業務:雪だるま制作班見習い【SOボランティア記録】

まず、「スペシャルオリンピックス(略称:SO)」というコトバをご存じか。

僕は、知らなかった。聞いたことも、無かった。「何か新しい体験をしてみたい」個人的欲求アンテナに、たまたま引っかかったのがこのコトバだった。

何でも、2005年冬に「スペシャルオリンピックス」なるイベントの冬季世界大会が長野で開かれるという。その大会運営に関わるボランティアを、大絶賛募集中だという。

そういう話を、おかでんが勤める会社の社会貢献担当からのアナウンスで聞いた。それが、2004年7月のことだった。この年、おかでんはいよいよ30歳の大台に乗り、自分自身のこれまでの人生を何かと振り返る機会が多かった。会社と家との往復しか最近やっておらず、交友範囲は狭くなりこそすれ、広がらない。こんなんじゃ、10年後20年後になると僕って孤独になってしまうな、という危機感があった。また、目新しい経験というのも最近すっかりご無沙汰だ。今や、自らが20代前半の頃までに貯蓄した「経験」や「人付き合い」を切り崩して日々の生活を送っているようなものだ。ほぼ毎日更新しているwebの文章を書いていると、自分の引き出しの少なさ、浅さが痛いほどよく分かる。

何か、しなくちゃ・・・。

その時、目にしたのがスペシャルオリンピックスのボランティア募集だった。よくわからんイベントだが、「冬季世界大会」という比較的大規模な大会のお手伝いをするとなれば、いろいろな未体験の事が目の前に繰り広げられるだろうし、知り合いもたくさんできそうだ。まさに自分の「問題意識」をど真ん中でクリアする話だった。よって、すぐにこの話に飛びついた。そして、説明会を受けてその期待は確信となり、ボランティアに申し込んだ。献血程度の社会貢献活動はよくやっているが、「ボランティア」と名の付く活動を自主的にやるのは、これが生まれて初めてだ。

今回は、このボランティア活動9泊10日の模様を、なんとなくお伝えする。いろいろな人と写真を撮ったり、会話したり、笑ったりしたが、肖像権の確認が全然できていない状態なので、掲載できる写真はごく限られている。一つのイベントを成し遂げるために集まった人たちの雰囲気が伝わればそれで良いと思う。

スペシャルオリンピックスとは、知的発達障がい者が参加するスポーツイベントだ。健常者が「オリンピック」、身体障がい者が「パラリンピック」ときて、知的発達障がい者は「スペシャルオリンピックス」となる。知的発達障がい者のイベントだけ「オリンピックス」と複数形になるのは、日々のトレーニングや地域での競技会、そして4年に一度の世界大会、そういった全てのものが「スペシャルオリンピックス」の活動だからだ。この活動を通じて、知的発達障がい者は生きる喜びを見いだし、社会と共存していくことができるという。一位を決める大会だけがオリンピックじゃないよ、ということだ。

このあたりは、僕自身日常におけるスペシャルオリンピックス(以下、SOと略す)活動には従事していないので詳しい事は書けない。うそ書いちゃまずいし。興味がある方はオフィシャルサイト(son.or.jp)をご覧頂きたい。

4年に一度、夏季世界大会と冬季世界大会が開催される。つまり、2年おきに夏と冬の大会が入れ替わりで行われることになる。これはオリンピックと全く一緒。そして、2005年冬季世界大会が、日本の長野で開催される事になった。長野としても、長野冬季五輪の際に作った施設が赤字経営になっており、大規模なスポーツイベントを誘致したいという思惑があったのだろう。いずれにせよ、アジアで初のSO世界大会だ、ということで気合いが入っているらしい。

ただ、テレビ中継がばっちり入るオリンピックと違い、つい先日まで「その存在すら聞いたことがない」人が日本人の圧倒的多数を占めているようなSOだ。スポンサー収入やテレビ放映権で潤沢な資金が確保できているわけではない。その結果、大量の無償稼働提供・・・要するにボランティア要員の確保・・・が必要となってくるわけだ。今回、知名度は全国区に至っていないイベントでこそあれ、集められたボランティアの数は9,000人近い規模にまでふくれあがった。もの凄い数だ。

