2002年10月05日(土) 1日目
今回の山行は、会津駒ヶ岳がターゲットだ。また例のごとく、おかでん兄弟による出撃となった。
駒ヶ岳、ってあっちこっちにあって非常に紛らわしい、木曽、甲斐、秋田・・・。今回登るのは、「会津」駒ヶ岳。福島県にある山だ。ただし、福島県といっても「陸の孤島」と呼ぶにふさわしい、僻地にあるのでよっぽど気合いを入れないとなかなかお邪魔する機会がない地域だ。
場所としては、尾瀬沼の北側に位置するので、群馬・新潟の県境にも近い。東京からの車でのアプローチは、東北道で西那須野塩原ICから塩原温泉~会津高原経由で檜枝岐。大体、4時間から5時間くらいかかる。
檜枝岐近辺はコンビニが無いので、会津高原駅手前のホットスパーで買い出しは済ませておくことが必須。

登山口は、この階段からスタートする。
ここから、一気に高度を稼がなくてはならない。標高1,100m。

結構急な登りが延々と続く。
「地味すぎるぞ、この急な登りは」
青空、緑、そしてちらほら見える紅葉。こういうきれいな景色でついつい和やかな気分になってしまうが、坂だけはきっちりとキツい。
「急坂を登る、といえば黒々とした針葉樹林帯の中をつづら折れで・・・とかのほうが『らしい』のにな。どうも調子狂うよ」

ヘリポート跡と呼ばれる場所。
その名の通り、ヘリポートだったのだろうが一体このどこにヘリが降り立ったのだろうか。ひょっとしてラジコンヘリか?
今では、木に立てかけられた看板で、その存在を知ることができる程度だ。

途中、ジャージ姿の高校生軍団と抜きつ抜かれつになった。引率の先生を含めて7名程度だ。「ハイキング部」みたいなものなのだろうか?「登山部」だったら、本格的な山登りの格好をしているはずだが、その気配はない。
「女の子も何人か居たな」
「ああ、居たな。案外真っ先にへばるかと思ったけどそうでもないみたいだ」
「いや、全体的に平然としてるぜ彼ら。やっぱり若いと体力が違うのかねえ。羨ましいぜ」
気が付いたら、兄貴と親父トークをしてしまっていた。いかんいかんと自戒。しかし、先を進むと「もうダメ~」と木の根っこにあぐらをかいてはあはあ言っているオッチャンを発見し、「ああまだまだ僕たちは大丈夫だ」と意味不明な自信を取り戻した次第。

ちょうど、紅葉が非常にきれいな時期だった。
紅葉はもちろん好きだけど、紅葉見物で混んでいる山 に繰り出すのはごめんだ。この時期、北アルプスの涸沢あたりは人だらけで、リラックスしに行くんだかイライラしに行くんだかわからないらしい。
今回の登山も、そういう訳で敢えて人混みが少ないであろう場所を選んだわけだが・・・結果、これだけきれいな紅葉が見られたんだから非常にお得感強し。

何だこの落書きは・・・。
あちこちの木に、何やら字が彫り込んである。ふざけた野郎だ、どこの馬鹿登山客がやったんだと憤慨していると、あちこちにこの手の彫りキズがある。しかも、どれも相当年期の入った感じがする。
よく読んでみると、「昭和六年」という記述が見える。他の木のキズも、昭和ヒトケタだったりフタケタでも相当古いものだ。当時の人はどうやらヤンチャ好きだったらしい。
・・・というわけではないらしく、後で調べてみたら、これは現地の猟師が「ここで獲物を捕まえました」という事を記したものだったらしい。要するに、爆撃機の横に張る「撃墜マーク」みたいなもの、ということか。
この彫りキズの由緒を知らないハイカーが、「あー、みんながやってるんだから俺もやっとこーっと」とかアホな考えを起こして落書きをしていないかどうか注意深く周囲を見渡してみたが、幸い「二次災害」は起きていないようだった。

最初は急登でがつんと疲労物質を体に溜め込ませてくれた登山道だが、徐々に道がなだらかになってきた。2時間ちょっと歩いていると、だんだん 「楽しい山歩き」になってきて道が木道に変わってきた。

