2003年09月05日(金) 2日目
朝5時。慣れない場所、慣れない寝具なので熟睡は無理だったが、山小屋泊をした中では最高の快適さで朝を迎えることができた。山小屋の朝で恒例の、外が薄明るくなって来だした頃からガサガサゴソゴソ、廊下をバタバタという音もそれほど大きくない。カイコだなの二階に寝ていたのと、一般料金の大部屋と違い人の数が少ないブロックに居たからかもしれない。
あと、ここに訪れる人は、比較的「燕岳往復」を目的とする人が多いようだ。だから、あんまり朝早くからバタバタする必要がないのだろう。
外に出てみると、フリースを着込んでも寒かった。まだ夜はあけてない。雲が多いので、ちょっと夜明けに手間取っているらしい。有明山のはるか向こうが明るい。
今日は結構風が強い。しかも、雲が分厚く出てきている。雨が降らないだけマシだが、眺めはあまりよくないかもしれない。
燕岳は、山頂付近が雲で覆われていた。振り返って槍ヶ岳を眺めようとしたら、完全にガスの中でその姿を確認することはできなかった。
テント場を見下ろすと、北鎌尾根チャレンジのお兄さんはもうテントの撤収をはじめていた。今日は北鎌独標でビバークするつもりらしい。
寒さをこらえるためにトントンと足踏みをしている回数が数え切れなくなったころ、ようやくご来光がやってきた。
ありがたやありがたや。
今日も一日、晴れてくれますように。
朝食の準備が進められている食堂。食堂の入り口には、既に行列ができはじめていた。食事が無くなるわけではないので、そんなに急ぐ必要はないのだが
食事を食べる→歯を磨く→トイレに行く
という一連の朝の行為はほぼ全員が行うわけで、必然的に洗面所が大混雑になる。それを嫌って早く早く、と気持ちが急くのかも知れない。
本日の朝ご飯。
お魚が鎮座しているのだが、いつもおなじみ鮭大魔神が控えていなかったのがいい意味で予想を裏切ってくれた。ええと、このお魚はサワラかな?
そして、夕食に引き続いて朝食もデザートの小鉢がつくというのがうれしい。ああ、おいしい。
今まで食べてきた山小屋料理の中ではダントツのベスト1だと思った。御飯も圧力釜を使っているらしく、きっちりと炊けているのが好感度高いし。
ただ、困ったことにこうも御飯がおいしいと、ついついおかわりしてしまうのだよな。朝から大盛りで2杯頂きました。ごちそうさまでした。
さあ、今日は長丁場だ。大天井岳→常念岳→蝶ヶ岳と延々と表銀座の縦走となるわけだが、標準コースタイムだと8時間半くらいはかかる距離だ。朝6時に出ても、今日の宿泊場所蝶ヶ岳ヒュッテに到着するには4時半くらいになる。これは山の常識としては遅すぎる時間で、あとはわれわれの脚力でコースタイムを縮めていかないといけない。
朝6時10分、ガスって何も見えない裏銀座を背景にして、記念撮影後燕山荘を後にした。
夜明け時点ではまだ雲の位置が高かったのだが、じょじょに下に降りて来だした。また、飛騨側から猛烈な風が吹き上げてくるようになってきた。
どれくらい凄いかというと、風圧で右耳の鼓膜が圧迫され、中耳炎にでもなったのかと心配になったくらいだ。おかでんは鼻炎持ちである関係で中耳炎になりやすい体質なので、「あ、これはヤバイ 、中耳炎になったか!?」と真剣に焦った。
途中、休憩場所でコダマ青年も「右耳が痛ぇよ」と言っていたので、ああ自分だけの症状じゃなかったんだ、とまずは安心。
昨日が「天国」だとすると、今日はまさに「地獄」。昨日の燕山登山があれだけるんるんでハッピーでピースフルだったのに、今日は一転してこのありさま。
登山道が信州側になると、風は一気に穏やかになる。これはまさに「避難」だ。とてもじゃないが、飛騨側には居ることができない。風が強いので、息も詰まる。
信州側に逃げ込んで、一息入れているところ。山のアップダウンで疲れるのではなく、強風に体を持って行かれないよう、踏ん張るので疲れる。
風だけではなく、ガスの粒子が大きくなってきて霧雨状になってきた。メガネや服がびっしょりと水滴でぬれてきだした。
今朝、燕山荘の売店で買ったバンダナもびっしょりだ。
歩き始めて1時間ちょっと、大天井岳直下の東鎌尾根経由槍ヶ岳行きの登山道と、常念岳方面の分岐に到着。
ここでコダマ青年はレインウェアを装着。おかでんはもう少し今のままの格好で粘ることにした。
登山道は、一度大天井岳を信州側に回り込むかたちになっていた。これは格好の風よけになる・・・と期待したのだが、歩きながらどんどん高度を上げていくのでますます風はきつくなっていった。いきなり突風が吹くと、体が浮き上がるので危険。
われわれは大きなザックを背負っているため、風の影響を非常に受けやすい。風が吹くたびにふらーり、ふらーりと右へ左へと揺れた。
ほうほうの体で歩いていると、ガスのなかから何やら人口建造物が見えてきた。大天荘だ。
ここは以前町営の山小屋だったらしいが、今では燕山荘グループの管理下に置かれれている。夕食時に「魚にしますか?肉にしますか?」と聞かれる事で有名。 「それとも、あ・た・し?」とさらに聞いてくることはさすがにないか?
