小さい子供が家にいると、計画的にどこか出かけよう、ということが難しい。おむつが交換できる場所があるか、ベビーカーが通れるかどうか、という都市計画上の問題やお店の構造について気を遣わないといけないし、そもそも子供の体調はすぐに変わる。元気だと思った次の日にはコンコンと咳をしていることもある。
なので、週末は「気が向いたら外出する」ということが多い。今回もそうだった。
で、いざ何事もない平穏な週末になると、急に「じゃあどこかに出かけよう」ということになる。家に一日いるとなると、赤ちゃんが退屈してきて、それに対応する親が疲弊するからだ。
「さっとでかけて、さっと帰ってこられる楽な場所はないか」
そう思って地図を眺めたところ、思いついたのが羽田空港第3ターミナルだった。ここならクルマでしゅっと行くことができる。
僕の家は首都高速の入り口からほど近い。そこからスルスルと進んでいって、羽田空港のところで高速道路を降りればあっという間だ。実は見た目以上に近くて、便利な場所だということに気がついた。しかも、空港という建物はバリアフリーに最大限配慮されているし。
バリアフリーという点では、ショッピングモールという施設も素晴らしい。「ショッピングモール=街の商店街を壊滅させ、全国画一的な、つまらない構成の、大手資本の儲けにしかならないけしからん施設」だという雰囲気があるけれどそれは違う。
僕ら夫婦はファッションや雑貨に殆ど興味がないので、ショッピングモールに行って買うものなんて全然ない。それでも「素晴らしい」と感じるのは、なにせ便利だからだ。小さい子供がいると、それをつくづく実感する。暑い日も寒い日も快適に過ごせる空間だし、トイレや授乳室は完備だし、レストランやフードコートは子供連れでも嫌な顔をされない。そしてなによりも、凹凸のない広い廊下はベビーカーだと最高だ。
東浩紀・大山顕共著「ショッピングモールから考える」にもこのことが書いてあるけれど、いざ自分に子供ができるとモールのありがたさを実感する。今後も、大して買い物をしないくせにモールに繰り出すことになるのだろう。
そもそも、僕は「大きな建物の中を探検する」ことにワクワクする性分だ。
温泉旅館の部屋に備わった避難経路図を見て、その建物の増改築がいかに行われていったのかを推理するのは最高の娯楽だと思っている。ぐにゃっと曲がった廊下、行き止まり、いびつな形の部屋など温泉旅館はいろいろ変化に富んでいて楽しい。
同じように、大規模病院に潜入するのも大好きだ。もちろん、病棟までは入れないけれど、外来エリアを歩いて「へえ、ここで受付をして、こっちで会計するのか」「なんでこの科とこの科が並んでいるんだろう」「ブレストセンター?ガンマナイフセンター?なんだその近未来感!」と勝手に興奮する。でも、コロナ以降これはできなくなった。建物入り口のところに、ガッチガチに身構えたスタッフさんが検問をやるようになったからだ。「探検に来ました」なんて人が入れる余地がない。

そこで空港ですよ。空港もまた、非日常感の塊で楽しそうだ。普段滅多に行かないので、探検しがいがある。そういえば、羽田空港第3ターミナルはまだ未踏の地だった。一度行ってみよう。
羽田空港。いわゆる「東京国際空港」だが、第1ターミナルがJAL系の航空会社、第2ターミナルがANA系の航空会社の発着として使われている。そして国際線ターミナルとして新たに作られたのが、第3ターミナルだ。
昔は、成田空港(旧名:新東京国際空港)にすっげぇ配慮して、羽田発着の国際線は上海、金浦、台北の3路線しかなかった。僕が以前上海に行った際、古いターミナルを使ったけど「国際線ターミナル?」と驚くくらいシンプルだったものだ。