会津駒ヶ岳名物の高層湿原が近い、という証拠だ。
だんだん木の背丈が小さくなってきて、見晴らしも良くなってくる。

見えてきた。
あれが本日目指す場所、会津駒ヶ岳。なんだぁ?あのなだらかな山は!あんな山に登りに来たというのか僕ぁ、とやや拍子抜けする雄大さだ。
標高が2,100mちょっとしかないのにも関わらず、木があまり生えていないのがわかる。ここら辺だけ森林限界の標高が気候の影響で低くなっているのだろうか?
※ちなみに中部地方だと、森林限界は大体標高2,500m。

木道をぽっくりぽっくり歩く二人。
「・・・またやらせか」
「わっ、振り返るなよ?第三者から写真を撮られているかのように、さりげなく歩いてくれよ」
「後ろからくる人にカメラ盗まれてもしらないぞ」
「おい、ちょっと歩き方が早すぎる!もっとゆっくり、そう、その調子で!」
「毎回こんなのばっかり」

開放的な木道を歩くのは非常に楽しい。これぞ別世界、山に登ったという甲斐があるってぇもんだ。
真っ正面に何やら人口建造物が見えてきた。「駒ノ小屋」だ。おしゃれな三角屋根の建物が二つ並んでいるので、軽食が食べられる喫茶店でもありそうな印象を受ける。

駒ノ小屋到着。
ここは、完全予約制の素泊まり小屋となっている。宿泊客が居るときだけ、管理人が駐在するらしい。「軽食が食べられる喫茶店」だなんてとんでもない。ちなみにこの辺は国立公園の敷地内なので、小屋周辺にテントを張ることは禁止されている。予約してなけりゃ、日帰りで山に登りなさいというわけだ。
小屋の周辺では、われわれよりも早く山に登った人たちがめいめい休憩をしていた。食事をとっている人が多かったが、その大半がカップラーメンを食べていたのには感心させられた。いつの間にか、カップ麺は登山において市民権を得ていたのだなと。
あと、ビールを飲んでいる人が多かった。山に登ってビール、というのも一般的になりつつあるということか。缶ビール様々だ。昔、缶ビールなんて存在しなくて、瓶ビールしか世の中に無かった時は山登りの際はどうしていたんだろう。清酒や焼酎を飲んでいたのだろうか。
こうやって見渡してみると、水はペットボトルで持参しているし、いろいろなところで登山は文明の恩恵を受けているなあと思う。当たり前の話だが。

小屋の裏手にも立派な建物があるので、何かと思って覗きに行ってみた。
・・・トイレだった。
さすが、国立公園ということだけあって環境省が力を入れているようだ。

肩ノ小屋から会津駒ヶ岳を見上げる。
目の前に広がる駒ノ大池がきれいだ。
ここから山頂まで20分。あともう少し。

山頂までの道を登る途中、振り向いて写真撮影。
正面に燧ヶ岳が見える。左隅に先ほどまで居た肩ノ小屋がある。
燧ヶ岳の麓が尾瀬沼だ。ここからは伺うことができない。
燧ヶ岳は東北以北では最も標高が高い山で、北海道を含めてこの山よりも高いものはない。2,356m。ネコのような双耳峰が目印。

山頂直前、最後の登りに取りかかる。
ここだけは木が残っていて、その間を縫うようにして階段が設けられている。狭い階段をえっほ、えっほと登る。

山頂到着。標高2,133m。
正味3時間弱の登頂時間だったので、急登があったとはいえそれほど疲労は無かった。その割には別世界の景色を楽しませてくれる山なので、お得感は非常に強い。

なだらかな山ゆえに、山頂!といっても特に景色がすごいというわけではない。しかし、人間たるもの、山頂にたどり着いたらなんとなくまったりとそこで時間を過ごしたくなるもので、狭い山頂広場には(言葉が矛盾しているような気がする)人で溢れかえっていた。

山頂にいても特にやることがあるわけではなく、さらに飯を食べるにしては景色が悪い上に狭い。ベンチすらない。ここは長居無用だ。
せっかくなので、ここからさらに奥にある中門岳に行ってみることにした。片道2.2キロの行程。何でも、会津駒ヶ岳の醍醐味(だいごみ)はこの山頂から中門岳の間にある、とガイドブックには書いてある。ならば行かなきゃ損だろう。