なんて冗談言ってる場合じゃなくって。もうこっちは何とかして風から遮蔽できるところに隠れなくてはというありさま。山小屋の影にいったん逃げ込んだ。
逃げ込んだところにはちょうど食堂の窓があり、中から山小屋のスタッフが心配そうにこっちを眺めていた。
あああ、そんな憐憫の目でこっちを見ないでくれぇぇぇ。
この山小屋の裏手が、日本二百名山大天井岳の山頂となる。登山道からはずれてはいるが、今回の行程での最高地点(2,922m)となるので、山頂を踏破してくることにした。
山小屋の片隅に荷物をデポして、手ぶらで山頂を目指す・・・って、どれが山頂ですか?ガレた岩場で、どこに登山道があるかよくわからない。
ようやく、ペンキの目印がつけられた岩を見つけ、その指示に従って登っていくことができた。
風は相変わらず強いが、背中に大きな荷物がない分煽られる事が無く、比較的楽に進むことができた。
おや、どうやらあれが山頂らしい・・・。
暗中模索、といった感じだ。50mも離れると何がなんだかさっぱりわからない真っ白の世界だ。
大天井岳山頂到着。
周囲が真っ白なため、もう何がなんだかさっぱりわかりゃしねぇ。ありがたみも全くなし。「ふーん、ここが山頂ねぇ」と二人で冷ややかな視線を浴びせてやった。
でも、とりあえず「お疲れ」とお互い握手だけはしておいた。まあ、山頂での儀式みたいなもんだ。
あと、記念になるのかどうかわからないが、とりあえず記念撮影もやっておいた。
かなりべったりと水滴が体にまとわりつくようになってきた。雨としては降っていないが、雨そのものの中に身を置いているようなものだ。このままだとデジカメが壊れそうだ。
「さて、この行程で最高地点に到達したわけだが」
「何のありがたみもないぞ」
「標高、最高。しかし、眺め、最低だな」
「眺め、サイテーッ」
いきなりコダマ青年が、真っ白なガスに向かって大声で叫んだ。叫ばずにはやってられなかったのかもしれない。
先ほどからさらに風が強くなってきたような気がする。しかし、ここは縦走路のまっただ中。下界にエスケープしようと思ったら、昨日通った合戦尾根まで逆戻りするか、この先の常念小屋から一の沢経由で穂高方面に逃げるしかない。いずれにしても、下界に降りるには半日作業となる。ならば、先に進むしかない。
とりあえず常念小屋まで進んでからこれからの進退を検討することにして、大天荘をあとにした。
事態はどんどん悪化していった。回復する気配はまったくない。しかし、なぜかわれわれには「大天荘で停滞する」という選択肢は思いつかなかった。とりあえず、常念小屋まで・・・という気持ちで、前へ進んでいった。
途中、道を見失ってしまい何度もあたりをうろうろしたりしているうちに、本格的に雨が降って来だした。ガス、風、そして雨。最悪の条件がそろってしまった。さすがにこれにはたまりかねて、おかでんもレインウェアを着込む。
写真の顔が、この時点ですでにげっそりしている。
晴れていればさぞや絶景な登山道なのだろうが、今のわれわれは一歩一歩、先に進むことしか考えられなかった。
右見たり左見たりする事はない。何も見えないし、自分の足下をしっかり見つめていないと危ない。
カメラのレンズに水滴がついて、写真がおかしくなってきだした。
そうはいっても、徐々に周囲が明るくなってきた。ガスは晴れて来つつあるようだ。
さっきまで全く見えていなかった、常念岳が急に目の前に現れてびっくり。あらアナタ、そんなところにいらっしゃったんですか。
この常念岳に向かう際は、有り難くない常念乗越(のっこし)という場所を通過しなければならない。要するに峠になっている場所なのだが、標高を一気にここで200mほどロスする事になる。そして、常念岳の登りで400m登り返すのだから、これぞまさに「位置エネルギーの無駄遣い」だ。
こっちは風に煽られて体力を消耗しているので、この下りは悔しいとしか言いようがない。
乗越部分に、赤い屋根の常念小屋が見えてきた。こうやって見下ろすって事は、あそこまで一気に下るって事ですね。ああ無念なり無念なり。
ほらー。
標高が下がってきたので、森林限界の世界から樹林帯に戻ってきてしまった。もう、バンバン木が生えてしまっているではないか。悲しい。
