この雲場池は「スワンレイク」と呼ばれるんですよー、と解説看板には書いてあった。
「で?この池のどこに白鳥が居るというのかねキミイ」
「多分あの目の前に見える鳥が白鳥なんですよ、きっと」
「馬鹿をいえ、白鳥は白いから白鳥と言うんだ。あれはなんだ、青首じゃないか」
どう見てもマガモでございます、という鳥が「我らこそ白鳥」とばかりにすいーすいーと池の上を漂っている。まあいいか。
「紅葉もいいけど、寒くなると鴨がおいしい季節だよな」
「鴨肉、いいですねえ」
「今晩、宿で鴨がでるかどうかかけてみるか?」
「でないと思います」
「即答だな。僕もでないと思う」
「なんだ、一緒じゃないですか。賭けになりませんよ。そもそも賭けに勝ったら何があるっていうんですか」
「相手の鴨肉総取り」
「ひでぇ。そんな賭け、危なっかしくて乗れないですよ」
「じゃ、じゃあじゃあじゃあ、茶わん蒸しがでるかどうかかけるか?」
「イヤですよ、勝っても茶わん蒸し2個は食べたくない」
「そうかー。茶わん蒸しがでるかどうかって、確率としては50%くらいだろうからいい賭けの対象になるんだけどな」
「なんだ、白鳥じゃないじゃないか」と鼻で笑われた鴨だが、一発奮起したのかなかなかなショウを見せてくれた。
ついーっ、と泳いでいたかと思ったら、急に頭から池に潜り、餌を探している。
「おお」
「お尻丸出しだ」
その様子がなんともチャーミング。しばらくみとれてしまった。
「いやね、白鳥ってなんだかお高くとまりやがって、あんまり好きじゃないんだよ。むしろ鴨の方が好きかも」
「なんかさっきと態度が変わりましたね」
何度も何度もお尻を無防備に突き出す鴨は、いとをかしだった。
「ああ、あのケツにカンチョーしてやりてぇ」
「何言ってるんスか」
雲場池を後にし、われわれは北へと向かう。
軽井沢から、浅間山山麓に位置する北軽井沢へはうねうね道が続き、軽井沢から一段と標高が上がる。
紅葉の中、大変に気持ちの良いドライブ。これで天気が秋晴れだったら最高だったが、高望みはするまい。この紅葉が見られるだけで満足だ。
登り切ったところ。
うわ、一面の霧だ。
ここまでくると、秋はもう終わりの様相。色づいた葉はおおかた散り、寒そうに木々が立っている。
「なるほど。ここまで標高を上げるとアウトなんだな」
「妙義だとまだ早く、北軽井沢だと遅すぎるんですね」
「面白いな。紅葉のはじまりと終わりを今日この数時間で見たということになる。ディスカバージャパン!」
「もっと標高上げたら、ひょっとしたら春が見られるかもしれませんよ」
「おおう、それはあり得る。でも待て。その前に雪が降るぞ。そこでこの車はくるーんと滑って崖下へダイブ」
「お花畑ですね、気がついたら」
「うまいこという。そうだな、天国という名のお花畑だ」
北軽井沢にはひっそりと美しい滝がいくつか存在するらしいので、そこに行ってみることにした。特に観光地化されているわけでもない場所なので、やや探しながら、目的地へ。
写真は、「魚止めの滝」。あまりの険しさに魚がこれ以上登れない滝なんだそうだ。
「紅葉はもう終わってますね」
「終わってるね。まだ全部は散っていないけど。あと半月ほど早かったら、ここら辺が紅葉最前線だったのかな?」
「でも、都会に住んでいると、これくらいが普通の紅葉だと思っちゃいますね。公園なんかにある木だと、こんな感じでしょ」
「そういえば、そうだな。僕らはさっきすごい紅葉見ちゃったから、これは随分しょぼくれた紅葉に見える」
お次は魚止めの滝からさらに上流に歩いていったところにある、「浅間大滝」。こんな豪快な滝があるなんて、知らなかった。
滝壺のすぐ近くまで歩いていくことができる。
「うう、寒い!」
水しぶきが微粒子となって空気中を漂っており、それが体温を奪う。「やっぱ滝は夏に見るべきだな」という結論に達する。
北軽井沢、という地名は不思議だ。住所は群馬県なのに、「軽井沢」を名乗っている。
つまり、軽井沢という地名は長野県と群馬県、両方にまたがっている。一風変わっている。
「千葉に東京ディズニーランドがあるようなものじゃないですか?」
「なるほど」
なんとなく納得。
車はそのまま北軽井沢を抜け、急な坂を下って吾妻川沿いにでた。ここから東に向かい、本日のお宿「川中温泉」を目指す。
