そば処 田

2017年12月30日
【店舗数:417】【そば食:690】
岡山県倉敷市中央

そばがき、鴨ざるそば

「みんなの経済新聞」というサイトがある。

https://minkei.net/

「日本」経済新聞ではなく、各地方ごとの、細分化された経済新聞としてニュースを配信している。たとえば東京東部だけでも、

足立、葛飾、深川、すみだ、浅草、上野、文京、アキバ、神田、銀座、新橋、品川、東京ベイ、六本木、赤坂、市ヶ谷

と16地域の「経済新聞サイト」が存在する。足立経済新聞、とか葛飾経済新聞、といった具合だ。

もっとも、そんな狭い地域の話題なので、飲食店の新規オープンや新サービス、といった話題が多い。為替とか貿易とか税金とか、そういうややこしい話は一切ない。至ってローカル目線だ。

そんなわけで、僕は自分と関係のある地域の「経済新聞」サイトをRSSで常時チェックしていて、ニュース配信を楽しんでいる。「倉敷経済新聞」もその一つ。

購読したからといって、大して役に立ってはいない。「倉敷・いがらしゆみこ美術館、グリーンカレー販売半年 松本零士さんとコラボ」なんて、僕には多分関係のない話だ。だいたい、「倉敷市○○町に新店」なんて住所を言われても、「ああ、あそこか!」なんて全然わからない。そりゃそうだ、生まれは倉敷だけど、育ちは広島なので地理感がないからだ。なので、ほとんどざっくりと斜め読みの日々だ。

しかし、そんな中「おやっ?」と目に留まった記事があった。

倉敷・中央の住宅街にそば店「田」 京都産カモ肉使った「鴨ざるそば」など

https://kurashiki.keizai.biz/headline/824/

倉敷の観光スポットである「美観地区」内にある蕎麦屋「あずみ」の店主が、美観地区近くの民家を改築して蕎麦屋をオープンしたのだという。えー、それはびっくり。

「あずみ」はもちろん僕は訪れたことがある。もう17年近く前のことだけど。

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由緒あるお店だし、観光地ど真ん中で好立地だ。(あまり目立たない外観だけど)

なんで、わざわざ独立したのだろう?

倉敷事情に(僕よりは)詳しい母親に聞いてみたけど、

「さあ?あずみが閉店したなんて知らないわよ。まだやっているんじゃない?」

と言う。ということは、あずみをたたんで新店舗、というわけではなく、今はやりの仮想通貨用語を使うと「ハードフォーク」した、ということなのだろう。つまり、あずみはあずみとして現存し、もう一店舗分離独立した、ということ。

このニュースが配信されたのは、2017年7月31日だった。なので、お盆の帰省時には実際に僕は噂の新店を見に行っている。

で、びっくりした。

「嘘だろ、オイ!」

という場所だったからだ。

場所は、美観地区からほど近く、隣接しているエリアだ。とはいえ、観光客が足を踏み入れるような場所ではない。何しろ、ガチの住宅地だからだ。

そんな住宅地の、さらに人が二人すれ違うのさえ難儀な狭い路地に、お店があった。商売する気、あるのか?隠居ついでに、ちょこっと趣味程度にお店をやろう、ということなのか。

しかし、「倉敷経済新聞」の記事を読む限り、「あずみ」の店主をやめた後10年もの間各地で修行をし、満を持してお店を開いたようだ。いや、満を持しすぎて、とんでもないところにお店作っちゃったよ。大丈夫かな。

そのときは「偵察」という位置づけだったので、お店には入らなかった。しかし今回年末の帰省で、朝から食事抜きで倉敷入りを果たした。実家の敷居をまたぐ前に、この謎めいた蕎麦屋「田」に行ってみよう。

蕎麦屋の存在を告げるのぼり

お盆の時に仰天させられた「狭い路地」の反対側から今回はお店にアプローチしてみた。

あ、「そば処」ののぼりが立っているのが遠方からでも見えるぞ。なんだ、こっち側からだったら「秘境蕎麦屋」っぽくなかったのか。前回僕がびっくりしたのは、裏口側から見たということなのかな。

いや、それにしてもちょっと待って欲しい。

どっちにせよお店そのものは狭い未舗装の路地の奥にある。この、車が往来できる「大通り」(?)から見える場所ではない。

にもかかわらず、「そば処」ののぼり。そしてその背後に、真新しい家が工事中。ブルーシートが見えている。

えっ、まさか蕎麦屋、店舗面積超拡大中・・・なのか?狭い路地奥に店があったのは「暫定店舗」で、そこから隣の家を買収し、取り壊し、新しくお店を作り、いよいよ車が通れる通りまで進出してきた、ということなのか。