しかし、唯一の悲しくない事と言えば、空が明るくなってきていることだった。風は相変わらず吹くが、松本方面の空には青空が時々見え隠れするようになっていた。
でも、風は常に飛騨側から信州側にながれているんだよなあ。飛騨側の天気が良くならないと、意味がない。
常念小屋に到着。午前10時半。登山開始から4時間半経過。
先に着いていたコダマ青年が、ちょこんと山小屋の前に座り込んでいた。中に入って休憩してもいいのだが、何となくそれをやると外に出るのが面倒になりそうなので、やめにしておいた。
今来た道を振り返る。飛騨側はガスが晴れた。しかし、稜線を境に信州側がガスで覆われている。
飛騨から吹き上げた風が、稜線を越えた瞬間にガスに変わっていく様は見ていて興味深い・・・わけねぇや、さっさとガス晴れやがれこの野郎。
空が若干明るくなりつつあることもあり、これから登ろうとしている常念岳は比較的クリアに見上げる事ができた。
しかし、ここでコダマ青年から緊急提言があった。
「あのさ、おかでん。またチキンな事を言うかも知れないけど。というか、たぶんチキンな発言だから、あらかじめ断って置くけど」
「なんだ?大ジョッキはここには置いていないはずだぞ」
「いや、提案なんだけどさ、荷物はここに置いて常念岳に登ったらどうかな、って」
「おい待て、それは常念岳より先にはもう進みませんという事か」
「これだけひどい天気だと、山に登っている楽しさってもうないじゃん?これ以上進んでもしょうがないかなって思うんだけど。で、常念ピストンで、一の沢から下山するというのはどうかと」
「ううーん」
正直、おかでん自身もここにくるまでの間に相当悩んでいた。これだけの風雨の中を歩くのは相当気分が滅入る。だから、もう下山して楽になっちまえ、とささやく声が聞こえる。webの更新待ちがあるんだろ?今日中に東京に戻れば、更新がはかどるぞ?なんて声も聞こえてくる・・・この囁きはあっけなく却下されたが。
結局、荷物はフル装備のまま山に登る事で押し切った。山頂に着いてから考えよう、と。山頂についた時点で選択肢の幅が狭くなるのはよろしくない、という理由でだ。
とはいっても、これからまた風雨にさらされるとなるとそれなりの覚悟をしなくちゃいけないのは事実。
「よしっ」と自分に気合いを入れ、キャラメルを同時に2個口に放りこんでからザックを背負った。
「こんな天気だから、雷鳥に逢えるかもしれないぞ?それはそれでラッキーだろ」
と言っていたら、本当に雷鳥が現れた。ガスっている日は天敵から襲われる危険が少なくなるからか、雷鳥が目立つところにひょっこりと姿を見せることがある。
「わー、雷鳥だー」なんて言いながら、写真を撮影。
・・・のはずだが、どこにいるんでしょう?
あらためて写真をよーくみると、ちょうどど真ん中にきっちりと写っていた。しかし、あまりに見事な保護色のため、それと判断できないくらいだ。
この写真を見て、どこに雷鳥がいるかわかるかな?正面中央の白い岩のすぐ左にいます。右を向いています。
下山してくるおばちゃんに話を聞いてみたら、
「あまりに上の方は風と雨がひどいので、途中で折り返してきちゃった」とのことだった。
山頂を目前にすると、人間は少々の悪条件でも突撃しようという気になるものだ。しかし、アタックを諦めて降りてきたというのだから、よっぽど状況が悪いのかも知れない。
今居る地点だと、そこまでひどい状況ではない。小康状態になっている。
ほら。太陽が照ってきた。
つかの間の日光浴を・・・って、ああ、もう終わりか。
すぐにまた雲で太陽が覆われてしまった。
しかし、一瞬でも太陽が姿を見せるようになったということは、ガスが相当薄くなってきたということなのかもしれない。好意的に解釈しよう。
まあ山にはありがちなのだが、下から見上げていた時に見極めていた「あそこが山頂だナ」という目測は大抵はずれる。そこは、単なる一つのピークにすぎず、その奥に本当の山頂が控えているという構図。
今回も、全くその通りで、登ったぁ!と思ったら後ろから「鬼さんこっちだ、手の鳴る方へ」と現れてきた。見た目以上にキツいルートだ、ここは!