山頂からちょっと降りて、また木々が生えていないところに出てきた。
これから向かう中門岳方面をのぞむ。
稜線にそって木道が作られていて、その周囲は高層湿原になっていた。標高2,000mもの高さで、湿原ができているのは日本でもそれほど多くない貴重な光景だ。
「しかし、何でこんなところにいきなり湿原が?しかも、平野部じゃなくて稜線沿いってのが不思議だ」
「確かに。山の脇は木が生えているからな」
「地下に変な秘密基地があって、そこから出てくる有害物質で植物が枯れただけなのでは?」
「ははは」
「紅葉の時期だから、茶色く変色しているんではなくて、これは単に有害物質で枯れただけだ、と」
・・・風情もへったくれもない。山中深くに秘密基地がある・・・なんていう発想は、おかでんが中学高校時代に矢追純一UFOスペシャルにはまっていた影響だろう。感受性の高い思春期にヘンなものを見せてはいかんですな、子供をお持ちのお父様お母様。でないと、こういう発想しかできなくなります。

「敵からの迫撃砲によってでき た砲弾跡だな」
しつこい。
水たまりの中にメダカくらいはいるかとおもったが、さすがに高地ということもあってか、生物らしきものは見あたらなかった。
青空が水面に映りこんで、非常にきれいだ。

中門岳への木道を歩く。
この道は中門岳で行き止まりになり、折り返してくるしか無い、あまり意味のない道だ。しかし、この開放的な風景は、確かに一見の価値あり、歩く価値ありだ。一体自分が今どこにいるのか、わからなくなってくる。
360度見渡しても、木道以外に人口建造物はなし。
「昔はここも街が栄えたんだけど・・・今では地下の基地のせいで・・・うううっ」
まだ妄想はつづく。
あまりに雄大であり、馬鹿な事でも考えていないと暇だ。

まだ道は続く。案外、長い。
非常に静かで気持ちがよい。こういうところでは敢えてあまり多くを語らずに、都会の喧噪を忘れるに限る。
・・・はずなんだけどなあ。
何で、熊よけの鈴をちりんちりんと鳴らしている登山客が多いかなあ。どこに熊が出てくるのよ、ここで。
オシャレのつもりか自分を元気づけるためかのために鈴を装着しているようだが、静寂を楽しみたい人からすれば迷惑以外の何者でもない。なぜか、鈴をつけたがるのは 年輩の人ばっかりであり若者はほぼ確実につけていない、というのは面白い傾向だ。
まあ、中にはラジオ(もしくは短波)を大音量でかけながら山登りをしている人もいるので、それと比べれば可愛いものだが。でも、いずれにしても山では静かにして欲しい。
ただ、鈴を鳴らしていればマナー違反かというとそういうわけではなく、個人の自由なので「おい、鈴うるさいよ」と文句を言う筋合いはない。「ちぇっ、静かだったらいいのにな」と一人悔しがるだけだ。

しばらく進むと、大きな沼のほとりで休憩をとる人の群れがあった。その人達のすぐ脇には、何やら標柱が立っている。
「中門岳 この一帯を指す」
は?
いや、今ちょっと下り坂を進んでここに到着したんですけど。ええと、ここがゴール地点?
「岳」という名前がついているから、ある程度ははっきりとした山頂っつーもんがあるのだとばかり思っていたのだが、こんな池のほとりで「この辺りでーす」と言われても、困ってしまう。お前は、「岳(だけ)」ではなくて「沼(ぬま)」でしょ?何か微妙に勘違いをしていませんか?って。

拍子抜けして、木道にへたりこむおかでん。
「何か達成感が無いんだけどなあ・・・」
道はまだ先に続いていたが、どうせこれ以上先に進んでも大して変わりはないだろう。諦めてここで食事をすることにした。

周囲は湿地帯なので、自然保護のために足を投げ出すわけにはいかない。土が踏み固められたら、そこが乾燥してしまい湿地が破壊されるからだ。
狭い木道の上に足をのっけて、窮屈な格好でお昼ご飯を食べる。

最近すっかりカップラーメンづいてしまい、山の食事の定番になってしまった感がある。
ずずずっ、ずずずっ。
「うーん、この大自然の中で、ずずずとすすり上げる音ってぇのは違和感ありまくるな、風情がないとも言える」
「やめて御飯ものにすればいいじゃないか」
「でも、コンビニ弁当を山の上で食べるってのはなんだか侘びしいんだよね。日常生活の延長線上というか、小市民的生活を引きずり続ける俺、みたいな」
「カップメンでも一緒だろうが」
「うーん、でもお湯を沸かすという行為を一つ加えるだけで、山の上では大ぜいたく・大ごちそうになったような気がするんよ」
「気のせいだ、気のせい」

