芋煮会2015

肉食人種行動観察会(その9)

2015年12月05日(土)

冬の舎人公園

2014年に引き続き、2015年も12月に「芋煮会」を舎人公園で開くことにした。

本当は、「初夏くらいから隔月でバーベキューを開催し、年末には一年の総括として芋煮会」というシナリオだった。しかし、雨天中止になったり、人が集まらなかったりとなかなか思うようにいかず、結局は12月一発勝負で芋煮会の開催となった。滑り込みセーフだ。ここで開催できなかったら、2015年は一回も野外炊事をしなかったことになるところだった。折角だから、最低でも1回は屋外でわあわあやりたいものだ。

シーズン中は、予約開始とともに瞬殺されてしまう舎人公園バーベキュー場。しかしさすがに12月にもなれば、ご覧のとおりお客さんは少ない。職員さんも、「好きなところを使っていいですよー」とおおらかだ。

今回芋煮鍋を囲むのは、昨年と全く同じ面子で5名。それぞれ、荷物を抱えながら「できるだけ日が差し込んでいるところはないか」とバーベキュー場の中をウロウロする。さすがにかなり寒い時期。今更ながら、なんでこんな寒い時期に設定したんだ?と思う。

昨年は10月にバーベキューを開催したので、「毎月、というわけにもいかないので、一月間隔を空けよう」ということになり芋煮は12月となった。今年はそんな制約はなかったのだから、11月くらいにしておけばよかった。

なにせ、12月ともなれば太陽の位置が予想以上に低い。木立の中にいると、今この瞬間は日が差し込んでいても、時間とともにどんどん木陰の位置が変わってくる。日時計のようなものだ。なので、この芋煮会の間、時々我々の本拠地はお引っ越しをする羽目になった。できるだけ日光を求めて。

大人気のバーベキュー場なのに人が閑散としているには、ちゃんとした訳がある。当たり前のことだな。

肉が大量

バーベキューと違って、芋煮会は随分と荷物が増える傾向にある。

舎人公園は「手ぶらでバーベキュー」を売りにする場所だ。コンロや燃料をはじめとし、食料まで全部現地調達ができる。もちろん、自分で食材を持ち込んだりするとその分荷物にはなるが。

一方、「芋煮をやるよー」となると、大鍋から食材から、すべて自己解決しないといけない。加えて、防寒対策としてあれこれを持参しないといけない。ある程度事前にガッツリ計画を立てておかないといけない。

今年は、昨年同様のレシピで芋煮を作ることはすぐに決まった。あと、芋煮だけでは物足りないので、何かを焼こう!という話になったのだけど、昨年作った「ベーコンエクスプロージョン」のようなインパクトあるメニューが思いつかない。結局、「ジンギスカンを作ろう」ということで日和った。大いなる安直ではあるけど、何せ全員ラム肉が好きなんじゃー。焼くぞォォォォ。

「芋煮があるんだし、ジンギスカンは少なめにしないと」

と事前に議論はしていたが、僕は「そうはいっても、ついつい肉を買いすぎました」的な展開に期待していた。このあたりのさじ加減はとても難しい。本当に買いすぎてしまって、食べ残してしまったらなにかと面倒だからだ。金銭的ロス・道義的責任だけでなく、自宅調理でない分残飯処理がやりにくい。

でも結果的に、持ち込まれた肉の量はかなりのものになった。芋煮の肉は減らそうね、ジンギスカンの肉も控えめにしようね、と調整していたものの、やっぱりその二つを足すとかなりの量だ。しかも芋煮ともなれば、汁ものだ。かなり胃にたまることになるのだけど、大丈夫だろうか。

いやあワクワクするなあ、こういう「多い食材」に、年甲斐もなくときめく。それは僕に限らず、参加者一同そうだ。

カレールーとうどん

昨年、「うどんを茹でるのに時間がかかった」せいで遅刻して芋煮会にやってきたよこさん。今年も「うどんを家から持参する担当」になっていた。

「いやー、昨年は見込みが甘かったんすよー。うどん茹でるのがあんなに時間がかかるだなんて」

と1年経った今でも弁解を余儀なくされている。スーパーでよく売られている茹で麺を使えば何も苦労はいらないのだけど、よこさんはわざわざ生麺を茹でるところから準備を始めている。今年も、そう。