このあたりになると、またもや天気が怪しくなってきだした。ガスがどこからともなくすすすーっと現れ、風が強く吹いて来だした。雨も、今まで以上に強烈な勢いで降って来た。
さ、山頂が見えてきたー。
もう必死。風に煽られながら、よたよたと一歩一歩、歩いていく。
日本百名山常念岳山頂到着。標高2,857m。
山頂で写真撮影なんてできる状況ではなかった。雨がひどいのでセルフタイマー撮影を悠長にやっていると故障してしまいそうだったし、なにしろ風が強くて三脚を立てることができない。そもそも、人間様自身が山頂という何も遮るものがないところに長居できる状況ではなかった。
あわてて、ほこらの裏側の崖下に逃げる。
ほこらの裏側から、隠し撮りをするようにして写真撮影。
山頂には何名かがいたが、皆「これからどうしたもんかな」と途方に暮れていた。ただ、全員が常念小屋に戻って一の沢経由で下山を考えているようで、それほど悲壮感はなかった。先に進むべきか、戻るべきか悩んでいるわれわれとは違う。
ちょうど逃げ込んだ所に山頂標識があったので、苦労して三脚をたてて、記念撮影を試みた。
・・・
おもいっきりカメラが違う方向を向いてしまった。
あと、レンズについた水滴のせいで、おかでんの体が歪んでしまい、まるでニンジャみたいになってしまった。
セルフタイマー撮影をあきらめ、山頂の標識だけを撮影。常念岳と書かれた標識が、風でカランカランと揺れていた。
岩にへばりつくような形で、「さてどうしたものか」と考えたが、これだけの荒天、屋外で長居するだけ無駄だ。体力の回復を待って、すぐに次の行動を開始しないといけない。
地図を見ると、このまま進んで蝶ヶ岳ヒュッテまで行くのに3時間55分。折り返して常念小屋まで戻り、一の沢を下ってヒエ平まで下山するのに3時間50分。いずれにしてもほとんど同じ時間がかかることがわかった。
「いや、でも一の沢に入ると樹林帯だから風も雨も穏やかになるだろう、単純比較は・・・」と抗弁するコダマ青年だったが、「いや、行こう。先に進んでも地獄、戻っても地獄だったら先に進んだ方がマシだ」というおかでんの言葉に圧倒され、「まあ、しゃあないかあ」と了承してくれた。
今までで一番ひどい雨と風に振り回されながら、常念岳から蝶ヶ岳方面に南下を開始。
縦走路はひたすら続いていく。
コダマ青年 と歩くペースがあわないので、こっちはこっちで勝手に食事休憩にすることにした。朝食からすでに8時間近くが経過しようとしている。いい加減まとまったカロリーを摂取しないと。
で、山用のフリーズドライ型ピラフを作ってみたのだが、水の分量を間違えてしまったために洋風おじやに仕上がってしまった。これはこれで旨かったので良し。
エネルギー補充をすると、それまで体が前に進まなかった状態だったのに急にシャキーンとする。よし、これでもう少しがんばれそうだ。
コダマ青年は先行していったので、これからしばらくは単独行となる。マイペースで進んでいくことにした。
常念岳山頂付近が最悪の状態で、一度その様を体感してしまうと後はもう楽なもんだ。天候は相変わらずなのだが、雨が降っていないだけマシ・・・とか今は風がやんでいるからマシ・・・なんてポジティブに考えられるようになってきた。何となく楽しくなってきたぞ。
しばらく歩いていると、登山道の真ん中を雷鳥親子が歩き回っていた。
「あのー、先を急いでいるんですけど、のいていただけませんか?」と声をかけたが、全然意に介しちゃくれない。かといって、強引に突っ切って雷鳥を追いやると、せっかく人間を怖がっていない雷鳥を怖がらせてしまう。
仕方がないので、人間様が雷鳥をよけて、大回りしてその場を通過した。
稜線歩きはずっと続いていくのだが、だんだん木が増えてきた。こんな道、北アルプスの縦走路にあるなんて信じられない。
風景はころころと変わっていく。
ここは開けた場所。
登山道脇に沼があったりもする。
まるで里山のけもの道のような道も歩く。
道中、たくさんの青い花が咲いていた。トリカブトだ。
これを使えば、人を殺せる毒にもなる。よーし、とりあえずエキスを抽出して、今晩コダマ青年に・・・
雨の中、休憩を入れる。地図で現在地を確認。このあたりは適当なランドマークが全然ないらしく、蝶ヶ岳までコースタイムが区切られていない。ざっくりと「3時間20分→」と書かれているだけだ。今まで歩いてきた登山道のアップダウンと地図を照らし合わせて、大体自分がいる位置は把握しているのだが、それでも漠然としてしまい不安になってくる。
しかも、周囲の風景がとても北アルプスを縦走しているとは思えない光景ときたもんだ。地図上には乗っていない、変な脇道にそれたのではないか?という恐怖も若干覚える。このあたりは、小高い丘に進路を阻まれた場合、まっすぐ直登道と巻き道の両方が用意されている場所が多い。面倒くさいので、全て巻き道を通って位置エネルギーの浪費を防いでいるのだが、そのタイミングで間違った尾根に迷い込んでしまったかも・・・なんて考えだすともう止まらない。もちろん、道を間違えていない事は状況証拠で間違いないのだが、こうも雨が降って風が吹かれたら、心の隙間に付け入られてしまう。
