2011年02月05日
【店舗数:268】【そば食:468】
東京都練馬区中村
焼のり、淡い緑の粗挽きそば、升酒
最近、蕎麦屋で酒を飲んでいないな、と思う。いや、過去の記録を探ってみると、なんやかんや言ってもアンタ飲んでますよ?ということに気がつくのだが、印象的な蕎麦前を飲ってないな、と。
昔は毎週のように「さらし奈乃里(現:蕎香)」に通い、そこで酒と週ごとに異なる酒肴を楽しんでいたものだ。あれから比べりゃ、もう、ぜんぜん。
そんなわけで、今回の蕎麦食べ歩き2軒は、お酒をいただきつつほっくり春が近づきつつある週末の昼間を過ごそうと思う。
徒歩、とは面倒なものだ。蕎麦屋の最寄り駅まで行って、そこからてくてく慣れない道を歩いて。ましてや、ハシゴしようなんてなるとなおさらだ。どうにかして車で行ける妙案は無いかと思案したが、そんなもんあるわけがない。おとなしく電車で行くことにした。
降り立ったのは、西武池袋線中村橋駅。各駅停車の列車しか停まらない駅なので、全く馴染みがない。
今回食べ歩きの一軒目は、「玄蕎麦野中」という。
前から行きたいお店として注目していたのだが、最寄りが西武池袋線中村橋駅ということで行く機会を逃し続けて早数年。
なんでそんな数年がかりで注目していたのかというと、このお店が紹介されていた蕎麦の本に、なんとも魅惑の蕎麦が載っていたからだ。
「淡い緑の粗挽き蕎麦」。
なんと。
もともと、メニューに「アツアツの」とか「サックサクの」みたいな擬音や擬態語が入っているのにからきし弱いおかでんだが、今回は「色」の表現で魅惑された。
「うぐいす色の蕎麦にまずい蕎麦なし」
おかでんはこれまでの経験でそういう結論に達している。まずいどころか、そういう蕎麦は確実に、高得点をマークする美味さを誇るのが相場だ。
今回の「淡い緑の粗挽き蕎麦」。まさにそれじゃないか。ここまでこちらのニーズにドカンと直球勝負を挑んできた猛者は、今まで経験が無い。いいぞ、いいじゃないか。
しかも、その名前と共に掲載されていた蕎麦の写真、これが本当に淡い緑してやんの。わーおう、これは食べない訳にはいくまい。
しかし、ガイド本には「1日10食限定」と書かれていた。なんと。会社帰りに夜訪問したら、確実にありつけないではないですか。となると、土日のどちらかに行くしかあるまい。平日よりも休日の方が忙しい駄目なサラリーマンのおかでんにとっては、これがハードル高かった。まあ、今日はお日柄が悪いし、とか今日は蕎麦の気分じゃないなあ、とか新蕎麦の季節になってから、なんてやっているうちにあっという間に数年が。おーい。
その数年来のツケを今日きっちり返済しようと思っている。
さて、そんな因縁の「淡い緑の粗挽き蕎麦」、お店のメニューに詳しい解説が記述されていたので、そちらをそのまま転載しておこう。
そば殻を取り除いた丸ヌキ。その丸ヌキの中に混入した苦味のある赤茶色の丸ヌキや玄そばを色彩選別機で取り除き、きれいな緑色の丸ヌキだけを採取し、それを石臼で「ざっくり」と挽いた十割の粗挽きそば。
●火・木・土 1日10食限定
驚いた。「鮮度の良い蕎麦だと緑色の蕎麦ができる」もんだとばかり思っていた。わざわざ色彩選別機なんていうドラえもんの四次元ポケットから出てきそうなびっくりどっきりメカが使われていたとは。一体どういう仕組みになっているんだろう?
