
10:01
長野発名古屋行き、特急しなのがやってきた。
これまで特急あずさに乗ってきたとはいえ、まだ日常の延長感が残っていた。しかし、このJR東海の車両、しかも行き先が名古屋、という現実を前にすると、今更身が引き締まる。いよいよ山に向かうんだ、という決心がつくというかなんというか。
僕の場合、隙あらば「やっぱり今日はいろいろ都合が整わないから、山に登るのはやめよう」と思う。だって山って、疲れるじゃん。一歩間違えると死ぬじゃん。家族に迷惑をかけるじゃん。
「山にいかない理由」なんていくらでも作れるわけで、それがつねに僕の頭の中をぐるぐると蠢いている。
もう塩尻まで来ている、というのに、未だに行かない理由を探しているくらいだ。
でも、この特急しなのを目の当たりにして、「行くしかあるまい」という気持ちにようやくなった。今更?いやほんと、今更。
特急しなのを見るまで腹がくくれなかったのは、「今日登山を中止したら、山小屋にキャンセルの電話をかけないといけないなあ。気まずいなあ。キャンセル料はどうなるんだろう」ということが不安だったからだ。
10:32
塩尻から木曽福島までは、あっという間だ。
指定席を確保するまでもない距離で、せいぜい30分たらずの所要時間だ。
じゃあ、特急に乗るなんて贅沢をしないで、各駅停車でも良いのでは?と思うのだが、そうなると俄然時間がかかってしまう。今回、わずかしか運行されていない登山口行きのバスになんとか乗り込まないと、この日の登山がマジで中止になってしまう。
東京から公共交通機関(夜行バスを除く)で御嶽山登山、というのは案外できる選択肢が限られる。

で、降り立ちましたよ木曽福島駅。
降りたらバーンと目の前に目指す山が広がっています!という白馬とかと違い、のどかな風景がただ広がる。地図で見ると山奥の街のように見えるが、案外そんなことはない。このあたりは比較的広い。
駅前は、まるで映画スタジオのセットのように、お店が一列に並んでいる。

10:32
天気が良くてなによりだ。青空が美しい。
駅前はがらんとして人がほとんどいない。
今日が夏山シーズン真っ盛りの日曜日だというのに、こんなに人がいないことは意外だった。
でもそれは当然で、山に登る人の大半が車で登山口まで行ってしまう。そのため、木曽福島駅前には人が滞留しない。
あと、そもそも論として、これから山に登る人も、下山した人も、この時間に駅前にいるのはちょっと中途半端だ。登るには遅いし、下山には早い。どちらにせよ、バスがやってこないことには、登山客がこの駅前を賑わせることはない。
駅前はロータリーもバスターミナルもない。広い道路の一部を朱色に塗り、その上にバス停を3つほど並べている。朱色のところは、「ここは車が立ち入ってはいけない場所ですよ。人が待っているところですよ」と暗に言っているのだろう。
こんなシンプルな駅前バス停、初めて見た。

10:32
3番乗り場が、「御嶽山・田の原行き」のバス停だった。僕はこれに乗って、終点の田の原に行く。大滝口コースの登山口がある場所だ。
田の原行きのバスは1日3便で、木曽福島発が08:40、10:40、14:00だ。
田の原から入山して、山頂までの間に有人の山小屋は存在しない。また、テント泊は禁止されている。このため、登山目的で14:00の便を利用するということはない。
要するに、東京から電車でやってくるなら、10:40の便しか選択肢がない、ということになる。そしてこの便に間に合わせるためには、朝7時ちょうどに新宿を出る、あずさ1号に乗らないと間に合わない。
さらに言うと、10:40発のバスで田の原に到着するのは11:55。そこから歩くのが遅い人だと、日没までに山小屋に闘茶区できない。案外タイトなスケジュールを要求される山だ。
また、要注意なのはこの時刻表の上に貼り付けてある注意書きだ。
2023年7月1日(土)~10月15日(日)
土・日祝日のみ運行
※8月11日(金)~8月20日(日)毎日運行
つまり、僕のように「日曜日に入山、月曜日に下山」という人は、復路で田の原に下山することができない。うっかり気が付かずに下山してしまうと、途方にくれてしまう。
このため、多くの御嶽山登山客は御岳ロープウェイがある鹿ノ瀬を利用しているはずだ。ここなら、バスが毎日運行している・・・はずだ。
とにかく、地方のバスというのは油断がならない。ダイヤが薄いうえに、情報を探しにくい。特に登山口行きのバスはなおさらで、うっかりすると取り返しがつかないことになる。

10:33
バス停の向かい側に並ぶお店の一つ、「覚明堂」と経年変化でかすれた字が書かれたひさしの建物がある。この1階部分が、「おんたけ交通」のバス乗車券売り場だ。
田の原に向かうのも、御岳ロープウェイ鹿ノ瀬駅に行くのも、御嶽山登山口を目指すならここでチケットを買うことになる。
ちなみに、以前アワレみ隊が保養のために訪れた、赤沢自然休養林に行くバスもここでチケットを購入することになる。

田の原行きのバスが出発するのは10:40。あまり時間がないので、さっさとチケットを買おう。

10:35
乗車券売り場。
大きく「木曽←→新宿」と書かれた時刻表が壁に掲げられている。
ここでチケットを買うのは、地元民向けというより観光客なのかもしれない。
てっきり、木曽福島と新宿の間は夜行バスが運行されていると思っていた。でも昼便が往復2便設定されているだけで、バスタ新宿17:35発木曽福島21:50、という便が最終だった。この駅前で野宿、というわけにはいかないから、やっぱり東京から公共交通機関利用で08:40発田の原行きのバスに乗るのは不可能だった。

10:36
「JR木曽福島駅→御岳 田の原」と書かれた、カラーの乗車券を発券してもらった。手が込んでいる。
今日の日付がご丁寧に打刻されている。
値段は1,500円。
そうか、王滝村営のバスなんだな。

10:36
田の原行きのバスがやってきた。後乗り前降り。バスの顔の部分には「ONTAKE」と書いてある。

10:39
客は僕しかいなかった。なんでだ。敢えて一日ずらして日曜・月曜に登山日を設定したとはいえ、こんなにがらんとしているとは思わなかった。
まだ、八丁ダルミが今年から通過できるようになったということが浸透していないのだろう。
登山客が少ないに越したことはないので、これはラッキーだ。

10:56
僕一人だけを載せたバスは、田の原を目指して出発する。
木曽福島がバスの始発駅とはいえ、御嶽山まではかなり遠い。どこにそんな3,000メートル峰があるんだ?と周りを見渡してしまうようなのどかな光景の中を、バスは進んでいく。
途中、「御岳湖」というダム湖の横を通過していく。
(つづく)