地図上では、「槍・穂高連峰の展望がすばらしい」と書かれている場所に出た。
おお、すばらしい。槍沢が眼下に見える。肝心の槍ヶ岳は全く見えないが、これだけ見えただけでも大きな進歩だ。
ひたすら不安にさせられた樹林帯歩きから解放され、またハイマツと岩場の歩きに切り替わった。そうだ、縦走っていうのはこうでなくっちゃ。
ようやく元気を取り戻し、歩いていくと正面に何やら巨大なケルンのような岩山が行く手を塞いできた。
地図で確認すると、どうやらこれを「蝶槍」と呼ぶらしい。地図上でもあまりにあっさりと書かれているので、「槍」と名がつけられている割には不遇だ。
しかし、なかなか立派に、急角度にそびえているのは素敵だ。晴れていればあのてっぺんに登ってやろうとも考えるが、面倒くさいので迂回路を通過。
蝶槍をトラバースしていくと、正面にのっぺりとした丘が見えてきた。このあたり一体を「蝶ヶ岳」と呼称するわけだが、そのピークの一つだろう。ようやく本日の風と雨とガスのライブも終わりが見えてきた、ということか。
振り返ってみると、蝶槍がそびえていた。ああ!逆サイドから見たときよりも、えらくくっきりとピラミッド型になっているではないか。もったいないことをした、あれだけ立派な山の形をしているのだったら登っておけばよかった。
のっぺり丘の上に登ると、そこは本当にのっぺりしていてどこに登山道があるのかわからなくなってしまった。しばらく目を凝らして、ようやく赤いペンキを発見。こういう広い山頂は濃霧時、変なところに紛れ込むので非常に危険だ。
例)「百名山無謀チャレンジ」西吾妻山でのおかでんのルート選択ミス
ここまでくれば、後は大したアップダウンはないだろう、とほっと一息を入れたところで・・・
正面のガスが一瞬すーっと晴れた。すると、思ったより遠いところに、しかも想定以上に小高い場所に蝶ヶ岳本峰が現れた。
「あれれっ、あんなところに!」
しかも、その山頂直下に赤い屋根の蝶ヶ岳ヒュッテが見える。
「げぇー、まだ案外距離と高度差がある・・・」がっくり。
がっくりした瞬間、ガスがまたすーっと立ちこめて、蝶ヶ岳の姿を消し去ってしまった。
ポリンキーのCMの最後で、「教えてあげないよ、ちゃん♪」とどん張が瞬間的に下がるのと同じだ。
丘を下っていきくと、横尾からの登山道との合流地点にコダマ青年がいた。横尾から登ってきた登山客と話をしている。
「上高地の方はそれほど天気悪くなかったらしいよ。標高高いところだけこんな感じらしい」
うーん、これだから山はわからん。
蝶ヶ岳ヒュッテまであと20分。後もう少しで楽になれる、と歩いていくと本日3度目の雷鳥が出現。登山道を、われわれの前をちょこちょこと走っていた。
「さあのいたのいた」といいながら、雷鳥の横を歩いていく。雷鳥はちょっとびっくりしたらしく、あわてて先に進んでいった。おい、そっちは僕らの進行方向だ、そっちに逃げるといつまで経っても追いかけられるぞ。
さて問題です。この写真の中に二羽の雷鳥が写っていますが、どこにいるでしょうか・・・ヒント。二羽とも背中を向けています。一羽は羽に白いものが混じっています。
蝶ヶ岳ヒュッテに向かう道、生えていた草は既に黄色、赤に染まっていた。既にこのあたりは秋、というわけか。
瞑想ノ丘という、えらく神妙な名前の場所に出た。山座同定板と、国旗掲揚でもするかのような棒が地面に突き刺さっていた。
おかしい、このすぐ側に蝶ヶ岳ヒュッテがあるのだが、全くその姿見えない。
と思ったら、ガスの中からその姿が見えてきた。本日のお宿、蝶ヶ岳ヒュッテだ。
あまりの濃霧で、目立つ赤の建物にもかかわらず50mも離れると目視確認ができないありさまだった。
蝶ヶ岳ヒュッテ到着。15時20分。9時間ちょっとの徒歩となった。二人とも、全身ずぶぬれ。靴も奥の奥までびしょ濡れで、一歩歩くたびに「くちゃっ」という音がする。靴擦れをおこさなくて良かった。
「ところで確認なのだがおかでん」
「なんだ?」
「もう水断ちって始まってるの?」
「おう、かれこれ1時間以上。ビール飲むためにな」
「なんだよ、常念のときは『今日はビールの気分じゃないな、熱燗だ』って言ってたじゃないか」
「あれっ、そうだったっけか。熱燗かぁ。いいねぇいいねぇ。ビールもいいけど、俺実は熱燗も好きなんよ」
「酒だったらなんでもいいんだろ?」
「そうとも言うな」
さあ、お酒が待っている。早速中に入ろう。
がらり。
・・・ええと。
場所、間違えちゃったかな?何ですかここは。居酒屋ですか?
途方に暮れてしまった。引き戸を開けて中に入ると、目の前で早く着いたオッチャンオバチャン達がみんなでテーブルを占拠して酒盛りをやっていたからだ。普通、山小屋というのは中にはいると、すぐそこには受付があるもんだ。ええと、ここ、受付ってどこ?