そういえば、「そば米」として売られている中ヌキ蕎麦を見てると、赤いのや緑のやらが混じっているな。あれを識別するのか。すげー。
感心すると同時に冷や汗をかいたのは、文末の「火・木・土 1日10食限定」という記述。うお、隔日提供だったか。うっかり日曜日に「ちわーっす」とこの店の暖簾をくぐっていたら、ありつけないところだった。中村橋までやってきてそれはあんまりな仕打ちだ。
でもポジティブなおかでん、「これはきっと神の思し召しだ。淡い緑の粗挽き蕎麦以外にも美味いものはあるよ、という事に違いない。それ、あれこれ頼んじゃえ」となっていたと思う。だからいつまで経っても貯金が貯まらないんだよキミイ。
東京23区のポケットマップを片手に、中村橋駅から歩く。地理感は良い方なので迷うことはないが、それにしても歩かせるじゃねぇかこの野郎。ほんまにここでインですか、それともアウトですか、と自問自答したくなる。
これ、中村橋の駅からわざわざ歩いて来る人ってどれだけいるのかな。ほとんどが車か、地元民じゃあるまいか。
まあ、そりゃそうだ、ラーメン屋じゃあるまいし、蕎麦屋なんて半径1キロ2キロくらいの人達相手に商売するってぇもんですよ。遠方からはるばる食べにいくなんてそんな奇特な人はあまりいないだろう。
店が近くなると、あちこちの電柱にお店の案内が掲示されているのでほっとする。
えっ、表通りじゃなくて裏路地?とちょっとびっくり。これ、完全に住宅地の中ですよ。こんなところじゃ、クリーニング屋くらいしか商売にならんだろ、いや、クリーニング屋でもどうだか、という場所。よくぞここをお店にしたもんだと呆れる。
長野県の蕎麦店がよく「秘境」に位置していて呆れさせられたものだが、ここもなかなかだ。都心の秘境。最近、こういう店によく出会うな。「土合やぶ」とか。
お店の外観は完全に住宅地。しかし、遠目であれっと気づくのは、玄関先にレトロ感あるガス灯らしきものが立っていること。ガス灯に目を奪われると、その奥の派手な暖簾に気がつき、ああここはお店なんだ、と判る。
しかし、それでもここが何屋だかわかりにくい。呉服屋です、とか言われたらどうしよう。
いえいえ、そんなお客様の不安を払拭すべく、玄関脇には石臼がゴウンゴウンといつもより多く回っております。ただいま絶賛製粉中。ご主人いわく「一日蕎麦粉を寝かせた方が味が馴染む」とのことなので、これは明日の蕎麦用だなさては。
外観は民家だが、こういう「石臼見えます窓」をこしらえるあたり、完全に蕎麦屋を意識した作りになっている。それにしても憎い演出だな。建て売りの家じゃこうはいかない。当たり前だけど。石臼のサイズを測り、「えーと、じゃあ窓はこれくらいのサイズで」って決めたんだと思うとほのぼのとする。
お店の中は三和土のテーブル席と、小上がりの席。おっと、小上がりの席はテーブル席もある。靴を脱がずにそのままあがるらしい。面白い作り。
と、感心していたら、お茶とおしぼりがやってきた。
おしぼりが面白い。店名が入ったものだ。しかも結構大判でしっかりしたもの。こういうところにお金をかけているお店は珍しい。
・・・でも、思うんだが、こういうところに店名(とか宿名)を載せるのってどういう効果があるんだろう?客に「おっ?」と思わせるため?普通は何気なく中のおしぼりを使って、それでおしまいだ。あまり注目は浴びない。旅館の海苔の袋もしかり。街頭で配られているティッシュのような広告宣伝効果ってほとんどないと思うんだが。
多分、そんなややこしいコスト意識はなくて、前述の「おっ?」がすべてのような気がする。実際おかでん、「おっ?」と激しく反応しちゃったし。
いやいや、驚くところが違うって、目を移して、湯飲みを見てのけぞりそうになった。なんだこれ。
お茶・・・じゃないよな?
中には、梅干しの種だか柿の種だかわからない黒っぽいものが3粒、沈んでいる。そこから薄紅色がお湯(だと思う)を染めているではないか。
主(あるじ)をよべい!なんだこれは。こんなものを客に出すのか!
度肝を抜かれた。何だろう、これは。しばらく正解を模索する。なんでお湯が赤くなるのだろう?ローズヒップティーみたいなもんか?
謎の3粒はきっと将軍様からのトンチに違いない。おかでんよ、この意味するところを読み解いてみせよ、と。
無理っす。
早々にトンチについては権利放棄。
しかし、このブツがなんだか判ったぞ。これ、黒豆ではないですか。
ひゃー。白湯に黒豆を入れたのか。これが砂糖水で、「ぜんざいです」とお店に言われたらその度胸に10,000ジンバブエドル進呈だが、まさかそんな馬鹿な。
飲んで試してみたかったが、この後お酒がやってきたので試したのは食後になった。実際、白湯に黒豆を入れたものだった。シンプル。美味いかといわれると、特に何の感想も持たないが、この店びっくりさせやがるぜ、と要注意リスト入り確定。
メニューを見れば、「丹波の黒豆納豆そば」や黒豆の湯葉を揚げた料理があることから、黒豆Loveな店主らしい。いずれ「蕎麦はもう飽きた!明日から俺は黒豆農家になる!」と店主が言い出すかもしれない。今日こうして蕎麦を食べられる事は大変に幸せに思う。
火・木・土だけお楽しみショーとして「淡い緑の粗挽き蕎麦」があるということは、その他の曜日はどうなるのっと。普通の蕎麦食ってろ、ということか?
