは通ではないからです)
で、出てきたのがこれ。うわーい、先ほどしぶちょおが頭にかぶっていた伊勢海老ちゃんがこんなところに隠れていたよー。
「しぶちょおの出汁もちょっと入ったな」
「食べる前にそういう事を言うのはやめろ」
これがまた旨い旨い旨い。普通の鍋だったら、白菜などの野菜からでる出汁中心の旨み汁で雑炊が形成されるが、こいつぁ伊勢海老勝負。どうだ!どかん!ずばん!と私たちの味蕾に集中砲火を浴びせるわけなのです。そうなるともう、わたくしたち味の奴隷にとっては、為す術がないのであります。完敗です、大変においしゅうございました。平身低頭しながら「おいしゅうございました」とごちそうさまをしたのであった。
この当時、オフィシャルwebの画面をコピーして持っていけば割引、なんていうサービスをやっていたこともあって、思ったより料金は高くならなかった。値段は忘れたが、「うわ、旨いけど高かったなあ」というほどではなかったと記憶している。「やばい。明日伊東の競輪場でお金を増やさないと残金が無い」と慌てなかっただけ良しとしよう。
その後、アワレみカーで宿まで送ってもらい、明日朝の集合時間の確認後、解散となった。
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