一気に標高を下げたせいか、それとも植生のせいか、このあたりの山はあまり色づいていない。
「標高、下がりすぎたかな?」
川中温泉かど半旅館は、吾妻川を下っていき、川原湯温泉を過ぎたところの脇道にひっそりとある。非常に地味だが、「日本三大美人の湯」を名乗っている。ほら、宿の入口にもどうだとばかり書いてあるぞ。
これによると、日本三大美人の湯とは
龍神温泉(和歌山県)、川中温泉(群馬県)、湯の川温泉(島根県)。
以前、アワレみ隊のしぶちょおと二人で「日本三大の旅」という旅行をやったことがある。その名の通り、日本三大●●と名前がついているところを全部巡ろうというものだ。その中にこの「日本三大美人の湯」も候補として挙がっていたのだが、結局時間の都合で行くことができなかった。この「かど半旅館」、日帰り入浴の受付条件が非常に厳しかったからだと記憶に残っている。
数年来の思いが今ようやく果たせるわけだ。
では、入ろう。
ひょっとことおかめがお出迎え。
かど半旅館の廊下。
廊下と部屋とはふすまで仕切られている、今時珍しいスタイル。だから、室内に入るときは廊下でスリッパを脱いで入ることになる。玄関にあたるスペースは客室内にはない。
部屋に人がいるか・いないかはスリッパの有無でわかるし、ふすまは鍵がかからない。その気になれば盗みに入るのは簡単なので、貴重品管理はしっかりしておかないといけない。やばい、おパンツとか金庫に預けておこうか?
「当たり前のように暖房が置いてありますね」
テレビと鏡の間に、ちょこんと小ぶりな暖房が置いてある。このあたりの寒さを物語っている。
「夏でもずっと置いてあるのかな?それとも暖房が必要な時期になってきたから、部屋に運び込んだのかな?」
このほか、浴衣が置いてある横には毛布が置いてあった。おい、本気でここは寒いらしい。寒さ対策が万全ではないか。ちょっとびびる。
その毛布には、「源泉湯宿を守る会」というロゴが入っていた。なんだそれ?
この宿は「日本秘湯を守る会」に入っている宿、ということは知っていた。しかしそれとは別に、「源泉湯宿を守る会」なるものも存在しているのか。しかも、会員宿向けオリジナルグッズまでこしらえているとなると、「日本秘湯を守る会」よりもやる気満々ではないか。温泉を巡る仁義なき戦いの勃発か?いいぞもっとやれ。で、このかど半旅館は中立派で、どっちにも足をつっこんでいるわけで。
「ありゃ。となりとの仕切りが中途半端だぞ」
びっくりした。まるでトイレの仕切りのようだ。上が筒抜け。これは一体何が目的でこの空間をこしらえたのだろう?
「夜、隣からけしからん声が聞こえてきたらたまらんな」
「それはイヤだ。でも、こっちの声も筒抜けだからな、お互い様だ」
そんな話をしていたら、隣の部屋でがさっと音がした。うわ、びっくりしたなもう。隣の部屋、人がいるじゃん。
「やべーやべー、隣に今の会話全部聞かれちゃったよ」
慌てて小声でしゃべる。
「これだとおちおちおならもできん。音はおろか、臭いまで隣に筒抜けだ」
「場合によっては、2部屋向こうのおならも聞こえちゃうかもしれませんねぇ」
「何が目的だ?これは。中国のニーハオトイレを意識した、ニーハオルームか?」
「さすがにニーハオするほど筒抜けじゃないですけどね」
全く謎だ。材料をケチった、というわけでもあるまい。何か明確な意図があるのだろうが、最後までこの謎は解けなかった。
さて、室内の物色をあらかた済ませたところで、風呂に入りに行く。
日本三大美人の湯に浸かるともなりゃ、僕らも日本で三本の指に入る美人にならないわけがない。きっとそうだ。さようなら、これまでの非モテ生活。
今、「美人になる」となるというと「整形」だの「健康によい食材」といった話になりがちだ。しかし、昔は「美人=肌がきれい」という価値観があったのだろう。しまった、その時代に生まれていれば、もう少し俺様の評価が高かったのかもしれん、と思ったが、でももともとサメ肌のお前が何を悔しがっているか。
宿の玄関脇から階段を下った川沿いにお風呂が並んでいる。ええと、「ゆ」の字が描かれたのれんがいっぱいあって、どれがどれだか。選択を間違えると即ゲームオーバーになってしましそうな雰囲気。あったよな、昔のアドベンチャーゲーム。理不尽なまでに、一回選択をミスるとアウトなやつ。君は書籍形式のアドベンチャーゲームを知ってるか?