まがりなりにも「世界大会」と名がつくイベントだ。参加国は80カ国、選手団は約3,200人と日本での知名度から比べると信じられない規模で開催される。知的発達障がい者は、全人口の2~3%いると言われており、それを考えれば大規模なイベントになっても何らおかしくはないのだが、それでもこの規模というのは驚きだ。

競技は、7競技79種目が行われる。アルペンスキー(志賀高原)、クロスカントリースキー(白馬)、スノーボード(いいづな)、スノーシューイング(野沢温泉)、スピードスケート(エムウェーブ)、フィギアスケート(ビッグハット)、フロアホッケー(ホワイトリング)。長野市で3競技、それ以外は北信の各地に分散する。

面白いのが「フロアホッケー」で、これは体育館のフロアの上で行われるアイスホッケー的な競技だ。冬と全然関係がない競技だが、雪がない国でも冬季世界大会に参加できるように、という配慮でこの競技が加えられているという。その結果、サウジアラビアだとかプエルトリコといった「冬が存在しない国」からもアスリートが参加している。あ、ちなみにスペシャルオリンピックスでは「選手」とは言わないで「アスリート」と呼ぶことになっている。

スノーシューイングでも、クウェートなどの雪がない国のアスリートが参加していた。何でも、砂漠を雪にみたて、トレーニングを積むらしい。凄い話だ。んで、長野に到着して「産まれて初めて雪を見た!」なんて言って大はしゃぎしているんだから楽しい。

オリンピックと違って、お国にいくつメダルを持って帰るか、なんてのははっきりいってどうでもいいのがSO。本人がどれだけモチベーションを持って頑張ったか、ってことが一番重要。んなもんで、勝ち負けを度外視していろいろな国からアスリートがやってくる。もちろんアスリート本人は勝つ気満々なわけだが。

SOの独自性はもう一つある。それは、アスリートの技術レベルにあわせて「ディビジョニング(グループ分け)」される、ということだ。予選段階で、参加アスリートの技術を見極め、「早い人グループ」「遅い人グループ」に振り分けが行われる。そうして、それぞれのグループ内で決勝が行われ、それぞれでメダル授与が行われる事になる。つまり、「○○競走決勝」といっても、ディビジョンが10近くあったりする場合もあり、そうなると一種目につき金メダリストが10人も排出される事になる。

・・・メダルの意味、無いじゃん。

いや、それでいいんです。そういう大会だから。試合を終えたアスリート達は、全員表彰台に登る機会が与えらえる。だから、SOの大会の表彰台は、ずらーっと横に長い。7位とか8位まで一度に表彰できるようになっているからだ。4位以下のアスリートには、メダルがぶら下がっていないリボンが贈呈され、メダリスト同様に首からかけてもらえる。何とも微笑ましい思想じゃないか。この話を聞いて、おかでんは結構感動した。

大会概要はここまでにして、ボランティアに向けての段取りに話を移そう。

8月に説明会を受けた。10月にボランティア参加申し込み締め切り。申込書には、参加可能日数、勤務を希望する場所、希望職種、会話可能な語学について記載するようになっていた。

勤務場所は、熟慮の末「第一希望:野沢温泉、第二希望:白馬」とした。別に野沢のスノーシューイングや白馬のクロカンに興味があったわけではないが、正直温泉に惹かれた。また、ある程度密室感のある場所の方が、ボランティア同士で夜遊びに行くとか、交流が図れそうだったから選んでみた。長野市のように市街地かつ競技数が多いと、ボランティアの数が膨大だし宿泊場所が拡散する。こういうイベントは田舎に限る。その方が一体感が生まれるんじゃなかろうか。

関東の人間であれば、成田空港所属という選択肢が一番至近だったが、これは冬季スポーツ競技のお仕事をしている感が全然ないので却下。ちなみに成田空港だと、海外からやってきたアスリートやファミリー、メディアの受付をして交通機関の斡旋や誘導を主業務とする。