「折角だから麺は生のほうがいいかなーッて思って」

その「折角だから」理論は大いによし。参加者各位、この芋煮に対して燃える情熱を抱いているのが嬉しい。

燃えるといえば、今年もまた1名が遅刻中。たっぴぃさんなのだが、職場で火事が起きただかなんだかで、違う意味で「燃えて」いた。その対処が終わるまで休日出勤中だ。

うどんは、昨年「一人1玉なので、合計5玉」用意された。もちろん最後は相当もてあまし気味になったのだが、全員がエイエイと声をかけながら食べきった。わんこうどん状態。

気の毒なのがおーまさんで、40歳になろうかという年齢なのに「この中では一番の若手だから」という理由でしこたま食べさせられていた。きっと、翌日かなり体重が増えていたはずだ。

芋煮のシメはカレーうどんの予定だ。なので、昨年と全く同じ粉末のカレー粉が用意されていた。カレー粉、うどん、ジンギスカンのたれが机の上に並ぶ、ちょっと不思議な光景。ついでにじゃこ天も無造作に置いてあるし。

乾杯

無事仕事を終えたたっぴぃさんが仕事場から直接舎人公園に到着。

ひとまず乾杯。

冬なんだけど、こういうときはやっぱり飲むものがビールになるんだな。寒いからといって熱燗になったり、度がキツいウォッカになったりはしない。もっとも、ウォッカなんて飲んだら、芋煮にたどり着く前に酔っ払って居眠りを始めそうだ。アウトドアで飲むものじゃあ、ない。

この時間は日差しのおかげで温かく、のんびりできる。「日なたぼっこ」感覚だ。

炭火グリル

乾杯即メインディッシュ、とはいかないのが芋煮会の特徴。なにしろ相手は炭火だ。火がおきて安定するまでかなり時間がかかるし、そこから大鍋一杯のお湯を沸かし、具を煮込み、味を染み込ませるとなると1時間じゃきかない。

「折角だからあれもこれも焼こうぜ」といった欲張りニーズに応えるべく、大きな炭火コンロを手配してある。しかし、ガワだけ大きくても、そこに火のついた炭を敷き詰めようとすると、それだけでかなりの時間がかかった。

・・・とりあえず、何か手ごろなつまみでも食べつつ時間を稼ごう。

棒s

鮭とば、柿の種などが参加者各位から供される。

写真に写っているのは、「棒s」という棒状のかまぼこ。こういう、「軽くつまむシチュエーション」には最適だ。包丁や皿がいらないし、片手で食べられる。

ちなみに写真はチーズ味。

まだこの段階では居場所がない鍋がテーブルの上にデンと乗っている状態。

炭火に着火

炭にようやく火がつき始めた予感。

炭は、しっかりと火がつくまではうちわであおいではいけない。炭は断熱効果が高い素材なので、火種を炭でぎっしり取り囲み、火の熱を魔法瓶のように閉じ込めるのが正しい着火方法だ。うちわであおぐと、空気は送りこまれるものの、熱が逃げてしまうので炭への着火が難しくなってしまう。

なので、ひたすら忍耐忍耐。

むしろ、最初のうちは放置プレイにしておいたほうがいい。ヘタにいじると、火がつかない。

こういうの、一種の精神修練だよな。せっかちな性格を改善するには、炭と戯れるのはちょうどいい。急いでは駄目。かといってゆっくり過ぎると、いつまで経っても火がつかないし、調理に必要な量の炭火が用意できない。

2円のしょうゆ

これまでの人生で、僕が見た一番安い値札。しょうゆに貼ってあった。

スーパーのセールで1円、というのはチラシで見たことがあるけど、こうやって商品に貼られている値札で「2円」というのは初めてだ。値札の代金と値札を貼る手間賃を考えたら、完全に赤字。

牛脂のように「ご自由にお持ち帰りください」状態にすると、「じゃあ貰っていくぞ」と大量に持ち帰る人がいるのだろう。だから、「醤油をサービスしたいけど無料じゃ持ち逃げされるので、2円」ということにしたと思われる。ご苦労様です。