カラフルなのれんなので、どれが男湯でどれが女湯かわからない。うっかり女湯に入って「キャー、のび太さんのエチー」と言われないようにしないと。
風呂は、「薬湯(源泉)」「大湯」「露天風呂」「男湯」「女湯」の5種類あるそうだ。
このうち、薬湯、大湯、露天風呂は混浴。そのため、女性専用時間が設定されている。
女性専用時間のご案内
左記の時間大湯・露天風呂・源泉は女性専用となりますので、ご案内します。
午前6時~7時、午後8時~10時
まずは女性専用時間に引っかからないように、混浴時間である「薬湯」に入ってみる。
うお、結構狭いぞ。一人はいるとそれなりに圧迫感が出てくる。これ、肩まで浸かろうと深々と沈み込むと、一人でいっぱいになりそうな湯船だ。
「これで混浴だったら非常に気まずいな」
「スケベ心以上に恐縮してしまいますね。ここで混浴するのはカップルくらいしかありえないですよ」
「カップルどころか、同性でも知らんおっちゃんなんかとここで一緒に風呂に入るのは気まずい」
「気まずいですねえ、何かしゃべらないと、という気持ちになります」
「源泉湯宿を守る会」、ここでも頑張っております。オリジナル毛布を作るだけじゃなく、温泉表記も標準化しているんだな。
薬湯について、解説されている看板。
薬湯(源泉温度)
源泉名 美人の湯
源泉湧出地 旅館前を流れる雁ヶ沢川の川底
湧出形態 自噴により自然湧出するがポンプにより揚湯し利用する
湧出量 毎分 約65リットル
温度 約35度
泉質 カルシウム-硫酸塩温泉 PH値8.7(弱アルカリ性)
給湯方式 源泉温度のまま給湯 上がり湯は浴槽内で熱交換する
給湯量 6リットル(季節により調整)
給湯温度 約34度(上がり湯は約40度)
宿泊定員 26人 2.5リットル/1人 利用状況により随時
浴槽換水清掃 3日に1回
非常に詳細に書かれていて、ありがたい。
ここの源泉は毎分65リットルの湧出量だが、この薬湯にはそのうち6リットルが供給されていることがわかる。このような表記は各風呂ごとにあり、なるほど源泉かけ流しで余すところなく源泉を使っていることがよくわかった。加水や循環はしていません、というのがはっきりとわかる。さすが「源泉湯宿を守る会」。
一方、こちらは大変おなじみの日本温泉協会の記述。
源泉名 美人の湯
湧出形態 自然湧出
泉温・湧出量 34.6度・毎分65リットル
源泉所在地 群馬県吾妻郡吾妻町大字松谷2432番地
泉質名 カルシウム-硫酸塩泉
掲示用千室名 硫酸塩泉(pH8.7)
引湯方式・距離 源泉地
循環装置 なし
給排湯方式 完全放流式
加水 なし
加温 なし
新湯 注入量毎分10リットル 左記注入量で満たされるまでの時間:3時間13分
注入温度 34.0~35.0度
浴槽温度 33.0~34.0度
入替頻度 3日毎に1回
入浴剤 なし
消毒 なし
源泉湯宿を守る会と書かれている項目に差があるのが面白い。こちらは、注ぎ込まれたお湯が湯船を満たすまでの時間が書かれているのが特徴的。
ところで、「源泉湯宿」だと「毎分6リットル」なのだが、「日本温泉協会」だと「毎分10リットル」。計測方法が違うようだ。
それにしても寒い。外はもう冬が訪れようとしている時期なのに、湯温は35度。
ぬる湯はゆっくりと浸かることができてよろしいとは言うが、さすがにこの時期に体温より低いお湯は相当にきついものがある。
そのため、湯船は二つ用意されてあった。一つの湯船は源泉そのままだけど、もう一つの方はヒートパイプで加熱されているのだという。
「寒い寒い」
と暖かい方に飛び込んでみたら、温度が源泉と全く一緒だったのでギャー。
