さあ、夕食時間だ。
「よし」と一声、必要以上に大きな声を出して気合いを入れ、食堂に向かう。
考えてみれば、自分の人生の中でもっとも気合いが入るシチュエーションって、宿メシを食べに行くときじゃあるまいか。もちろん、仕事上や私生活でも気合いを入れなきゃならん場面は多々あるが、わざわざ「よし!」と声を上げるほどのものではない。宿メシ、サイコー。
ただ、その気合いが見事に血となり肉となり、宿に宿泊した次の日は大抵体重が激増するのがパターン化している。おかげで、おかでんの旅行写真は大抵二日目以降は顔がぱんぱんに膨れている。いかんな。ついつい食べ過ぎてしまうのだよ。
秘湯ビール?
食堂にそんな表示があった。よく見ると、「日本秘湯を守る会限定」と書いてある。なんだ、秘湯を守る会はこんなこともやっているのか。秘湯のくせに俗っぽいぞ。秘めたる湯ならどぶろくとか清酒のほうがいいんじゃあるまいか。ビールって、なんだか秘湯という言葉とはミスマッチだ。
とはいえ、売られた喧嘩・・・というと言葉が悪いが、酒飲みおかでんにとっては挑発されたも同然。そりゃ頼みますとも、ええ。あのすいません、秘湯ビール一本ください。
出てきた秘湯は「日本唯一のブナ天然酵母使用」と書いてある。とりあえずありがたがってみる。
裏のラベルを見てみると、製造元は秋田県の田沢湖だった。秘湯ビールが秋田で作られ、全国の秘湯を守る会会員宿に出荷されているわけだ。うーん、秘湯という言葉の概念がゆらぐな。これもまたご時世。
「秘湯、いいねえ」と皆は言う。でも、「歩いて数時間かかります」なんてのは誰もイヤなわけであり、車でするりんと到着できりゃ最高、なんて都合の良いことを考えている。秘湯という言葉、これもまた一つのブランドにすぎない。本当に秘湯かどうかは別の話。原料は麦芽とホップのみの麦芽100%。
ややや。湯飲みに美人が。
「日本三大美人湯 ぐんま川中温泉」と書かれている。
「きっと俺たちも今、こんな感じにきれいになっているはずだぞ」
「きっとそうですよ。僕にはそうは見えないですけど」
「こうね、後ろ斜め45度くらいから見れば、きっと」
「非常に限定的ですね」
「そりゃそうだ、たった一日、数時間程度の入浴で劇的に変わるとは思ってないよ」
「結論から言います。何一つアンタ変わってないです」
「うは」
かど半旅館の夕食。
微妙に空白ができているのは、この後まだできたての熱い奴を持ってくるぜ、という宿側の犯行予告か。
本日の固形燃料:山の幸の陶板焼き
毎回何が出てくるか最大の関心事となる「固形燃料枠」。よっぽど豪勢な食事を発注しない限りは、一食につき1枠しかない。時には鍋、時には鉄板焼きとなることがあるが、本日このお宿では陶板焼きでござんした。
陶板焼き、不思議な「宿メシ文化」だ。一般的なご家庭ではまず目にしない調理法。肉を炒めた場合、陶板にこびりついたりするし、決してエクセレントな調理の仕方ではないはず。でも、良く登場する。なぜだ。
「日によっては鍋料理にも転用するからじゃないか?」という仮説がわれわれの議論に挙がったが、陶板焼きの陶器は底が平らで浅い。これで鍋をやったら、ろくに具は乗せられないのでその案は却下だ。
タジン鍋みたいに蒸し焼きにして食べるのがこの料理の場合、正解なのだろうか?正しい食べ方はいまだに分からない。
その他料理いろいろ。鯉の洗いが出てくるあたり、山の宿であることを印象づける。その他、海のものは一切出てこなかった。潔い。
食卓における余白」は、岩魚の塩焼きが出てきたことで埋まった。鯉がでて、岩魚がでて。山の魚オールスターズって感じ。
「せっかく美人の湯に入ったのだから、お肌に栄養を与えなくちゃね」
ぐいーっと。ビール補充。
「コラーゲン感覚ですねえ」
それにしてもげに恐ろしきは宿メシよ。ほぼすべての料理が「お酒飲めー」とおいでおいでしているように見える。味付け、食材もろもろお酒と見事なマリアージュでやんの。この宿が特別、というわけではなく、どこの宿でも一緒。
酒を飲まない人からすると、宿メシってどう感じるのだろう?下戸の心、酒飲み知らず。信仰する神は酒の神バッカス、と公言して憚らないおかでん、全くわからない。「ご飯がはかどってしょうがないじゃねぇかこの野郎」となるのか、「ご飯にはいまいち合わない」となるのか。
ビール飲んで絶好調おかでん。火に油を注ぐとはこのことで、さらに追加で何か来たぞ。
群馬の郷土料理という「おっきりこみ」だった。
「うどん?」
中には、小麦粉で作られた幅広の麺が入っている。うどん、というよりほうとうに近い。
女将さんに聞くと、やはり山梨のほうとうと親戚関係にある料理らしい。小麦粉の産地である群馬にはうどん文化が根付いているが、特にこういう「煮込み幅広うどん」は食べられてきたのだそうだ。「煮ぼうとう」とも呼ぶらしい。
ほうとうといえば味噌味でかぼちゃが入っているものを想像するが、ここのおっきりこみはしょうゆ味。茄子が入っているところがちょっと風変わり。
「群馬と山梨じゃ違う文化圏なのに、似たようなものを作るんですね」
ずるずるとおっきりこみを手繰りながら語る。日本人って、幅広太麺が好きなのかもしれん。
満腹になって部屋に戻ると、布団がすでに敷いてあった。
10月とは到底思えない防寒体制。ご丁寧に毛布まで上にかぶせてあります。
「廊下から布団にダイブできちゃうな、この位置関係だと」
いや、ダイブしなくても、廊下からそのまま倒れこむだけで十分。トイレに行くときは便利だ。するすると布団から廊下に抜け出し、戻ってきたときはまたするすると布団の中にもぐりこめばよろしい。
今日はよく車で走り回ったのでこの辺で。おやすみなさい。
2008年10月26日(日) 2日目
2日目の朝。曇り空。
朝風呂に入る。露天風呂のすぐ脇に川が流れている。
その土手の上、変なところに鳥居が建っていた。その鳥居に通じる参道は存在せず、すぐに川の土手が迫っている。なんでこんなところに鳥居が?