一体どこからそんな資金力が・・・。

お店からまだ遠いのに、すでに衝撃を受けている僕。

細い路地

いや、違った、早とちりだった。

たまたま路地の入り口部分で家の工事が行われていて、そこにたまたま「そば処」ののぼりが設置されているだけだった。肝心のお店は、相変わらず路地の奥。

ほら、見てくださいよこの路地。

直線にして50mあるかないか。このブロックを突っ切るために作ってある。

建築基準法の関係で、今後家をここで新築するとなると大幅なセットバックをしなくちゃいけない。というか、新築の家はこりゃ無理だな。道路幅は4メートル以上確保、というのが建築基準法なのだから。セットバックなんてしたら、肝心の自分ちの面積が著しく毀損してしまう。この路地沿いに住んでいる人は、増改築でしのいでいくしかない。

繁華街の中でも歴史のあるエリアで、こういう狭い路地に飲み屋が密集しているところがたまにある。それならば納得だけど、飲み屋ではなく、蕎麦屋。そして何よりもここは住宅地。いやあ、やっぱりまだ信じられない。

店舗外観

ほら。

路地に侵入すると、お店が出てくる。「この道一筋40年 本格手打ちそばの味をご堪能下さい」

と書いてある。これでようやく、「あ、本当にお蕎麦屋さんがあるんだな」ということに納得する。

お店の正面から全景を撮影するのが無理なので、こうやってかなりの斜め角度からの撮影になる。

のれん

白くて大きなのれんがせり出している。このおかげで、「あ、あそこにお店がある」ということがなんとなくわかる。

もしこれが紺色ののれんだったら、目立たなくて気づきにくいと思う。

さりげない店舗表示

お盆の時、僕が初めてこのお店に迫った時の路地入り口。

こうやって矢印は出ているけど、路地があまりに狭いし、とてもじゃないけどお店がある雰囲気じゃないし、「嘘だろ?」と仰天したアングル。

店内

店内に入ってみて、もう一度びっくり。

「普段、居間に使っている部屋を昼間だけはお店として開放」

といった、ざっくばらんとした「お宅訪問スタイルのお店」なのだと思っていた。民家に毛が生えた程度のお店、どころか、これ、そのまんま民家じゃないか!っていう。

しかし、どうだこの店内は。まさかこんなしっかりした席数を誇るお店が、あの路地の奥に潜んでいたとは!

お品書き1

「年金暮らしなので、儲けはちょびっとあればいいんです。いや、儲からなくてもいいんです」

と、蕎麦が400円とか500円とか、ありえない値段で提供・・・なわけ、ないよな。もう、ガッツリ商売する覚悟だもんこのお店。

お品書きには、店主おすすめとして「そばがき 1,200円」「鴨ざるそば 1,500円」と記されていた。接客を担当する女性店員さんからも、「おすすめは、そばがきと鴨ざるそばです」と口頭で説明があったくらいだ。

お、おう。ちょっと待ってくれ、「おすすめ」と言われたら受けて立つぜ!という気持ちになるけれど、値段が高いからなぁ。

それにしても「そばがき」をお品書きの先頭に持ってくるとは驚きだ。蕎麦粉をお湯で捏ねるだけのシンプルな料理だけど、気力と腕力が必要だ。「面倒だから、やらない」というお店が多いし、「メニューには載ってるけど、忙しいときはやらない」というお店もある。・・・そんな料理が、先頭を飾るとは。

蕎麦まっしぐら、なメニューかと思いきや、「かやくご飯」(西日本では、炊き込みご飯のことをこう呼ぶ)が混じっていたりする。「蕎麦じゃおなかいっぱいにならないよ?」という人向けなのだろう。

お品書き2

おっと、裏面はスイーツ、お酒、酒のあてだ。

そばアイスやそばプリン、そばぜんざい・・・といったメニューが並ぶ。そばアイスとそばプリンは400円だけど、蕎麦を食べた人は100円引きの300円で提供するのだそうだ。

ここは甘味処じゃないぞ!蕎麦を食べて欲しい!という意欲の表れなのだろう。あー、そういうコンセプトのお店、長野にあったなぁ。偶然の一致だと思うけれど。

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そばがき

困ってしまった。わがままおかでん、

「せっかくだから、蕎麦だけっていうのも寂しいので、あともう一品頼みたいな」

という気分。しかし、ホヤの塩辛とかホタルイカの沖漬けというラインナップは渋すぎる。

「最近、野菜を食べていないから、定食にきんぴらごぼうの小鉢を追加しよう」

といったノリで頼める一品ではない。蕎麦の傍らに、塩辛。いやー、ちょっとそれはさすがに無理がある。お酒を飲む人専用だ。

ノンアルコールビールがある、というのでそれを頼むことにする。でも、やっぱりノンアルコールビールで塩辛は無理だ。百歩譲って、本物のビールで塩辛っていうのも・・・これもキツい。