しかし、羽田空港の24時間営業化とともに路線は拡大していった。最初は、「いや!アジア圏内だけだから!欧米には飛ばないから!」と成田に配慮を続けていたけど、今や欧米路線もばんばん飛ぶようになった。まさに「なし崩し」だ。
以前、僕ら夫婦が結婚する前、二人でこの羽田空港第3ターミナルにデートで訪れる予定があった。ここに出入国在留管理局の出張所があって、パスポートを持参すれば「出入国審査時の顔認証自動化ゲート」への登録ができるからだ。
https://www.moj.go.jp/isa/publications/materials/nyuukokukanri01_00111.html
2019年当時、パートナーのいしは2020年度中にアフリカに赴任する計画を進めていた。その出国に向けての準備だった。そして僕も、傍観者の立場ではなく少しでもその大計画にタッチできるよう、一緒にパスポートの登録を行おうと考えていた。
しかし実際には時間がとれず、行くことができなかった。予定していた日はいしが夜勤明けで、出発時間に寝坊したからだ。
それ以降、ターミナルを訪れる機会を逸していた。なにしろ、2020年からコロナ大流行だから。いしのアフリカ赴任計画は頓挫だし、それ以外でも簡単に海外との往来は難しくなった。
いま、僕らは計画から1年半ごしに羽田空港第3ターミナルに降り立った。二人の間に産まれた子供を連れて。これはまったくの予定外だった。もしいしがアフリカに行っていたら2021年冬でもまだ帰国しておらず、子供なんて当然いなかった。

羽田空港の滑走路は4本あって、井桁状、つまり「#」の形に配置されている。第1、第2ターミナルはその井桁の真ん中に位置しているのだけど、新造の第3ターミナルは井桁の外にある。なお、第3ターミナルへは街から歩いて来られるけど、第1、第2ターミナルは徒歩では無理だ。道路は自動車のみ利用可となる。
いしと初めてチャットをやりとりしたのが、「深夜に新千歳空港から羽田空港に到着したあと、どうやって朝を迎えるか?」という話題だった。結論として、始発のバスなり電車なりモノレールが動き始めるまで待機するしかないのだけれど、その会話で二人は親しくなった。なんだ、ゆかりの場所だったんだな。はじめましての建物だけど。
第3ターミナルは、モノレール駅と一体化されている。なので、モノレールの改札を出たらすぐにロビーがあるという国際線ターミナルにあるまじき便利な構造になっている。僕自身、モノレールで羽田空港に用事がある際はいつもこの第3ターミナルを素通りしているので、なんとなくそれはわかっていた。
しかし今回はクルマだ。地面からこの建物にアプローチしようとすると、ちょっと混乱する。なにしろ、交通標識が複雑だ。迷いそうになる。最初っから空港ありきで作られた土地ではなく、空き地をうまいことやりくりしてターミナルを作った感がありありとする。おかげで、「えっ、もう空港通り過ぎそうだよ?」というところからの華麗なる360度ヘアピンカーブで空港に向かう、などとややこしい道路になっている。
ターミナル前にある駐車場は、楕円形の9階建て。この日は、4階から9階までが満車、1階から3階までが空車になっていた。なんで面倒な上のフロアのほうが混んでいるのか謎だけど、ひょっとしたらコロナで利用者が少ない時期なので、上の階を閉鎖しているのかもしれない。
調べてみると、ここの駐車場は「個室」が存在しているという。知らなかった!駐車場にも個室と相部屋があるとは。個室を選ぶと、シャッターが閉まる「部屋」にクルマを格納できるらしい。お金持ちの人はこういうのを使うのだろう。想像がつかないけれど。
あと、クルマを駐車している間に洗車してくれる有料サービスがある、というのもちょっとした驚きだ。すごいな。
下々である僕は、1階にクルマを停める。ガラガラだ。
ちょうど新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」が世界的に流行りはじめていた頃だった。国際便の運行は大幅に制限されており、空港利用者はとても少なかった。

まず、子供のおむつ交換と授乳のためにいしが多目的トイレに向かう。
空港はこの手の設備がしっかりしているので安心だ。(日本全国の空港すべてがそうなのかどうかは不明だけれど)
ん?何か気になる張り紙がある。
「潮干狩り後にこのお手洗いをご利用のお客様へ」
なんだなんだ、空港の駐車場にクルマを停めて、ここから潮干狩りに出撃する人がいるのか。
オストメイト用のシャワーを使って、手足についた砂を洗い流さないでくれ!と書いてある。そりゃそうだよな、趣旨が全然違うし、そもそも空港の駐車場を使わないでくれっていう話だし。

多目的トイレに限らず、普通のトイレの洗面台にも「砂を洗い流すことはおやめください」という張り紙がしてあった。本気で嫌がっているらしい。かなり砂の被害が大きかったことを物語っている。誰だ、こんなところで潮干狩りをやっている人は。
しかも、場合によっちゃここの洗面台を使って収穫した貝を洗っている可能性もある。これは困る。

潮干狩りの人たちへの警告だけでなく、トイレ出入り口に設置されたペーパータオル用のゴミ箱には注射針を捨てるな、という張り紙も貼ってあった。お、おう・・・。
医療廃棄物は必ず持ち帰ってくれ、と書いてある。ああ、医療廃棄物か。麻薬なら「医療」じゃないから、麻薬のことじゃないな、多分・・・?インシュリン注射を打った人向けへのメッセージ、だろうか?でもなんで空港に限って?