希望職種は、「なるほど、大会運営ってのはこういうモノなのね」と感心させられた。今回のSOにおいては、以下の職種がボランティア募集の対象となっていた。

  • 案内・接遇:各会場での観客・ファミリー・ゲスト等の案内や接待
  • 会場サービス:各会場のゴミの分別・回収、清掃、雪かき等会場準備、観客等の案内・誘導、車椅子使用者等の介助、大会関係者の資格認定証発行、インフォメーション、式典・表彰補助
  • 宿泊対応:選手団が宿泊するホテルで、食事等のお手伝い、通路等での案内、軽微、荷物搬送
  • 情報通信システム:コンピューターの設定・操作、データの入力、ネットワーク等のヘルプデスク
  • メディア対応:取材申し込みの受付、競技結果等各種情報提供の窓口
  • 場外整理:駐車場・路上での車両や観客の案内・誘導、シャトルバス乗降案内
  • 警備:各会場出入口・コース等における入出者管理、選手宿泊会場内の巡視
  • 専用車の運転:長野市内を拠点に、山ノ内町、白馬村、牟礼村、野沢温泉村等で大会車両(普通車)を運転し、VIP・選手団長等を輸送します。
  • DAL:選手団と行動を共にし、選手団の使用希望言語により、通訳やスケジュール管理等のサポートをする。(6日間連続で業務に就いて頂ける方を希望します)

「凄いなあ、いろいろ仕事があるなあ」とわくわくしながら業務をどれにしようか悩んだが、いまいち具体的にイメージできなかった。類似経験が全くないからだ。悩んだ結果、「第一希望:場外整理」、「第二希望:情報通信システム」で申し込んでみることにした。

1カ月ほどして、「こんな感じで仮決定したけどどうですか書類」が自宅に郵送されてきた。

開封してみると、

1.活動場所 スノーシューイング会場(野沢温泉)

2.活動業務 総務部情報通信係 内容:会場内情報システム保守・管理

3.活動期間 2月25日~3月5日

4.業務時間 概ね7:30-15:30

と記載されていた。情報システムっすか。第二希望だな。資格欄に初級システムアドミニストレータって記載したのが目にとまったのだろう。まあ、いいや。

「その内容でオッケーっす」という事を、ボランティア用のサイトにアクセスして送信する。最近はこういうのもブラウザ経由でやるようになってきてるんだな。

それにしても、「総務部情報通信係」か。なんだかいつもの仕事とは違う部署名なので、くすぐったい感じがする。楽しくなりそうだ。

この後、1月に入ってからJTB経由で宿の手配をし(1泊2食付5,000円)、2月に入ってから業務研修を受けた。殆どのボランティアは自分が勤務する場所に集められ実地訓練による業務研修を受けるのだが、おかでんが所属する情報通信係だけは現地集合が無かった。東京渋谷のアムウェイ本社会議室に集められ、そこで研修を受けた。野沢温泉を往復するだけでも結構な出費になるので、これは大助かりだった。恐らく、現地にメンバーを集めたところで、まだコンピュータが一台も置かれていない状況においては意味がないという判断なのだろう。

業務研修は、「これがスポーツイベントのボランティアなのか?」と思うような内容だった。マニュアルが用意されていたのだが、その中は「pingの打ち方」「ノートンアンチウィルスのライブアップデートの仕方」「競技会場内各端末のIPアドレス」などといったもの。何だか職場のOA担当者みたいな気分だ。なるほど、われわれの業務というのはこういう「ネットワークに繋がらないんだけど」といった問題について駆けつけ対応をする即応部隊、というわけなのだな。

初歩的なPCの使い方なら人並以上に理解しているつもりだが、今回はアプリケーションが完全なブラックボックスになっていた。まず、MicrosoftのActiveDirectoryが使われていて、全会場のPCは長野市内の大会本部にあるサーバの支配下に置かれる。また、CitrixのMetaFrameを使って、本部サーバにあるアプリケーションを全会場のPCにて共有するという事をやっていて、何やらややこしい。アプリの配布が面倒なので、シン・クライアントにしたかったのだろうが、こうなるとわれわれ末端のヘルプデスク担当者では問題発生時にどうにもならない。「何だか業務がうまくできないんだけど」という問い合わせがあったら、ローカルPC側の問題でないこと、ネットワークの問題でないことを確認することしかできない。それで原因不明だったら、長野市の本部に解決をゆだねることになる。