1時間近く「この一帯中門岳」でぼんやりとした時間を過ごした。木道以外を歩いてはいけないので、うろうろすることはできない。ただ、そこに腰をかけてぼんやりとするだけだ。
沼をぐるりと一周してみたかったのだが、これも立ち入りができないので断念。
先ほど歩いた道を戻り、駒ノ小屋まで帰ってきた。池に映える「逆さ小屋」がきれいだ。
ベンチ周辺は人数が減ってきていたが、相変わらずカップラーメンとビールの組み合わせが大繁盛していた。

一気に山を下る。
高層湿原の木道を過ぎ去ると、あとは行きに喘いだ急な登山道となる。上から見下ろすと、結構な斜面を登ってきた事に気付く。

最後、木の階段をとととん、と降りて車道へ。これにて登山終了。
今回は、標高2,000mオーバーの登山なのにあまり疲れなかった。よっぽど、東京からこの登山口にやってくるまでの行程で疲れた気がする。
それにしても、この何の変哲もない山の上に、あんな湿原が広がっているとは言われないと誰も気付かないだろう。きっと、初めてこの山に登った人は相当面食らったに違いない。そして、下界に降りて「あの山の上には湿原が広がってたぞ」と興奮気味に報告するけど、「何馬鹿な事言ってるんだ、居眠りでもしていたんじゃないのか?」って村人に言われたに違いない。

会津駒ヶ岳の登山口にあたる檜枝岐は、温泉地でもある。集落の中には、「駒の湯」と「燧(ひうち)の湯」と2カ所の共同浴場がある。
檜枝岐という場所は、「奥座敷」というよりも「僻地」と呼ぶにふさわしい山奥に位置している。にも関わらず、非常に立派な共同浴場があるから驚きだ。尾瀬の入り口でもあるので、観光客が近くを通るということもあるからだろう。
われわれは、「燧(ひうち)の湯」にて汗を流した。
いやあ。風呂に浸かった時に、安易に「極楽、極楽」と言ってしまいそうになった。年寄り臭いからそんな言葉を使ってはいかん。

一風呂浴びてさっぱりしたら、今晩の寝床探しに向かった。目星をつけていた、「尾瀬キリンテキャンプ場」へ。
なぜ「キリンテ」という名前なのかというと、ここの地名がキリンテというからなのだが、ではなぜこの地名がキリンテなのかというとよくわからない。webで調べてみたが、特に由来についての記述は発見できなかった。
恐らく、マタギ用語なのだろう。近くに川があるから、朝は霧が立ちこめる場所であり「霧ン手」とか。・・・意味不明。
この周辺には小規模のキャンプ場がひしめいているのだが、ここ尾瀬キリンテキャンプ場はその中で最大のキャパシティを持つ。テント100張。
受付のオッチャンにお金を払い、適当な場所を探す。特にテントサイトが仕切られているわけではないので、塩梅の良さそうなところに好き勝手に陣取って構わない。われわれは、しばらく模索した後に、最奥の場所を今晩の陣地とすることにした。このキャンプ場は、国道に沿って細長い造りになっているため、道路に近い場所にテントを張ると夜も通過する車のロードノイズに悩まされる事になる。
さすがに10月ということもあって、週末とはいえキャンプ場は空いていた。


檜枝岐といえば、温泉のほかにもう一つ有名なものがある。「裁ちそば」がそれだ。
これは、早い話普通の十割蕎麦なのだが、麺の切り方がちょっと癖がある蕎麦だ。麺切りの際に折り畳んだ生地がぶちぶちと割れてしまうのでこの方法は諦め、延ばした生地を何層にもそのまま重ねてカッターで紙を切るがごとく包丁で麺を切るというものだ。だから、「裁ち」そば。
特にどこのお店が良いとかいう情報は持っていなかったので、夕方でも店をやっていた開山というお店に入ってみた。民宿もやっている、何の変哲もないお店だったがこれがびっくり、非常においしかった。
※開山の詳細は、蕎麦喰い人種行動観察コーナーで報告します。

