2018年12月11日
人生初の焙煎から3日が経過。
そろそろ、飲み頃だ。ソワソワしながら待っていたけど、満を持してのドリップを行うことにする。
珈琲豆というのは、焙煎直後は炭酸ガスを大量に放出しているため、味も香りも薄い。焙煎から3日くらい経った頃が飲み時、というのはよく言われていることだ。
ちなみに、焙煎したての珈琲豆を、真空パック詰めにしてくれるお店がもしあったとしたら、「おいちょっと待て」と突っ込んでOK。なぜなら、豆からどんどんガスが出てくるので、折角真空パックにしてもすぐにダルダルのたるんだ袋になってしまう。
良心的なお店なら、ガス抜き用の特殊な空気穴が付いた袋に、焙煎した豆を入れてくれるはずだ。
・・・などと一般的な話をダラダラと書いているのは、グラインダーで豆を挽いた時点でやばい予感しかしないからだ。
気のせいだろうか、粉状態になった珈琲豆だけど、その粉の色がバラバラな気がする。
うるさいうるさい、とにかくドリップだ。
コーヒーメーカー任せにしないで、ここは自分の手でハンドドリップする。
今回は、僕がメインで使っているハリオのV60ドリッパーで抽出してみる。
「鮮度のよい珈琲豆は、お湯を注ぐと膨らむんですよ」
と独り言を言いながらドリップしてみるが、こっちの期待ほどは膨らんでくれなかった。うーむ。何でだ。
「カリタのドリッパーの方が膨らみやすかったかな?ハリオだと、抽出が早いからなあ」
などと、ドリッパーのせいにする。嘘をつけ、そんな話は聞いたことがない。
というわけで、人生初の自家焙煎珈琲による優雅なコーヒータイム。
ほら、一応「優雅」とかそういう形容詞をつけておかないと、不安じゃん。
なんなら、昔のヨーロッパ貴族が着ていたような、首回りにビラビラのレースみたいなのがついている服を着用したっていい。このシチュエーションを「優雅」と思い込むためには、もっといろいろ工夫をしたい。
それくらい、この珈琲に対しては懐疑的だった。
とはいえ、この一杯が全ての始まりだ。「ああ、あの焙煎状態だと、こんな味になるのね」という基準になる。うまくても、まずくても、どっちもオッケーだ。
味?
ああ、苦かったとも。苦すぎるとまでは言わないけど、珈琲が持つ様々な風味・・・甘みとか、渋みとか、深みとか、芳醇な香りとか。そういうのは、あんまり感じられなかった。そりゃそうだ、あの焙煎状況じゃ。
同じ日の夜、もう一度ドリップを試みる。
一日に2回も珈琲を淹れることなんて滅多にないのだけど、「焙煎3日目!今が飲み時!」という時を逃すわけにはいかない。
今度はもっとドリップに神経を注ごう、ということで、acaiaのデジタルスケールと、デジタルスケールに連動するスマホアプリを使う。
このスマホアプリは、以前から時々使っているもので、プロのドリップを模倣できるすぐれものだ。
今回は、プロと同じ淹れ方を真似て、それで我が自家焙煎珈琲豆を高みに導いてくれよう。
あー。苦い。
二杯目にもなると、苦みの中にもう少しいろいろな、ふくよかな味の要素を感じるようにはなった。
でもそれって、親が我が子を溺愛して親馬鹿になるのと一緒。こりゃあ、まだ他人の飲ませるわけにはいかんな。(といいつつ、次の日に職場の隣の席の人に飲ませたけど。案の定、「にがいー」と言われた)
普段僕は間食を殆どしない。珈琲を飲むときでさえ、スイーツは食べない(カフェに行った時は食べる)。そんな僕でも、珈琲の傍らに甘いお菓子を置いているのは、まあ、そういうことだ。わかれ。
ちなみにこの「酪王カフェオレクランチ」は、福島土産として友達から貰ったものだけど、大変にうまかった。ありがとう。
いやちょっと待てよ、珈琲を褒めないでお菓子を褒めてどうするんだよ。
なお、珈琲が注がれているカップは、「名古屋舐めつくしオフ」の時にノリタケで買ったものだ。あれから4年以上。落っことしても割れない、壊れない頑丈なカップで愛用している。
焙煎後、ガスコンロまわりに飛び散ったチャフ。
小さな卓上ほうきで掃除をしてみたけど、結構面倒だった。のちのち、ハンディクリーナーで掃除をするようになったら、少しは楽になった。
濡れぞうきんで拭きとろう、なんて考えていると、とてもじゃないけど量が多くて対応しきれない。むしろチャフを周囲にまき散らすだけなので、おとなしく乾燥したものをハンディクリーナーで吸い取るのが正解。
あと、舞い上がったチャフが換気扇のダクトに結構ひっかかっていた。なるほど、確かにガスコンロでやると後始末が面倒だ。とはいえ、今更もうカセットコンロは使いたくない。あれは災害時用として、非常用食料や簡易トイレと一緒に片付けておこう。
(つづく)
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