サーバで保持しなくちゃならんアプリケーションって何だ、と思ったら、GMSと呼ばれるアプリケーションがこのSOでは主役なんだという。Game Management Systemの略だそうで、早い話選手名やレース結果、出走表などを束ねているシステムのことだ。SEIKOのタイミング測定システムと連動し、このGMSで競技関連の情報は一括管理されているらしい。

てっきり、公式記録の入力などもわれわれヘルプデスク班の業務かとおもったが、GMSの操作はちゃんとした研修を受ける必要があるらしく、別に専用オペレーターがいるということだった。われわれは、ただひたすら機器トラブルが発生するまで待機、ということだ。

ちなみにスポンサーの関係で、PCは全てHPとエプソン製。プリンタは富士ゼロックス。そしてOSはWindowsで、端末上にはノートンアンチウィルスが入っている。驚いたのは、会場に設置されていたルータもシマンテック製だったということ。ファイアーウォールと一体型のセキュリティルータ。シマンテックがルータを作っているとは知らなかった。

業務研修の時に顔合わせした、同じ会場のメンバーの顔ぶれを見てみるとなかなかなものだった。IBM、ゼロックス、マイクロソフト・・・。何だか、会社名だけでメンバーを選別してるんじゃないのか、という気がしなくもない。おかでん自身、システム屋として日々の給料を頂戴している立場だ。それぞれに得意分野があるようで、今回はいろいろみなさんのお世話になりそうな予感。非常に期待感が高まった。

その後ボランティア当日まで、あわただしい日々を過ごした。なにしろ、営業担当者として最も重要な「月末」をまたいで会社を長期に休むため、あれこれ仕事が山積していた。また、コンペ案件も控えていて、その準備にも追われていた。「もういくつ寝ると」的なワクワク感は無く、あるのは「あと○日でこの仕事片づけなくちゃ!」という焦りばっかりだった。

気がついたら、ボランティア当日を迎えた。もう、待ったなしだ。残された仕事は上司にお願いして、東京を後にした。9泊10日の、長丁場。こんなに長期間家(自宅/実家)を離れるのは産まれて初めてのことだ。一体どんな体験が待っているのだろう。

2005年02月24日(木) 1日目

大好きなビールも飲まずに、長野新幹線で長野を目指した。防寒着としてボランティア用に支給された、ミッフィーのロゴ入りSO長野大会ボランティアジャケットを着て(恥ずかしいので裏返しにした)。ちなみにこのジャケット、オフィシャルスポンサーであるファーストリテイリング社製。肩のところにUNIQLOのロゴ入り。

大会のポスターが長野駅に貼ってあった

長野新幹線の車中では、電光掲示板でスペシャルオリンピックスが開催されることが何度も告知されていた。JR東日本も協賛企業らしい。確かに、多くの人が長野に集う際、新幹線は非常に重要な交通手段だ。

そういえば、心なしか今日の長野新幹線は混んでいる。平日昼間に乗ったことがないのでその他の日と比較はできないが、ひょっとしたらこの混雑の一因は「民族大移動中のSOボランティアたち」のせいではないか、という気がしなくもない。

・・・考え過ぎか。

長野駅構内にある売店は、SOの公式ショップになっていた。ポスターが貼られ、来る大会開催を待ちわびている状態だった。どんなものが売られているのかと思って外から覗いてみたが、売られているものは普通だった。八幡屋の善光寺七味が売られていた。(後注:このお店にはSOグッズコーナーがちゃんと用意されていて、ストラップやピンバッジなどがちゃんと売られていた。それにしてもピンバッジ、こういうイベントの時しかニーズないよなぁ)