しゅっとしたサンマ

炭火の火力がまだ強まっていない。たき火と違って、次々と隣に引火していくわけではないので、少しずつ、また少しずつ火力が強くなる。大鍋に張った大量の水が沸騰するなんて、はるか先のことになりそうだ。

その間、お隣でサンマを焼くことにした。・・・こうやって火力を分散させている時点で、ますます鍋は煮えないのだけど。でもでも、やっぱり折角だから焼きたいじゃないか。

「秋だからね、やっぱりサンマを焼かなくては」

なんて言って、サンマをバーンと並べる。既に冬なのに。でも、ステレオタイプと言われようが、やっぱり「炭火であぶる」となればサンマを真っ先に思い浮かべてしまう。その「郷愁」を忠実にトレースした。

「一人一匹だろう?」
「無理無理、それは多すぎる。サンマの後に芋煮があるのに。しかもその間にジンギスカンもある」

計画段階で激論したのは、サンマの数もまたしかり。「サンマは秋のシンボルだから一人一匹いっちゃうべし」というロマン派、「シンボルなのだから、焼いたという実績があれば十分。2匹程度でよろしい」という現実派、「一人半身ずつ食べたらいいじゃん。5人いるのだから3匹じゃね?」という中道派が入り乱れた。結局中道派の勝ちで、今回は3匹が網に並べられた。

こういうのが野外炊事の楽しさだ。事前に、サンマを1匹減らすかどうかでわーわー議論を繰り返している。プチ文化祭のようなものだ。準備段階がむしろ一番楽しいのかもしれない。

網に並べられたサンマはしゅっと美しいフォルム。漢字で書くと「秋刀魚」となるのがよくわかる。なんともカッコいい。思わず見とれてしまい、みんな手に手にスマホを持ち、この光景を撮影しまくっていた。

普通、焼きあがって香ばしいサンマのほうが絵になるはずだ。生のままだったら、鮮魚店で売っているのとなんら変わらない。でも、見よこの網の上で堂々としたたたずまい。これはついつい写真を撮りたくなる。

谷口屋のおあげ

サンマだけのために貴重な炭火を使うのももったいないので、あわせ技で他の食材も焼くよー。

昨年も登場した、「谷口屋のおあげ」。肉厚でふっくらとし、うま味が強い油揚げは何度でも食べたくなるものだ。しかし、確か昨年は「なかなか東京では手に入らない代物が、偶然手に入った」という触れ込みで持参したはずだ。しかし今年もしれっと登場。

これ、秋葉原駅の構内でさりげなく売られていたのだった。北陸新幹線開業のおかげで、現在JR東日本は北陸に力を入れている。その関係だろうか。「幻の油揚げ」だったのに。

まあ、うまいものがまた手に入ったことを素直に喜ぼう。

強力な火力でこげる

炭火がまんべんなく敷き詰められているわけではないので、火が強いところと全然弱いところのギャップが激しかった。「芋煮用の鍋にも火力を使いたいし、サンマも焼きたいし、油揚げも。」とやった結果、油揚げの一部だけ黒こげになる事案発生。サンマも、油断していたら随分と日焼けサロン状態。

網の端っこにある細かいものは、ふぐひれ。たっぴぃさんとおやびんの夫婦がこの後熱燗を飲もうとしていて、そこに突っ込むものだ。ひれ酒!

黒こげサンマ

予想以上に火力が強く、サンマがあっという間にごらんの通り。

「・・・炭?」
「いや、サンマ」

他の作業に気をとられているうちに火が通り過ぎた、というわけではない。衆人環視のもと、見事このような黒こげになってみせた。それだけあっという間だったということだ。侮れんな、炭火とサンマ。

「表面がこげるくらいがちょうどいいんだ、中に適度に火が通って」

適当なことを言ってお茶を濁す。

とりあえず、皮ごと食べたら苦いので、皮をこそげおとしながら身だけを食べよう。

分厚いお揚げを切りわける

あっという間に真っ黒になったサンマに戦慄した我々は、油揚げを早めにサルベージした。焼きむらがあるけど、これくらいでちょうどいい。「まんべんなく火を通そう」なんてやってたら、まんべんなく黒こげだ。

「キツネ色に焼けたじゃないか」

いえ、最初っからです。

焦げるじゃこ天

じゃこ天もごらんの通りにあっという間に黒くなった。あー。