しばらく思案して、気が付いた。ああ、温泉を祀っている温泉神社なんだな、と。
こんこんと湧き出る温泉に感謝、ということで祀ったのだろう。確かここの温泉は川底から湧いているという話だったっけ。だから、鳥居がなんだか変なところに建っているわけだ。
宿メシ朝バージョン。
まるで街の定食屋のように小鉢がいろいろ並ぶ。好きなものをトレイに載せて、最後にレジでお会計・・・みたいな。
この小鉢たち、一つ一つは地味なんだけど、どれもご飯が進むんだよなあ。朝からついつい食べすぎてしまう。この半分の量でも十分朝ごはんとして成立するくらいだ。
朝ごはんいろいろ。昨晩岩魚の塩焼きが出てしまったので、朝のメインディッシュとなるものはもう弾薬切れ。そのかわり、小鉢の集合体で勝負だ。
食後、柿とコーヒーがセルフサービスで提供された。柿食えば腹が鳴るなり法隆寺。
いや、うそです。もうおなかいっぱいなので、今更おなかがぐるぐる鳴るなんてことはないです。
二日目の予定としては、午前中に川中温泉の近くにある「吾妻峡」を散策。なんだかダム工事やってて一部が水没するらしいので、見ておかないと。午後は県立ぐんま天文台に行き、施設見学。そして東京に戻る、という段取り。
まずは吾妻峡へ。
吾妻峡は、渋川伊香保方面から草津温泉に向かう国道の道中にある峡谷。素通りされがちな観光地であり、飲食店や土産物店が並ぶような場所ではない。「ようこそ吾妻峡へ」なんて看板もない。ここらへんの崖下が吾妻峡ですよ、というところにぽつりぽつりと道路脇に駐車スペースがあるので、空いているところを見つけて車を停めることになる。
見上げるとまだちょっと紅葉には早い感じの雑木林。でも、もみじではないので、もうちょっと時期が遅くなっても昨日の雲場池のようにはならないのだろう。
噂通り、工事が行われている。
あー、川底のほうまで工事車両が入っているぞ。峡谷美だろうがなんだろうが容赦しねーな。
でも、ダムの最適地ってこういう両側が迫ってきている峡谷なのだろうから、ここ以外にたくさんあるダムも、景勝地を犠牲にしてできたものなのだろう。
やつばダム?いえ、名前は初めて聞きました。こんなのを作ろうとしているのか。
※正式名称は「やんばダム」。このダムの名前が有名になったのは2009年、民主党政権誕生で「ダムから人へ」のフレーズのもと、ダム建設にストップをかけたことによる。
ダムのデカさ半端ないっす。峡谷全滅じゃないですか。
「いや、ダムの上流は水没しますけど、下流は水量が減るのでこのあたりは問題ないはずですよ?」
「ああ、なるほど」
吾妻峡。V字谷、というほど深くえぐれてはおらず、比較的おだやかな印象。その分、両側の木々がよく見え、紅葉を楽しむ分にはちょうど良い感じ。
遊歩道を伝って歩いてみる。
遊歩道の案内のところに、「ヤンバタケル」と名乗る古代人発見。なんだこのキャラは。ひょっとして、このヤンバタケルのグッズなんぞがこの近隣で買えたりするのだろうか?
いや、ほしくないぞ。欲しくはないけど、なんだか微妙すぎる立ち位置のこのキャラに結構引き込まれてしまった。
遊歩道は結構なアップダウンがあり、健脚向け。しかし、国道脇に車を停めて眺めるのと違い、間近に峡谷美と色づく木々を見ることができるので、時間と体力があるならぜひ遊歩道を使いたいところ。そのかわり、ぐるっと国道→遊歩道→国道と回ると、2時間くらいはかかってしまうので注意。
急な坂をぐいーっと登ったところが、「吾妻峡見晴らし台」。
色づく木々も見られるのだけど、もっぱら工事現場を見晴らす用途として、どうぞ。
コメント