と思ったら、水・金・日限定の蕎麦がちゃんと用意されていた。
蟻巣(アリス)の田舎蕎麦
蟻巣石の特色は、水晶と石英によって形成された硬度の高い花崗岩。蟻巣石には無数の小さな「巣」が有る為、通気性が良く、熱を持ちにくく、そばの組織を壊さないように製粉することが可能です。殻付きの玄そばを蟻巣の手廻しの石臼で手挽きした、粒子が不そろいな「粗い粉」「細かい粉」いろいろな味が入っている十割そば。
●水・金・日 1日10食限定
今度は手挽きか。ここのご主人の情熱、凄いな。蕎麦の粒子が不そろいとなると、挽くのも大変だろうし、蕎麦を打つのはもっと大変なはず。どうやって十割で打っているんだろう。ええい、これが気になってしまうと日曜日にもここを訪問せねばならんではないか。魅力的じゃねぇかこの野郎。
このお店はお酒に力を入れているようで、「酒」と書かれた専用のお品書きが用意されている。中を見ると清酒と焼酎、十種類が並ぶ。入手困難な焼酎「百年の孤独」がさらりと置いてあるあたりなかなかやる。しかし、ビールがどこにもないのは不思議。
ビールは酒じゃねえ!蕎麦屋に来てまでビール飲む奴は蹴り倒すぞ、という事かと身構えたが、ビールは料理のお品書きの方に記述があった。紛らわしい。
店主渾身の品そろえなのは理解するが、その分お値段が相当よろしい。一番安くて900円からスタート。調子に乗って二杯、三杯・・・それにあわせて酒肴も追加で・・・あれ、今度は酒が足りない、なんてやっていたら財布の中身がレシートだけになってしまいそうだ。ここは自戒。
以前なら「構うものか、やっちまえ」という主義だったが、先日調子に乗って飲み食いして結構払っちまった体験を機に冷静さというスキルを身につけた。
八海山を始めとしていろいろある銘柄酒も気になるが、単に「升酒」。と書かれているお酒がどうも気になった。中身は開けてみてのお楽しみ。むう。これにするか。
升酒900円、樽酒1,000円。樽の香りが酒に移ったお酒は大層おいしいものだが、升で飲むお酒もこれまたたのし・・・うわあ。
また驚かせてくれるなー。なんだこれ。タワー・オブ・マスザケが出てきたぞ。
ご丁寧にフタつきの、縦長の升。こんなもん、何に使うんだ。あ、そうか、酒飲むのに使うのか。でも、どこでこんなん作ってるの。売ってるの。見たことがないぞ。
フタをかぱ、と開けてみると、表面張力でフタが張り付いており、少し中身がこぼれた。ええと、これは一体どれだけ入っているんだ?過去に類似した器を見たことがないので検討がつかぬ。
さらに混乱させられたのは、突き出しの子持ち昆布。・・・あ、これは普通だった、さすがに。違う違う、その奥にあるものだ。写真だと、升の後ろに白いお皿が写っているのが見えるが、これ、箸置き。秋刀魚の塩焼きを載せる時にどうぞ、というような横長の食器?なのだが、そこに箸がちょこんと載っているのだった。どうも座りが悪い、と自覚しているようで肩身が狭そうだ。
何で箸置きにこんな大きな食器を?
今日はびっくりしっぱなしだ。なんなんだこのお店。
後で思ったのだが、これは取り皿としても使えるようにしたんじゃなかろうか?で、複数の料理を盛る場合でも、これだけ横長だと、一つの皿で事足りる、と。・・・うーん?