危なく心臓発作起こすかと思った。想像と現実のギャップがあったため。
壁を見ると張り紙が。「配管トラブルのため利用できない」んだそうで。そうだったのか。ここに長居すると風邪をひきそうだ。加温された湯船に移動しなくちゃ。
大湯。
40度に加温されており、生き返る。
ここにはカランが用意されており、あらためて体を洗ったりすることができる。
大湯という名前にふさわしく、毎分20リットルの給湯。
とはいえ、「大湯」というほどスゲー広い湯船ではないのだが。
でも、「源泉湯宿を守る会」の温泉表記によると、この宿の定員数は26名。26名がいくつかあるお風呂を分散して使うことを考えたら、このサイズでも十分すぎるのだろう。
源泉湯宿を守る会の面白いのは、「湧出量÷宿泊人数」の表記があることだ。これはとても良心的だと思う。この数字が大きいほど湯が潤沢ということになるわけだが、正直言ってどれくらいの数値があればナイスなのか、ベターなのかさっぱりわからん。
ちなみにこの宿の場合、2.5人/リットルだそうだ。
大湯を通じて外に出ると、そこには露天風呂。
今まで薬湯も大湯も比較的こじんまりしていたつくりなので、初めてこの湯船でゆっくりすることができた。でも、源泉を有効活用しようとしたら、小さな湯船にならざるを得ないんだよな。湯船を大きくしないことが、むしろ良心的。
この露天風呂は大湯と同じ「20リットル/分」の供給。なので、大湯の方が湯船が小さい分、新鮮なお湯が満ちているということになる。むう、ややこしいな。
加温されている湯船のとなりに、お湯が抜かれている湯船があった。なんだろう、と思ったが、後で看板を確認してみたらこれは源泉槽だったらしい。さすがにこの季節、屋外で源泉に浸かる人はおるまいということでお湯を抜いてしまったらしい。その分、その他の湯船にお湯を余計に供給しているのだろう。お湯の分配一つとっても大変だなー。
ちなみに源泉槽へのお湯の供給は10リットル。これが停まっているので、残りの浴槽で10リットル争奪戦だ。分配できたとしても、一分あたり2リットルのウーロン茶ペットボトル1本ちょっと。とてもシビアだ。
夕食時間まであともう少しあるので、男湯にも入ってみた。
これまた狭い。四角く作ってあればまだ使い勝手が良いが、なぜかL字型に湯船が作られており、人二人が入ったら精いっぱいだ。でも、お湯の供給が精いっぱいなんだからこのサイズは仕方がないところ。
だったらお風呂の数を減らせばいいのに、と思うが、なかなかそういうわけにもいかんのだろう。とはいえ、風呂場そのものには全く風情がないので、大湯+露天風呂に仕切りを作り、男湯と女湯を分ければちょうどいいのに。で、男湯女湯薬湯は廃止。
うわあ、簡単に言うけどそれは大工事だぞ。そう簡単には手がつけられん。
さて肝心の「日本三大美人の湯」だが、入浴感は特に特徴がない。pH8.7で弱アルカリ性ということもあって、ヌルヌルしまくるほどの強烈さもない。
「こんなお湯が美人の湯?」
と不思議に思うのだが、風呂上りしばらくすると意外や意外、肌がさらさらになるのだった。すべすべ、ではない。さらさら。シッカロールをふりかけてしばらく時間が経ったときのような感覚。
「そうかー、これが美人の湯かー」
「美人って、みんなこんな肌してるんですかね」
「わからん。美人の肌触ったことないし」
「触りたいですねえ」
「触りたいねえ」
お湯のレビューのはずが、最後は単なる己の欲望むき出しのコメントになってしまった。
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