奥に、それっぽい場所があることにはあるが、単なる売店のようにも見える。だいたい、そっちに行くには、スノコの廊下を飛び越えていかないと行けない。ええと、どうすればいいの?これ。
とりあえず、乾燥室らしき場所が入り口入って右側にあったので、冷静さを保ちつつ状況を把握すべく、そちらに衣類を干しにいく。しかし、既にどのハンガーも干し綱も早い者勝ちで占拠されていて、われわれの衣類を干す場所が確保できない。またもや途方に暮れる。
状況を把握するために、ぐるりと周囲を見渡しながら写真撮影をしてみる。
宿泊受付すらせず、濡れた格好のまま屋内写真を撮りまくっているのだから、赤の他人からすればさぞや変人に見えただろう。
ええと、おでん600円ね。
ついでに飲み物コーナーも撮影しておこう。
ここは生ビールが置いてあるという話を聞いていたのだが、メニューに何も書かれていない。ガセネタだったのだろうか。だとすれば相当がっかりだ。
って、これだけ濡れて体を冷やしておきながら、まだキンキンに冷えたジョッキ生を期待しているのかアンタは。
※注:後になって、生ビールの存在を発見しました。プラスチックジョッキにて提供している模様。おかでんは、そのジョッキに風情を感じなかったので敢えて注文はしなかった。
しばらくして、ようやく状況が理解できた。われわれが入ってきた入り口は、いわば「裏口」にあたるらしい。建物を突っ切った反対側・・・蝶ヶ岳山頂側・・・にもう一つ入り口があり、そこから小屋に入ると、ちょうどこの売店のようなカウンタの前に出るようになっている。これだったら、何も悩まずに宿泊受付をすることができる。
常念岳方面からやってくる登山客って少ないのだろうか。非常に仕組みがわかりにい。
ほっとして、宿泊の申込みをする。手がぱんぱんにむくんで、ペンがうまく持てない。小学生並の汚い字で宿泊簿に名前をしたためる。1泊2食付きで、9,000円。あの山小屋を超越してしまった快適さの燕山荘よりも300円高い。というより、こういう山中の本格的な山小屋の中では日本で一番高額なはずだ(同額一位として、餓鬼岳山荘がある)。
夕食にウナギが出てくるという噂だから、その分食材費で高くついているのだろうか。そうとでも思わないと、納得がいかない。まあ、そりゃそうだ。あの燕山荘と見比べてしまうのだから。燕山荘と比較されたら、そんじょそこらの山小屋ではなかなか太刀打ちできないはずだ。それにしても、やっぱり9,000円は高い気が・・・。
でも、こうのは「イヤならテント泊にすればいいじゃん」の一言で片づけられてしまう話。やはり、山屋としては「山小屋泊=軟弱、テント泊=カッコイイ」という構図が大なり小なりある。ゆえに、山小屋が高いだのなんだのとチンタラ文句いってんじゃねーよ、という事になる。高い、なんて言っちゃいけません。
通された部屋はこんな感じ。オッチャン達が宴会をやっている場所からスノコの廊下を渡るとそこが宿泊棟。H字型に通路が延びていて、その通路の両側がカイコ棚になっていた。それほど人は多くない。まだ時間が早いからだろうか、それとも雨が降っているから登頂断念した人が多いからだろうか。
とにかく、忌々しい濡れた服を脱ぐ。体の隅々まで雨、雨、雨だ。ええい畜生、素直に体から離れろ!
雑魚寝スタイルの部屋だが、一人畳1枚分くらいのスペースは確保できた。布団は、ダブルベッド用なのか?と思えるような横長のもので、これを二人でかぶって寝ろという事になっていた。うほっ、まさかコダマ青年と同じ布団で熱い一夜を過ごす羽目になるとは思わなかった。
着替え終わって一段落したところで、定番のアレいっときますか。
アレって何だ、なんて野暮な事いいなさんな。男は黙って、ってキャッチフレーズが昔何かのCMであったじゃないか。
さて、その「アレ」なのだけど、ここでは自動販売機で売られていた。山の上で自販機っていうのも何か違和感を感じるのだが、24時間常に自家発電装置を回しているということなのだろう。ご苦労様です。
おかげで、山の上にもかかわらず冷えたビールが楽しめる、というわけだ。そうだよなあ、いつも山の上で飲むビールってぬるかったもんなあ。昨日の生ビールは例外としても、あんまり冷たいビールって山の上では馴染みがないぞ。いやぁ、楽しみだなあ。
・・・でも、体ががたがたふるえているのはなぜだろう。あっ、そうか、雨に祟られて体温を著しく消耗したからだったっけか。
ごとん。
それでも買ってしまうのであったビール500ml。800円なり。
「あれー、おかでん!?アンタ、さっきまでは『今日はビールよりも熱燗の気分だ、寒くてしょうがない』って言ってたのに何やってんの」
後からやってきたコダマ青年にじとっとした目で見つめられて、初めて我に返った。