このポスターの絵、すごく微笑ましくて好きだ。ただ、絵にタイトルを付けるとなると「捕ったどー!」(c)浜口優 になるのかねえ、と想像した瞬間ちょっと萎えた。

大きな荷物を持っている人がちらほら

長野駅構内をうろうろしてみる。

スキー客がいるのだが、その他にもスキーをする気配がまったくないのに、大きな海外旅行風の荷物をゴロゴロ引きずっている人が結構多い。そして、その人達は「ボランティア用のバス乗り場ってどこだろう?」なんていいながら歩いている。

・・・この人たち、全員ボランティアか。

さすが9,000人規模のボランティアを集める大会だ。長野駅をうろつけば、数十メートルごとにボランティアの人が歩いているって感じ。

権堂アーケード

長野市の繁華街、権堂アーケードに行ってみたら、SO応援のアートフラッグがたくさんつり下げられていた。地元の小学生が作ったものなのだろうが、兎に角でかい。六畳間くらいはあるんじゃないか、というでかい布に、アスリートと思われる人の姿がのたうち回っている。派手な色遣いも相まって、頑張っているというよりも悶絶しているっぽいが、それはそれでまた味があって大変よろしい。

駅コンコースには大会の特設ステージ

長野市内のお蕎麦屋さん巡りを終えて、また長野駅に戻ってきた。長野駅から野沢温泉までは、ボランティア用の無料シャトルバスが2時間に1本の間隔でこの日は運行されている。これに乗って、現地入りを目指す。

この日は2時間に1本だったが、大会期間中は1時間に1本に増便される。呆れるような大物流作戦だ。野沢会場以外にも、各会場にも同様なシャトルバスが走り、長野市内も何パターンかのルートでシャトルバスが走り回る。一体この大会のためにバスが何十台用意されているのだろう?

駅のコンコースには、SOのための特設ステージが用意されていて、隣には案内所らしきブースができていた。ブースでは既にボランティアらしき人が働いていた。

各会場への輸送用バス乗り場が出来ていた

「すげえなあ!」

思わず声を出してしまった。こちらが想像したこともないような規模のでかいイベントに参加するんだな、というのはじょじょに実感していたのだが、ボランティア用シャトルバス乗り場に向かっているところでそれをより強く感じた。

バス乗り場で交通整理をしているボランティアが何人もいる。誘導棒を持って、あっちだこっちだ、と指示していた。そして、その人たちの控え室兼オフィスになっていると思われる、プレハブ小屋が建てられていた。

ずらりと並ぶシャトルバス乗り場

シャトルバス乗り場は、たくさんの行き先に応じて縦にずらーっと分けられていた。

まるでバスセンターだ。

とはいっても、もともと乗降を前提としていない「単なる道路脇」なので、乗る際には植木をかきわけながら道路に出なければならないが。

ちなみに、写真に写っている3番乗り場だと、「ルート11:エムウェーブ」「ルート15:長野循環」「ルート18:長野東循環」行きのバスが到着することになっている。ちなみに、このようなバスは合計18路線運行されるらしい。

ボランティアのためのボランティアが必要となる、すごい規模だ。この地に降り立つまでは、何となく「文化祭的なノリ」をイメージしていたのだが、そんなものとは雲泥の差だ。

野沢温泉到着

野沢温泉行きバスは満席状態で出発となった。ほぼ全員単独参加の人らしく、仲良し同士でしゃべりながらバス旅を楽しむ、という感じではなかった。これはちょっと意外だった。てっきり、気心知れた仲間で「よっしゃ一丁参加すっか」という流れで参加するものだとばかり思っていたからだ。短い人でも4日程度、長ければ10日近く現地滞在するわけで、単独参加するというのは結構勇気がいると思うのだけど。

