ついに珈琲豆の自家焙煎に手を染める

2019年1月18日

いちいち毎回焙煎写真を克明に撮影しても、きりがない。途中、省略。

だいたい一週間おきに焙煎は行っていて、少しは腕が上がってきた実感はある。

案の定、なんだけど、僕の性格上「技に凝る」のは最初の一瞬だけ。だんだん雑になる。

今や、一度に200グラムの焙煎を一度にやるようになってきている。そんな量を一度に自家焙煎するのはまったく推奨されておらず、こんなことをツウの人に教えたらバカにされる行為だ。でも、やっちゃってる。

そのかわり、写真の通り、焙煎ムラがなくなってきている。見違える進歩だ。もうね、ひたすらガサガサですよ。絶え間なくガサガサ。クリップで金網のフタを閉じることができたのが大きいし、初期の頃と違って、いちいちちょっと火を通しては豆の様子を観察することがなくなった。

所作がスマートになった、ということだ。

だいたいこの頃は、焙煎時間は13分を目標にしていた。

しかし、どうも味が優れない。うーん、口に含んだ直後と、後味はそれなりにあるんだけど、「真ん中がすっぽり抜けている」感じ。どうも味に太さを感じられない。熱の加え方や時間に、まだまだ工夫の余地がありそうだ。

2019年1月27日

日本を代表する喫茶の一つ、といって過言ではない、東京都台東区にある「カフェバッハ」に行ってみる。

ここのオーナーの田口さんは、日本の珈琲文化発展に大きく寄与した方で、田口さん著・監修の珈琲関連書籍は数多くある。僕がたまたま以前から持っていた「珈琲事典」という本も、田口さんの監修によるものだった。

このお店には時々訪れているのだけど、カウンター席に座る男性一人客は大抵食い入るように目の前で繰り広げられる珈琲のドリップの様子を観察している。そして、時には店員さんにあれこれ質問している。そういう僕も、結構ガン見していることが多い。

何でこんな「適当に淹れてるっぽく見える」のにうまい珈琲なんや!

と理不尽に感じるけど、「適当」っぽいところこそが、技術なのだろう。肩に力が入っていないというか。その点僕はというと、「さあドリップするぞ」と身構えすぎている。まだまだだな。

それはともかく、改めて「カフェバッハ」の珈琲をいただき、我が自家焙煎珈琲の未熟さを痛感する。ちくしょう、全然まだまだだ。

せめて鮮度の良さが自慢の種だけど、鮮度が良くてもそこまで美味しくないしなあ・・・。

2019年2月22日

さすがに自家焙煎を何度もやっていると、そこそこ見栄えの良い豆ができるようになった。

もうちょっとだけ時間を延ばして、色づきを濃くしても良いのかもしれない。2ハゼが起きはじめると、焦げたような煙がモクモクと上がり始めるのでびびる。それで、慌てて火から金網を下ろすので、こんな感じの仕上がりになっている。

ただなんとなくの焙煎だと、いつまで経っても適当なままだ。

なので、この日から記録を付けることにした。何分経過時点で、火元から何センチ離したところで金網を振っていたのか。豆の色づきはどうか。そんなことをばばばっと。

なお、この日は焙煎時間をいつもより伸ばし、18分で仕上げた。どうだ、これなら味が良くなっているんじゃなかろうか?

2019年2月26日

2月22日焙煎の豆をドリップしてみる。

うーん。

豆の見栄えの割には、いまいちすぎる味だった。なんだろう、一瞬、節分の大豆をかじった時の風味みたいなものを感じた。全体の味は以前よりもふくよかになってきているんだけど、なんだか風味が楽しくない。もう少しこってりした・・・苦みではなく、深みのあるこってりした味にしたいのだけど。

まだまだ修行は続く。

こんなものは正解はいつまで経っても得られないのはわかっている。なので、この連載はこれでおしまい。まだまだ焙煎は続けていきますよ、という決意表明とともに。

なお、今現在は珈琲の生豆は1kg単位で、同じ銘柄のものを買うようにしている。

焙煎の仕方によって変わる味の変化を、確認できるようにするためだ。

一体どこに向かってるんだろうね、僕は。

(この項おわり)