えーい、お店のおすすめだ、っていうことだし、「そばがき」を頼んじゃえ。押忍だなこりゃぁ。

届いたそばがきを見て、今日何度目かになる驚きをもう一発。いやー、このお店は若いうちに行っておくべきだな。歳を取ってからだと、いろいろ驚きすぎて心臓に悪い。

お盆の手前には、三つに仕切られた角皿。そこには、左から順に

もろみ、きなこ、醤油

が用意されていた。きなこと醤油でそばがき、というのは体験があるけれど、もろみというのは初めてだ。

そばがきアップ

さらに初めてのビジュアルが、このそばがきだ。

そばがきには水にプカプカ浮いている「ウェットタイプ」と、水切りされている「ドライタイプ」、そして「木の葉型などに整形されているタイプ」と「こねくり回しっぱなしの、荒々しい未整形タイプ」に分類される。

で、これは・・・えーと、見たことがない。

「ウェット+整形」タイプなのは間違いないけれど、整形といってもまるで「アイスクリームをすくってお皿に盛った」かのような、そこまでカッチリとはしていない形だ。そしてそばがきがダイブしている湯はそばがきの色と一体化している。

アイスが溶けたのかな?

そんなわけはない。「そばがきの蕎麦粉が煮溶けて、汁がこんな色になっちゃいました!」ということは考えにくい。おそらく、「ポタージュ状のそば湯を作る」がごとく、蕎麦粉をお湯で溶いたそば湯だと思われる。へー。これは面白い。

そばがきは、モスモスと食べる、「噛む蕎麦」。蕎麦の風味を十分に楽しむことができる。さすが自信があるだけあって、うまい。

・・・が、やっぱりノンアルコールビールにはあわないな。

ひょっとしたら、ノンアルコールビールって料理とのマリアージュは最悪な飲み物なんじゃないか、と今頃になって気がついた。

鴨つけ

人生初の「酒のあてとしてではなく、しらふで食べたそばがき」。食べ終わってみると、そこには荒涼とした大地が残されていた。

そばがきでしっかりと蕎麦の風味を楽しんじゃったので、今更もう、蕎麦を食べたいと思わなかったからだ。お酒が入ってたら、「シメにつるつるッと豪快にいこうぜ!」と蕎麦をたぐる気になる。でも、しらふだからなぁ。

結構おなかが満たされてしまったし、これにておしまいにしてもよかった。しかし、さすがに蕎麦屋で蕎麦を食べずに帰るわけにはいくまい。

こういうときは、値段が一番安い「ざるそば」でお茶を濁すに限る。

一瞬そう思ったのだけど、そばがきを食べた後にざるそばはちょっと苦痛だ。塊か、麺状か、の違いしかないからだ。

わかったわかった、もういい、お店のおすすめパート2の「鴨ざるそば」(1,500円)を頼んじゃえ。うひゃー、お昼ご飯なのにちょっと贅沢しすぎだ。でももう、引くに引けねぇ。

蕎麦アップ

鴨ざるそばは、「京都産の最高級鴨肉を使用」しているのだそうだ。

なるほど、きめ細かい肉質で、火を通すとチリチリになってしまったり、脂身と赤身が分離してしまう安物とは違う。

しかし、そのせいでか、肉も、つゆもやたらと素っ気ない。鴨汁って、鴨からにじみ出た脂が、けしからん美味さを与えてくれる。つゆに鴨脂が浮くくらいがちょうどいい、と僕は思っている。しかしこのお店の鴨汁は、そういう脂を否定しているかのように澄んだつゆだ。きっと、そういう方針なのだろう。

あずみ

僕がもしお酒が飲めるんだったら、隠れ家としてここでホタルイカでもつまみつつ昼酒を楽しむのも楽しかろう。歩いて数分のところに、昼酒も楽しめる手打ち蕎麦の店「石泉」もあるので、蕎麦屋ハシゴ酒、というのもいい。

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おっと、肝心の「あずみ」を見ておかないと。退店したのち、美観地区を散歩してみたら、ちゃんと「あずみ」は営業していた。以前よりも目立つ形で。

創業1946年。
信州から倉敷に参りました。
黒い蕎麦を秘伝のつゆで。

と大きく書いてあった。今は三代目店主、ということなのだろうか。(田の店主は二代目)

あ、今気がついた。「田」の母体となっている「あずみ」の蕎麦は挽きぐるみで黒い蕎麦だ。一方、「田」は黒くない。このお店を開店するにあたり、「あずみ」のやり方はいったん置いて、新たな蕎麦打ちを習得したということなのだな。

ご主人の蕎麦打ちへの意欲には驚かされる。これが今日最後の驚きだった。さて今日一日で一体何回驚いたでしょうか。

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