今日これからのプランとしては、「夕方までに名物裁ちそばを食べる」→「それでは腹が満たないので、別途酒と酒のつまみになるものを買い出して、テントサイトで酒宴を開く」という流れになっていた。本当は、蕎麦を夕食にしたかったのだが、このような場所で夜の7時8時まで営業している蕎麦屋があるとは思えず、やむなく二段構えの構成になってしまった。
食材を買い出しに、街の中心部へ。生協のような「何でも屋」があったので、そこで物資購入をすることにした。・・・というより、この店より他に生鮮食糧品を買う場所は無いようだ。
いろいろ物色して回るが、さすがに都会のスーパーと比べて品そろえは悪い。そんなことは当たり前なのだが、ありとあらゆる種類の食材が並んでいるのを当然と思いこんでた自分自身にあらためて気付いて、驚いた。
こういうお店だと、基本的にはケチャップならケチャップで1種類といった感じて、横のバリエーションが非常に薄い。料理・食事の目的を達することができればそれでいいというわけだ。この際、個人の趣味嗜好であらゆるメーカーのものを並べるといった事はない。ということは、調味料などは「いかにそのジャンルでトップブランドになるか」というのが重要だというわけだ。ナンバー2、ナンバー3のシェアの商品を置いてくれるのは、大きなスーパーだけだということ。たとえば、ハインツのケチャップなんて見たことも聞いたこともない、なんていう地域は非常に多いだろう。
とまあ、そういう話はどうでもいい。「軽く、何か酒でも飲みながら食べられるもの」を探していたのだが、ベストフィットしたものが全然見つからない。肉でも焼くか、というのが一番手っ取り早いのだが、手頃なサイズが無いのだな。冷凍もののデッカイ奴だったりする。あと、お魚は何やら色が怪しい。

結局、今晩の夕食として供されたのは、左の写真のとおり。
「どれを買えばいいんだ!」と焦ってしまったせいで、何を間違えたか、牛カルビ600gを購入してしまっていた。こんなに食えるのか、おい。横には牛タンもあるというのに。

本日の脇を固めます、お酒類。
「尾瀬檜枝岐」というワインを購入してみた。
尾瀬にワイン醸造所なんて無いはずなのだが、こういう「現地特産」みたいなワインが売られているご時世。
そして、それを「せっかくだから」と買ってしまうご時世でもある。まんまとはまってしまったァ。
正確に記憶していないが、確か裏のラベルを確認してみると製造元は山梨県の勝沼だったような・・・?たはは。
よく、お土産屋に「○○に行ってきました(○○には、その観光地の名前)」という名前のお菓子が売られている。ああいうのを見るにつけ、「けっ、なんという破廉恥なお土産だ!」なんて馬鹿にしていたのだが、かくいう自分も観光地の名前が冠されているワインを嬉々として買っているのだから、全くの同類だ。

肉を買ってきたはいいが、薪しか用意していなかったので「直火焼き」をすることになった。フライパンで肉を焼いても良いのだが、網で焼いた方が風情がある。あと、フライパンにすすがべったりと付くのは 容易に想像がつくわけであり、即ち明日の後かたづけが面倒なので却下。
ちなみに、薪をキャンプ場受付で購入しようとした時、おやっさんに「いくついるの?」と聞かれ、「ええーと、一つにしようか、二つにしようか・・・」と悩んでいたら「一つにして。今薪足りないんだから」と言われた。結局選択の余地は無かった、ってこった。
肉を焼きつつ、乾杯。

肉と野菜を網いっぱいに並べてみたのだが・・・
「焼けたのか焼けていないのか、さっぱりわからないな」
「うむ。肉の色の判別がつかない。ランタンをもう少し近づけた方がいいか?」
「いや駄目だ、下からの炎の明かりが強すぎて、どっちにせよよく見えない」
結局、焼けたか焼けてないかわからない肉をロシアンルーレット的に食べる羽目になってしまった。しかも、タレにつけ込まれた肉・・・というところで既に分かるとおり、あまり良い肉を使っているわけではないのですぐに身がちりちりになる、崩れる。まるで箸でこそげ落とすように網から肉を引っこ抜き、食べた。

「しかし、何で僕ら蕎麦食べた後でこんなに脂っぽい料理を食べているんだ?しかも大量に」
「ちょっと買いすぎたなあ、いつものごとく食い地獄だ」
「残すなよ?」
「買ったのはオッサンだからな、ちゃんと食べろ」
「あ、ひでぇ、こういうときだけ責任おしつけやがって」

何となく肉の1/3近くが網にへばりついてしまって食べられなかったような気がするが、まあよしとしよう。
食後は、網を取り外してたき火モードに切り替えた。
闇に立ち上がる炎。

それを見ながら、尾瀬檜枝岐ワインを飲んだ。
「ううむ、これぞ、尾瀬檜枝岐」
「思いこみだよ、それ」
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