「あっ・・・!ついつい、買ってしまった。あれーっ、ホント、熱燗飲みたかったのに。シンプルに、何の迷いもなくビール買ってたよ。ルーチンワーク化された仕事みたいに、何も考えないでビール買ってた!」
「おいおい」
山小屋について一息=ビールをごきゅり、という構図を当たり前のように捉えていた自分。財布を取りだして、お金を投入して、ビールのボタンを押すという一連の行為をしておきながら、全然「そういえば僕って熱燗飲みたかったんだっけ」と気付かなかったのだから怖い。
さて、自陣に戻って早速宴会の開始だ。
宿についてから夕食までの時間、これが一番暇な時間帯だ。今日は特に外が荒天のため、景色をぼんやりと眺めて過ごすというわけにもいかない。だから、宴会を行う格好のチャンスだったりするわけだ。
持参してきた飲食物を食べやしないのに全部「どうだぁ」と床に並べ、何やら豪勢な宴会を開いている気分になりつつ乾杯。
ずずずっ。ううう。
いつものように、ごきゅ、ごきゅ、ぷはあ・・・とはいかなかった。暖房もなく、濡れた体には薄ら寒いこの場所でビールを飲んでいるのだから仕方がない。一口飲めば、飲んだ分だけ体温が下がる。
「ぐうう。寒い。やっぱ熱燗にしておけば良かったか・・・」
「今更何を言ってるんだ?」
でも、カメラを向けられると、ニコヤカにビールを飲むのであった。おかでんの缶の持ち方は特徴的で、大抵小指が缶の底に添えられている。すなわち、普通の人が缶を持つやり方よりも下 の位置で持っていることになる。これは、手首を返した際に「より缶に角度をつけて、ぐいぐいと飲めるように」しているからだ。自分では無意識なのだが、この「へべれけ紀行」で自分がビールを飲む姿を何度も見ていると、どうやら毎回こういう持ち方をしているらしい。
隣で酒盛りをしていたオッチャンたちと仲良くなる。どこの山小屋の飯が旨いか、という話で、「仙水小屋は刺身が出てきた!」とか「北穂小屋は美味いらしい」という情報の交換。そんな中、おもむろに「いやね、昨日泊まった燕山荘はですね・・・」と、デジカメの写真つきで「いかに美味かったか」を力説したら、一同「あああ!いいなあ、今度絶対に泊まりにいこう」「予定変更して明日燕山荘に行こうかなあ・・・無理だよなあ」と羨望と嫉妬の嵐となった。
小屋の外には、テント泊者用の便所が設置されていた。
別に何の変哲もないのだが、扉に「男便」と書いてあったのがなんとなく勇ましかった。
ちなみに、小屋内部の洗面所、あまりにアンモニア臭がきつくて目がチカチカしてしまった。後でコダマ青年は、
「高い宿泊料取ってるんだから、せめてトイレの臭いくらいはどうにかしてくれよな・・・」
とボヤいていた。
ここの山小屋もミシン目つきの食券で食事を管理していた。
夕食17時30分から、朝食は5時30分から。朝食は先着順で、食堂に入れなかった人は6時からの第二部にて食事をするように、と指示されている。食堂には一度に80名くらいは入れるようだった。
さて、うだうだとお酒を飲んだりぼんやりして時間を過ごしていたら、館内放送で「お食事の準備ができました」とのアナウンスが流れた。一同、ぞろぞろと食堂に向かう。
この蝶ヶ岳ヒュッテは、夕食にうなぎが出てくるという情報を事前にキャッチしていた。何で山小屋の夕食でウナギなんよ、と呆れるが、こういうのも「名物料理」というのだろうか。
恐らく、ウナギは厨房で蒲焼きにしているはずはなく、タレつきで真空パックに詰められたものをそのまま皿に盛っているだけのはずだ。 メインディッシュとしてはお手軽ながら、リッチ感も演出しているということで塩梅よし、という判断なのだろうか。
しかし、今時山小屋でウナギ食べてうれしがる人っているのかいな。それよりも、この山小屋の「1泊2食で9000円」という価格の高さが鼻について、「ウナギで値段が高いことを誤魔化そうとしているんじゃないか?」とうがった見方をしてしまう。
この山小屋のオーナーとしては「疲れた体にはビタミンB1の摂取が必要。だったら、ウナギを食べさせてあげればちょうど良いのではないか」という親心からの判断なのだろうが・・・。
これが蝶ヶ岳ヒュッテの夕食。扇形のお皿、というのは初めてみた。ここに、噂のウナギをはじめとしていろいろなおかずがちょっとずつ乗っている。焼売、キャベツ千切り、ブロッコリー、わかめ、ひじき、根野菜の煮物、漬け物。そして、ご飯とおみそ汁。
両隣の人と肩をぶつけ合いながら食事をとる。ご飯は、芯がある一歩手前の寸止め一本。堅めのご飯が好きなおかでんにとっては結構好きなタイプだ。ただ、疲れて食欲が無い人にとっては「もっと柔らかいご飯のほうが」と思うかもしれない。