一品ものの料理についてはちょっと思案してしまった。
一番安いものでも630円から。500円以下のナイスプライスなものはここにはない。
んーどうしたものか。
結局、焼き海苔を頼んだ。
これで、「おはようございます 旅館○○」と書かれた袋に入った焼き海苔、なんてのが出てきたらさらにびっくりだが、まさかそういうことはあるまい。
出てきた焼き海苔はご期待通り、玉手箱みたいな木の箱の中に入っていた。箱は二段構造になっていて、下の段には炭がひとかけら入っている。これで海苔がほんのり暖められると同時に、湿気から解放されてぱりぱりの食感となるのだった。
おかでんが初めて「蕎麦屋で酒を飲む」ことを覚えた黎明期の頃に出会ったのが、この手の焼き海苔だったなーと思い出す。焼き海苔なんて、当時食べ盛りの油ぎった20代セイネンにはジジ臭い食べ物だった。でも、そんなものを敢えて頼み、昼から清酒をとろり、とろりと飲むのが「大人の階段の最終章」みたいな感じだった。
懐かしいな。
焼き海苔というシンプルな酒肴、ただ一つを頼んだ事もあって、昼酒のまったり感がますます増した。視線のフォーカスをわざとぼかし、天井とも壁ともつかぬ空間に目をやりつつぼんやりする。ああ、いい週末だ。
あれこれ注文して飲み食いに気を取られていたら、こういうゆとりは生まれない。そうか、蕎麦屋で酒を飲むのと居酒屋で酒を飲むのは違うんだ、と今更になって実感する。おせーよ。
ただ、ひたすらストロングリラックスしていたかというとそういうわけではない。この焼き海苔、海苔を食べないときはフタをかぶせておかないといけないのだった。何せ熱源は小さな炭ひとかけら。フタがないと冷めるし、湿気も入ってくる。だから、海苔を新たにつまむ時だけフタを開け、海苔を一枚つまみ出したらすぐにフタを閉める。なんと、焼き海苔は両手を使って食べる食べ物だったのだった。
このお店を紹介していた本によると、「土日は行列ができる」と書いてあった。そりゃやべえ、一日十食の蕎麦なんてあっという間に売り切れるじゃないか。そのため、おかでんはこのお店に開店10分後には入店していたし、お酒の注文時に蕎麦の注文も済ませておいた(後で声をかけたら蕎麦作ってください、と言ってある)。
確かに住宅地の中の蕎麦屋にしてはお客さんがそこそこ入っているが、行列というのは土曜日11時台にはなし。もちろんお目当ての「淡い緑の~」もセーフ。もっとも、隣にいたおかでんよりも早く来ていたお客さんは「淡い緑」を食べていたが。これを狙って早く訪れるお客さんもいるってことだな。だって、おかでんより早いって、暖簾が玄関にかかると同時に入店したようなお客さんですぜ。筋金入りだわ。
で、そんなわけで期待を一身に背負っております淡い緑の粗挽き蕎麦(840円)。やってまいりました。
あれっ、薬味が長ネギじゃなくて万能ネギだ、というのが最初に目に・・・というと蕎麦がかわいそうだからやめとけ。蕎麦。確かに僅かに緑っぽいような。光の加減と自分の視覚のホワイトバランス次第では灰色にも見えるような、本当に「淡い」緑。さすがにクロレラ入りの蕎麦を出すという「かんだやぶそば」ほど露骨に緑じゃない。
粗挽き蕎麦をよく観察すると、本当に粗い。蕎麦の実一刀両断とばかりに中ヌキの形がしっかり見えているのがゴロゴロしている。こんな蕎麦粉、どうやって十割で打ったんだろう。
ずずずずっ。
うむ、これは!
妙高産の蕎麦だな、さては。水分は13.4%だと思う。直感で分かった。
実は店頭の石臼窓のところに、蕎麦の銘柄や産地、水分、香り、甘みが記載されているのだった。すげー。
蕎麦の水分なんて、日によって微妙に異なるはず。ということは、この測定を毎日やっているのか。それ以前に、水分測定器が店にあるって事か。さらにすげー。
この店、メカ度が著しい。色彩測定機、水分測定機、電動石臼。ひょっとしたら店主もアンドロイドかもしれん。そういえばさっき料理を運んできた店員さん、動きがASIMOっぽくなかったっけ?
やめとけ、店の人に怒られるぞ。
楽しみにしていた蕎麦だが、香りはやや強く、甘みもやや強かった。
・・・店頭表示のまんまやんけ。いや、プロであるお店の人がそう言うならそれが確実じゃないッスか。
「本日のおそば」(舌代は630円。210円安い)の方は「香り:中」となっているので、やはり産地と品種によってレベルが違うようだ。こういうデータを見ながら食べ比べてみるのはきっと面白いと思う。このお店は二人で訪れて、事前に店頭のデータを頭にたたき込んでから食べると楽しかろう。
最後、蕎麦湯を頂く。
提供されているそばつゆは非常に少ない割に蕎麦はしっかり量があるので、最初は蕎麦湯までたどり着けるかしらん、と思っていたのだが、案外間に合うもんだ。ただ、「蕎麦をつゆにどっぷり浸けて食うのが好き」な人だと確実にガス欠で途中遭難していたと思う。ペース配分に注意。
湯桶がとても面白い。洗いにくそうだな、と思ってしまうが、蕎麦湯専用ならこういう形状でも良いのだろう。仮にこの容器で粉コーンポタージュスープの素を溶いたりしたら大変だろう。溶けきれなかった粉が隅っこにこびりついて・・・。
邪念が多いな。さっきまで心清らかに酒と肴を楽しんでいたのに。凡人め。
非常に楽しい時間を過ごせた。これで酒とつまみがもっと安いと本気で惚れ込みそうだが、あの値段だからこそちょうど良い分量だったのだろう。足るを知る。
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