親切だなー、と思ったのが、これ。
広大な駐車場のどこにクルマを停めたのかわからなくなったら面倒なので、ちゃんとメモとボールペンが用意されていた。ここに記録を残しておけばいい。
スーパーの買い物でちょっと留守にするならともかく、空港の場合は数日不在にするということはザラだ。だからこそ、記録を残しておくというのは大事。

9階建ての駐車場の3階部分から、第3ターミナルに連絡通路が通っている。駐車場の3階がターミナルの2階になるので、ちょっと混乱する。
そもそも、この空港に限った話じゃないけれど、空港近辺のクルマの導線はややこしい。到着ロビーに向かうクルマ用レーン、出発ロビーに向かうクルマ用レーン、バス・タクシー用レーン、駐車場レーン、出迎え用一時停車用レーンと様々だ。モタモタしていると分離帯に激突したり、他の車にぶつけてしまう。免許取り立ての人は、空港への送り迎えはしないほうがいい気がする。

連絡通路を渡って、第3ターミナル2階へ。ここは到着ロビーにあたる。
おおお、テンション上がるなぁ。巨大建造物、大好きだ。
それにしても人がいない。全然いないかというとそうではなく、隅っこにあるベンチでスマホを充電しつつ暇そうにしている外国の方がぽつぽついる。この人たち、このあとどうするんだろう。ここに居てもやることないだろうに。出発時間より早く到着したにしてもほどがある。
羽田空港は、本格的に国際線の受け入れを始めた時に「深夜時間帯だけだから!昼間は飛ばさないから!」という仕切りにして成田空港への配慮を見せた。しかし今では昼でも国際線は飛ぶ。とはいえ、便数はさほど多くないようだ。それに加えて現在のコロナ状況。欠航がたくさん出ているはずだ。
なにしろ、外国籍の人の入国は厳しく制限されている。日本国籍の人でも一日あたりの入国者数に制限が課せられているくらいだ。そりゃあ、この時期にインバウンドだのビジネスだので空港に人が大勢いるほうがおかしい。

どんな施設があるんだろう、ということで施設案内看板の写真を撮影しておく。
記録用に、ということで何も考えずに撮影してすぐにその場を去ったのだけど、あとになってこの写真を見返してみてびっくりした。あれっ、歯抜けになっている。
さすがに2年近くに及ぶコロナの影響で、国際線ターミナルのテナントが一部撤退してしまったらしい。賃料、高そうだもんな・・・。うまく軌道に乗ってれば、圧倒的な場所の有利さでビジネスがはかどりそうだけれど、このご時世じゃ。
で、残ったテナントをみると、ドラッグストア1軒に3大メガバンクだけだったという。うーん、厳しい。

がらーんとした到着ロビーを歩く。殆ど誰もいない。
僕らが歩く音が天井に響くかのような、そんな無人空間だ。
昼休み明けの入国管理の職員さんなのか、制服を着たお姉さんたちがスタッフオンリーの扉から制限エリアの中へとぞろぞろと入っていくのを見たくらいだ。ああ、この空港はまだ機能してるんだな、と実感できる光景。
それくらい、何もない。
到着ロビーといえば、出口のところに「◯◯様」とか「▲▲ツアー」と書かれた札を持った現地ガイドが大勢待ち構えているものだ。でもそれがゼロだ。飛行機の到着時間ではないから、という理由があるとしても、なんとも寂しい光景だった。
到着ロビーの傍らに、赤い柱のお店があった。あっ、ビックカメラだ。こんなところにも出店していたのか。しかしここもシャッターがぴっちり閉まっていて、全く営業されていなかった。規模縮小営業さえしないくらい、売上の目処が立たないらしい。
本来なら、日本に到着してすぐの訪日外国人に向けてババーンといろいろなものを売る場所だったんだけど、ビックカメラで家電やら薬やらコスメといった状況じゃなくなっちゃった。入国したら、まずは検疫だもんな。そのあと、隔離。
(つづく)
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