・・・まあ、かくいう自分も、その単独参加なわけだが。

そんな中、一人添乗員みたいな動きをする人が車内で目立っていた。運転手に現地到着予定時刻を何度も確認したり、宿泊先の宿に電話をしたりしている。集団で参加しているにしては、添乗員さんとその一族郎党は仲が良さそうな感じがしないので、不思議な光景だ。聞いてみたら、スターバックスが自社の社員とアルバイトに対して大規模にボランティア募集をかけて、参加しているということだった。大会期間の前半と後半で入れ替え制にしているとのことだが、それぞれに40名規模で野沢に人を送り込んでいるという。合計、80名体制。なるほど、協賛スポンサーがバックアップしてボランティアを派遣するということもあるのか。

で、そのスタバ軍団なのだが、全国各地の店舗から人が集まっているため、車中では「お互い知らない人同士」だったというわけだ。後で聞くところによると、南は沖縄から北は・・・ええと、忘れたがとにかく全国からまんべんなく参加していたようだ。「参加費用は会社持ち?」と質問してみたが、「全部自腹」とのこと。われわれ一般のボランティアと全く条件は一緒らしい。よくそれでこれだけの大規模なメンバーが集められたものだ。そういえば、周りを見渡すと女性が非常に多い。しかも、若い人が圧倒的シェアを占めている。最近の若い人たちはボランティアに熱心なのだな。おじさんうれしいです。

・・・と、今まで自分を「おじさん」だとは思っていなかったのだが、このバス内の年齢層を見て少々へこむ31歳の春。

9泊、お世話になる宿

バスは1時間少々かけて野沢温泉村に到着した。そこから歩いて本日のお宿へ。

1日目夕食

ボランティアは宿代、交通費すべて自腹なのだが、宿代は主催者側の配慮で優遇してくれている。一泊二食付きで5000円。非常にお安い。素泊まりの宿みたいだ。

「食事は普通の家庭で出るようなものなんだろうな」

とたかをくくっていたら、きっちりとしたヤドメシでびっくりした。うひゃあ、手抜き無しですかそうですか。ありがたいことです。

てっきりボランティアは合宿施設のような場所を貸し切りにして、そこに集められるものだとばかり思っていた。大広間で雑魚寝です、みたいな。しかし、実際は野沢温泉村中の大小様々な宿に分宿となっていた。おかでんが泊まった宿では、1室のみがボランティア部屋で、この日宿泊したボランティアは5名だった。一カ所の宿に固めるとなると、宿の間で不公平感アンドねたみ・嫉妬がでてしまうので、大会趣旨に賛同する宿全部に均等に散らばらせたのかもしれない。

野沢温泉の外湯説明

野沢温泉の魅力は、外湯が13カ所もあるということだ。一日一カ所ずつ巡っていたら期間中に終わらせることができないので、1日2カ所ずつくらいのペースで回らないといけない。

・・・いや、「回らないといけない」わけじゃないんだけどね。でも、「13カ所外湯があります!」と言われると、ついつい「じゃあ全部回ってこようか」って気分になってしまって。アワレみ隊が以前やった、「東北道の駅スタンプラリー」にしてもそうだし、こういうのって案外好きです。

渋温泉のように、全長1キロ程度の温泉街の中に外湯が九つあるのとは訳が違う。野沢温泉はかなり広く、端から端まで歩くと20分以上を要してしまう。そんなところに13カ所、外湯が分散しているわけで、全部回るとなると結構骨が折れる。

骨が折れるが故に、9泊10日のボランティア期間中の楽しみとなるわけだが。

中尾の湯

新田の湯

上:中尾の湯。下:新田の湯。

野沢温泉のお湯は非常に熱い。源泉温度が70度、80度あるところが多い。このため、外は雪が積もっていて非常に寒くても、のぼせるまで浸かっている事ができない。体の芯まで暖まる前に、皮膚が悲鳴を上げてしまう。結局、暖まったんだかそうでないんだか、いまいちぴんとこない仕上がりになってしまう。

きっと、毎日この湯温に親しんでいたら慣れてくるのだろうが、軟弱な風呂に入り慣れている自分にとっては、その境地に達するまでは先が長そうだ。修行が足りないということか。

1日目夜、同室のボランティア仲間と「これから何が始まるんだろう」と話をしながら、就寝。一人国宝級のいびきをかく人がいて、まともに寝られず。