肝心のウナギですが。ええと、やわらかくておいしかったですよ。安い養殖物みたいに、皮がゴム状で噛んでも噛んでも食いちぎれませーん、ということも特になし。でも、やっぱり「何で山でウナギ?」というキモチは払拭できない。決して安くはない食材であり、山の上であえて出すべきものじゃないような気がする。
でも、登山者の大半が高齢者で占められている昨今、われわれ若造のように「ボリューム重視!」というよりも「量は少なくていいので、ちょっとイイものを」という発想の人が増えているはずであり、その点では登山客ニーズに合致しているのかもしれない。そういえば、周囲を見渡すと、「おおウナギだ」とうれしそうに食べている人が多かったような気がする。
食後、外に出てみたら天気が回復していた。
先ほどまでの濃霧は晴れ、空には月が浮かんでいた。まだまだ多い雲が、夕焼けで赤くなってきている。
そうだよなあ、「夕食後」といったって、まだ18時前だからな、まだ日が沈むには早い。
蝶ヶ岳ヒュッテの裏側に、蝶ヶ岳の山頂が見えた。おお、こんな近いところにあったのか。到着した時点では、全くその存在を伺い知ることができなかった。
明日は、あの山頂を踏んだ後に、一気に上高地まで下ることになる。
夕日の陰になる穂高連峰。
視線を北に向けると、常念岳がその雄大な姿を見せていた。
あの山に登ったのか、今日。
全然実感が伴わない。ええと、どこをどう通ったんだっけ。目で、稜線をなぞってみる。なるほど、確かにあそこに登山道がある。
でも、全く身に覚えがないんだよなあ。何しろ、あまりの霧と雨で、足元しか見ていなかったから。
今日の行程、何をやってきたんだか。
瞑想の丘にある山座同定板に、人が群がっている。
「ああ!あそこにあの山があったのか!」
「さっきまで全然気づかなかったよ。へぇー」
と驚きと感心の声があちこちから聞こえてくる。中には
「あれっ?あっちが槍ヶ岳か!全然違う方向かと思っていたよ」
というトホホな声も聞こえていた。
飛騨方面から流れてくる雲の切れ目から、槍の穂先が見えてきた。みんな、一斉にシャッターをきる。
屋内に戻り、乾燥室(というより、ストーブがある場所)に行ってみた。張られたロープに衣類が鈴なりにぶらさがっていて、ロープがしなりまくっていた。危ない!下に据えてあるストーブに衣類が触れてしまいそうだ。
レインウェアのような衣類だと、火がつくとさぞや盛大に燃えることだろう。こんな調子だといつか火事になるかもしれない。
危ないのでそそっとストーブを逃がす。
寝床に戻ってみると、コダマ青年はもうお休みモードに入っていた。
「あれ?もう寝るのか?」
「寝るー」
名古屋医科大学による「高山病について」の講話があるので、19時に食堂にお越しくださいー、というアナウンスが先ほどあったのだが、高山病よりなにより目の前の睡眠欲求の方が勝った、ということか。
・・・いや、前言撤回。コダマ青年の脇には、ほとんどカラになったウィスキーのボトルが転がっていた。どうやらおかでんが外で夕焼けの撮影をしている間、一人で痛飲していたらしい。
登山客が多い山域にある山小屋には、よく大学の医学部が期間限定診療所を設置する。大学病院の先生と医学部の学生さんがお手伝いで数名滞在し、簡単な処置を行ってくれる。
しかし、大抵は海の日からお盆明けくらいまでの1カ月に限られていて、今日のように9月に診療所が空いているというのは聞いたことがない。だから、名古屋医科大学の講話があると聞いて「なぜ?」と非常に不思議だった。
講話に出席してみると、講師の3名はいずれも学生さんだった。中には大学1年生の女性までいて、ちょっとたどたどしく高山病について説明をしていた。どうやら、センセイはさっさと下山してしまっていて、学生さんだけ残って後かたづけかなにかをやっていたのかもしれない。
高山病のあれこれを勉強したあと、学生さんが持ち込んできたパルス・オキシメーターが登場。実際に体内のヘモグロビン濃度を測定してみましょう・・・ということになった。すると、オッチャンたちががぜん色めきたって、「わしも計らせろ」「おい、酒のんでいる○○さんにやらせてみろ!」なんて大騒ぎになってしまった。本当は1名、2名程度に「こんな感じですよ」と体験させるだけのつもりだったのが、みんな「ワシも」「ワシも」と立ち上がってパルスオキシメーターに殺到。まあ元気がいいこと。でも、場を読めオッチャンども。話が進まなくなってしまい、延々と続く血中濃度測定会になってしまった。
「がはは!まだわしは若いぞ!○○さんよりも酸素いっぱいもっとる!」
なんて高笑いを後目に、なんだか馬鹿馬鹿しくなって食堂を後にした。
20時半ころ、就寝。さあ、明日は下山だ。ぐちゃぐちゃに濡れた靴が少しでも乾いていればいいが・・・。
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